判例データベース
H社部長降格・自宅待機事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- H社部長降格・自宅待機事件(パワハラ)
- 事件番号
- 神戸地裁 − 昭和63年(ワ)第1749号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 卸売・小売業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1991年03月14日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、家庭電気機械器具の販売卸売等を業とする会社であり、原告は昭和33年に被告に雇用され、昭和57年3月から部長職に就き、昭和60年2月からマーチャンダイジング部物流担当部長の地位にあった者である。
昭和60年3月6日、原告は、Wが営業本部長宛に原告の飲酒に関する告発文書を提出したことを告げられ、次いで同月8日には、翌9日からの自宅待機を命じられた。原告はこれに抗議したが、自宅待機は懲戒処分ではなく調査のためであり、原告の弁明の機会を与えるとの説明を受けたことから、やむを得ず自宅待機に入り、同月17日に被告から事情聴取を受けた。同月25日、被告は原告に対し、人事委員会の決定であるとして原告を懲戒解雇するが、原告が禁酒し、肝障害治療のため3ないし6ヶ月入院等の治療を受けた後、肝障害が治癒し、原告が断酒していることが確認できれば、その時点から一般職として再雇用するとの条件付懲戒解雇の意思表示をした。そして懲戒解雇の理由としては、1)飲酒運転による免許停止処分を受けた、2)商品等の事故を独自の判断で報告せず、その報告書を保管管理とした、3)特便を自己の都合のために不合理な運用をしたことが挙げられた。原告は右解雇には承服できないと伝えたところ、被告は同月30日、右条件付懲戒解雇を撤回して、部長職から一般職へ降格するとの懲戒処分を通知した。原告はこれについても承服できないと伝えたが、被告は同年4月12日、原告を一般職へ5階級降格する処分(本件処分)をなすに至った。原告は本件処分後、同年7月13日までの間、自宅療養を命ぜられた。
これに対し原告は、就業規則上、降格は懲戒処分として定められていないから、本件処分は根拠がなく無効であるとして、部長の地位にあることの確認を求めるとともに、被告に対し、部長職と一般職との差額賃金、本件処分及び自宅待機による精神的苦痛に対する慰謝料100万円の支払を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 原告は、「就業規則では、懲戒の種類は懲戒解雇、出勤停止、減給、譴責に限定されており、降格については規定がないから、懲戒処分としての本件処分は無効であり、またその処分は原告の弁明を十分に聴取しないでなされたものであるから、手続き的にも無効である」旨主張している。しかし、企業において通常昇格・降格等と称されるところの、その従業員中の誰を管理者たる地位に就け、またはその地位にあった者を何らかの理由(業績不振・業務不適格を含む)において更迭することは、その企業の人事権の裁量的行為であると一般的には解されるところであるから、これは就業規則その他に根拠を有する労働契約関係上の懲戒処分ではない。したがって、本件処分は就業規則にその根拠を有さない懲戒処分であるから無効である旨の原告の主張は採用できない。
また原告は、本件処分は原告の弁明が十分に聴取されないまま行われた旨主張しているが、本件処分に当たっては昭和61年3月17日に原告に対する事情聴取が行われ、更に人事委員会によって原告が管理者の適格性を疑わしめた事項につき、約3時間にわたってなされたことが認められるから、右主張も採用できない。なお、職務自体が適法に変更された結果、その職務に応じた基準による賃金が支給されるのであれば、減給等の懲戒処分に該当しないものと解されるのであるから、本件処分に伴ってなされた原告の給与内容の変更(減額)は、部長職の解任、原告の病気療養のためにその勤務を免じられたこと、及びその後における原告に対する調研への配置換えに基づくものであるから、本件処分に関連して原告の収入が減じたことをもってしても、本件処分が懲戒処分に該当しない旨の前記判断を左右しない。更に原告は、本件の自宅待機自体も懲戒処分である旨主張するが、本件自宅待機は、懲戒処分としての出勤停止とは別に、解雇や懲戒解雇の前置措置として、その処分をするか否かにつき調査又は審議決定するまでの間、就業を禁止するもので、就業規則その他に根拠を有する不利益処分ではない。
従業員の降格処分は使用者の人事権の裁量行為に当たるものであるが、これが濫用に当たると判断されるときには無効と解される。本件処分がなされた事情としては、Wの告発文書に端を発したものであることは明らかであるが、右告発を受けた被告としては、直属の上司の公私にわたる行状を部下が告発するという異常事態に驚くとともに、右告発が多項目かつ大部なものでかつその内容にも問題があったことから、原告の影響を排除して調査を遂げた上で、人事委員会において慎重に対処することとして、原告を取りあえず自宅待機に処した上、原告自身の事情聴取を含めて調査をしたところ、原告については管理職に留めておくには不適格な事由と判断されたことと、原告の部下に対する指導方法には問題があり、原告の本件問題に対する認識・対処方法には問題があるとの結論を得たため、それを理由に本件処分に及んだことが認められる。
また、原告は、昭和59年及び昭和60年の各3月の定期検診において肝機能障害が指摘されており、その肝機能障害の原因及び前記原告の管理職としての問題行為の大部分原告の飲酒行為に起因していると判断したことから、被告としては本件処分に付随して、これを機会に原告に対しては本件処分の日から3ヶ月間就業義務を免除して、右障害のための療養と併せてその原因除去のための禁酒をすることを本件処分に当たって希望したことが認められる。したがって、被告が本件処分をしたことが人事権の濫用に当たると判断することはできない。
なお、原告においてはこれまでに3回降格処分を受けたが、その後3回昇格しており、被告においては一般的にこれまで降格処分は比較的頻繁になされていること、また1度降格された者が再度昇格することも稀ではないことが認められる。しかし、右降格処分も1ランク程度の者が大部分で、2ランク以上のものは稀であり、それ以上の降格は異例のものであることから、部長職から一般職への5ランクの降格である本件処分が問題となるようであるが、降格処分に処すること自体が権利の濫用に当たらないものと判断される以上、同処分の内容は被告の経営方針ないし経営内容上の判断に従ってなされるものであるから、これは明らかにその内容においても不当なものと認められないものであるときは、被告の判断を尊重すべき性質のものであると解され、本件処分は未だ明らかに不当なものとは認められない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例584号61頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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