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江戸川労基署長(食品機械等製造会社)設計技師自殺控訴事

事件の分類
その他
事件名
江戸川労基署長(食品機械等製造会社)設計技師自殺控訴事
事件番号
高松高裁 − 平成21年(行コ)第4号
当事者
控訴人国

被控訴人個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年12月25日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
甲(昭和39年生)は、昭和63年4月に食品機械等を製造する徳島県にあるS社に雇用されて、平成9年4月、技術設計1課係長に任命され、平成10年5月、機械設計課技師に格付けされた。

 甲は、S社在任中の平成10年4月から平成11年4月16日、U酪農社への出向命令を受け、同年5月6日に単身赴任したが、甲と被控訴人(第1審原告)は、平成11年4月当時、2人の子供の幼稚園への送り迎えを分担するなど、家事・育児を分担していたことから、甲の単身赴任によって、これらの負担が被控訴人にかかることとなった。

 甲は、U酪農社へ赴任直後にS社に帰って、UFS機の設計者外2名の協力を得て、UFS機改造設計作業を行ったが、この間甲は、7日間連続で勤務し、残業・休日労働時間は25時間となった。甲は、翌18日にU酪農社に帰社したが、翌日うつ状態にあると診断され、投薬治療を受けた。その後甲は同月27日に入院し、同年8月11日に退院した。甲は、同月26日からS社機械課設計技師として職場復帰したが、同年9月下旬頃から再び病状を悪化させ、同年11月2日から再び自宅療養となった。

 甲は、同月25日、遺書と「来歴及び病状経過」と題する書面を残して実家の納屋で梁にロープで頸部を吊り自殺しているのが発見された。

 甲の妻である被控訴人は、子会社への出向と、出向先での業務による心理的負荷によりうつ病を発症したことによるものであるとして、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、同署長がこれを不支給とする処分(本件処分)をしたことから、審査請求、再審査請求を経て、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、甲のうつ病の発症・増悪とこれによる自殺は業務に起因するものであるとして、本件処分を取り消したことから、控訴人(国)がこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1,本件控訴を棄却する。

2,控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
当裁判所も、被控訴人の請求をいずれも認容すべきであると判断する。

本件においては、社会通念に照らして、平均人が甲と同じ状況に置かれた場合に、当該業務がうつ病を発症させる危険性があったか否かを判断すべきことになる。

 甲について、うつ病の症状が現れたのは、甲自身が自覚する平成11年5月8日頃のことであって、明らかにうつ病と診断されるべき時点は同月16日以降のことであるといえる。もっとも、うつ病の診断に関し、ICD10では原則として各症状の持続期間は約2週間とし、重度の急性症状を呈する場合には、2週間未満でも重度のうつ病の診断をすることを妨げないとされているとおり、うつ病は精神的負荷により突然発症するものではなく、症状の出る以前の段階、すなわち平成11年4月頃から精神的な負荷による不安感等が生じていたと認めるのが相当である。

 しかしながら、甲は、それまで担当していたデザート機械の設計を完了し、その販売に意欲を燃やしていたところであって、甲にとって、S社勤続中に一度は出向等が命じられることがあり得ること自体は理解していたものと認められるものの、本件出向の命令は、その時期としては予測されたものではなかったこと、U酪農社へ出向することとなれば単身赴任にならざるを得ないが、そうなると育児・家事の負担が全て被控訴人にかかることとなり、家庭的には非常に困った状態になること、しかも出向期間は明示されず、U酪農社への出向者の前例からみて長期間にわたることも予想されることによれば、甲と同じ立場に置かれた平均人を基準としてみた場合に、一般に想定される在籍出向の事例と比較して、強い心理的負荷がかかったものといえる。

 甲は、本件出向後、その業務としてこれまで担当したことのない機械の設計等を担当することになり、その設計等に利用するCADもこれまでに使用したことのないものを使用せざるを得ない状況の中で、実現不可能な納期による業務を命じられ、かつ、命じられた業務については出向元の会社への出張という形式で支援は得られたものの、所属する部署の業務は恒常的に繁忙であり、技術面で相談できる上司等や業務を命じることができる部下もいないなど、支援が乏しい状況に置かれていたといえ、このような甲の立場に置かれた平均人としては、通常の出向に伴う業務や周囲の環境の変化以上の強い心理的負荷を感じるものというべきである。

 以上によれば、本件出向命令後約1ヶ月という短期間において、本件出向そのものによる心理的負荷及び本件出向後の業務による心理的負荷の両面において、通常の出向による負荷として想定される範囲を超える強い負荷が加わったものといえ、客観的にうつ病を発症させるおそれのある程度の業務による強い心理的負荷が認められるというべきであるから、心理的負荷の程度は3(強)に当たると認めるのが相当である。
 以上によれば、本件処分は違法な処分として取り消されるべきであり、処分行政庁としては、遺族補償給付及び葬祭料の給付決定をすべきである。
適用法規・条文
99:その他
労災保険法7条1項、12条の2の2第1項、16条の2、17条,
収録文献(出典)
労働判例999号93頁
その他特記事項
・法律  労災保険法
・キーワード  配慮義務、配置転換