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板金工業組合産休・育休等後降格事件

事件の分類
その他
事件名
板金工業組合産休・育休等後降格事件
事件番号
大阪地裁 - 平成20年(ワ)第8528号
当事者
原告 個人2名 A、B
被告 板金工業組合
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年05月21日
判決決定区分
一部認容・一部却下・一部棄却
事件の概要
 被告は、大阪府板金工棟職業訓練校の運営等の指導教育情報事業、建設雇用改善事業の実施、福利厚生事業等を実施する工業組合であり、原告Aは、平成8年7月、被告に正社員として採用され、平成15年4月に事務局長代理に就任した女性であり、原告Bは、平成14年10月に被告に正社員として採用され、資材部に配属された女性である。原告Aは、平成16年に第1子を出産して産休を取得し、平成17年10月に第2子を出産して産休及び育休を取得した後平成18年10月に職場復帰した。また原告Bは、平成16年4月に第1子を出産して産休及び育休を取得し、平成18年2月に第2子を出産して産休及び育休を取得し、平成21年6月に第3子を出産して平成22年6月19日まで産休・育休を取得している。

 平成19年夏季賞与の査定期間中、原告は40日の年休(2年分)、看護休暇10日(2年分)、自己都合による代休8日を取り、欠勤が3.5日あった上、勤務時間中の私語、職場離脱が多く、被告にとって大事な総代会、理事会の日に欠席・遅刻したことなどがあったとして賞与の減額を受け、その後も低い査定を受けた。また、原告Bについては、平成19年冬季賞与の査定期間中、年休5日、自己都合による代休7.5日取り、勤務成績も悪かったなどとして賞与の減額を受け、その後も低い査定を受けた。

 被告においては、日常業務で車を運転する職員に対し「運転手当」として月額1万2000円が支給されることになっていたところ、資材の販売・運搬業務を担当していたEが病気休職になったため、原告らは被告の指示により、自動車を運転しての資材の販売運搬業務に従事したが、被告は日常的に配達を行っているわけではないとして、原告らに対し運転手当、営業手当等を支払わなかった。

 被告は、原告Aが育児休業から職場復帰した後の平成18年11月21日から平成19年12月20日までに、有給休暇40日のほか、平日に子供の看護等休日出勤による振替を含め83日休んだこと、総代会、理事会、監事会等の大事な役員会に欠席・遅刻するなどしたこと、原告Aは当日の朝になって休みの連絡をすることがほとんどであって事務処理に支障を生じたことから、管理職として不適格であると判断し、平成19年12月18日付けで、原告Aを事務局長代理から経理主任に降格(本件降格)した。また、被告は、その後Eの代替として、自動車の運転ができ、組合員に顔が広く、経験豊富な原告Aを資材主任に、原告Bを経理主任にそれぞれ配転(本件配転)した。

 これに対し原告らは、賞与の算定に当たって、年休取得を理由に減額することは賃金規程に違反していること、原告らに対する運転手当及び原告Bに対する営業手当等は支給されるべきものであることを主張して、本来支給すべき賞与と実施に支給された額との差額並びに運転手当及び営業手当等の支払を請求するとともに、本件降格及び本件配転の無効の確認を求めた。その上で、原告らは、被告から連続して賞与減額、役職降格、賃金減額、不当配転という不利益取扱いを受けたところ、これらは、原告らが子供を2人産み、育児をしながら働き続けていることを嫌悪し、その報復としてなされたもので、それ自体が既婚女性従業員に対する差別であり、不法行為に該当すること、原告Bは第3子を妊娠中、医師の指導に基づいて妊娠中の自動車通勤を申請したにもかかわらず、これを許可しなかったことは、男女雇用機会均等法13条1項に違反し無効であることを主張し、原告各自に対し慰謝料100万円を支払うよう要求した。
主文
1(1)被告は、原告Aに対し、4万4297円及び平成20年7月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、2万円の割合による金員を支払え。

