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K社内々定取消慰謝料請求控訴事件
- 事件の分類
- 採用内定取消
- 事件名
- K社内々定取消慰謝料請求控訴事件
- 事件番号
- 福岡高裁 - 平成22年(ネ)第664号、福岡高裁 - 平成22年(ネ)第883号
- 当事者
- 控訴人兼附帯被控訴人 株式会社
被控訴人兼附帯控訴人 個人1名 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年03月10日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 控訴人兼附帯被控訴人(第1審被告)は、マンションデベロッパーであり、被控訴人兼控訴人(第1審原告)及び甲(他の事件の原告)は、平成21年3月に卒業する予定で控訴人から平成20年5月30日付けで採用内々定通知を受けた者である。その通知は人事担当Aの名義で作成され、正式な内定通知は同年10月1日を予定していると記載されていた。
ところが、その後経済状況が悪化したことから、控訴人は経費節減の外、採用予定者を減らすことを決定したが、新卒者の採用取り止めは検討されていなかった。同年7月30日、被控訴人及び甲と管理部長らが会談した際、同部長は夏季賞与のカットや退職勧奨等には触れず、被控訴人らに「うちは大丈夫」と言って安心させた。しかし、その後も経済状況が悪化したことから、控訴人は正式内定になれば取消しが困難になると考え、同年9月30日、被控訴人と甲に対し本件内々定取消通知書を送付した。被控訴人及び甲は、入社承諾書を送付すると、他の企業への就職活動を中止するとともに、被控訴人は採用内定通知を受けていた企業及び最終面接を受けていた企業にそれぞれ断りを入れていた。
甲は平成21年頃、現在の就職先から内定通知を受け、同年4月から働き始めたが、被控訴人は平成20年12月頃から就職活動を再開したものの、平成21年4月を過ぎても就労できない状態が続いた。被控訴人は、本件内々定によって就労始期を平成21年4月1日とする解約権留保付労働契約が成立し、本件内々定取消は社会通念上相当と是認することはできず違法であるとして、1年分の賃金240万円、慰謝料100万円、就職活動費5万円、弁護士費用34万5000円を請求した。
第1審では、本件内々定によって始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえないとしながら、被控訴人は控訴人に就職できると期待したことは当然であり、この期待は法的保護に値するとして、慰謝料100万円、弁護士費用10万円の支払を控訴人に命じたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及ぶ一方、被控訴人も損害賠償額の引上げを求めて附帯控訴した。 - 主文
- 1本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人は、被控訴人に対し、55万円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人のその余の請求を棄却する。
2被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
3訴訟費用は、第1、2審を通じて、これを6分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
4この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1内々定によって労働契約が成立しているか
被控訴人は、昭和54年最高裁判決を引用して、本件の内々定については、1)採用内定通知に誓約書が同封されており、内定者は誓約書を会社宛に提出したこと、2)内定が出た段階で、内定者が当該会社に入社することが確実であることを当該会社が知っていたことの事実が認められるから、労働契約として成立したものというべきと主張する。しかし、本件内々定については、始期付解約権留保付労働契約としてこれが成立したものとは認められないことは、原判決の通りであり、昭和54年最高裁判決は本件と事案を異にし、本件に適切ではない。
2期待権侵害あるいは信義則違反の有無について
少なくとも、経済情勢の悪化という事態は、採用内定通知書授与の日が被控訴人に通知された平成20年9月25日以前から存した事情であり、控訴人の取締役会等において新採の見直しが検討され、本件内々定の取消しもその検討対象に入っていたと認められるから、控訴人は、早い段階で被控訴人に対してその取消しの可能性がある旨伝えるなどして、被控訴人がこれによって受ける不利益を可能な限り少なくする方途を講じるべきであり、またその余地も十分あったというべきである。しかるに、控訴人は、そのような措置をとらずに、同月25日に至って、突然に本件内々定取消を行ったものであるところ、控訴人の被控訴人に対するそのような対応がやむを得ない経営判断に基づくものということはできない上、経済情勢の悪化という事情をもって、控訴人の本件内々定取消しを合理化することはできないというべきである。
