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富岡労基署長(塗装会社)脳出血死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
富岡労基署長(塗装会社)脳出血死事件
事件番号
福島地裁 − 平成7年(行ウ)第6号
当事者
原告個人1名 

被告富岡労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年12月27日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 K(昭和22年生)は、昭和49年4月にA社に就職し、製油所の煙突塗装工事やタンク塗装工事等の現場監督を務めた後、二度の転職を経て、昭和60年12月にB社に入社し、T電力会社富津火力発電所のボイラー塗装工事やM製紙のボイラー塗装工事等の現場監督を務めるなどした。昭和63年2月26日、Kは家族を千葉県に残して単身赴任し、ボイラー建設工事のうち塗装工事の技術指導等を請け負ったS社の下請であるB社の社員として、孫請を監督して本件作業を遂行する立場にあった。

 当初本件作業は順調に推移していたが、夏の多量の降雨等により屋外での塗装作業が大幅に遅れ、9月時点で予定より約1ヶ月遅れていた。同年11月16日にはボイラーの完成を祝う「火入れ式」が予定されていたところ、Kは作業の遅れを取り戻すべく、9月以降消防検査当日の10月13日までの間、9月4日と18日を除いて連日出勤したほか、残業は9月末頃から増加し始め、消防検査直前まで連日5時間の残業が続いた。10月13日の消防検査後同月末まで、Kはほぼ連日3時間程度の残業を行い増員もあったことから作業は急ピッチで進んだが、火入れ式までの間、K本社出張、休暇各1日を除いて毎日出勤し、概ね3時間の残業を行った。

 11月14日、Kは午前7時頃本件現場に到着し、通常どおり作業を行い、午後6時頃職人らと弁当を食べた後作業を開始したところ、午後7時40分頃、叫び声が発せられ、これを聞いた職人らが駆けつけたところ、倒れているKが発見された。Kは直ちに病院に搬送されて診察・治療を受けたが、容態が好転しないまま翌15日午前8時に死亡した。

 Kの妻である原告は、Kは単身赴任の上、共同生活により職人らを監督していたため、実質的に24時間勤務であったこと、作業の遅れにより著しく過重な労働を強いられたことにより本件疾病を発症したから、本件疾病の発症とそれによる死亡は業務に起因するとして、平成元年4月2日、被告に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求した。これに対し被告は、平成2年2月7日付けで、Kの死亡と業務との間に相当因果関係が認められないとして、これを不支給とする処分(本件処分)を行った。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 「業務上」の意義について

 労災保険法12条の8第2項、労働基準法79条及び80条にいう業務上の死亡とは、当該業務と死亡との間に相当因果関係の存することをいうところ、本件のように脳血管疾患等の場合には、複数の原因が競合して発症したと認められることが多いことに照らせば、相当因果関係が認められるか否かは、当該業務が死亡の原因となった当該傷病等に対して、他の原因と比較して相対的に有力な原因となっていると認められることを要すると解すべきである。なお、労働者が予め有している基礎疾患などが原因となって傷病等を発症させて死亡した場合であっても、当該業務の遂行が労働者にとって精神的・肉体的に過重負担となり、それが自然経過を超えて基礎疾患を著しく増悪させて傷病等を発症させ死亡させたと認められる場合には、右の加重負荷が死の結果に対し相対的に有力な原因になっているとして相当因果関係が認められると解するのが相当である。そして、右の過重負荷の判断は、業務内容、業務環境、業務量などの就労状況や基礎疾患の病態、程度、予後、傷病等の発症のプロセスといった医学的知見などの諸事情を総合考慮してなされるべきである。

2 業務起因性について

 Kは9月以降10月13日の消防検査に至るまでの間、9月4日と18日を除いて連日出勤しており、消防検査を目前に控えた10月上旬頃は、残業時間が5時間から6時間の日々が約10日間にわたって継続していた。そして、消防検査の終了以降も、10月21日に本社へ日帰りし、同月30日に1日休暇を取得した他は連日本件現場に出勤しており、残業時間は概ね2時間から3時間程度となり、11月6日と本件事故の前日である13日は残業を行っていないものの、総じて労働時間は相当長く、ある程度の疲労が蓄積し、ストレスが生じていたであろうことは推認するに難くない。

 しかしながら、Kが行っていた業務の内容は、現場監督として、元請負会社との折衝、現場パトロール、孫請への作業の指示、作業段取りの設定、塗装材料等の手配、昼食及び残業時の夜食の弁当の手配並びに塗装工事日報や出勤簿の作成などであり、中心は現場パトロールという適度な運動を伴う軽作業と書類作成等のデスクワークとを、交互に日々同様の時間割で行うという定型的な作業の繰返しであり、工事現場における責任者としてはもとより、一般的な労働者としても、特に過重な負荷を与えるものとは認め難い。しかも原告の実弟で、Kと十分に意思疎通を図り得る関係にあったMが孫請の職人らを統括する立場にあり、安全管理に専従する安全監視人も置かれており、それなりにKを補佐する体制が整備されていたこと、Kは昭和49年以来現場監督として就労し同種業務に相当の経験を積んで来たものであること、Kにとって、本件作業は規模の点はともかく内容的に特段新奇なものではなく、現に本件事故が起こるまでの8ヶ月余りの間、格段支障なく本件業務を遂行してきたこと、11月に入ってからは消防検査前の作業工程の遅れもほぼ解消し、火入れ式に向けて順調に作業が進行していたことからも、過度のストレスが生じていたとみることも困難である。また11月1日から14日までの本件現場付近の気温は、最高温度と最低温度との差が著しく大きいとはいえず、気圧の急激な変動もない。

 そして、Kには基礎疾患としての重篤な高血圧症が相当以前からあり、昭和56年頃には健康診断の際にその旨指摘されながら、一時期薬を飲んでいたものの、継続してその治療を行った形跡が窺われないことからすれば、年単位の長期間にわたる高血圧の持続により血管の脆弱化が進行し、そのため自然経過の中で脳出血がいつ発症しても無理からぬ程の重篤な脳血管の病変が複数箇所に生じ進行し、自然発症的に脳出血を惹起し、結局死に至ったものとみるのが相当であり、Kの本件現場における業務遂行が過重負荷となり、それが自然経過を超えて基礎疾患である高血圧症を著しく増悪させたり、あるいは血圧の降下を妨げ、血管壁の脆弱化をもたらしたとは到底認められない。したがって、Kの業務と死亡との間に相当因果関係を認めることができない。
適用法規・条文
07:労働基準法79条、80条、99:その他 労災保険法12条の8第2項、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例794号28頁
その他特記事項
本件は控訴された。