(2)上記訴えのうち、本判決確定の日の翌日以降支払済みまでの金員の支払を求める部分を却下する。

(3)原告Aが、被告に対し、被告の事務局長代理の地位にあることを確認する。

(4)被告は、原告Aに対し、19万2000円及び平成20年7月から本判決確定の日まで、毎月25日限り、3万2000円の割合による金員を支払え。

(5)上記(3)の訴えのうち、本判決確定の日の翌日以降支払済みまでの金員の支払を求める部分を却下する。

2 被告は、原告Bに対し、12万7049円を支払え。

3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用のうち、

 (1)原告Aと被告との間で生じた部分は、これを3分し、その1を被告の負担とし、その余を厳酷Aの負担とする。

 (2)原告Bと被告との間で生じた部分は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を厳酷Bの負担とする。

5 この判決は、第1項の(1)及び(4)、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 平成19年から平成20年夏季までの間における未払賞与請求権の有無・額

 賞与の算定方法については、改正後の被告就業規則(賃金規程)には、賞与の支給額及び算定方法に関する具体的な条項は存在しないこと、「賞与は、組合の業績および業界の動向、職員の業務遂行能力、勤務成績等を考慮し……支払うものとする」。「経済状況等によりやむを得ないに場合、賞与を支給しない場合がある」と規定されていること等が認められる。

 ところで、そもそも賞与請求権は、使用者(被告)が労働者(原告ら)に対する賞与額を決定して初めて具体的な権利として発生すると解するのが相当であるところ、以上の事実からすると、賃金規程上、査定期間を定め、原則として毎年7月と12月に所定の金額を賞与として支給する旨の規定が設けられているものの、同規定は一般的抽象的な規定に留まるものであるといわざるを得ず、個別具体的な算定方法、支給額、支給条件が明確に定められ、これらが労働契約の内容になっているとまでは認められない。以上からすると、原告らの被告に対する本件における賞与請求権に基づく請求は、この限りにおいて理由がないといわざるを得ない。

2 原告らに対する賃金減額の適否及び未払賃金の額

 (1)従前資材部の担当者Eに対しては1万2000円、総務G、Hに対しては6000円の運転手当が支給されていたこと、(2)平成20年2月頃、Eが休職することから、被告は原告らに対し、本来の職務(原告Aは経理主任、原告Bは資材部)と並行して、資材の販売運搬業務に従事するよう指示したこと、(3)賃金規程によると、日常業務で車を運転する職員には運転手当として月額1万2000円が支給される旨規定されていること、(4)その間、原告らの他に同業務を担当した者がいたことを認めるに足りる的確な証拠はないこと、(5)同業務においては、日常自動車を運転していたこと、(6)被告が原告らに対して、同業務に従事するに当たって、運転手当について、規程と異なる合意をしたことを認めるに足りる的確な証拠はないことが認められ、これらの事実からすると、原告らの経理事務あるいは資材事務と並行して配送業務を行っており、原告ら個々人の配達回数はEに比して少なかったと認められることを考慮したとしても、被告は賃金規程に基づいて、原告らに対し、運転手当(1人当たり月額1万2000円)を支払うべき義務を負っていると解するのが相当である。したがって、原告らが資材の販売運搬業務に従事し、日常業務において車を運転していたと認められる間については、原告らは被告に対し、それぞれ1万2000円の運転手当を請求する権利を有していると解するのが相当である。

 営業手当は、仮に臨時的に担当することになったとしても、同業務を担当する者である以上、同手当(月額2万円)を受給できると解するのが相当である。原告Bは、Eが病気療養中に、Eが担当していた業務を担当したこと、原告は平成20年2月から6月までという単発的とはいえない期間同業務に従事していたことからすると、原告Bは営業手当として10万円の支払請求権を有していると解するのが相当である。