控訴人は、1)被控訴人は、本件内々定通知を受けた後、就職活動を停止していたのであるから、その後の控訴人の対応が、控訴人と被控訴人との間で労働契約が確実に締結されるであろうという被控訴人の期待に影響を与えるものではない、2)控訴人は本件内々定取消しについて誠実に対応しなかったとはいえない、3)控訴人は、本件内々定取消しを経営判断としてやむなく行ったにすぎない、4)本件内々定取消しは、経済情勢の悪化という外部的な要因によるものであり、控訴人の信義則違反として構成することは妥当ではない旨主張する。1)については、被控訴人は本件内々定を受けて以後、他社から受けていた内々定について断りの連絡を入れ、就職活動を停止していることが認められる。しかし控訴人は、平成20年7月30日に内々定の通知をした被控訴人と甲を事務所に呼び、取締役Bにおいて、控訴人の経営状況等が話題になった際に、夏季賞与のカットや退職勧奨等の情報を敢えて伝えることなく、「経済的状態の悪化があっても控訴人は大丈夫」などと発言し、その後にも新卒者の採用の見直しなど経営改善策を進めているにもかかわらず、そのような情報を採用担当者に知らせずに、従前の計画通り手続きを進めていたのであり、被控訴人に対して同年9月25日に採用内定通知書授与の日を連絡し、被控訴人が控訴人から採用されるであろうとの期待を強めてスーツを新着するなどの準備を進めていたことからすると、被控訴人としても、控訴人から本件内々定取消についての正確な情報が伝えられていれば、再度就職活動を行ったと考えられる上、控訴人の上記のような対応によって、控訴人との間に労働契約が確実に締結されるであろうという被控訴人の期待が法的保護に値する程度に高まっていたと判断するのが相当である。
2)については、控訴人は同年9月25日に採用内定授与の日を被控訴人に連絡しながら、その僅か5日後に被控訴人に対し本件取消通知書を送付しているところ、このような本件内々定取消しについての控訴人の対応は、上記のように法的保護に値する程度に高まった労働契約締結に向けての被控訴人の期待に何ら配慮したものではなく、誠実なものとはいえない。3)、4)については、少なくとも同日25日後に至って突然に本件内々定取消しを行ったことが、控訴人のやむを得ない経営判断に基づくものということはできず、経済情勢の悪化という事情をもって、控訴人の本件内々定取消しの措置を合理化することはできない。
3損害額
被控訴人は、賃金相当の逸失利益について、損害として認めるべきであると主張するが、本件内々定が労働契約(始期付解約権留保付労働契約)とは認められないことは前示のとおりであり、被控訴人の上記主張は採用できない。
採用内定通知書授与の日が定められた後においては、控訴人と被控訴人との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの被控訴人の期待は法的保護に値する程度に高まっていたこと、被控訴人は、控訴人に就職することを期待して、本件内々定の前に受けていた他社からの複数の内々定を断り、就職活動を終了させていたこと、控訴人において、被控訴人のこのような期待や準備、更には就職によって得られる利益等に配慮することなく、被控訴人に対して上記のような採用方針変更について充分な説明をせずに本件内々定の取消しを行い、被控訴人からの抗議にも何ら対応しなかったこと、本件内々定取消しによって受けた被控訴人の精神的苦痛は大きく、1ヶ月程度就職活動ができない期間が生じ、被控訴人がいまだ就職できないでいるのも、その際の精神的打撃が影響していることが窺われることをも考慮すると、本件内々定取消しによって受けた被控訴人の精神的損害を填補するための慰謝料は50万円と認めるのが相当である。
なお控訴人は、1)被控訴人が就職していないことを損害として考慮することは、逸失利益を損害の一部として認めることとなり不当である、2)契約締結上の故意過失による損害賠償の対象は、信頼利益についてのものであり、精神的損害をその対象とするのは妥当でない旨主張する。しかしながら、1)については、被控訴人が現在就職していないのも、本件内々定取消しによって、被控訴人が精神的打撃を受けたことが影響していることが窺われるものであって、これを慰謝料額の算定において考慮するのも不当とはいえない。また2)については、確かに控訴人と被控訴人との間で労働契約の締結に至っていない以上、これを前提とする賃金相当の逸失利益についてこれを損害賠償の対象とすることができないことは、前示のとおりである。しかしながら、本件においては、労働契約締結に向けた手続きの中で、法的保護に十分に値する程度にまで高まっていた被控訴人による労働契約締結の期待すなわち期待権を、控訴人において一方的に侵害し、これによって被控訴人に上記の精神的苦痛を与えたというのであって、そのような精神的苦痛ないし損害はいまだ補填、回復がなされたということができないのであるから、このような損害も上記契約締結上の過失と相当因果関係がある損害として、控訴人においてその賠償の責めを負うものというべきである。そして、この理は、控訴人に対する経済的損失についての損害賠償が併せて認められる場合であると否とを問わないというべきである。
弁護士費用は5万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1020号82頁
- その他特記事項
- 本件の内々定取消のもう1人(甲)については、福岡高裁平成22年(ネ)663号、878号2011年2月16日判決
本判決は、福岡地裁平成21年(ワ)2166号2010年6月2日判決の控訴審
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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福岡高裁 - 平成22年(ネ)第663号、福岡高裁 - 平成22年(ネ)第878号 | 一部認容・一部棄却 | 2011年02月16日 |
福岡高裁 - 平成22年(ネ)第664号、福岡高裁 - 平成22年(ネ)第883号 | 一部認容・一部棄却 | 2011年03月10日 |