判例データベース
軌道工事等請負会社現場監督脳梗塞事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 軌道工事等請負会社現場監督脳梗塞事件
- 事件番号
- 和歌山地裁 − 平成12年(ワ)第271号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社 - 業種
- 建設業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年12月10日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、軌道工事等の請負を主たる目的とする株式会社であり、原告(昭和27年生)は、平成2年11月頃から、被告の下請会社であったF社の下請のG組において、平成5年1月頃からはF社において線路工事の作業員として稼働していたところ、同年6月1日に被告の従業員となり、和歌山営業所において線路工事の現場監督を担当していた。
被告従業員の勤務には、日勤(午前8時30分から午後5時15分まで)と夜勤(午後10時から午前5時まで)とがあったところ、夜間作業の回数は従業員によって差があり、原告は回数が多い方であって、平成6年7月以降については、被告が認めたものだけでも月平均9回強となっていた。原告は和歌山営業所の業務のほか、平成7年1月26日から29日までの間及び同年2月2日から4日までの間、阪神大震災発生に伴う線路の復旧作業に従事した。
原告は、平成5年以降、高血圧症、高脂血症等を指摘され、医師から断酒、食事療法及び受診を指示されたが、治療は受けず、飲酒も喫煙も継続し、格別の食事療法も行わなかったところ、平成7年3月4日、TIA(一過性脳虚血発作)発作を起こした。原告はその後、病院を受診し、同年10月までの間、肩関節周囲炎、高脂血症、高血圧、B型肝炎、C型肝炎、糖尿病、大腸ガンの疑いで通院、治療を受けたが、その後も大量の飲酒、喫煙を止めなかった。
平成8年1月4日の仕事始めは原告は日勤のみで、翌5日は午前8時30分頃出勤し、打合せを終わって事務所に戻った午後1時頃TIAを起こし、労災病院で受診し、脳梗塞と診断されて経過観察が行われた。原告は同年7月21日までの間労災病院に入院し、退院後通院して投薬治療とリハビリを受け、平成11年4月30日、症状固定と診断された。
原告は、本件脳梗塞は、夜勤が多い上に長時間労働を繰り返すなど過重な業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、被告に対し、逸失利益8787万円余、入通院慰謝料500万円、後遺障害慰謝料2500万円、弁護士費用1000万円など、総額1億3982万5149円の損害賠償を請求した。これに対し被告は、原告が従事していたのは肉体労働ではなく監督業務であって、業務は過重ではなかったこと、本件疾病は、原告の大量の飲酒や喫煙など本人の責によるものであること、仮に被告に賠償責任が認められるとしても応分の過失相殺が認められるべきことを主張して争った。 - 主文
- 1,被告は、原告に対し、1440万3287円及びこれに対する平成
12年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2,原告のその余の請求を棄却する。
3,訴訟費用はこれを10分し、その9を原告の、その余を被告の負担とする。
4 この判決は1項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 原告の業務と発症との相当因果関係の有無
原告の業務のうち特に夜勤は、線路の保守という公共の安全に関わる工事の監督業務であるから、相当程度の緊張を伴うものであったということができる。また夜勤が月平均9ないし10回あった上、夜勤した日のほとんどは日勤に引き続き夜勤を行っており、夜勤した日の8割強は、日勤に引き続き夜勤をし引き続き日勤を行っており、その中には日勤に続き夜勤をした日が2日以上(最多4日)続くこともあるという、拘束時間が長く、極めて不規則な勤務状態であった。そして、平成5年7月以降上記のような勤務状態が続いていたものと推認され、脳梗塞の前駆症状たるTIAを発症したと認められる平成7年3月まで上記のような業務に継続して従事してきたことが、原告にとって精神的、身体的にかなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらしたことは否定できない。しかも、TIA発症前月‘同年2月)の夜間勤務時間は51時間にのぼる上、上記発症の約1ヶ月前には、阪神大震災の復旧工事の応援に赴いており、その際も、仮眠時間を挟んでとはいえ日中の作業に続き深夜の作業を行うことを繰り返し、仮眠や休憩は移動の車両内や駐車場で行っていたことにその時季も考え併せると、その業務は原告の従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず、それまでの長期間にわたる過重な業務の継続と相まって、原告にかなりの精神的、身体的負荷を与えたものとみるべきである。他方、原告は、被告入社の約5ヶ月後の健康診断結果からみて、被告入社当時からTIAひいては脳梗塞の発症の危険因子となる高血圧症・高脂血症を患っていたと推認されるが、その血糖値からみて軽症の部類であった。