3 本件降格の適否等

 本件降格は、人事権の行使として行われたものであり、このような人事権は、労働者を特定の職務に雇い入れるのではなく、職業能力の発展に応じて各種の職務等に配置していく長期雇用システムの下においては、労働契約上、使用者の権限として当然に予定されているものであり、その権限行使については使用者に広範な裁量権があると解するのが相当である。そうすると、本件においては、原告Aに対する本件降格について、被告が有する人事権の行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断していくべきである。濫用等の有無を判断するに当たっては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度、能力、適性の欠如等の労働者側の帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度等諸般の事情を総合考慮するのが相当である。

 原告Aは、事前に連絡した上で、子供の介護が理由であるとはいえ、当日になって欠勤することがあったこと、総代会に欠席したことからすると、事務局長を補佐し、事務局全体をまとめる役割をも有していると考えられる事務局長代理としての職責を十分に果たすことができたか疑問なしとしない。しかし、そもそも年次有給休暇は、労基法及び就業規則上労働者の権利として認められているものであること、これを理由とする降格は、同休暇取得に対する抑止的効果を生じさせるおそれがあること、原告Aが年次有給休暇を取得したことに伴って、具体的に事務局長代理としての業務に支障を生じたことを認めるに足りる的確な証拠はないこと、被告代表者は、原告Aは能力が高いと評価していること、被告は組合員からの信頼を失った旨主張するが、その具体的な内容は明確とはいえないこと、

以上の点が認められる。

 以上認定したとおり、原告Aが事務局長代理としての能力を備えており、その適性を欠いていたとは認め難いこと、年次有給休暇を取得すること自体原告Aに責められるべき事由とはいえないこと、他方、原告Aが事務局長代理として職務に従事していた際、同原告が休暇を取得することによって、事務局長代理としての職責を十分に果たすことができなかったとも認め難く、これにより被告の業務に支障が生じたとも認められないこと、更には、本件降格により原告Aは3万2000円賃金が減少したこと、本件降格後、被告では事務局長代理の地位に就いた者はいないことをも併せ鑑みると、原告Aに対する本件降格は被告が有する人事権を濫用したものと評価せざるを得ない。したがって、本件降格は無効であり、原告Aは事務局長代理として地位を有するとともに、本件降格後本判決確定の日までの間における管理職手当と経理主任として支給を受けている手当の差額(3万2000円)を請求する権利を有していると認めるのが相当である。

4 本件配転命令の適否

 配転命令は、(1)業務上の必要がないのに行われた場合、(2)それが不当な動機ないし目的をもって行われた場合、(3)原告らに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合など、特段の事情がある場合には、権利の濫用として許されないと考えられる。

 (1)平成20年2月から5月末まで、Eが病気入院することになり、被告は原告らに対して、Eが担当していた資材の販売運搬の業務を担当するよう指示したこと、(2)Eが休職明けで体調回復が1年以上かかると予想されたことから、職場に復帰した後も販売運搬の業務を担当することが困難な状況になったこと、(3)Eを内勤としたことから、他の職員に配達業務を担当させる必要が生じたこと、(4)原告Aは、入社当初資材部に所属していたこと、(5)原告Aは入社して10年以上が経過し、組合員に顔が広いこと、(6)事務局職員は少人数であること、(7)被告の事務局職員は配転されないということではないこと、(8)被告事務局においては、特に経理に長い期間一人物が従事していることは経理の正確性を担保するため好ましくないこと、以上の事実からすると、Eが病気入院したことを契機として、被告事務局の担当職務を変更する必要が生じたと認めるのが相当であるから、本件配転命令に関しては、職務上の必要性があったと認められる。

