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D公社採用内定取消仮処分申請事件

事件の分類
採用内定取消
事件名
D公社採用内定取消仮処分申請事件
事件番号
大阪地裁 - 昭和45年(ヨ)第998号
当事者
申請人 個人1名
被申請人 電信電話公社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1971年08月16日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
申請人は昭和43年3月に高校を卒業し定時制高校の事務職員を経て、昭和44年8月近畿電気通信局の入社試験を受け、健康診断、身元調査等を受けて、同年11月10日頃採用通知を受けた。その採用通知は近畿電気通信局長名で、1)昭和45年4月1日付で採用すること、2)大阪地区管理部に仮に配置し、別途管内の通勤可能な場所に配置すること、3)機械職として見習社員とすること、4)入社前に再度健康診断を行い異常があれば採用を取り消すこともあることが記載されていた。

申請人は高校卒業後地区反戦青年委員会の構成員となり、昭和44年10月31日に国労、動労の機関助士廃止反対の集会に反戦青年委員会の一員として参加し、無届けデモを行って、道路交通法、公安条例違反により逮捕され、起訴猶予処分となった。また申請人は、昭和45年3月15日万博会場付近において、反戦青年委員会の一員として安保万博粉砕のデモ及び座り込みに参加し、その際申請人は含まれなかったが、67名が不退去罪等により逮捕された。

近畿電通局は申請人に対する素行、家庭環境等について一応の調査を行ったが特段問題がなかったため、前記採用通知を出したところ、その後申請人が反戦系グループに属しているという情報を入手し、特別調査を行った結果、申請人は反戦青年委員会発足時から役員的地位にあることが確認された。当時近畿電通局では反戦系の職員による過激な行動が頻発していたことから、申請人を採用した場合、反戦グループの一員となって過激な行動をなす可能性が強いことを憂慮した。しかし近畿電通局では、反戦青年委員会に所属すること自体は思想・信条、結社の自由に関わる問題であるとして慎重に扱い、同年3月4日の入社懇談会には申請人を出席させ、その言動を詳細に調査したが、特に注意すべき言動を見出し得なかった。同局は更に詳細な調査を行い、反戦行動によって逮捕され、起訴猶予処分とはいえ法律違反の行動がある以上、公社の職員として稼働させた場合、過激な行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場秩序が乱され業務を阻害される明白かつ現実的な危険があるものと判断し、同月20日に至り申請人に対し採用消しを通告した。

これに対し申請人は、公社が昭和44年11月8日申請人に対し採用通知を出すことによって、入社前健康診断で異常が発見された場合を解除条件とし昭和45年4月1日を始期とする労働契約が成立し、その後申請人が入社懇談会に出席し、健康診断に異常がなかったことによって労働契約の成立が確定したと主張した。その上で申請人は、申請人の逮捕は正当な示威運動に対する職権濫用であること、万博会場付近における検挙は不当であること、公社のいう過激行動をとるグループと申請人の所属する反戦青年委員会は別個の組織であることを主張し、本件採用取消(見習社員契約の解約)は無効であるとして、採用内定取消の意思表示の効力を仮に停止するとともに、賃金の仮払を求めて、仮処分の申請をした。
主文
被申請人が申請人に対してなした昭和45年3月20日付採用内定取消の意思表示はその効力を仮に停止する。

被申請人が申請人に対し昭和45年4月1日以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り1ヶ月金2万6000円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
1申請人と公社との間において成立した契約について

被申請人(公社)は昭和44年11月8日に選考に合格した申請人に対し、就労の始期を定め、更に再度の健康診断に異常があったことを解除条件として見習社員契約締結申込みをしたのに対し、申請人は右申込みに応ずる意思があることを表明した後、昭和45年3月4日に開かれた入社懇談会に出席して事業内容等の説明を聴き、同日午後健康診断を受け、更に特別面接を受けることによって確定的に右申込みを承諾し公社で稼働する意思を表明したものと解することができるのであって、その時点において右健康診断の結果について後日異常が判明した場合これを解除条件とし同年4月1日を就労の始期とする見習い社員契約が成立したものと認めることができる。

