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日野市(病院副院長)降格事件

事件の分類
配置転換
事件名
日野市(病院副院長)降格事件
事件番号
東京地裁 − 平成19年(行ウ)第417号
当事者
原告個人1名

被告日野市
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年11月16日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
原告(昭和24年生)は、昭和49年3月に大学医学部を卒業した外科医であり、平成13年5月、本件病院に参事副院長として着任した。原告はその頃発言も少なく、動作も緩慢であり、院長は原告がうつ状態であると感じており、原告自身もこれを自認していた。原告は、平成13年4月16日から9月20日まで、不眠症の通院治療を受け、同年6月頃3週間の休養を取った。本件病院は平成14年6月に新築移転したが、原告はその頃まで術者として手術を行うことはなかった。

 原告は、副院長として医療事故対策等に取り組んでいたところ、平成15年10月20日、術者として70歳の女性患者の直腸癌の手術の執刀をしたが、直腸断端と膣を縫合するという医療ミスを起こした。院長は、平成16年4月、原告の外来診療を含む全ての医療行為を禁止したが、その際原告に対し、当時の病院の課題であった病院機能評価受審に向けて集中するよう指示した。原告は、同年3月、外科学会の特別講演に際し、その謝礼について一律5万円の定めがあるにもかかわらず、薬品会社に30万円の支払を要求して顰蹙を買ったほか、平成17年4月、S字結腸穿孔部切除術施行時に、主治医でもないのにカンファレンスと異なる意見を述べ混乱を招いた。

 被告市長は、新築後3年間で27億円の赤字が累積している本件病院を立て直すための人事一新の一環として、平成17年12月、原告に対し退職勧奨をしたが、原告はこれを拒否した。また、被告助役らは、平成18年2月15日、原告に対し改めて退職勧奨をしたが、原告はこれも拒否したため、更に同年3月2日、原告が本件病院の職員の信頼を失っていることに言及して同月末での退職を勧奨した。このような中、被告は、健康行政の一端を担い、市民の健康増進、疾病、介護予防の観点から、本件相談室を市庁舎内に設置し、同月27日、原告にそこでの勤務を内示し、原告は降格処分であって無効であると主張したが、同年4月1日付けで本件健康相談室への勤務を命じた(本件処分)。

 原告は、同年4月18日、被告市長に対し、本件処分は地公法49条1項の不利益処分に当たるとして処分理由書の交付を請求したのに対し、同市長は、この職務を達成するためには医師職の配置が必要であること、原告の本件相談室における役職である参事は、副院長と同格で、身分、給与等の変動を生じさせていないから、不利益処分には当たらないなどと回答した。
 原告は、同年5月9日、東京都公平委員会に対し、本件処分が地公法49条1項の不利益処分に当たるとして、審査請求をしたが、同委員会は平成19年5月10日、この請求を却下する旨の判定をした。原告は、本件処分により、医療行為にも病院経営にも関与できなくなるなど職務内容において降格されたものであり、被告は本件相談室を設置して原告を閑職に追いやり、退職に追い込もうとしているから、その実態は退職勧奨拒否に対する報復人事として地公法49条1項の不利益処分に当たると主張し、これら被告の違法行為による精神的苦痛について、国家賠償法1条1項に基づき、500円の慰謝料を請求した。
主文
1,日野市長が原告に対して、平成18年4月1日付けでした「参事を命ずる」、「Y病院附属市民健康相談室勤務を命ずる」という処分はこれを取り消す。

2,原告のそのほかの請求を棄却する。

3,訴訟費用は、4分の1を被告の負担として、そのほかを原告の負担とする。
判決要旨
1 本件処分が49条1項の不利益処分に当たるか否か

 原告は本件処分により副院長を外れたが、部長待遇に変わりがないことが認められるなど、何らかの法律上の不利益を被るものとはいえない。しかし、本件処分の後、原告の給与は、各種手当の支給を止められて月額で約20万円の減額になったのであるから、原告は、本件処分により、給与において降格されたというべきである。

 本件処分前、原告は、平成16年4月に医療行為を禁止されていたが、副院長として、約300人の職員を擁する本件病院の経営について、広範な職務を担当していた。これに対し、本件処分により原告が配置された本件相談室は、啓発活動が行われることはなく、利用者がごく少数であり、部下が配置されず、健康事業の効果等の分析、予防医療的アドバイスや本件病院の役割等の機会がなく、医師の処方がなくても使える薬しか置かれていないことなどから、実体を伴った施設ということはできない。被告は、本件処分を水平異動と主張するが、本件病院副院長の職務内容と本件相談室のそれとの違いに照らすと、これを水平異動というのは無理があり、本件相談室に、医師として長年のキャリアを有する原告をあえて配置する必要性を認めることはできない。そうすると、原告は本件処分により、職務内容において降格されたというべきである。