 原告らは、本件配転命令について、被告が、結婚出産後も働き続ける原告らを蔑視し、原告らに対して、立て続けに一方的な賞与減額、降格、賃金減額・不支給という一連の不利益取扱いを行ってきたこと、専務理事は原告らを辞めさせると他の従業員に明言していたことからすると、本件配転命令は原告らを狙い打ちにした、あわよくば退職に追い込もうという嫌がらせ目的によるものであると主張する。確かに、被告は原告Aに対し、違法な本件降格を行ったこと、賃金の一部を一方的に減額したことがそれぞれ認められるが、本件配転命令が、原告らを退職に追い込もうと嫌がらせ目的で行われたとまで認めるに足りる証拠は見出し難い。また、原告らは、Eに代わって資材の販売運搬業務に従事する適任者は原告Bであり、原告Aに担当させること自体不当な動機に基づくものであると主張するが、被告は、原告Aの経験、組合員に顔が広いこと、能力が高いと評価したことから、本件配転を実施したと認められる。

 原告らは、本件配転により多大な不利益を被る旨主張する。これを原告Aについてみると、確かに、資材販売運搬業務のため、時間外労働を余儀なくされる等不利益を被る可能性がないとはいえない。しかし、(1)原告Aは入社当初資材部に在籍していたこと、(2)Eが病気入院中、原告AはEに代わって原告Bとともに、資材の販売運搬業務に従事していたこと、(3)内勤から外勤へという変化はあるものの、就業場所、通勤等に特段の変化はないこと、(4)育児等について具体的な支障が生じたとまでは認められないこと、以上の点を総合的に勘案すると、当該事情をもって、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益であるとまでは認め難い。

 また原告Bについてみると、確かに本件配転に当たっては、原告Aが担当していた経理事務に関し、両者の間で引継ぎの期間が設けられていないこと、原告Aは主として販売運搬業務に従事していることから、原告Bが原告Aから経理業務の内容について、すぐに教えてもらうことが困難であること、原告Bは初めて経理業務を担当すること、原告Bは簿記の資格を有していないこと、以上の点が認められることからすると、原告Bは、当該業務に慣れるまで、時間外勤務等不利益が生じる可能性がないとはいえない。しかし、(1)経理部には原告Aの他にも従業員が在籍しており、適宜質問等することができること、(2)原告Aは常に外回りの業務に従事しているとは考え難いことから、質問等が全くできない状況にあるとはいえないこと、(3)かかる状況からすると、原告Bが簿記の資格を有していないことが、担当業務に直接支障を生じさせる原因になるとはいえないこと、(4)育児等に具体的な支障が生じたとまでは認められないこと、以上の点を総合勘案すると、当該事情等をもって、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益であるとまでは認め難い。

5 原告の被告らに対する損害賠償請求権の有無・額

 被告の原告らに対する賃金減額に関しては、その一部が無効であり、原告Aに対する本件降格は人事権の濫用と認められる。しかし、被告は平成16年9月16日、新たな職員を雇い入れ、また平成17年9月6日から平成18年7月31日までの間、派遣社員1名の派遣を受け入れたこと、平成17年4月に「育児・介護休業規程」を制定したこと、被告は、原告らが雇用保険の育児休業給付金を受給できるための計画書を作成したこと、本件配転命令は業務上の必要があったと認められ、他方不当な動機目的があったとは認められないこと、原告ら以外の女性従業員から同様の苦情等が出ているとは窺えないこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、被告の原告らに対する賃金減額等の不利益取扱いが、育児をしながら働き続けている女性従業員を嫌悪し、その報復としてなされた既婚女性従業員への差別であるとまで認めることはできない。

 原告Bの妊娠中の通勤方法に関する点についてみると、確かに被告の対応には配慮に欠けた点が窺われるが、他方、自動車通勤に伴う危険が存在することは事実であり、原告Bが通勤手段として公共交通機関を利用することが著しく困難であるという事情は認められないこと、母性健康管理指導事項連絡カードによると、原告Bには特に指導事項に該当する項目は見当たらないことからすると、被告が妊娠中の原告Bの通勤方法として自動車通勤を許可しなかったことをもって損害賠償請求権が発生する違法な行為であるとまでは解し難い。
適用法規・条文
02:民法709条、
08:男女雇用機会均等法 13条1項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2084号3頁
その他特記事項