申請人は、申請人が社員公募に応ずることによって労働契約締結の申込みがあり、公社が採用通知を出すことによって健康診断の結果異常が認められることを解除条件とする始期付労働契約が成立した旨主張するが、公社において応募者である申請人に対し試験選考を実施しその採否について広範な選択権を有する一方、申請人も応募の撤回の自由を有し、それ自体何らの拘束力をも課していないことからすると、これを以て見習社員契約の申込みと解することはできない。また公社のなした採用通知も、もし申請人において入社を辞退するような場合には速やかに公社に連絡することを要望してなされており、これによって申請人を拘束するものではなく、右通知に応ずるか否かを申請人の選択に委ねていることからすると、これによって申請人との間に見習社員契約を成立させ、公社と申請人の双方に右契約に基づく権利義務関係を発生させる承諾の意思表示と解することはできない。

次に、公社は、申請人に対する採用通知によって見習社員契約の予約が成立しているに過ぎない旨主張するが、これによってその予約が成立したものと認めることもできない。次に、公社は、申請人は昭和45年4月1日所定の手続きを経た上同日以降就労の義務が発生するのであって、それ以前には何らの就労義務を負わないのであるから、同日以前に公社と申請人との間に権利義務が発生したとしてもそれは労働契約の予約に過ぎない旨主張するが、労働契約は諾成契約であって、就労を契約成立の要件とするものではないから、就労という契約の履行を後日に定めて契約関係が成立したとしても、そのことを理由にこれを労働契約の予約と解しなければならないものではない。次に被申請人は、見習社員を採用する場合採用内定者を決定通知した後、4月に入社式を行い、見習社員の辞令書を交付する等によって採用手続きを終了し、ここの採用内定者との間に見習社員契約が成立するものであるところ、本件の場合は入社式以降の手続きが未了であるので、申請人との間は見習社員契約の予約に過ぎない旨主張するが、労働契約は当事者の意思如何によっては右手続未了の間のある時期を以てその成立の時期とする場合があることはいうまでもない。元来、労働契約の成立はそれが要式行為でない以上、これをある事実にかかわらせなければならないといった性質のものでなく、当事者間の合意によって任意にその時期を定めることができるものであるから、被申請人のこの点に関する主張も理由がない。

2公社の申請人に対する採用取消の効力について

申請人と公社との間に成立している契約関係は見習社員としての解除条件付、始期付労働契約であると認められるから、公社が右条件成就の場合を除いて申請人から右契約上の地位を奪うことは解雇にほかならないところ、見習社員の解雇事由は、1)3ヶ月を限度とする病気休暇の期間を経過してもなおその理由が消滅しないとき、2)勤務成績が良くないとき、3)心身の故障のため職務の遂行に支障があり、またこれに堪えないとき、4)禁治産者又は準禁治産者となったとき、5)刑事事件に関し起訴されたとき、6)職員としての適格性を欠くとき、7)業務量の減少その他経営上やむを得ない理由を生じたときとなっており、また、申請人は公社から採用内定取消の名目で労働契約を解約された当時未だ就労の始期が到来していなかったのであるから、継続雇用期間が4ヶ月以内で職員としての適格性の認定を受けていない見習社員としての地位にあったものと認めることができる。したがって、公社が申請人との間の労働契約を解約するについては、職員とするにふさわしくないと判断される正当な事由を発見した場合には公社はその解約をなし得るものと解される。

申請人が所属する反戦青年委員会は政治的な主義主張を完徹するために結成された団体と認めることができるので、申請人においてこれに基づく特段の行動がない以上、右団体に所属することだけを理由に公社が申請人との間の見習社員契約を解約したものであるとすれば、それはまさしく申請人の政治的な信条を理由として差別的取扱いをしたものと解することができる。ところで憲法14条によると、国民は信条によって社会的関係によって差別されないものと規定され、また労働基準法3条によると、使用者は労働者の信条を理由として労働条件について差別してはならないものと規定され、右条件には解約をも含むと解すべきであるところから、公社が申請人について反戦青年委員会への加入を理由に申請人との間の見習社員契約を解約したものであるとすれば、右は憲法14条、労働基準法3条に違反するもので民法90条によって無効というべきである。してみると、これを以て公社が申請人について公社の職員とするにふさわしくない事由のある場合に当たるとしたことは、その評価を誤ったものといわなければならない。

