判例データベース

O社採用内定取消事件

事件の分類
採用内定取消
事件名
O社採用内定取消事件
事件番号
東京地裁 - 平成15年(ワ)第18903号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年06月23日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告は、コンピューターの周辺機器の設計・開発・製造及び販売等を業とする株式会社であり、原告はA社に勤務していたが、平成15年3月頃から転職を希望して求職活動を始め、人材バンクを通じて同年5月28日頃被告の入社試験を受けた者である。被告は、6月16日付で7月1日での原告の採用を決定し、その旨原告に通知した。

ところが、6月27日、原告は転職の紹介を受けた担当者から、被告が採用内定を留保したいと言ってきている旨の連絡を受け、同月30日に被告に連絡したところ、被告人事担当者は原告に対し、A社における1)勤務態度、2)空売り、3)客先とのトラブル、4)社内的に問題視されていた点、5)退職に至る経緯の不明瞭さの悪い噂を挙げ、A社にこれら悪い噂が事実無根である旨の釈明書を作成してもらうよう指示し、これを受けて原告は被告に対し同釈明書を提出した。原告に関する悪い噂の発生源は、A社の元従業員で現在被告に勤務しているFであるところ、FはA社時代原告と同一の部署で勤務した経験がなく、伝聞情報にすぎないことから、被告は当該噂の真偽を確かめるため、本件採用内定を一時留保し、調査したけ結果、当該噂は真実ではないのではないかとの心証を抱き、改めて同年7月3日に社長が原告と面接し、再び被告の従業員として採用する旨決定した。しかし、社長は原告の配属予定先の責任者であるJから原告の受入を拒否されたこと、Kからも原告の悪い噂を聞いたことから、被告は社内の混乱を避けるため、同月9日になって再び原告に対し本件採用内定を取り消す旨の通知をした。そして被告は、翌10日原告に対し、書面で本件採用内定取消を通知し、謝罪金として採用予定時の1ヶ月分の給与相当額43万7500円の3ヶ月分の7割に当たる91万8750円を支払った。

これに対し原告は、本件内定によって原告と被告間には労働契約が成立しており本件内定取消は無効であるとして、被告に対し再就職するまでの2ヶ月半分の給与及び慰謝料300万円を支払うよう請求した。
主文
1被告は、原告に対し、金208万6693円及び内金21万1693円に対する平成15年7月26日から支払済みまで年6%の割合による金員、内金43万7500円に対する同年9月26日から支払済みまで年6%の割合による金員、内金100万円に対する同16年1月28日から支払済みまで年5%の割合による金員をそれぞれ支払え。

2原告のその余の請求を棄却する。

3訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1本件採用内定取消の成否

本件の場合、原告を被告の営業職として、始期を平成15年7月1日とする解約権留保付労働契約が成立したと認めるのが相当である。このように原告と被告との間に始期付解約権留保付労働契約が成立している場合において、被告の解約権は客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる事由がある場合には当該解約権の行使は適法であるが、そのような事由が存在しない場合には当該解約権の行使は無効であり、原告と被告との間に労働契約は継続しており、また、解約権行使が違法として解約権行使に伴い原告が被った損害を、被告は相当因果関係の範囲内において賠償する義務を負うと解するのが相当である。被告は平成15年7月10日付で、原告に対し解約権を行使し、本件採用内定を取り消す旨の通知をしている。被告が本件採用内定を取り消したのは、原告の前職時代に悪い噂があり、その噂は信用するに足り、この噂のため、被告の営業部門で原告を受け入れるところがないという点にある。被告は原告の悪い噂の真偽を確かめるために調査を行い、再度の面接を経て、再度採用内定の通知をしたが、このように採用内定を一旦留保し、調査、再面接後、再度本件採用内定をした経緯に照らすと、本件採用内定取消が適法になるためには、原告の能力、性格、識見等に問題があることについて、採用内定後新たな事実が見つかったこと、当該事実は確実な証拠に基づく等の事由が存在する必要があると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、社長は同年7月3日の再面接の際、原告に対し採用する旨通知した後、新規開拓の責任者Jから原告の受入を拒否されたこと、かつてA社に勤務しその後被告に勤務した経験のあるKから原告の悪い噂を聞いたことが原因で、本件採用内定を取り消したこと、これら原告についての悪い噂は、社長が原告を再面接する前と同じものであり、新たな事実ではないこと、Kは原告と同一の部署で働いた経験はなく直接原告の人となりを知らないことが認められる。そうだとすると、Jの受入れ拒否、Kからの情報に依拠して本件採用内定を取り消すことには、客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる事由があるとはいえないというべきである。また、そもそも、原告の悪い噂には、当該噂が事実であると認めるに足りる証拠は存在していないというべきであり、本件採用内定取消は、この点からも理由がないというべきである。

