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西野田労基署長(モータープール保安係員)急性心筋梗塞死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
西野田労基署長(モータープール保安係員)急性心筋梗塞死事件
事件番号
大阪地裁 − 平成3年(行ウ)第57号
当事者
原告個人1名

被告西野田労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1994年09月02日
判決決定区分
棄却
事件の概要
S(大正15年生)は、昭和27年10月にY製鋼所に入社し、昭和58年11月に定年退職した後同社に再雇用され、大阪工場のモータープール(MP)の保安係として、 MPの警備管理業務に従事していた。

 SのMPにおける本件警備管理業務は、午前8時30分から翌日午前8時30分までの24時間、隔日勤務(月2回3昼夜勤務)であり、その内容は、午前10時から11時まで約30分間の駐車場内のパトロール、午前11時から12時まで約20分間の駐車場内の整理・清掃、午後4時から6時まで約30分間の駐車場内のパトロール、休日の場合は正門の班長に対する異常の有無の電話連絡、午後9時から10時まで勤務日誌の作成、公衆電話料金の集計、約20分間の駐車場内のパトロール、正門への異常の有無の連絡、午後10時MPの通用門を閉めその後約20分間の巡回、就寝後の午前4時30分、起床して保安室内の清掃、午前5時開門、午前6時から7時まで約30分間ゴミ消却、午前7時以降焼却炉付近を清掃し、正門の保安係に連絡、午前8時30分相番への申し送り事項を黒板に記入し、勤務日誌を管理課長に提出して退社となっていた。

 Mは、昭和59年9月7日から3昼夜連続勤務に入り、勤務を終えた同月10日午前8時4、50分頃、診療所を訪れ、看護婦に対し感冒気味で疲労感がある旨訴え、ブドウ糖注射を受けた。Mは退社した後の同日午後3時45分頃、再び診療所を訪れ疲労感を訴えたため、看護婦が血圧を測定したところ、測定不能値を示し、脈拍が130あったため、Mは救急車で病院に搬送されたところ、急性心筋梗塞との診断を受けて緊急入院し、手当を受けたが、同日午後8時52分、心筋梗塞によりショック死した。
 Mの妻である原告は、Mの死亡は過重な業務に起因する業務上災害であるとして、労災保険法に基づき、被告に対し遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被告はMの死亡は業務に起因するものではないとして、これを支給しない旨の決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1,原告の請求を棄却する。

2,訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
労災保険法に基づく遺族補償給付、葬祭料が支給されるためには、労働者が業務上死亡すること、すなわち、その死亡が業務に起因すること(業務起因性)が必要であり、この業務起因性が認められるためには、死亡と業務との間に相当因果関係が存在することが認められなければならない。

 本件警備管理業務は、勤務時間が午前8時30分から24時間と長く、その頻度は2日に1日であり、1ヶ月に2回は3昼夜連続勤務に従事しなければならず、夜間に仮眠ができるものの十分な熟睡時間を取ることができないことは認められるが、他方、勤務時間のかなりの部分は拘束程度の弱い自由な時間であって、常に強度の緊張を強いられるものではなく、とりわけ、昼間には午後1時から4時まで3時間の自由時間が与えられていること、したがって3昼夜連続勤務の際には、昼間に仮眠を取ることによりある程度睡眠不足を補うことができること、3昼夜連続勤務の場合、初日に肉体労働は済ませてしまい、2、3日目は適宜に過ごすこともできること、Mは24時間勤務を終えた翌日は非番日で、十分睡眠を取るなど疲労を回復することが可能であるほか、年間有給休暇を24日付与され、これが月2回の3日連続の休暇として現実に取得できたこと、Mは夜間の仮眠に際し、当初は近隣の騒音によって睡眠を妨げられたことはあったが、それも1、2週間で慣れ不満を訴えることがなかったし、また午後10時の閉門後の車の入庫自体、台数は少ないし、そのため開門しなければならない事は月1、2回であったこと、本件勤務中、肉体労働は1日3回1回当たり20ないし30分程度のMPの見回り、保安室内の清掃、約20分間のMPの清掃程度しか存せず、肉体的負担は軽微であったこと、Mが勤務していた間に、MPにおいて事故、盗難などの突発的事態は生じたことがなかったこと、大阪工場において、本件警備管理業務は肉体的及び精神的に最も負荷の軽い職場と考えられており、55歳以上の高齢者又は健康上やや弱いものの中から要員を配置していること、Mは定年に達する前に自ら望んで本件警備管理業務に従事し、死亡まで約1年8ヶ月右業務に従事し、その業務内容に精通し、労働環境にも慣れていたことが認められ、以上の事実を総合すると、本件警備管理業務自体、心筋梗塞を発症せしめる程の肉体的疲労や精神的緊張(ストレス)をもたらす過酷な業務であると認めることはできない。

 そして、右認定の事実によると、Mが昭和59年4月(本件発症の約5ヶ月前)以降及び本件心筋梗塞の発症前1週間に従事した本件警備管理業務に限ってみても、通常時の本件警備管理業務の内容に比し、肉体的疲労及び精神的緊張を含め右内容に特に加重されたところはなく、右内容と同様であったと認められる。また、本件心筋梗塞発症直前の3昼夜連続勤務にしても通常時の勤務内容に特に加重されたところはないというべきである。

 次に、Mについて心筋梗塞を発症せしめる冠危険因子の存在を検討するに、同人は本件心筋梗塞発症当時59歳とかなり高齢であったこと、境界域高血圧であり、煙草を1日に20本吸っていたこと、1日に3ないし5合程度を飲酒し、カルテ上では「アルコール中毒」と記載されていることからすると、適量を超えて飲酒する傾向にあったことが認められ、Mは本件心筋梗塞発症当時、高年齢、高血圧、喫煙、過度の飲酒を原因として、自然的経過を経て心筋梗塞が発症したとしても不合理なところはなかったものと認められる。
 したがって、以上の事実と本件警備管理業務と本件心筋梗塞発症との間の因果関係を否定する各医師の意見を総合すると、Mの従事した本件警備管理業務は、本件心筋梗塞を発生させるに足りる過労ないしストレスを生じさせる業務と認めることはできないし、またMには、高年齢、高血圧、喫煙、過度の飲酒等多くの重大な冠危険因子が存在するから、本件警備管理業務と本件心筋梗塞との間には相当因果関係があるとはいえず、もって業務と死亡との間にもまた相当因果関係は認められない。
適用法規・条文
07:労働基準法79条、80条,

99:その他 労災保険法12条の8、

16条の2、

17条,
収録文献(出典)
労働判例668号15頁
その他特記事項
・法律  労働基準法、労災保険法