判例データベース
S社(思想差別)控訴事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- S社(思想差別)控訴事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成17年(ネ)第4922号
- 当事者
- 原告 1審原告個人7名A、B、C、D、E、F、G
1審被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年12月07日
- 判決決定区分
- 1審被告控訴認容、1審原告ら控訴棄却(上告)
- 事件の概要
- 第1審原告(原告)らは、第1審被告(被告)の従業員又は元従業員であり、S社労働組合の組合員と元組合員であって、昭和33~43年に入社後日本共産党に入党した。
原告らは共産党員であることを理由に被告から不当な考課査定を受け、その結果、昇格・昇給において著しい差別を受けたとして、原告Aについては平成9年7月から16年8月まで、原告Cについては平成10年10月から12年12月まで、原告B、D、E、Fについては平成10年10月から14年4月までの間、差別がなかったら得られたであろう賃金、賞与及び退職金と実際に支給された賃金、賞与及び退職金との差額、賃金差別をされてきたことに対する慰謝料及び弁護士費用、総額約1億5768万円の支払を請求した。
第1審では、賃金差別によって、原告ら(原告Eを除く。)は本来受給できるはずの賃金を受給できなかったとして、被告に対しその差額の支給を命じたことから、被告はこれを不服として控訴する一方、原告らは差額賃金額の引上げを求めて控訴に及んだ。 - 主文
- 判決要旨
- 被告会社が反共差別意思ないし反共労務政策を有していたことについては、これを直接証明する指示文書等は存在せず、また原告らの採用時において被告会社が共産党との関係を確認したり、従業員サークル活動や社内での党支部の結成を妨害したことは窺われない。そして、1)駐在命令及び出向命令には業務上の必要があったと認められること、2)労災認定を支援し、原告らが労働基準監督署に働きかけた諸活動を被告会社が妨害したとは認められないこと、3)被告会社の正門前でのビラ配付等の行動を被告会社が制止しようとしたことには相当の理由が認められること、4)被告会社が元警察官を雇用したことが、反共労務政策を推進するためのものとは認められないこと、5)被告会社の研修等において、反共差別教育がされていたことも認められないこと、6)労働組合の役員選選挙や支部機関誌の配布活動に対する妨害行為として主張されるものは、被告会社が何らかの指示や関与をしているものとは認められないことなどからすれば、これらの事情によって、被告会社が反共差別意思ないし反共労務政策を有していると認めることはできない。
平成8年までの被告会社の給与体系においては、年功序列的な要素が含まれており、また考課査定については、考課点の累積を認めていることも年功的な要素を含むものと評価することができる。もっとも、考課査定「1」の場合の考課点が0とされていることからすれば、同じ従業員が継続して「1」の評価を受けると、当該従業員は昇格することができない。そうすると、平成8年までの被告会社の給与体系は、年功序列的要素を含むものの、考課査定の結果によっては昇格することができない場合があることを想定しており、このような点からすれば、能力給的な要素が強いということができる。平成8年以降の給与体系は、年功序列的要素を更に減少させ、また考課査定の結果についても、考課が「3」以上の場合には1号昇号するが、「2」以下の場合には昇号することができないものとされ、昇格の基準も厳しく定められ、能力給の面を強く打ち出したものと認めることができる。
ところで、被告会社の各給与体系は、それ自体不合理なものということはできず、また上記各給与体系及びその考課方法については、労働組合もこれを了承していることからすれば、これらに従って従業員の賃金が決定されることについては、特段違法の問題を生じない。もとより、人事考課は恣意的にされてはならず、一定の評価基準に基づいて客観的にされるべきものであるが、性質上、評価する者において一定の裁量権が認められるというべきであり、その裁量権が濫用にわたり、あるいは裁量権の範囲を逸脱していると認められるものでない限り、違法の問題が生ずることはない。
