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島根(建設会社)従業員急性心不全死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
島根(建設会社)従業員急性心不全死控訴事件
事件番号
広島高裁松江支部 − 平成20年(ネ)第73号
当事者
控訴人個人4名 A、B、C、D

被控訴人O建設
業種
建設業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年06月05日
判決決定区分
原判決変更(上告)
事件の概要
 P(昭和52年生)は、高校卒業後の平成11年3月、建築工事請負業等を行うY社に入社し、倉吉店において勤務していた。Pは、当初工務担当であったが、平成15年7月に営業担当に配置換えとなった。

 Y社における所定労働時間は、1ヶ月毎に1週間当たり40時間以内、1日7時間20分、休日は1ヶ月を通じて7日とされていたところ、控訴人(第1審原告)らは、Pの1日平均労働時間は、平成15年1月から同年9月5日までの間12時間半を超え、死亡前月の同年8月には約14時間に達し、同月の総労働時間は310時間12分、総時間外労働時間は148時間52分になっており、同年1月以降のPの休日は、月2日程度であったと主張したが、一方、被控訴人(第1審被告)は、タイムカードは必ずしも自分で打刻したとはいえないこと、Pは自己の裁量で比較的自由に勤務できたこと、手待時間が多く労働密度は低いこと、拘束時間が全て業務時間ではないこと、Pは業務終了後タイムカード打刻前に漫画を読んだり、テレビゲームをしたりしていたこと、勤務後バレーボールをしてからタイムカードを打刻することもあったこと等、労働密度は必ずしも高くなく、本件急性心不全はPの不摂生によるものであって業務とは関係ない旨主張した。

 平成15年9月6日、Pは自宅で急性心不全を発症して死亡したところ、Pの妻である控訴人A、Pの子である控訴人B、C、Dは、Pの死亡は過重な業務に起因する過労死であるとして、Y社に対し、安全配慮義務違反等を理由として、控訴人Aに対し5588万3129円、控訴人Bら3人に対し、それぞれ1880万1909円を支払うよう請求した。なお、控訴人Aは平成15年10月16日に労災保険法に基づき遺族補償年金の支払いを申請し、812万1723円の支払いが認められた。

 第1審では、Y社の責任を認める一方、Pの生活上の不摂生も認められるとして50%減額し、総額4340万円余の限度で損害賠償を認めたことから、控訴人、被控訴人双方がこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 1審原告らの控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

2 1審被告は、1審原告Aに対し、2399万4438円及びこれに対する平成15年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 1審被告は、1審原告Bに対し、1167万5547円及びこれに対する平成15年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 1審被告は、1審原告Cに対し、1167万5547円及びこれに対する平成15年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 1審被告は、1審原告Dに対し、1167万5547円及びこれに対する平成15年9月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6 1審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

7 1審被告の控訴を棄却する。

8 訴訟費用は第1、2審を通じてこれを2分し、その1を1審原告らの負担とし、その余を1審被告の負担とする。

9 この判決は、第2項ないし第5項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 Y社におけるPの発症前1ヶ月目、同3ヶ月目の時間外労働時間は100時間に極めて近い99時間22分、95時間14分となっていたものであり、それ以外の発症前7ヶ月以内の時間外労働時間は55時間から78時間と相当長時間となっていたもので、量的に明らかに過重であったということができる。

 S医師は、若年成人の突然死の原因としては、脳血管障害か、突発する心室細動等の致死的不整脈が可能性の高い疾病として考えられるが、Pの場合脳血管障害の可能性が低いことから急性心不全とされたものと推定される、急性心不全発症の原因については特発性心室細動を推したいとの意見を示しているところ、Pの健康診断結果は死の結果を招くような異常とはいい難いものであり、S医師は検診時の心電図の所見も踏まえ種々の可能性を検討して意見を述べていること、死体検案をした医師の意見と矛盾しないことから十分な信用性が認められる。そうすると、このような過重な精神的、身体的負荷が主要な原因となって、Pは特発性の心室細動による急性心不全を発症し死亡したと推認するのが相当である。

 本件においては、Y社は、Pが上記のような長時間の時間外労働をしていたことを、タイムカードや現場日報、営業日報等から容易に知ることができたにもかかわらず、Pの業務を軽減したり、時間外労働を実効的に制限するなどして、Pの労働時間を減らすための措置を採らなかったものである。被控訴人は、タイムカードによっては時間外労働時間を判断することはできず、実際の時間外労働時間はそれよりずっと少ないから、Pが急性心不全により死亡することの予見可能性はなかったと主張するが、Pの発症前1ヶ月の時間外労働時間は100時間に極めて近いものに達し、死亡前7ヶ月の期間で見ても、明らかに過重な時間外労働時間があったと認められるのであるから、Pが急性心不全により死亡することは予見可能であったということができ、被控訴人の主張は採用できない。

 Pの逸失利益は、平成15年度男性労働者(高卒)全年齢の平均賃金である497万2700円を基礎収入とし、67歳まで就労可能であり、生活費控除を30%として、ライプニッツ方式を用いて計算すると6064万7546円、慰謝料は2400万円と認めるのが相当である。また、控訴人らの固有の慰謝料は各70万円、弁護士費用は控訴人Aについては220万円、原告Bらについては各110万円とするのが相当である。

 使用者において、労働者の健康に配慮して、その従事させる業務を定めてこれを管理し、労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意すべきであるが、他方、労働者の側においても、自ら健康保持を図る努力をすべきことも当然である。Pは、読書のほかにパチンコを趣味としており、休日を含め時間が許せば勤務時間以外の時間にパチンコに興じることも少なくなかったことが窺われ、週1回ないし2回程度バレーボールの練習や試合に参加していたことも認められ、控訴人Aと結婚する以前から朝食を摂らない生活を続けていたほか、同年7月頃からは昼食をコンビニ弁当等で済ますようになっていたこと、20歳頃から、1日に10ないし40本程度の喫煙をしていたことが認められる。

 以上のうち、食事、喫煙などの生活習慣は、急性心不全の発症更には死亡に何らかの影響を与えた可能性はあるものの、平成15年のPの健康診断の結果や心臓疾患を注意すべき既往症が見られないことからすると、Pの落ち度と評価するほどの事情ではない。しかし、過重な労働により疲労が蓄積している前提で考えると、休日や勤務時間外に、パチンコやバレーボールをすることは疲労の解消を妨げたり、疲労を更に蓄積する原因となる行動であるし、社会的にみて休止できない種類の活動ではない。また、Y社における継続的な長時間労働の内容を考えると、急性心不全発症の主たる原因が、主に上記の長時間労働や、その結果としての睡眠や休養の不足にあったといえるが、Pが上司から残業を命じられたとか、その日のうちに仕上げなければならない業務を与えられていたなどの事情を認めることはできず、P自身の工夫次第で、自らの労働時間を減じる余地がいくらかあったものと推認できる。

 このように、Pの勤務及び生活における労働時間を減じる工夫の余地や休養の取り方を見ると、Pの死亡による損害の全額につき賠償を被控訴人に命じるのは、当事者間の公平を失することになり相当でなく、当事者間の負担の公平を図るため、民法722条を適用ないし類推適用して、控訴人らが被控訴人に対して賠償を求め得る金額(損益相殺による減額前の金額で、弁護士費用は含まない)からその30%を控除するのが相当である。
適用法規・条文
02:民法415条、418条、709条、722条2項
収録文献(出典)
判例時報2068号85頁
その他特記事項