 被告が平成17年12月頃から原告に対し、繰り返し退職勧奨をした目的は、市長が本件病院の約27億円の累積赤字を問題視して、経営責任者の人心一新を図るところにあると認められるのであり、これを直ちに不当なものということはできない。ただし、本件処分と同時にもう1人の副院長が退任したために、その後1年以上副院長不在の状態が続いたこと、原告と同じく退職勧奨を受けたと考えられる院長の退任が本件処分の約1年後であったことなどを考慮すると、本件処分により本件病院の経営責任者の人心一新を図るという当初の目的は達成されなかったといわざるを得ない。また、原告の退職の見通しが立たない状況において、被告は、管理会議の議論を経ることもなく、急遽市庁舎内に相談室を新設し、原告をそこで勤務させることを決めて、本件処分の4日前原告に内示したが、本件相談室は実体を伴わない施設であり、ここに原告を配置する必要性が認められない。このような経緯等によれば、本件相談室は、健康行政の充実等を図るための施設ではなく、退職勧奨を拒否する原告の処遇に窮した被告が、原告の受入先とするだけのために新設した形ばかりのものというべきである。そうだとすると、被告は、あからさまな報復とまではいえないとしても、原告を副院長から外し、本件病院から排除する目的で本件処分をしたと認めるのが相当である。したがって、原告は、本件処分により、元の職に戻ることによって回復すべき法律上の利益を侵害されているというべきであるから、本件処分は地公法49条1項の不利益処分に当たると認められる。

2 本件処分が被告の裁量権の範囲内のものか否か

 被告は、原告が躁病であり、これにより副院長の職務の遂行に支障があると主張するが、被告の主張事実を認めるべき証拠はないから、本件において、原告が心身の故障により副院長の職務の遂行に支障があると認めることはできない。

 原告は、直腸癌の手術で初歩的なミスを起こしたが、その後の対応がミスの自覚を欠いているとの印象であったこと、講演の謝礼額に関して薬品会社に顰蹙を買うような申入れをしたこと、院長から全ての医療行為を禁止されたこと、主治医でもないのに他の医師の医療行為に介入し、予定されていた手術をしなくてもよいと述べて周囲の混乱を招いたこと、医療事故対策等に関して高価なシステムを導入し、他の医療機器を購入できない職員の不満を招いたこと、写真の読影に誤りがあるのではないかと指摘した患者に対し、居丈高な応答をして不快感を覚えさせたことなど、しばしば本件病院の患者や関係者の信頼を損なうような言動をしている。しかし、原告の手術ミスは決して軽視されるべきではないが、これだけで全ての医療行為を禁止しなければならないほど重大なものということはできない。院長は、この手術ミス以外にも、病院機能評価受審に集中すべき時期であったことなど諸般の事情を考慮して、その約半年後に原告の医療行為を禁止したものと考えられる。また、そのほかの言動も、患者等の信頼を損なうものであったが、本件病院の経営について広範な職務を担当していた副院長を、その意思に反して実体を伴わない新設部署(本件相談室)に異動させるべき事由であるともいい難い。そうすると、上記の言動によって、直ちに原告が副院長の職務に必要な適格性を欠くとは認められないから、本件処分が被告の裁量権の範囲内のものと認めることはできない。

3 被告の原告に対する国家賠償法1条1項の責任の有無について
 前記のとおり、被告の原告に対する退職勧奨は、直ちに不当なものということができないし、原告は、しばしば本件病院の関係者や患者等の信頼を損なう言動をしており、そのため職員の信頼を失っていることを理由に退職勧奨をされている。そうすると、被告が原告を副院長に置くべき法律上の義務を負っていたと認めることはできない。したがって、被告の原告に対する国家賠償法1条1項の責任を認めるべきではない。
適用法規・条文
04:国家賠償法1条1項,

05:地方公務員法49条1項,
収録文献(出典)
労働判例998号47頁
その他特記事項
本件は控訴された。

・法律  国家賠償法
・キーワード  慰謝料、パワーハラスメント