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D公社採用内定取消本訴控訴事件

事件の分類
採用内定取消
事件名
D公社採用内定取消本訴控訴事件
事件番号
大阪高裁 - 昭和52年(ネ)第770号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 電信電話公社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1979年02月27日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
控訴人(第1審原告)は昭和43年3月に高校を卒業し、昭和44年11月10日頃、近畿電気通信局から、再度の健康診断で異常がなければ昭和45年4月1日付で、機械職として見習い社員とするとの採用通知を受けた。

控訴人は高校卒業後T地区反戦青年委員会の構成員となり、昭和44年10月31日に国労、動労の機関助士廃止反対の集会に反戦青年委員会の一員として参加し、無届けデモを行って逮捕され、起訴猶予処分となった。また控訴人は、昭和45年3月15日万博会場付近において、反戦青年委員会の一員として安保万博粉砕のデモ及び座り込みに参加し、その際控訴人は含まれなかったが、約67名が不退去罪等により逮捕された。

近畿電通局は控訴人に対し前記採用通知を出した後、控訴人が反戦系グループに属しているという情報を入手し、特別調査を行った結果、控訴人は反戦青年委員会発足時から役員的地位にあることが確認された。同局は、同年3月4日の入社懇談会に控訴人を出席させたが、その後の調査によって、控訴人が反戦行動によって逮捕され、法律違反の行動があったことを確認し、公社の職員として稼働させた場合、過激な行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場秩序が乱され業務を阻害される明白かつ現実的な危険があるものと判断して、同月20日に至り控訴人に対し採用消しを通告した。

これに対し控訴人は、公社が昭和44年11月8日原告に対し採用通知を出すことによって、労働契約が成立していると主張し、その上で控訴人の逮捕は正当な示威運動に対する職権濫用であること、過激派グループと控訴人の所属する反戦青年委員会は別個の組織であることなどを主張して、本件採用取消(見習社員契約の解約)は無効であるとして、被控訴人(第1審被告)の見習社員としての地位の確認と賃金の支払を請求した。

本件は、本訴の前に仮処分事件としても争われ、第1審では申請人(原告)が勝訴し、見習社員としての地位の確認と賃金の支払を受けたが、第2審では、控訴人(被告)の見習社員契約の解約は正当であるとして控訴を認容したため、原告は被告の見習社員としての地位の確認を求めて本訴を提起した。なお本訴においては、被告(947号事件原告)は、仮処分第1審判決に従って支払った仮払賃金の返還を求めた。

第1審では、被控訴人による控訴人の本件見習社員契約の解約(採用内定取消)は正当であるとして控訴人の請求を棄却したほか、控訴人が受けた仮払賃金の返還を命じたことから、控訴人はこれらを不服として控訴に及んだ。
主文
本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
被控訴人と控訴人との間における見習社員契約締結への折衝は、被控訴人が昭和44年8月に発表した「社員募集案内」による公募が契約の申込みの誘引に該り、控訴人のこれに対する応募と、それに引き続く同年9月の採用試験への参加、最終学校の成績証明書及び卒業証明書・戸籍抄本・健康診断の提出、貸与被服号型調査票の提出、入社懇談会への出席と再度の健康診断の受診等の諸行為が、引き続く一連の行為として、一括して契約の申込みに該り、同年4月1日になされるべきであった被控訴人の控訴人に対する辞令書の交付が、契約の承諾に該当するものであって、その余の諸事実・諸行為は、右雇用契約の締結上、法律的にみて格別の意味を有するものではないといわなければならない。ところで、本件採用通知なるものは、その後の手続きを円滑に展開させるため、便宜上控訴人に対し右事実を告知するためになされたものにすぎず、従ってそれは、唯単に被控訴人の内部において控訴人を見習社員として雇用することが決定されたということを事実上通知したというものであるから、それによって、被控訴人と控訴人との間に労働契約的な関係を生ぜしめるものではないといわなければならない。そうすると、本件採用通知は、被控訴人において、控訴人を見習社員として採用することを内定したという事実を一方的に控訴人に告知したものであって、その法律上の性質は観念の通知であるというべく、それによっては、控訴人と被控訴人との間に見習社員としての雇用契約が締結されたとするに由なく、また、それにより始期付・解除条件付見習社員契約が締結されたとか、申込撤回権留保付見習社員契約が締結されたとか断ずることができないことも、本件採用通知の性質が右のようなものであって、未だ勤務条件も具体的個別的に確定されておらず、何よりもその間、被控訴人において、控訴人との間で雇用契約を締結するという意思があったと認めることができない点からして明らかといわなければならない。以上により、控訴人は、本件採用内定通知を受けた当時においては、未だ被控訴人との間において、見習社員契約が締結されていたとはいい得ないことは勿論、始期付・解除条件付・申込撤回権留保付であっても、これが見習社員契約は締結されていなかったというほかはない。

