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郵便事業(身だしなみ基準)控訴事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
郵便事業(身だしなみ基準)控訴事件(パワハラ)
事件番号
大阪高裁 - 平成22年(ネ)第1345号(控訴)、大阪高裁 - 平成22年(ネ)第1900号(附帯控訴)
当事者
控訴人・附帯被控訴人 郵便事業株式会社 
被控訴人・附帯控訴人 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年10月27日
判決決定区分
控訴棄却、附帯控訴認容
事件の概要
控訴人・附帯被控訴人(第1審被告)は、郵便事業を目的とする株式会社であり、被控訴人・附帯控訴人(第1審原告)は、郵政事務官に任命され、その後控訴人の職員となった者である。

被控訴人は、ひげを伸ばし、長髪を後頭部で束ねる髪型で勤務をし、特に注意を受けることはなかったが、平成17年に灘郵便局に配転されると、上司からひげを剃り、長髪を切るよう繰り返し指導された。被控訴人がこれに応じないでいたところ、平成18年4月以降、「特殊」業務の「夜勤」勤務のみ命じられ、窓口業務に就けなくなった。

被控訴人は、「ひげを生やす自由」及び「髪を伸ばす自由」は憲法でも保障されており、被控訴人は身だしなみ基準に違反していないこと、被控訴人を「特殊」業務のみ、「夜勤」勤務に就かせることは人事権の濫用であること、職務調整額の支給を停止されたこと、管理者らから執拗にひげを剃れ、髪を切れと責め立てられたことを主張し、これらによって家庭内ですれ違いが起こるなどして精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法に基づき慰謝料150万円等を請求した。

第1審では、被控訴人の長髪及びひげはいずれも整えられたもので身だしなみ基準に違反しないこと、被控訴人を「特殊」業務の「夜勤」勤務に限定したことは、控訴人の裁量権を逸脱した違法なものであること、被控訴人に対する人事評価違法であること、上司が被控訴人に対し、ひげを剃り、髪を切るよう繰り返し求めたことは違法であることを認め、慰謝料30万円、職能調整額7万円余の支払いを命じた。そこで控訴人はこれを不服として控訴に及んだが、被控訴人も損害賠償額の増額を求めるなどして附帯控訴した。
主文
1本件控訴について

(1)本件控訴を棄却する。

(2)控訴費用は控訴人の負担とする。

2本件附帯控訴について

(1)控訴人は、被控訴人に対し、14万4720円及びこれに対する平成22年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え、

(2)附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

3この判決は、第2項(1)に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1被控訴人のひげ・髪型が、身だしなみ基準に違反するか否か

控訴人における基準が男性職員の髪型及びひげについて過度の制限を課するものというべきで、合理的な制限であるとは認められず、「顧客に不快を与えるようなひげ及び長髪は不可とする」との内容に限定して適用されるべきものであること、被控訴人の長髪及びひげが、これらの基準で禁止される長髪及びひげには該当しないことは、原判決に記載のとおりである。

控訴人は、インターネット上で行われた意識調査においても、接客業でのひげに抵抗を感じる旨の回答が半数近くに及んでいると主張するところ、控訴人主張の意識調査によると、「あなたは、接客業での「ひげ」に抵抗を感じる?」との質問に対する投票(平成20年7月16日〜26日、9万4866票)の結果は、「とても感じる」25%、「少し抵抗を感じる」23%、「ほとんど抵抗を感じない」14%、「まったく抵抗を感じない」9%、「手入れの度合いによる」32%となっているころが認められる。しかしながら、一般的にアンケートを証拠として利用する場合、中立な専門機関によって適切な測定方法によって行われることが望ましいとされていることに加え、インターネット上のアンケートは、更に代表牲(匿名牲、母集団の偏り)が短所として指摘されており、その結果を直ちに採用することはできない。

2担当業務を限定したことの違法性について

控訴人が、平成18年4月以降、被控訴人に「特殊」業務の「夜勤」のみに限定して担務指定した理由が、身だしなみ基準に違反してひげを生やしたため窓口業務を担当することはできないとの控訴人の判断に基づくものと認められるところ、そのような判断に基づいて被控訴人に「特殊」業務の「夜勤」のみ担当を指定したことは、控訴人に裁量を逸脱し、違法であることは原判決記載のとおりである。

