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D印刷採用内定取消控訴事件
- 事件の分類
- 採用内定取消
- 事件名
- D印刷採用内定取消控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 - 昭和47年(ネ)第458号
- 当事者
- 控訴人(附帯被控訴人) 株式会社
被控訴人(附帯控訴人) 個人1名 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1976年10月04日
- 判決決定区分
- 控訴棄却、附帯控訴変更(上告)
- 事件の概要
- 控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)は総合印刷を業とする株式会社であり、被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)は昭和44年3月にS大学を卒業した者である。被控訴人は昭和44年度の控訴人の採用試験を受験し、昭和43年7月12日に採用内定通知を受領し、その際被控訴人は控訴人の指示に従って誓約書を送付した。同誓約書では、卒業後は間違いなく入社することのほか、1)履歴書身上書等書類の記載事項に事実と相違した点があったとき、2)過去に於て共産主義運動及び之に類する運動をし、又は関係した事実が判明したとき、3)本年3月学校を卒業できなかったとき、4)入社迄に健康状態が選考日より低下し勤務に堪えないと認められたとき、5)その他の事由によって入社後の勤務に不適当と認められたときには、採用内定取消をされても異存はない旨記載されていた。ところが、控訴人は被控訴人がグルーミーであるなどの理由から、昭和44年2月12日頃、被控訴人に対しては理由を付すことなく採用内定取消しの通知をした。
これに対し被控訴人は、採用内定取消は解雇に当たるところ、本件解雇は思想信条を理由とするものであり、仮にそうでないとしても公序良俗に反するとしてその無効の確認と賃金の支払を請求するとともに、精神的苦痛に対する慰藉料200万円を被告に請求した。
第1審では、本件内定取消は正当な理由がなく無効であるとして、被控訴人の従業員としての地位を認め、控訴人に対し昭和44年4月以降の賃金の支払を命じたが、一方慰藉料の請求についてはこれを棄却した。そこで控訴人はこれを不服として控訴する一方、被控訴人は慰藉料の支払いを求めて附帯控訴した。 - 主文
- 1本件控訴を棄却する。
2附帯控訴に基づき、原判決主文第3、4項を次のとおり変更する。
(一)控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金536万0952円及びうち金486万0952円に対する昭和51年5月12日から支払いずみに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(二)控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、昭和50年6月1日から本判決確定に至るまで毎月28日かぎり1ヶ月金7万1800円の割合による金員を支払え。
(三)被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを8分し、その1を被控訴人(附帯控訴人)の、その余を控訴人(附帯被控訴人)の、各負担とする。
4この判決は、右2の(一)、(二)にかぎり、仮に執行することができる。
5控訴人(附帯被控訴人)において金300万円の担保を供するときは右2の(一)の仮執行を免れることができる。 - 判決要旨
- 摘示・認定した事実に、終身雇用制度の下における我が国の労働契約特に大学新卒業者と大企業とのそれに見られる公知の強い附合契約性を合わせ考えれば、前記経過の下に前記形態で採用が行われた本件においては、控訴人からの募集(申込みの誘引)に対し、被控訴人が応募したのが労働契約の申込みであり、これに対する控訴人よりの採用内定通知は右申込みに対する承諾であって、これにより控訴人と被控訴人との間に、前記誓約書における5項目の採用内定取消理由に基づく解約権を控訴人が就労開始時まで留保し、就労の始期を被控訴人の大学卒業直後とする労働契約が成立していたと解するのが相当である。
ところで、控訴人においては、採用内定をしても後の調査により不適格と判断された場合には自由に内定取消ができると理解していたことが窺われないではないが、仮にそのような理解のもとに本件採用内定通知をしたとしても、それは控訴人の内心の意思ないしは希望にすぎず、前認定の状況・経過のもとで前認定の態様でなされた採用内定により当事者間に労働契約の合意が成立したことを認定する妨げになるものではない。けだし右のような労働契約は、あくまでも当事者の意思の客観的合理的な解釈として認められたものであるからである。
そうすると、控訴人が昭和44年2月12日被控訴人に対してした採用内定取消の通知は、右解約権に基づく解約申し入れとみなければならない。そして右解約権は、前記1)ないし5)の事由がある場合にのみ行使できることは明らかであるとこと、5)の解釈次第では如何なるときでも自由に解約できる虞があるようにも思われるが、解約権留保付労働契約たる本件採用内定がなされた経過・状況から推認される右契約の性質・目的からみれば、5)により解約できるのは、1)ないし4)より類推される後発的事実を理由とする等の合理的な場合に限られるといわなければならない。
ところで、控訴人の主張する採用内定取消は、「グルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかもしれないので採用内定としておいたところ、そのような材料が見つからなかった」というに帰し、このようなことが解約権付労働契約の性質から見て、5)その他の解約事由に当たるといえないことはいうまでもなく、他にも右解約の事由に当たる事実を認めるに足る証拠はないから、控訴人のした前記解約は無効といわざるを得ない。そうすると、被控訴人は、解約権付労働契約により控訴人に対する労働契約上の地位を取得したものであるが、昭和44年度新入社員の入社式が行われた同年3月31日には前記解約権は消滅し、被控訴人は同年4月1日憩い右派控訴人の従業員として、就労し、賃金を得る権利を取得したものといわなければならない。そして、被控訴人は右期日以降控訴人に対し労務に服する旨申し出ているのに控訴人は現在に至るまでその就業を拒否しており、更に控訴人は、試用期間中における被控訴人の労務の提供をも拒絶し、試用に基づく従業員としての適格性の判定の権利を行使しなかったことになるから、控訴人は試用期間を過ぎた昭和44年6月下旬頃本採用者としての地位を得たものというべきである。
右事実によれば、被控訴人は、他の昭和44年度採用の大学新卒業者たる従業員と同じ賃金を受ける権利を有するものであるところ、被控訴人は控訴人より、昭和50年5月分までの給与及び一時金として合計金633万9952円の、同年6月1日以降の給与として毎月28日限り金10万5300円の各支払を受ける権利を有するものというべきである。
控訴人が、正当な理由もないのに、被控訴人に対する採用内定が取り消されたとして、被控訴人に従業員たる地位を認めないため、被控訴人が大学を卒業しながら他に就職することもできず、本件訴訟を提起・維持しなければならなくなったことについて、相当な精神的苦痛を重ねてきていることは推察に難くなく、その苦痛は、本訴において被控訴人の主張が認容され、就職時以降の賃金相当額の支払いを受けたとしても完全に治癒されるものではないと考えられるところ、本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、右苦痛を治癒すべき慰藉料の額は金100万円とするのが相当である。また弁護士費用は50万円を下回らない。 - 適用法規・条文
- 民法709条、労働基準法3条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大津地裁 - 昭和44年(ワ)第84号 | 認容(控訴) | 1972年03月29日 |
大阪高裁 - 昭和47年(ネ)第458号 | 控訴棄却、附帯控訴変更(上告) | 1976年10月04日 |
最高裁 - 昭和52年(オ)第94号 | 上告棄却 | 1979年07月20日 |