判例データベース
M社派遣労働者雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- M社派遣労働者雇止事件
- 事件番号
- 神戸地裁姫路支部 − 平成21年(ワ)第290号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 M株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年01月19日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、火薬類及び発火装置等の製造・販売、労働者派遣事業等を業とする株式会社であり、原告は、各種製造会社のライン請負業務、一般労働者派遣事業等を行うT社に平成17年6月27日から平成21年1月31日まで雇用され、被告の姫路工場において業務に従事していた者である。
被告は、平成16年7月12日、T社との間で業務請負基本契約を締結し、同社に対し姫路工場で生産する製品の製造業務を委託した。原告は、T社の社員Aから被告を紹介され、平成17年6月14日、同人と共に被告姫路工場を訪れて、被告の社員Bと面談し、仕事の説明を受けたり、工場の見学をするなどしたところ、同基本契約に基づき、同月24日、T社との間で、自動車安全部品の製造及び附帯業務に関する業務委託契約(本件契約)を締結し、原告は同月27日から同工場の生産ラインで就労を開始した。同契約は平成18年10月31日まで更新・継続されたが、被告は同年8月8日、T社との間で労働者派遣契約を締結し、上記業務委託から労働者派遣に切り替え、原告は平成18年11月1日から派遣労働者として被告姫路工場に派遣され、従前と同様の就労を継続した。
被告及びT社は、本件派遣契約につき、平成20年11月1日から平成21年1月31日までをもって更新しないこととし、原告は同日をもって本件雇用契約を打ち切られた。原告はその後兵庫労働局に対し、被告の労働者派遣法違反について申告したことから、被告は同年4月16日、同局から、3年を超える派遣労働者の受入を禁止した労働者派遣法に抵触していたとして是正指導を受けた。
原告は、1)業務の指示は専ら被告の正社員が行っていたこと、2)業務遂行に必要な設備、機材等は全て被告が所有し調達したものであること、3)残業を命じるのも全て被告の正社員であること、4)原告が受ける給与は、被告がT社に業務委託料として支払った金員からT社の利益等を控除した額を基礎とするものであって、「マン。アワー」方式により被告が実質的に給与の額を決定していたこと、5)姫路工場における実際の業務処理は請負を偽装したものであって、職業安定法44条で禁止する労働者供給に該当するものであるから、本件委託契約は私法上無効であること、6)原告の労務の提供の相手方は被告のみであることなどを挙げ、原告と被告との間には黙示の労働契約が成立していると主張した外、仮に黙示の労働契約が成立していないとしても、原告が姫路工場で就労して1年を経過した平成18年6月27日の時点で、労働者派遣法40条の4で定める雇用契約申込みの義務の効果として労働契約が成立しているとして、被告の従業員としての地位の確認と賃金の支払を求めた。また原告は、本件雇止めは整理解雇に当たるところ、整理解雇の4条件を満たしていないから、客観的合理性、社会的相当性を欠くものとして違法無効であると主張した。更に原告は、被告は3年半以上にわたり原告の労務提供を受けながら、違法状態下での就労を余儀なくさせ、原告を不安定な雇用状況に置いたまま、不況になるや本件派遣契約を解除して原告の就労を拒否したものであって、これにより原告に対し著しい精神的苦痛を与えたとして、慰謝料200万円を請求するとともに、被告は兵庫労働局からの是正指導を受けて以降、契約社員の募集を少なくとも7回行いながら、原告に声を掛けることさえしなかった対応は、原告が上記申告をしたことに対する報復であれば、申告したことを理由とする不利益取扱を禁止した労働者派遣法49条の3に違反する不法行為に当たるとして、これにより被った精神的苦痛に対する慰謝料200万円を請求した。 - 主文
- 1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1原告・被告間の労働契約の成否
(1)事前面接について
請負契約においては、請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが、請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人に委ねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきであり、このような労働者派遣も、それが労働者派遣である以上は、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないものというべきである。そして、労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、更には派遣労働者を保護する必要性等に鑑みれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。
原告は、平成17年6月14日、T社に採用される以前にAとともに姫路工場を訪れ、Bから製造業や交替勤務の経験の有無、いつから勤務を開始することができるか否か等につき質問を受けているところ、原告はこれをもって被告が事前面接を通じて原告の採用に関与し、これを決定した旨を主張する。しかし、他方、原告は姫路工場を訪れた際履歴書を持参していなかったこと、Bは原告に対し自らを採用担当者であると説明することはなく、現実にも採用権限を持っていなかったこと、給与関係に関する説明もなかったことに加え、姫路工場では業務請負会社から労働者を受け入れる際、同社による雇用を希望する者に対し、工場の概要や業務の内容等の説明及び工場の見学を実施していたことが認められることからすれば、Bとの前記やりとりが被告による事前面接であり、これにより被告がT社による原告の採用に関与し、これを決定していたとみることはできない。したがって、T社による原告の採用につき、被告による事前面接があったとは認められず、これを根拠に原告・被告間には黙示の労働契約が成立したとの原告の主張は理由がない。
