判例データベース
医療用機器製造等会社女性室長社長直訴等配転事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 医療用機器製造等会社女性室長社長直訴等配転事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成21年(ワ)第666号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年05月25日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、米国のGEの医療部門の出資で設立された医療用機器の製造等を目的とする株式会社であり、原告(昭和31年生)は、昭和60年9月、被告との間で「就業規則等に定めることを承認し、これに従う」という約定を含む期間の定めのない雇用契約を締結した女性てあって、生産技術部で勤務した後、平成12年6月、品質保証部に異動して製品品質管理業務に携わった。被告は、平成13年7月、品質保証部に環境・安全衛生を担当するEHS室を設置してCをその室長に充てたが、平成17年3月のCの異動を機に原告が事実上同室長を兼務するようになり、平成18年2月、正式に同室長に就任するとともに、同年4月管理職に昇格した。
同年4月、原告の上司にD本部長が就任したが、原告はその就任前に、ファシリティセンターとの連携の問題等についてDに長文のメールを送ったことなどから、Dは原告が連携強化に積極的に取り組んでいないと感じた。また原告は同年6月、社長に対し、Dが業務改善に取り組まない等の不満をメールで送信するなどしたことからDとの関係が悪化し、Dは同年8月9日、原告との面談において「業務改善指導項目」を交付し、パフォーマンスは良いが、リーダーとしての資質が悪いなどと述べて、60日以内の改善を求めた。これに対し原告は、同月15日、Dらに対し改善すべき点についての詳細な説明を求める一方、退職勧奨を受けるおそれがあると考えて、同日に本件組合に個人加入した。同年9月19日に被告と本件組合との間で団交が行われ、その中で本件組合は「業務命令に対し違反が多数見受けられる」、「情報の私物化」等、部下に対するパワーハラスメントというべき表現が含まれていることに抗議し、書き直しや従前のキャリアの継続を要求したところ、被告は表現は改めたものの、職務内容やポジションは保証できない旨回答し、同年11月7日、原告に対し「書き直された業務改善指導項目」を交付した。そして被告は、原告がEHS室長として不適任であるとして、平成20年1月1日付けで、トランザクション(不適合部品の検査部門)へ配置転換した。
これに対し原告は、コミュニケーション能力やリーダーシップに問題はなかったこと、原告の活躍によってグローバル・スター(安全衛生活動の認証)を取得したこと、EHS室長として信頼を受けており、何ら問題行動がないことなどを主張するとともに、配転先であるトランザクションは単純作業で不利益な配転であるとして、本件配置転換命令の無効確認を求めるとともに、Dらのパワーハラスメント及び本件配転命令により著しい精神的損害を受けたとして、被告に対し慰謝料300万円を請求した。 - 主文
- 1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1本件配転が業務上の必要性に基づくものであるか
配転命令は、「業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」には権利濫用になるものと解される(最高裁昭和61年7月14日判決)。
被告は、原告の配置転換が必要と判断した理由として、1)コミュニケーション能力及びリーダーシップの欠如、2)EHS業務の専門知識の欠如、3)業務命令違反等の問題行動の3点を挙げる。原告について、D本部長の供述書等には、多くの同僚から人の意見を聞かず柔軟性が足りないなど原告に否定的な意見が続出したという部分があるが、これを裏付けるに足りる証拠は見当たらない。一方原告は、平成14年上期の業績自己評価シートにおいて、エレメント活動のサポートを評価されているし、その後の業績評価においても、コミュニケーション能力やリーダーシップについて、高い評価を受けている。このような事実を考慮すると、コミュニケーション能力やリーダーシップの問題によって、原告がEHS室長の適性を備えていなかったと認めることはできない。