申請人が道路交通法、大阪市公安条例違反の現行犯として逮捕された行為については、可罰的違法性の観点から犯罪の成立を即断し得ないものと考える余地があるが、仮に右取締法規に違反して犯罪が成立するとしても、右は申請人が一市民として組合側の主張に賛同し、これを支援するためその意思を表現する手段として集会に参加した際のものであって、純然たる私生活の領域において惹起されたものであるから、申請人が公社の職員としてその職務遂行の適格性についての評価とは一応かかわりのないものと認めることができる。もっとも、公社が公益性の著しく強いものであるところから、その職員に対しては一般の私企業の従業員に比べて高度の遵法的態度が要求されるものということができ、その観点からすると、いかに私生活の領域とはいえ、いやしくも法令に違反する行為があったとすれば、職員としての適格性を欠くものとの評価を免れないと考えられる余地がある。しかしながら、右は違法行為の性質及び程度、更には当該職員の地位、職務内容等に即して考えるべきものであり、これを無視して一律に定められるべきものではない。これを本件についてみるに、公社が申請人の前記集会への参加自体を以て公社の職員としてふさわしくない行為であるとするならば格別、むしろ右集会に参加して自己の主張を表現する市民的権利について正当な理解を示すものであるとするならば、その際これに付随して仮に違法な行為があったとしても、それが単なる取締法規の違反に止まるものであり、しかも起訴猶予処分として処理された程度に軽微であったこと、申請人が当面管理的色彩の全くない末端の機械的労働に従事することを予定されていた者であること等を考慮するとき、これをもって申請人を公社の職員としてふさわしくない者とすることは正当な評価とは認められない。

申請人が昭和45年3月15日万国博会場中央口駅において反戦青年委員会の一員として安保万博粉砕共闘会議主宰のデモ及び座り込みに参加し、その際申請人以外67名が逮捕されたが、申請人については犯罪の成否は明らかでない。仮に犯罪が成立するとしても、純然たる私生活の領域において惹起されたもので、しかも申請人が逮捕を免れていることからすると右犯罪に関わっている程度は低く、これをもって申請人を公社の職員としてふさわしくないとすることは正当な評価とは認められない。

公社職員のうち反戦青年委員会の派閥の一つである共産主義者同盟に所属する青年労働者の一部が昭和44年10月大阪中央郵便局玄関前に座り込み、労務課をバリケード封鎖し、窓から垂幕や反戦の赤旗を吊るし、火炎瓶を投下し、更に昭和45年1月公社職員に懲戒解雇者が出たことに抗議して大阪市内電話局等において火炎瓶を投入するといった事件を起こし、これら一連の行為によって公社の職場の安全と秩序が阻害され、その業務の遂行に著しい支障が生じた。ところで、公社は、申請人が右のような行為を繰り返している者らの属している団体と同じ団体の幹部で自らも無届けデモや座り込みに参加するなどの行為を行っているので、このような者を公社の職員として採用するときは職場内の規律を乱すとともに公社に対する国民一般の不信を招く恐れがあるので見習社員として採用するのはふさわしくない旨主張するが、反戦青年委員会は昭和40年の発足当時は統制された組織の態をなしていたが、その後分派を繰り返し、実質的な統一指導部を欠く不確定組織の総称になっているもので、反戦青年委員会といっても必ずしも過激度は一様でない事実が認められるところ、公社内の反戦派に業務阻害行為が行われたからといって、申請人が同じ反戦青年委員会という名称を持つに過ぎない会に所属するということを理由に、申請人を公社の職員として雇用した場合、申請人によって同じく業務阻害行為がなされるであろうとすることは不当な類推であり、このような類推によって公社の職員としてふさわしくない者とすることはとうてい正当な評価とは認められない。以上のとおり、既に認定した事実を以てしては申請人を公社の職員として不適格であると認めることはできないので、右事実に基づく本件採用取消、即ち見習社員契約の解約は、就業規則所定の解約事由に該当しないにもかかわらずなされたものにほかならないから、右は結局右規則の適用を誤ったもので無効というべきである。
適用法規・条文
憲法14条、労働基準法3条、民法90条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。