(2)使用従属関係・労務給付関係・賃金支払関係
生産品目や生産数等に関する指示ないし作業の進捗状況の確認は、被告の正社員が、朝礼ないし1時間毎の巡回の際に実施していたことに加え、T社からは原告ら同社の従業員による作業を管理・監督するための社員は配置されていなかったこと、作業上のトラブルについても被告の従業員に連絡し、その指示を仰いでいたことからすれば、被告は、原告が姫路工場での就労を開始した平成17年6月27日からこれを終了した平成21年1月末日まで、一貫して原告に対する作業上の指揮権を有していたというべきである。また、原告は被告から与えられた操業日等に関するカレンダーを基に出勤日を決定し、被告から休日出勤を依頼されることもあったこと、有給休暇を取得する際にはその旨を被告にも伝える必要があったこと等からすれば、原告の出退勤につき、被告がある程度の管理をしていたことも明らかである。そして、これらによれば、被告・T社との間の関係は、当初から、業務委託(請負)と評価することはできず、これに原告を加えた三者間の関係は、労働者派遣に該当するというべきである。
しかし、1)原告が平成21年1月27日にC及びDに対し、正社員としての直接雇用を求めたところ、T社により出勤停止処分とされたが、同処分はT社が派遣元の立場から問題が起こらないようにとの配慮から実施したものであって、これをもって被告が原告に対し懲罰権を発動したとは認められないこと、2)被告・T社間の労働者派遣に関する基本契約において、姫路工場に派遣されたT社のスタッフで、業務の遂行に当たり著しく不適当な者がある場合、被告はそのスタッフの交替を要請することができる旨規定されているのは、被告が派遣労働者を事実上雇用していたことを示す重要な事柄であると原告は主張するが、派遣先は指揮命令上、業務の遂行において不適当な派遣労働者がいる場合に、派遣元に対し、当該派遣労働者の交替を求めることができるのはむしろ当然であること、3)原告は被告が原告の給与額を実質的に決定する立場にあったと主張するが、原告は賃金をT社から受けていたことに加え、T社が被告から受ける業務委託料からどの程度を自己の利益として差し引くかはT社が自ら決定すべき事柄であって、それに被告が関与するとは考え難いから、被告が原告の給与の額を実質的に決定する立場にあったとは認められないこと、4)原告は平成14年には既にT社に登録し、本件申込みに係る求人広告に被告の名前は記載されていなかったこと、5)姫路工場での就労中は、T社から賃金の支払を受け、社会保険の加入等はT社が実施し、健康保険証の雇用主の欄にもT社の名称が記載されていたこと、6)原告は平成21年1月27日にC及びDに対して直接雇用を申し込むという、自らが被告ではなくT社に雇用されていることを前提とする行為をしていること、7)兵庫労働局宛の申告書には「T社に雇用され」、「実質的に派遣労働者として」などと記載していたことが認められる。
これらによれば、原告は姫路工場での就労開始前から就労終了後まで、一貫して自らがT社の従業員であったと認識しており、被告に雇用されているという認識を持ち合わせていなかったことは明らかである。以上からすれば、本件において、原告・被告間に黙示の雇用契約が成立していたと推認される事情、ないしこれを認めるべき特段の事情は何ら見当たらないというべきである。
(3)労働者派遣法40条の4に基づく労働契約の成否について
原告、被告及びT社三者の関係は、原告が姫路工場での就労を開始した当初から、労働者派遣であったと認められるところ、当時、物の製造業務に関する派遣可能期間は1年であったことからすれば、被告には平成18年6月27日の時点で、原告に対し直接雇用を申し込むべき義務が発生していたと解するほかはない。しかし、労働者派遣法40条の4は、派遣先の派遣労働者に対する雇用契約の申込義務を規定したにとどまり、申込の意思表示を擬制したものでないことは明らかであって、原告の主張は、立法論としてならともかく、現行法の解釈としては取り得ないといわねばならない。
2被告の不法行為
原告は、自己が派遣可能期間を超えた役務の提供という違法行為を継続させられた上で、最終的に解雇ないし雇止めされたことにより、精神的苦痛を受けた旨主張するが、上記のとおり、原告・被告間に労働契約は成立していないから、上記主張には理由がない。
次に原告は、被告が兵庫労働局から是正指導を受けた段階で、原告に対し直接雇用の申込みをすべき信義則上の義務があったとか、契約社員を募集しておきながら原告に声を掛けることさえしなかった被告の対応は、直接雇用を期待していた原告に対する不法行為を構成するなどと主張する。しかし、被告は兵庫労働局から指導を受けた時点で姫路工場の製造ラインで就業中であった派遣労働者については、その全員に対し期間契約社員として直接雇用する旨を提案するとともに、同雇用を希望した者につき同年6月1日付けで期間契約社員として雇用し、労働者派遣を中止していることからすれば、被告は上記指導に沿う措置は一応取ったといえるのであって、同指導を受けた段階で既に姫路工場での派遣労働を終了していた原告についてまで、直接雇用の申込みをすべき信義則上の義務があったとはいえない。また被告は、同年6月以降平成22年8月29日までの間に、少なくとも7回の契約社員の公募をしているところ、原告がもし被告に調節雇用されることを望むのであれば、上記公募に応募すれば良かったのであって、原告は上記公募に応募せず、かえって平成22年5月1日以降、被告とは別の会社において契約社員として稼働しているのであるから、何ら原告に対する不法行為を構成するものではないといわねばならない。 - 適用法規・条文
- 労働者派遣法2条、4条、40条の4、49条の3、職業安定法44条、民法709条
- 収録文献(出典)
- ・法律労働者派遣法、職業安定法、民法
- その他特記事項
- ・キーワードパートタイマー・派遣
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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