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M電機採用内定取消事件

事件の分類
採用内定取消
事件名
M電機採用内定取消事件
事件番号
東京地裁 - 昭和43年(ワ)第4046号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1970年11月30日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
原告は高校3年在学中の昭和42年1月19日、被告の従業員採用試験を受験し、同月20日被告より採用決定の通知を受けた。この労働契約は、原告が同年3月に高校を卒業できないことを解除条件とし、かつ就労は卒業後の同年4月1日とする約定であった。

原告は、同年3月11日に高校を卒業し、就労時期についても被告との合意の下に、同月13日より被告において稼働していたところ、被告は同月25日原告に対し採用内定の取消しを行い、翌26日からは従業員として取り扱わなかった。被告は採用内定取消しの理由として、当時経営状況が極めて悪化し、作業能力の劣る者や作業上発展を望めない者について人員整理せざるを得なくなったところ、「原告は左足に小児麻痺後遺症があり、現場作業者として不適格である」ことを挙げた。

これに対し原告は、被告に人員整理を必要とするような経営悪化はないこと、被告は原告の身体障害の態様・程度を知悉した上で現場作業員として採用し、現に就労作業した間にも作業面で何ら支障もなかったこと、原告が通っていた高校の校長は原告の思想信条に強い反感を抱いており、同校長と被告代表者は親交があることから、被告は原告を採用した後高校在学中の原告の行動を知り、その思想信条を嫌悪して解雇に及んだものであるから、労働基準法3条に違反することを主張して、解雇の無効確認と昭和42年4月以降の賃金の支払を請求した。
主文
1原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2被告が原告に対し、金711,333円及び昭和45年8月21日以降本判決の確定に至るまで毎月28日限り金17,500円を支払え。

3訴訟費用は被告の負担とする。

4この判決は主文第2項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
原告の従業員採用試験の受験は、被告の提示した賃金・労働時間等に関する労働条件に従う労働契約締結の意思表示として被告に対する労働契約の申込みであることは明らかである。被告が原告に発した「採用決定のお知らせ」は、直ちに原告の右申込みに対する承諾の意思表示と認めることはできないが、被告は原告に対し採用試験の上、これを発し、その後原告が被告の求めに応じて昭和42年2月2日頃誓約書及び身元保証書を被告に提出し、被告において異議なくこれを受領したことにより、被告の従業員の雇入れに関する就業規則所定の手続きは殆ど完了していること、被告の新規学卒者の採用に当たっては、従来からその後に改めて契約書の作成若しくは採用辞令の交付などの手続きが採られた慣例はないばかりか、就業規則上にもそのような手続きの定めがないこと、及びその後被告が原告の卒業直後から原告を実習生として作業に従事せしめていることなどの事実に鑑みれば、被告が原告に対し誓約書及び身元保証書の提出を求め、これを受領したことをもって、前示原告の申込みに対する黙示の承諾の意思表示をなしたものと認めるのが相当である。したがって、昭和42年2月2日頃、原被告間に労働契約が成立したものというべきである。そうすると、被告が原告に対してなした前示採用内定取消しの通知は解雇の意思表示であると解すべきであるから、原告に対する解雇事由の存否について判断する。

原告は生後6ヶ月の時に小児麻痺を患いそのため左足に後遺症があるが、マラソンや短距離競走の際健康体の者に劣るだけで、歩行その他日常生活に支障はなく、高校の体育科の成績は全学年を通じて評価「4」であり、剣道部に所属して初段の免許を取得したほか、バレーボール、卓球を得意とし、第一種原動機付自転車の免許も取得していること、一方被告は従業員採用試験に先立ち原告から提出された健康診断書により原告の小児麻痺後遺症を知り、その後の採用面接では専務及び総務部長等が列席して原告の身体を見分したが、虚弱そうでもないと判断したこと、同月25日の健康診断の際にも原告に関する作業上の支障の有無について格別の検討はなされていないこと、原告が被告で作業した折、原告の作業能力が他の者に劣ることはなかったこと、被告では原告を組立職場に配属する予定であったが、同職場の作業は腰掛けてするものであり、また職場の中では比較的軽作業に属すること、他の職場も機械職場は旋盤等を作業内容とするが、検査職場等とともに比較的軽作業であることが認められる。

以上の事実によれば、原告についてさしあたり配属が予定されていた組立職場の作業に関しては、小児麻痺後遺症のため作業能力が劣り、又は将来発展の見込みがないものとはとうてい認め難く、また被告の他の職場に関しても、その各作業内容を原告の身体の状況に照らして検討すると、未だ現場作業者として不適格とはない得ないものと認めるを相当とする。そうとすれば、仮に被告が昭和42年3月25日当時その主張の如き事情から、その主張のような基準による人員整理をしなければならないような状況にあったとしても、原告が右整理解雇基準に該当するものとは即断し難く、他に原告が右整理解雇基準に該当するものであったことを認めるに足る証拠はないから、被告がなした解雇の意思表示は、解雇事由なくしてなされたものであって解雇権の濫用として無効といわねばならない。

しからば原被告間の労働契約は今なお存続し、原告は被告に対し労働契約上の権利を有するものというべきところ、就労不能は被告の責に帰すべき事由に基づくものというべきであるから、原告は被告に対して昭和42年4月1日以降の賃金債権を有するといわなければならない。
適用法規・条文
労働基準法3条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。