判例データベース
M社降格事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- M社降格事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成17年(ワ)第2672号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年10月25日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、米国法人と日本法人の共同出資により設立された広告代理店であり、原告は1984年4月被告に入社し、2002年以降メディアマーケティング本部業務部(業務部)に所属していた。
被告は、2001年10月に賃金制度を変更し、成果主義賃金体系を基礎とする新賃金制度を導入した。給与等級7級から9級は管理職と位置付けられて年俸制が採られ、その年俸は基本年俸と業績年俸から構成されており、業績年俸の支給月数は最低1.5ヶ月から最高5.5ヶ月まで幅が設けられていた。7級の者の年俸の上限は1200万円、下限は950万円であり、6級の者の基本給の上限は804万円、下限は657万円であって、退職金制度によれば、7級の者には規定の退職金に加えて7級以上の在任期間に応じて退職金が加算され、7級の場合、その在任期間1年につき65万円が加算されることとされていた。また、被告においては、新賃金制度の導入に伴い、降級制度も導入された。評価制度は、―3〜+3の7段階の評価が行われ、―1の評価を2年連続で受けた者、―2の評価を当該年度で受けた者が降級の対象となり、昇格会議で決定されることとされていた。
被告の親会社は、2001年10月、被告に対し人員削減を指示し、これを受けて被告人事部は退職勧奨対象者をリストアップし、当時メディアマーケティング本部に所属していた原告を含む8名が退職勧奨され、1名を除きこれを拒否した。被告副社長は同月頃、原告に対し、経営構想外であるなどと退職を勧奨したが原告はこれを拒否し、更に1週間後に退職勧奨をしても原告が拒否したことから、副社長は、「この先給料が上がると思うな。這いつくばって生きていけ」などと発言した。
原告の1999年の評価は+1、2000年の評価は0であったのに対し、2001年の評価は−1であったが、原告はやむを得ない評価として異議を留めず、2002年1月から新たに就いた業務部次長としての仕事に取組み始めた。ところが、原告の2002年の評価が−2であったことから、被告は原告を降級の対象とし、昇格会議の議を経て2003年4月以降、原告を7級から6級に降級することに決定した。これに伴い、原告の基本給与月額は66万5340円から45万9400円に減額された。
原告は、2002年度の評価−2は不当に低い評価であり、本件降級処分は裁量権を逸脱して無効であると主張し、7級としての給与の支払いを請求した。 - 主文
- 1原告は、被告において、給与等級7級の労働契約上の地位を有することを確認する。
2被告は、原告に対して、2003年4月から2004年3月までの間、毎月15日限り各8万6142円、2004年4月から2005年4月までの間、毎月15日限り各2万4481円及びこれらに対する支払日の翌日である各月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3原告のその余の請求を棄却する。
4訴訟費用はこれを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
5この判決は、ダイ2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1地位確認請求についての確認の利益の存否について
給与等級7級は管理職であるのに対し6級は非管理職であり、両者の給与体系が異なっていること、また7級の従業員が受給する業績年俸と6級の従業員が受給する賞与とで受給時期も異なり、退職金計算も異なっていることが認められる。このように原告の求める7級の地位にあることの確認請求は、単に差額賃金だけを決める措置にとどまらず、より広い待遇上の階級をも表す地位の確認を求めていると解することができる。そうだとすると、原告において、本件降格処分に伴う差額賃金の請求に加え、7級の地位にあることの確認を求めることには正当な理由があるというべきであり、7級の地位にあることの確認請求は確認の利益がないとの被告の主張は採用することができない。
2被告は具体的降級決定権を有していないか
原告は、新賃金規程には給与等級に期待される職務能力については何らの定めがなく、その職務能力を評価する基準も何ら明らかにされておらず、被告は従業員に対し、具体的降級権を有していないと主張する。確かに新賃金規程には給与等級に期待される職務能力については何らの定めがなく、その職務能力を評価する基準も明らかにされていないことが認められるが、これらの事実があるからといって、使用者である被告が従業員に対する具体的降級権を有していないと結論付けることは早計に過ぎるというべきである。
