判例データベース
大阪(コンピューター技師)くも膜下出血死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 大阪(コンピューター技師)くも膜下出血死事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成11年(行ウ)第85号
- 当事者
- 原告個人1名
被告大阪中央労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年04月01日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被災者(昭和25年生)は、昭和44年3月H社に入社し、昭和50年10月大阪営業所大阪サービスセンター(センター)に配属され、それ以降約24年間にわたり一貫して制御用計算機の保守点検業務に従事し、うち最近10年間は保守要員の指導業務を担当していた。被災者は平成6年当時、センター長に次ぐ技師の立場にあり、後方支援業務を行っていた。障害が発生した場合の顧客からの連絡は、まず被災者が受け、電話で対応できる場合は電話で対応し、対応仕切れない場合は担当者を派遣しており、被災者が顧客からの連絡に対応する時間は、1日当たり30分から1時間程度であった。障害復旧業務は、その内容によって要する時間も異なるものであったが、被災者は全グループを総括する立場にあったことから、全ての復旧作業が終了し、出張員による報告書作成作業が終了するまでセンター事務所で待機しており、そのため退勤時刻は午後9時ないし11時、時には午後12時を過ぎることもあった。
被災者は、平成5年10月16日以降、同年11月末までの期間は、10月24日及び31日に休日出勤をし、11月28日に日直を担当しているが、10月19日、22日、11月25日には代休を取得していた。同年12月中は、4日、5日、18日、23日、25日、26日、31日に休日を取得しているが、休日出勤も4回している。平成6年1月は、4日まで休暇を取得した後、8日、14日、15日、22日に休日を取得したが、9日には休日出勤し、16日は日直を担当した。
被災者は、平成5年10月終わり頃、3件の保守基準書の作成と、他の担当者の作成した残り全ての保守基準書の内容の点検を命じられたため、残業や休日出勤等によりこれらを作成していたが、作業は遅れ、1件目が完成したのは平成5年12月23日、他の2件が完成したのは平成6年1月23日であった。また被災者は、平成5年7月1日から12日まで、コンピューターの定期点検及び作業指導の用務でシンガポールに出張し、同年12月3日、8日から9日にかけて東京に出張した。
被災者は、平成6年1月16日から21日まで連続して午後11時前後まで勤務し、同月22日に休日を取った後、23日は日直勤務で翌24日午前4時30分まで勤務し、24日は午前8時50分から通常の勤務に就き、午後10時30分頃退勤したが、帰宅途中眩暈がし、病院で診察を受け、後頭部から頸部付け根当たりにかけて抑えられるような痛みを訴え、緊張性頭痛と診断されて投薬を受けた。被災者は、翌25日は頭痛のため有給休暇を取得し、26日は午後2時頃出勤し、書類の整理等を行った後、午後4時40分頃、センター内のトイレでくも膜下出血を発症して倒れているところを発見され、病院に搬送されて治療を受けたが、同月31日死亡した。
被災者の妻である原告は、被災者の死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の給付を求めたが、被告はこれを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告はこれを不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
被災者の死亡が労災保険法による保険給付の対象となるには、労基法79条及び80条所定の「業務上」の死亡に該当することを要するが、ここに労働者が業務に基づく疾病に起因して死亡した場合をいい、右疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、かつこれをもって足りると解するのが相当である。
そして、業務と疾病との間に相当因果関係を認めるためには、前提として、疾病の発症、増悪に業務が有意に寄与したという因果関係が必要であり、医学的に見て、業務が疾病の発症、増悪の原因とはなり得ないか、原因となるかどうか不明である場合には、条件関係そのものが認められないことになる。もっとも、この条件関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則上、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る程度の高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りる。
2 被災者の業務と本件疾病発症との因果関係
被災者の脳動脈瘤の形成は、遺伝的要素による先天的なものと認められるから、被災者の基礎疾患の形成については業務は原因となっていない。
脳動脈瘤の破裂には、脳動脈瘤の形態や、生来の脳動脈壁の脆弱性などといった要素も影響しており、被災者には軽度の拡張期高血圧が認められるものの、破裂に要する閾値を設定することは困難であり、本件疾病発症当時、被災者の基礎疾患が自然的経緯によっても、脳度運脈瘤の破裂を発症する程度に悪化していたかについては、必ずしも明確にすることはできない。他方、基礎疾患である脳動脈瘤の増悪を業務が促進し得るか否かについては、過労、ストレスは高血圧や動脈硬化の原因となり得るところ、動脈硬化による脳動脈壁の脆弱化や、高血圧による動脈中の内圧の上昇によって動脈瘤の肥大化が促進され得ることによれば、その可能性を肯定することができる。
被災者は、7時間47分の所定労働時間に加えて、1日平均4時間30分、多い月には1月当たり100時間を超える残業をしており、その拘束時間はセンターの中でも最も長いものであった。しかしながら、顧客からの障害発生連絡に対する対応の件数はとりわけ多いとはいえないし、基本的に机上業務であって業務自体は非定型で、被災者がセンターでの勤務歴も長く業務に精通していたこと、また障害が発生しても、ほとんどの案件はマニュアルで対処可能であったし、本件疾病発症当時まで、計算機の故障によって損害賠償を請求されるようなケースもなかったことを勘案すれば、障害復旧業務そのものは困難であるとはいえず、残業時間が長い点は担当者の帰社を待っていたという事情が主であって、被災者の業務は責任が重いといえても、労働密度は決して重いということはできない。また被災者は、月に7、8日程度の休日の取得はできており、以上によれば、被災者の業務内容そのものは精神的負荷が過重にかかるものであるとまでは認められない。これらの事情を総合考慮すると、被災者が長期間過労状態にあったとは認められない。他方、被災者には、喫煙、飲酒、野菜類を好まないといった動脈硬化、高脂血症の危険因子が存在し、特に飲酒に関しては、γ―GTPが正常値をしばしば超えるほどだったのであり、飲酒量は多かったというべきである。
以上によれば、被災者の本件疾病発生までの数年来にわたる業務の過重性によって、動脈硬化を来たし、脳動脈瘤を増悪させたとは認めることはできない。
被災者は、平成6年1月24日頃から頭痛を発症していることからすると、右症状は23日から24日にかけての勤務との関連性が疑われないわけではない。しかし、保守基準書作成自体については、従前から連日作業しているといったことはなく、休日も取っており、同日中に完成させなければならないといった状況にはなかったことからすれば、その精神的負担は、生体内での異常反応を引き起こすほど高いものであったとは認められないし、24日の業務そのものにも特に精神的負担の高いものがあったとは認められない。
原告は、被災者がくも膜下出血の警告発作があったにもかかわらず、同月26日に出勤したことが原因となって本件疾病を本格的に発症させたとも主張するが、被災者が同月24日に受診した際にはくも膜下出血の警告発作との診断がなされたわけではなく、安静にするようにとの指示を受けたわけでもないから、被災者が安静にしていれば本件疾病の発症を防ぐことができたか否かは明らかではないし、同月26日に被災者が血圧の上昇するような業務に従事した事実は認められない。
以上によれば、被災者の本件疾病の発症については、結局、若年においても発症し得る先天的な脳動脈瘤が自然的経過の中で発症したものといわざるを得ず、被災者の本件疾病の発症は、業務に起因するものとは認められない。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法79条、80条、
99:その他 労災保険法16条の2、17条 - 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1063号131頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|