3本件各人事評価の違法性について

身だしなみ基準を遵守していないことを前提として行われた人事評価は、評価権者が有する裁量権を逸脱したものとして違法となる。控訴人は、人事評価は懲戒処分と比べて使用者により広い裁量が認められているから、身だしなみ基準違反を理由に人事評価でマイナス評価をしたとしても、懲戒処分と異なって違法とはならないと主張する。しかしながら、前記のとおり、長髪とひげを全面的に禁止することに合理性は認められず、他方で、長髪とひげは基本的に個人的自由に属する事柄である上、これに対する制約が勤務時間を超えて個人の私生活にも影響を及ぼすものであることに鑑みれば、裁量の範囲を逸脱していると評価せざるを得ない。

「倫理・規律」及び「人材開発」の項目の人事評価は、身だしなみ基準を遵守していないことを前提として行われたものであるから、裁量権を逸脱した人事評価によるものと認められる。これに対し「自律志向」及び「指導・育成」の項目はマイナス評価の理由が明らかではないが、これらの項目についてマイナス評価すべき事由があったと認められないにもかかわらず、マイナス評価がされていること、B課長は、少なくとも「顧客志向」及び「倫理・規律」の評価に当たって、被控訴人が身だしなみ基準を遵守していなかった点をかなり重視していたこと、B課長の後任者らは、被控訴人のひげ及び長髪に関して注意をしたことがなく、人事評価も70点を上回っていたことに鑑みると、「自律志向」及び「指導・育成」の項目がマイナス評価となったことについて、被控訴人が身だしなみ基準を遵守していないことが影響していたと推認され、身だしなみ基準を遵守していないことを前提として行われた裁量権を逸脱した人事評価によるものと認められる。そして、これらの項目が「○」であった場合、人事評価の点数は85.85点になっていたと認められるから、平成18年度の人事評価が70点を下回ったのは、身だしなみ基準を遵守していないことを前提として行われた裁量権を逸脱した人事評価によるものと認めるのが相当である。

4被控訴人の上司らがひげをそるよう求めたことの違法性について

A課長及びB課長ら灘局における被控訴人の上司による指導が違法であること、大阪貯金事務センター神戸貯金課管理者が指導した点については、社会通念上相当な範囲を逸脱するものと認めるには足りない。

5被控訴人に生じた損害及びその額について

平成18年度の人事評価が70点を下回ったのは、身だしなみ基準を遵守していないことを前提として行われたもので、裁量権を逸脱した違法なものと認められる。被控訴人が身だしなみ基準を遵守していないこと、平成18年度の人事評価が70点を下回ったこととの間には因果関係が認められないとする控訴人の主張は採用できない。被控訴人の職能調整額の支給が停止された理由が平成17年度及び平成18年度に2回連続で70点以下となったところ、平成18年度の人事評価が70点を下回ったのは、身だしなみ基準を遵守していないことを前提として行われた裁量権を逸脱した人事評価によるものであるから、かかる違法な人事評価がなければ、少なくとも平成18年度は70点以上になり、職能調整額の支給が停止されることはなかったことになる。したがって、控訴人は、職能調整額の支給停止によって被控訴人が被った損害を賠償する責任がある。平成19年11月から平成20年12月まで月額5400円の職能調整額の支給が停止されたから、損害額は合計で7万5600円となる。

被控訴人に「特殊」業務のみを担当させて、他の業務を担当させなかったことにより、被控訴人が一定の精神的損害を受けたと認められること、被控訴人が、灘局で上司からひげをそり、髪を切るよう繰り返し求められたことにより、一定程度の精神的損害を受けたと認められること、これらにより被控訴人が受けた精神的損害を慰謝するには30万円が相当と認められることは、原判決のとおりである。

6当審における拡張請求について

控訴人は被控訴人に対し、平成21年1月から平成22年6月までの職能調整額9万7200円及びこれに対する弁済期後である平成22年7月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。控訴人は被控訴人の職能調整額不支給について賠償すべき責任があるから、職能調整額の不支給と相当因果関係のある夏期手当及び年末手当の不支給(減額)についても賠償すべき責任があり、控訴人は被控訴人に対し、4万7520円及びこれに対する弁済期後である平成22年7月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例1020号87頁
その他特記事項
(注)本判決は、「神戸地裁平成21年(ワ)149号、2010年3月26日判決」の控訴審