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N社人事考課事件

事件の分類
その他
事件名
N社人事考課事件
事件番号
大阪地裁 − 平成19年(ワ)第7915号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年10月08日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、飲食店経営等を全国に展開している会社であり、原告は、平成9年3月に主任職として被告関西本部に入社し、同年6月に店長B職、平成10年10月に店長A職、平成12年4月にマネージャーB職、平成13年10月にマネージャーA職に昇進した。

 しかし、原告は、部下の監督不行届きを理由に、平成14年6月にマネージャーB職に、同年10月に店長A職に降格されるとともに、研修が必要であるとして東京への配転命令(本件配転命令)を受けた。これについて原告は、病気の子供がいることを理由に本件配転命令の効力停止の仮処分を申請し、同命令の効力を停止する仮処分決定がなされたところ、同年12月、被告は原告に対し、関連会社である大阪D社への出向を命ずるとともに、本件降格処分に基づき、給与月額を34万円から30万円に減額した。これに対し原告は、被告に対し、(1)降格前の地位にあること並びに配転先及び出向先における就労義務のないことの確認、(2)降格処分の賃金差額及び慰謝料200万円の支払いを請求したところ、第1審では原告の請求を棄却したが、第2審では配転命令及び出向命令の無効を確認するとともに、慰謝料100万円の支払いを命じた(同判決は上告されたが、不受理とされて確定した)。

 原告は大阪D社への出向中、マイナス25度の冷凍庫内で食材の仕分け作業に従事し、出向期間中遅刻や無断欠勤することはなく、勤務態度について上司から注意を受けるようなことはなかった。出向期間中における平成15年夏期から平成18年冬季までの原告に係る年2回人事考課は、課長の行う1次考課及び社長が行う2次考課は次のとおりであった。

            1次考課   2次考課

  平成15年夏期    58点    47点

       冬期    48点    48点

  平成16年夏期    49点    49点

       冬期    53点    49点

  平成17年夏期    52点    50点

       冬期    54点    52点

  平成18年夏期    54点    53点

       冬期    56点    52点

   平 均       53点    50点

被告における人事考課においては、最終的な考課の点数は概ね60点台に収まっており、50点台は例外的で、40点台はほとんどなかったが、原告の考課は低い点数であるにもかかわらず、「今後指導を要する項目」欄に全く記載がなかった。

 被告は、上記高裁判決が上告棄却により確定した後、平成18年11月1日付けで原告に営業部門への出向を命じた。平成19年夏期の人事考課においては、課長の1次考課は60点であったが、部長の2次評価では、「リーダーシップ」、「協調性」、「責任性」、「規律性」、「規則遵守」の各考課項目の点数を減点して54点とした。

 原告は、平成20年2月29日に被告を退職したが、平成17年1月25日大阪高裁判決によって本件出向命令は原告に対する不法行為に当たるとされたにもかかわらず、原告に対する大阪D社への出向命令を維持して過酷な業務に従事させ、営業部門に復帰させるに際しても優良店とはいえない店舗に異動させたとして、そのことに対する慰謝料として365万円を、不当な人事考課及びこれによって原告が退職のやむなきに至ったことに対する財産的損害及び慰謝料の内金として1139万1420円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、530万円及び内200万円に対する平成19年7月14日から、内330万円に対する平成20年3月1日から各支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用はこれを10分し、その7を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
 被告の就業規則ないし労使慣行上、従業員が一定の要件を満たした場合には当然に昇格させるという取扱いが予定されているということはでないのであって、かえって、昇格の決定に当たっては、人事考課の結果を踏まえた被告の幅広い裁量があることが前提とされていたというべきである。以上によれば、原告と被告間の雇用契約上、原告が被告に対して上位の職位に昇格させることを求めることはできないといわざるを得ないし、上位の職位に就いたことを前提とする賃金請求をすることもできないといわざるを得ない。もとより、昇格について不公平あるいは不合理な取扱いが望ましくないことはいうまでもないことであるが、被告の就業規則(給与規程)の定め及び被告による人事システムの運用を前提とする限り、原告に上記のような請求権を認めることは困難というよりほかはない。したがって、原告が平成17年5月にマネージャーB職に昇格していたことを前提とする原告の被告に対する賃金請求及び損害賠償請求については、いずれも理由がない。

 被告は、高裁判決において、本件出向命令が人事権を濫用してなされたものであって無効であり、本件出向命令は不法行為に当たるとの判断が示されたにもかかわらず、それ以降も平成18年11月1日に至るまで原告を大阪デリバリーにおいて就労させ続けたものであり、このこと自体によって原告が強い絶望感を抱くに至ったことは容易に推察される。言い換えれば、前記訴訟の口頭弁論終結時までに生じていた本件出向命令による精神的苦痛と相俟って、前記高裁判決以降、原告はそれまで以上に強い精神的苦痛を甘受せざるを得ない状況に置かれ、かかる状況のもとで大阪D社における就労を強いられたものと認められる。そうすると、前記高裁判決後平成18年11月1日までの期間、原告を大阪D社において就労させたことについて、被告は原告に対する不法行為責任を負うべきものと認められる。

