判例データベース
T銀行戒告処分慰藉料請求事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- T銀行戒告処分慰藉料請求事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和58年(ワ)第10976号
- 当事者
- 原告 原告個人1名
被告 銀行 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1986年01月31日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 原告は大学卒業後の昭和47年4月に外国為替専門銀行である被告に入行し、銀座支店で約2年の勤務をした後、昭和49年2月22日から外為センター勤務となった。
原告は、まず輸出信用状課に配属になったが集計業務ができず、各支店からの電話への応対も悪かったため、迅速性では余裕のある輸出手形第一課になった。しかしここでも集計業務が正確にできず、事故が発生するおそれがあったため、1年後に輸入信用状課に配属になったが、やはり書類の誤りが多く、タイピストから苦情が出たりした。原告は約11ヶ月後、非営業部門である業務課に配属になったが、単純な集計業務が正確にできなかった。そのため原告は、各課の上司から何度も注意を受け、外為センターの部長からも3回にわたって注意を受けたが、反省の色は見られなかった外、面識のない女子職員に突然話しかけるなどについて女子職員から苦情が出ていたため、これについても同部長から注意を受けていた。
被告では、毎年1回人事考課を行っており、その評価は5段階に分けられているが、原告の3年間における評価はいずれも下から2番目であったため昇格できず、その賃金も同期入行者より低額にとどまっていた。原告は、昭和52年1月から本店営業部勤務となり、同年4月1日同期入行者より2年後れて1階級昇格した。原告は昭和52、3年頃、M社から国際電話料金の納入があったとき、その金額と原告が算出した額が異なったため、M社の担当者に対し、「このくらいの計算もできないのか」といった相手の心証を害する発言をしたが、実際にはM社の算出した金額が正しかったため、被告では上司がM社を訪問して陳謝した。被告では、就業規則等により、職員は勤務時間中行章及び名札の着用を指示していたが、原告は「極端な賃金差別をしている被告のものは恥ずかしくて付けられない」として、これらを一切着用せず、また昭和55年1月に被告100周年を記念して男子にはネクタイ、女子にはスカーフを配付し、当日勤務中にそれを着用するよう指示しても、被告のマークが入っていることを理由にそのネクタイを着用しなかった。原告は、昭和56年4月から9月までの間に50回遅刻をし、眼科通院の3回を除き、いずれも理由は「別になし」というものであり、本店営業部長から書面による注意を受けた、その後遅刻回数は減少したものの、6ヶ月で22回、24回となった。
原告の勤務状況が以上のようであったことから、原告の人事考課は、常時最低か、下から2番目であり、そのため原告はその後昇格することがなく、同期入行者に比べ2階級の遅れとなった。原告はこうした被告の対応に不満を抱き、昭和58年5月10日、大蔵省に赴き、大蔵大臣宛に、「1)被告は思想信条により賃金差別を行っており、これは憲法違反であるから、被告の特権的優遇措置を廃止すべきこと、2)その為、大蔵省から有能な人材を被告に派遣して不正な体質を一掃すべきこと」を内容とする請願書を提出した。
大蔵省から原告の請願書の件を指摘された被告は、原告の行為は就業規則の「当行の体面を汚し、または信用をそこなうような行為があったとき」に該当するとして、昭和58年7月14日、原告を戒告処分(本件処分)に付した。これに対し原告は、本件処分は銀行民主化運動に対する弾圧であって、思想信条の故にされたものであるから、憲法、請願法、労働基準法に違反して無効であるとして、賃金差別分も含めて被告に対し慰藉料300万円を請求した。 - 主文
- 1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 原告は、銀行職員として、自己の職務に対する自覚、意欲、責任感や服務規律に対する認識が欠けているといわざるを得ず、原告の賃金が同期入行者より低額に止まっているのは専ら原告自身の勤務状況に起因するものと認めることができる。なるほど、原告が被告の労働組合の代議員選挙に立候補したり、賃金差別の存在等を訴える申告書を東京労働基準局に提出したり、「T銀行自由の会」と称してこの申告の模様を記載したビラを街頭で配付したり、銀行労働者中央行動に参加してデモ行進をしたりしていたことが認められるが、被告がそのような原告の行動やその思想、信条を理由として賃金差別を行っていると認めるに足りる証拠は全くない。
原告は、外為センターに勤務した約3年間、被告は原告がした仕事を他の行員に点検させ、原告には独自に仕事をさせないという不利益な取扱いをした旨供述する。しかしこの点検は原告に限って行われたものではなく、新任者が業務を習得し独り立ちできるようになるまで先任者がその業務の遂行状況を点検し、指導するための制度であり、原告がした業務について各課で点検が外されなかったのは、専ら原告が業務を習得し得なかったためと認められるから、これをもって思想・信条による不利益な取扱いということはできない。原告は、被告が原告に対しディスプレイ端末機の入力という単純作業を長年行わせるという不利益取扱いをしていると主張するが、原告の勤務状況が前記のようなものである限りは他の業務を与えることは危険性が高いためであると認められるから、これについても思想・信条による不利益取扱いということはできない。また、遅刻届への「理由なし」の記載について、原告は遅刻しないように努力はしているが、たまたま1、2分後れてしまうことがあり、その場合には理由は書けない旨供述するが、各回の遅刻時間は1、2分にとどまるものでないばかりか、原告は1時間以上遅刻した場合にも「理由なし」としていることが認められるから、原告の右供述は採用できない。そうすると、本件要請書の「T銀行は、思想信条による差別を行っています」との部分は、原告が自らの勤務状況を省みることなく、明らかに事実に反する虚偽の記載をしたものといわなければならない。そして、その余の、T銀行の特権的優遇措置を直ちに廃止すべきこと、大蔵省から有能な人材を派遣して不正なT銀行の体質を一掃すべきこととの記載も、大蔵大臣に対して真摯に要請する趣旨のものとは到底受け取ることができず、ましてや原告が主張するような賃金差別は存在しないのであるから、原告がこのような記載のある文書を提出することは、自らが勤務する被告を誹謗し、中傷するに等しい行為である。
ところで、被告就業規則は制裁事由として「当行の体面を汚し、または信用をそこなうような行為があったとき」を定め、制裁の方法として、最も軽いものとして「戒告」を掲げ、「戒告は、始末書を提出させ、厳重な注意を与える」と定めていることが認められる。そして、被告が我が国唯一の外国為替専門銀行であることから、被告にとって大蔵省は単に監督官庁というにとどまらず、国の金融政策、貿易政策等の面で日常的に密接な関係にある官庁であり、大蔵省としても被告の業務内容や職員の質について、そのような関係に応じた信頼を寄せていること、原告が本件要請書を提出すると、直ぐに大蔵省から被告に対し「○○(原告)なる職員がいるのか。いるとすれば、どうしてこのような常軌を逸した内容の書面が提出されるのか」との照会があったこと、そこで被告人事部は原告から事情聴取をしたが、原告は「これは事実を述べたまでであり、大蔵省は天下り先を探しているから喜んでいるのではないか」と答えたことが認められる。この事実認定及び本件要請書の記載内容によれば、原告が大蔵省に本件要請書を提出したことは、大蔵省との関係で被告の体面を汚し、又はその信用を損なったものといわなければならず、その程度や事情聴取における原告の対応を考慮すれば、被告がこの行為に対し最も軽い制裁である戒告処分をもって臨んだことは相当であり、本件処分を無効にすべき理由はない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例470号53頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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