すなわち、被告は原告のA社時代の勤務態度を問題とするが、A社には出勤簿がなく、原告は営業職であったため、勤務時間の半分程度は外回りであったこと、原告は上司に報告連絡を取りながら営業活動を進めており、A社の取締役は、原告の勤務態度について、具体的な事実を挙げながら何ら問題はないと述べていること等に照らすと、原告のA社時代の勤務態度に問題があったと認めることは困難である。被告は本件空売り及び客先とのトラブル(代理店を介さない取引)を問題とするが、これらはいずれも原告が上司と相談の上行ったものであること、当該取引は空売りではなく違法でないこと、当該取引について原告は何らA社から責任を追及されていないことが認められ、そうだとすると、本件空売り問題及び代理店を介さない取引を取り上げ、これを内定取消の事由にすることは困難である。また、原告のA社退職の経緯が不明瞭であることを問題にするが、原告は自己都合で退職したことが認められ、そうだとすると、原告のA社退職の経緯が不明瞭ということは困難である。更に原告がA社内で協調性を欠く性格であることを問題にするが、原告はA社において、上司、同僚等からその性格等が問題視されているとの指摘を受け、これを改めるよう指導された形跡はなく、かえってA社の取締役は、会社釈明書面で「何をどのように問題視しているのかわかりません」と述べていること、被告社長は、原告の性格等が社内的に問題視されているとの噂の真偽を確かめるため原告に対し再度面接し問題ないとして採用することを決定していることが認められ、そうだとすると原告の性格等が社内的に問題視されていると認めることは困難である。

以上によれば、本件採用内定取消には、客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる事由を認めるに足りる証拠が存在しないというべきである。なお付言するならば、被告は、原告に対し、本件採用内定通知を出しながら、原告に悪い噂があることから一旦採用内定を留保し、調査、再面接までして再度採用内定を決定したのであるから、このような場合、従前と異なる事実が出たなら格別、このような事実が存在しない本件にあっては、3ヶ月の試用期間を通じ、原告に対する噂が真実か否かを見極めるのが相当というべきである。被告において、従前と同様の噂に基づき、原告に対する本件採用内定を取り消すことは、解雇権を濫用するものというべきである。

2原告の損害について

本件採用内定取消は無効なのであるから、原告と被告との間には平成15年7月1日以降、労働契約が締結されていると認めるのが相当であり、被告が本件採用内定取消を理由に原告の就労を拒否している本件においては、原告は被告に対し、平成15年7月1日から9月15日までの間、月額43万7500円の支払いを求めることができる。

被告が行った本件採用内定取消は違法であり、1)原告は、被告が内定通知を発したために他の就職内定先や就職活動先を断り、A社に退職届を提出し身辺整理をして被告に出社することを心待ちにしていたこと、2)ところが原告は本件採用内定取消により被告に就労することができず、この間被告との対応に追われ、精神的苦痛を被ったこと、3)原告は本件採用内定取消に伴い再度の就職活動を余儀なくされ、E社に就職が決定するまでの2ヶ月間、不安定な立場に置かれ、心痛を味わったこと、4)原告は本件採用内定取消に基づく地位確認、損害賠償請求事件の提起を弁護士に依頼し、弁護士に対し金員を支払うことを余儀なくされたことが認められ、以上によれば慰謝料100万円とするのが相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
その他特記事項