本件採用通知の実質は採用内定通知であり、これが採用内定取消しについては、被控訴人の社員に対してのみ適用されるべき日本電信電話公社法31条、公社職員就業規則等の適用を受けないことは明らかである。しかしながら、採用内定という被控訴人内部における措置であっても、それが対外的に控訴人に通知された以上、控訴人としては特別な事情のない限り、昭和45年4月1日の到来により被控訴人の見習社員になり得るものであるという期待を事実上抱くに至るものであるから、被控訴人においても、これが採用内定を取り消すことを相当とする特別な事情がない限り、その取消をなし得ないものとするのが、双方当事者間に作用する信義則上からして当然といわなければならない。ところで、右にいう特別な事情とは、本件採用通知に示されていた「健康診断による異常の発見」もその一つと思料されるが、右は本件採用内定を取消し得る場合の一つとして最も一般的かつ多数と予想されるものを例示したに過ぎないのであって、被控訴人が本件採用内定を取り消し得る場合を右の場合のみに限定する趣旨を表示したものではないと解すべきであり、被控訴人としては、採用内定を取り消すことが相当である場合、例えば、採用内定通知後において、採用内定者につき、公社の見習社員として不適格と認められる事由が被控訴人に初めて判明した場合等においては、その裁量により、当該採用内定を取り消し得るものといわなければならない。

認定の事実関係からすれば、被控訴人において本件採用内定取消をしたのは、控訴人が反戦委に所属し、その指導的地位にある者の行動として、公安条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが決定的な原因であったところ、重要な公共的業務を担当し、その従業員は法令及び諸規則を遵守して誠実な労務の提供をなすべきものであり、罰則の適用については法令により公務に従事する者とみなされているほどである関係上、一般民間企業以上に業務秩序の厳正が要請される被控訴人において、右の如き違法行為を積極的に敢行した控訴人を被控訴人の見習社員として適格性を欠くと判断し、これが採用内定の取消をしたことは、その事実関係の認定について誤りがなく、その判断も、社会通念上、被控訴人が有するその点の判断についての裁量権の範囲を逸脱したものとは到底いえないから、仮に被控訴人の職場を混乱させた反戦委のメンバーと控訴人との間に格別の連絡がなく、両者は無関係であったとしても、また控訴人の所属した反戦委のグループが、いわゆる過激派ではなくして、職場におけるストライキの敢行等を主たる手段・方法として反戦運動を行ういわゆる「生産点闘争」を重視する派であったとしても、右採用内定の取消は取消権の濫用によるものとはいえず、また、それは控訴人の思想・信条を理由としてなされたものでもなければ、集会・結社の自由を侵害するものでもないから、それにつき、憲法14条ないし21条違反とか、労基法3条違反とかを考える余地もないといわなければならず、本件採用内定取消通知による採用内定取消は有効といわざるを得ない。

ところで、被控訴人の本件不当利得金支払請求に関する請求原因事実によると、被控訴人の当該請求は理由がある。そうすると、控訴人は被控訴人に対し、金111万8000円、及びその内金109万2000円については昭和49年2月16日から、内金2万6000円については昭和50年5月30日から、それぞれ完済まで、いずれも民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をすべき義務があるといわなければならない。
適用法規・条文
憲法14条、労働基準法3条、民法90条
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は上告された。