 原告は、大阪D社出向期間中、人事考課において、平均を大幅に下回る異常に低い点数しか与えられなかったことは明らかである。労働契約関係において、使用者が人事管理の一環として行う考課ないし評定については、基本的には使用者の裁量的判断で行われるべきものであり、原則として違法と評価されることはないと解される。しかしながら、性別や社会的身分といったおよそ差別的取扱の基礎とすることができないような事由に基づいて差別的な評価がなされた場合だけでなく、使用者が、嫌がらせや見せしめなど不当な目的のもとに特定の労働者に対して著しく不合理な評価を行った場合など、社会通念上とうてい許容することができない評価が行われたと認められる場合には、人事権の甚だしい濫用があったものとして、労働契約上又は不法行為法上違法の評価をすることが相当である。

 本件についてみると、被告が作成した原告に関する考課表は、特段の改善点の指摘がないにもかかわらず、一貫して他の従業員と比較して異常に低い評価点数しか付けられていないほか、大きく減点される項目が考課表ごとに一貫していなかったり、原告の勤務の実態を直接把握できない2次考課者が10点以上も1次考課の考課点数を下げたりしており、原告に関する考課表がおよそ正当な人事考課を行う意図をもって作成されたものとは認め難い。かえって、例外なく、考課表に記載された2次考課の点数は、1次考課の低い点数を追認した点数か、更に低下させた点数でしかない事実、大阪D社出向中に原告に対して具体的な改善指導が行われた形跡がない事実に照らすならば、被告は、原告について初めから低い評価にする意図を持って、形だけの人事考課を行っていたとしか考えられない。このことに、原告が東京への異動に対して難色を示すや否や被告が法的根拠なく本件出向命令を発した事実、大阪D社出向中、原告が勤務態度について上司から注意を受けたり、始末書の提出を求められたことはなく、かえって作業の効率化に貢献したにもかかわらず、一貫して低い評価を継続させた事実を考慮するならば、大阪デリバリー出向期間中に原告に対して行われた異常に低い評価は、被告の意に沿わない言動を行った原告に対する嫌がらせないし見せしめの目的をもってなされたと認めるのが相当である。そうすると、原告の大阪D社出向中に、被告が原告に対して行った人事考課は、人事権を甚だしく濫用したものとして不法行為に当たると認めるのが相当である。

 また原告は、被告による不当な低査定により退職を余儀なくされ、精神的苦痛を受けたとして、この点も不法行為として主張する。確かに長期間にわたる不当な低評価によって、原告が不遇感を抱き、職務に対する意欲が削がれていったであろうことは想像に難くない。しかしながら、本件においては、被告は人事権を濫用して原告に低評価をしたものの、退職を勧奨するなど原告に対して直接に退職を求める行為には及んでいない。そうだとすると、被告の行為と原告の退職との間に相当因果関係があると認めることはできず、この点に関する原告の主張を採用することもできない。

 本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告の不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、200万円をもって相当と認める。これに加え、被告が人事権を甚だしく濫用した人事考課を行っていた期間は、原告の大阪D社出向期間中の全期間にわたる概ね4年間にわたること、被告の人事システムのもとにおいては、正当な人事考課がなされなかった場合は、昇格の機会すら与えられないことになり、このことにより原告は強い不遇感、焦燥感を感じたであろうことは想像に難くないこと、正当な人事考課がなされなかったことにより、原告は賞与額においても不利益を被った可能性が高いこと等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告の不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、300万円をもって相当と認める。

 原告は、不当な人事考課が本件降格処分及びその後の不昇格、不昇給をもたらし、その結果減収につながったと主張し、本来の賃金額と実際に支払われた賃金額との差額を逸失利益として請求している。しかしながら、就業規則の定め及び被告の人事システムの運用を前提とする限り、原告に一定の職位に昇格し、あるいは一定の等級に昇給することについての期待権を認めることはできないから、そうだとすると、昇格後の賃金と実際に受け取っていた賃金との差額を損害として請求することはできないと解され、この点に関する原告の請求は失当である。また、弁護士費用は30万円をもって相当と認める。
適用法規・条文
02:民法709条
収録文献(出典)
労働判例999号69頁
その他特記事項
本件は控訴された。

本件は、配転拒否事件としても争われた(「大阪地裁平成15年(ワ)288号 2004年1月23日判決」、「大阪高裁平成16年(ネ)528号、2005年1月25日判決」)