原告Aは、昭和47年度に初めて考課が「1」とされ、その後昭和48年度、昭和50年度及び昭和52年度から平成6年度までの間、それぞれ「1」の考課を受けていること、昭和47年に共産党に入り、その後種々の活動を継続してきたことが認められる。しかしながら、原告Aの考課は、昭和49年度及び昭和51年度には「2」とされており、一貫して「1」とされたものではないこと、他の原告らの考課の状況とも一致していないことからすると、原告Aに対する上記の考課が、直ちに被告会社が原告Aの活動を嫌悪したことによるものと認めることは困難である。そして、被告会社の給与体系及び考課査定の方法においては、一定割合の者が相対的に低い考課を受けるものであること並びに被告会社における反共差別意思ないし反共労務政策の存在を認めることができないことに照らすと、上記原告Aに対する考課が不合理であり、被告会社の反共差別意思ないし反共労務政策に基づき考課査定における裁量権を濫用し又はその範囲を逸脱してされたものであるというためには、原告Aが単に与えられた業務をこなしていたというだけでは足りず、原告Aの業績、能力、勤務態度等が他の従業員と比較して優越しており、より上位の考課査定を受けるべきことが明らかと認め得るような事情が存在することが必要というべきである。しかるところ、原告Aは、昭和46年頃から、交替制勤務を回避し、また残業や休日出勤を嫌うなどの勤務態度であったことが窺われ、更に昭和47年及び昭和48年には、いずれも譴責処分を受け、これらの処分に際して始末書を提出するよう命じられたがこれに応じなかったこと、原告の担当業務は交替制勤務で処理されていたにもかかわらず、昭和52年7月以降交替制勤務に従事しなくなったこと、仕事上必要な機械操作能力に劣る面があったこと、仕事内容が雑であったこと、改善提案を提出しなかったことなど、その仕事の内容について問題があったことが認められる。
また原告Aの平成14年度上期の人事考課表の考課査定についてみても、明らかに評価を誤ったものであり、本来より上位の考課を得られたものであることを窺わせるような事情は認められない。更に原告Aは、平成15年7月以降、交替制勤務に就き、残業や休日出勤を行うようになったが、それによって考課が直ちに上位にならなかったとしても、被告会社考課査定の裁量権を濫用し、又はその裁量権を逸脱したものと認めることはできない。そうすると、被告会社が原告Aに対してした考課査定が明らかに不合理なものであり、考課査定に関する被告会社の裁量権を濫用し又はその範囲を逸脱したと認めるに足りるような事情が存在するとは認められず、原告Aに対する考課の理由が、被告会社による反共差別意思ないし反共労務政策に基づくものと推認することもできない。
各原告については、いずれもその勤務状況、勤務態度等が明らかに他の従業員のそれを上回り、被告会社の考課査定が不合理なものであって、考課査定に関する被告会社の裁量権を濫用し又はその範囲を逸脱したものと認めるに足りる事情が認められないことからすれば、原告らに対してされた考課を違法不当なものということはできない。なお、原告Eを除く原告ら6名は、初めて「1」の考課を受けた当時、共産党員として公然活動をしていたことが認められ、その後も原告らの活動が公然と継続されているにもかかわらず、その後の考課査定は、各人ごとに年度ごとに変動があり、原告ら相互間に統一的な関係を認めることもできない。更に、考課査定に関わった者の中に、被告会社から共産党員であることを理由に低く査定するよう指示された者はおらず、そのように査定したとする者も存在しない。このような点を総合してみても、被告会社において、共産党員である従業員に対する考課査定について、統一的な反共差別思想や反共労務政策に基づく方針があるとは認められず、上記考課査定の結果は、各職場の上司によって、各原告について相応の評価がされたことによるものといわざるを得ない。
以上の次第で、被告が原告らに対して反共差別意思ないし反共労務政策に基づき賃金等及びその他の差別的取扱いをしたものと認めることはできず、原告らの請求はいずれも理由がないから、原判決中、原告Eの請求を棄却し、原告ら6名の請求を一部棄却した部分は相当であるが、原告ら6名の請求を一部認容した部分は不当である。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例931号83頁
- その他特記事項
- 静岡地裁浜松支部 平成12年(ワ)274号(第1事件)、静岡地裁浜松支部 平成13年(ワ)384号(第2事件):20110801608
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
静岡地裁浜松支部 − 平成12年(ワ)第274号(第1事件)、静岡地裁浜松支部 − 平成13年(ワ)第384号(第2事件) | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2005年09月05日 |
東京高裁−平成17年(ネ)第4922号 | 1審被告控訴認容、1審原告ら控訴棄却(上告) | 2006年12月07日 |