被告は新賃金規程の中で、降級は著しい能力の低下、減退のような例外的なケースに備えての制度であり、通常に成果を上げている人には適用されず、病気や怪我による欠勤等は対象にならないなど、降級の基準を明確にしており、また1996年10月には「期待される能力像」の中で各資格等級に求められる能力について、更には1999年秋には「期待される能力像の具体的モデル」の中で人事評価の具体的評価項目について従業員に明らかにし、このことは新賃金規程のもとでも変わっていない。そうだとすると、被告における降級基準は従業員に明らかにされているというべきであって、原告の主張は理由がない。
3本件降級処分の有効性の存否
従業員に対する降級基準は従業員に明らかにされている基準で行うのが相当であり、そうだとすると、「著しい能力の低下・減退」があったか否かによって判断するのが相当である。そして、降級基準とされている−1の評価を2年連続で受けた者及び−2の評価を当該年度受けた者という基準は、「著しい能力の低下・減退」の一つのメルクマールと捉えるのが相当である。そうすると、本件降級処分が有効か否かを判断するに当たっては、原告の2002年度の勤務態度が、7級に期待されているものと比べて著しく劣っていた否か、原告に著しい能力の低下・減退が見られたか否かを検討すればよいことになる。
被告は、原告が業務部をまとめてリーダーシップを発揮することがなかったと主張するが、正確に送稿を行うことが求められる業務部の業務の特質を考えると、業務部次長として求められるリーダーシップとは、スタッフの作業の正確性を担保して、単純な作業であっても確実にこなす職場環境を作り、これを維持することにあるところ、原告は業務部次長に就任した2002年度中、部下に対し声を掛け、コミュニケーションを図るように努力していることが認められ、リーダーシップに欠けると認めるに足りる的確な証拠はない。以上によれば、被告の主張は理由がない。
被告は、原告が業務部に所属する社員に対する管理業務をしていないと主張するが、これを認めるに足りる証拠は見当たらない。かえって、原告は業務部次長として、作業の正確性や確実性を確保するために部下を管理・監督していたことが認められる。それにとどまらず、業務部に所属していた原告の部下はいずれもベテランばかりであり、技術面で原告が面倒を見る必要はなかったが、定期的に懇親会を設定するなどして従業員相互のコミュニケーションを図るとともに、従業員の仕事上の悩みなどないか気にかけていたこと、その結果、業務部内の風通しも良くなり、チームワークの面でも結束力が強くなったことが認められる。以上によれば、被告の主張は理由がない。
被告は、原告には業務部長、本部長、本部会各局のリーダー等とのコミュニケーションが不足していたと主張する。しかし。業務部の送稿業務を間違いなく円滑に遂行するためには、テレビ部長、新聞雑誌部長、総務部長と十分なコミュニケーションを図ることが不可欠であるところ、原告が送稿業務を通常通り遂行していたことは原告の上司も認めていたところであるから、被告の主張は理由がない。
被告は、原告は業務改善や工夫を積極的に行わなかったと主張するが、原告はJと共に、素材の送稿作業に当たって、雑誌校正の配付ルートを効率化するために、「定期バイク便増設」を提案したこと、この提案は顧客への原稿配送ルートを増やし、校正をよりスムーズかつ頻繁に行うための改善案であったことが認められる。また、原告はEDI事業、デジタル送稿の推進も行い、このことにより送稿時間の短縮や配送ミス等の減少が認められ、更に原告は、テレビCMの進行作業を正確・確実に行うために10桁CMコードを推進し、その結果、被告では他の代理店より早く10桁コードが社内に浸透し、素材の差し替えの迅速化が図られたことが認められる。以上によれば、原告は業務分おいて業務改善や工夫を積極的に行っており、被告の主張は理由がない。
被告は、原告は緊急時の対応に柔軟性がなく、段取りができないと主張するが、原告は素材送稿について部下がトラブルやミスをした場合、その問題解決に機敏に対応したことが認められるから、被告の主張は理由がない。
被告は、原告は「部における各作業の効率化」及び「CM考査の交渉」を実施しなかったと主張する。しかし、業務部の主たる業務である送稿業務は定型的業務であり、長年の積み重ねにより業務の効率化が行われ、その中でも、原告は定期バイク便の増設などを提案して効率化を図るよう工夫してきており、CM考査も年間20件程度の交渉を行ってきたことからすれば、被告の主張は理由がない。
以上によれば、従業員を降級させるためには、原告の2002年度の勤務態度が7級に期待されたものと比べて著しく劣っていたこと、原告に著しい能力の低下・減退があったことが必要であるところ、原告の2002年度の業務部での勤務振りは通常の勤務であり、被告の主張する降級理由がいずれも認めるに足りる的確な証拠の存在しない本件にあっては、本件降級処分は権限の裁量の範囲を逸脱したものとして、その効力はないものと解するのが相当である。したがって、原告を7級から6級に降級した本件降級処分は効力がなく、原告は依然として7級の地位にあると認めるのが相当である。
4差額賃金請求の成否(略) - 適用法規・条文
- 労働基準法24条
- 収録文献(出典)
- 労働判例928号5頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁−平成17年(ワ)第2672号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2006年10月25日 |
東京高裁 - 平成18年(ネ)第5492号 | 控訴棄却(確定) | 2007年02月22日 |