以上、原告は被告入社当時から基礎疾患を有していた上、原告は業務による持続的な精神的緊張以外にも高血圧・高脂血症の危険因子を有していたといえるから、被告における過重な業務が原告を発症に至らせた唯一の原因であるとまではいえないが、上記の原告の基礎疾患の内容、程度、TIA発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症の原因の一つとなり得るものであり、医師の意見も原告の業務を軽減すべきであるとする点は一致していることをも併せ考えれば、原告が従事した業務が少なくとも上記基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、平成7年3月のTIA発症に至らせた一つの原因であるとみるのが相当である。そして、TIAは脳梗塞の前駆症状であって、脳梗塞に移行することが多いことに、上記TIA発症後平成8年の脳梗塞発症に至るまで、原告の業務内容は従前と変わらず、夜勤が多く不規則な勤務状態が継続したことなどに鑑みれば、原告の業務と平成8年の脳梗塞の発症との間にも相当因果関係があるというべきである。
2 被告の安全配慮義務違反の有無について
被告は、原告との間の雇用契約上の信義則に基づき、使用者として、原告の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負うものであり、具体的には、労働時間等について適正な労働条件を確保し、更に健康診断を実施し、原告の健康状態等に応じて従事する勤務時間等を軽減するなど適切な措置を執るべき義務を負う。そして、高血圧症や高脂血症を患っている者は、脳梗塞等を発生する可能性が高く、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務は上記基礎疾患の増悪に影響を与えるものであるところ、被告は、原告の入社後、定期健康診断の結果により原告の基礎疾患の存在とその程度を認識していたのであるから、原告の業務を軽減するなどの配慮をすべき義務があったというべきである。ところが、被告は、原告の業務を軽減することなく、上記のような過重な業務を継続して行わせたものであるから、被告は安全配慮義務に違反したものであり、これによる損害について民法415条に基づき賠償する責任を負うというべきである。
3 損害額
入院雑費23万0100円、付添看護費177日分97万3500円となり、逸失利益はその後遺症の内容、程度からみて労働能力の100%喪失したと認められるところ、原告の年収は614万円であったと認められるから、原告は脳梗塞の発症がなければ67歳に達するまで20年間この収入を得ることができたはずであって、以上を基礎として年5分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除すると、後遺障害による逸失利益は、7651万6680円と算定される。また、入通院慰謝料は210万円、後遺障害慰謝料は2500万円が相当である。
被告には安全配慮義務違反が認められるものの、原告は被告入社当時既に基礎疾患を有していたと推認される上、原告が平成7年3月にTIAを起こし、その後脳梗塞を起こし、後遺障害を残すに至ったについては、原告が健康診断の都度高血圧等を指摘され、医師から禁酒、禁煙、食事療法、治療を受けることを指示されたにもかかわらず、指示を守らず、平成7年3月に至るまで診察すら受けなかったこと、その後も飲酒喫煙を止めず、平成8年1月5日に入院した後も禁煙が守られなかったことなど、原告の生活・診療態度に大きな原因があるといわざるを得ない。したがって、原告の損害を算定するに当たっては、原告に生じた損害の7割を減額するのが相当である。
原告は、大阪南労働基準監督署長に対し、脳梗塞を発症したとして、労災保険法に基づく休業補償給付を請求し、同署長は原告の疾病を業務上災害と認定し、療養補償給付908万7586円、休業補償給付1054万2555円、障害補償年金1152万7099円、介護補償給付111万3020円等を受領した。これらのうち、対象となる損害が同質である損害を控除すると、逸失利益は88万5350円、将来の介護費用407万7937円、入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料813万円の合計1309万3287円となり、弁護士費用は131万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、418条,
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
- ・法律 民法、労災保険法
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|