原告は、平成13年7月から平成19年末まで継続的にEHS業務に従事して多彩な経験を積んでおり、その間、FMS2006においては、D本部長より、専門性やわかりやすい考え方ができることなど高い評価を受けた。このような事実によれば、原告はEHS業務の専門知識を有していることが明らかである。以上のとおりであるから、原告は、コミュニケーション能力、リーダーシップ、EHSの専門知識に関する限り、FHS室長の適性を備えていないということはできない。
しかし、原告は平成18年にEHS室長に登用されて管理職に昇格した後に、次の1)〜4)のとおり同室長の適性を疑われてもやむを得ないような言動を繰り返している。
1)原告は、特定の同僚(ファシリティセンター長I)を信頼しておらず、その非協力的な態度が原因でEHS室の業務負担が増えているとして、同人を何度も批判している外、被告全体の安全衛生等を図るべきEHS室を業務本部から切り離して本社全体を対象とした部門に移すことを提案した。しかし、EHS室の業務負担過重の原因は、原告が夜遅い時間に長文のメールを送信することが多く、ファシリティセンターとの連携強化に積極的に取り組もうとしないことにもあったと考えられ、これを全てIの態度に帰することはできない。更に被告が当面EHS室の位置づけを変更しないと決定し、原告に説明したにもかかわらず、原告はこれに納得せず、各本部長の外当時の社長にもメールを送信し、D本部長の交代を求めるかのような提案をしたが、このような言動は、原告が自分の意見に固執して、被告の意思決定が示された後もこれに従わず、決定済みの問題を蒸し返したものと認められ、管理職として、組織運営の観点から許されないというべきである。
2)原告は、EHS室の増員問題について、D本部長からもっともな理由によって直接的な行動を控えるよう命じられていたにもかかわらず、同本部長に事前の相談なく、各本部長や社長に対し増員要求をしたのであるから、業務命令違反に類する言動があったと指摘されてもやむを得ないというべきである。
3)原告は、衛生管理者試験の受験者を、当該者の上司の事前了解を得ずに選定した上、D本部長に報告もせずに、技術部門の本部長に対し、この問題を本部長会に上程するというメールを送信するなどしたが、このような言動は、EHS室長の権限を逸脱したものであり、D本部長がこの問題を引き取らなければ、本部長会までをも混乱させるおそれがあったと考えられる。また原告は、衛生管理者試験向け講習会の受講を申し込んでいた者に対し、受験資格がないと誤った主張をして受験を見合わせるよう迫ったが、このような言動も、EHS室長の権限を逸脱したものと認めることができる。
4)原告は、D本部長から本部長会に出席する必要はないと指示されたことに反発して、F
(EHSマネージャー)にアドバイスを求めるメールを送信するなどしたが、このような言動は、指揮命令系統を無視した不相当なものといわざるを得ない。
以上1)〜4)の原告の言動は、それぞれが直属の上司であるD本部長の信頼を損なわせるものというべきであるが、それだけではなく、原告が自分の意見に固執して、上司を始めとして周囲の意見に耳を貸さない態度の現れということができる。このような状況において、D本部長は原告を信頼することができず、意思疎通も十分できなくなったことから、このままでは平成20年に予定されているグローバル・スター監査を乗り切ることができないおそれもあると不安を覚えて、本件配転の意思決定をするに至ったと認められる。そうだとすると、原告がEHS室長の適性を備えていないというD本部長の判断は、相当で合理的なものということができる。
本件配転先のトランザクション業務を単純作業というか否かは相対的な問題であるが、同業務は、被告本社約1700人の全社員に関わるEHS室長の業務に比べれば、スケールが小さく、単調というべきものと考えられる。しかし、平成19年当時、受入検査部門の不良品在庫が約2億4000万円に達し、財務上の負担となっていたことから、被告がトランザクションチームを立ち上げて管理職を配置し、そのプロセス管理を徹底することにしたものであり、原告の知識、経験、技能等を無視して無理矢理当てはめたと認めるべき証拠はない。原告は、RMAのプロセスを解析したり、業務量の効率化の提案をしたりして表彰を受けたこともあり、このような事実によれば、原告がいわゆる干された状態に置かれていたということはできず、本件配転が「懲罰的な降格人事」であるという原告の主張は失当である。
以上のとおり、原告はEHS室長当時、同室長の適性を疑われてもやむを得ないというべき言動を繰り返したことから、原告が同室長の適性を備えていないという同本部長の判断は相当で合理的なものであったと認めることができる。本件配転先のトランザクション業務は、EHS室長のそれと比べれば仕事のスケールが小さく、単調なものと考えられるが、そうだとしても、被告が原告を無理矢理当てはめるためにこれを作り出したとか、原告がそこで実質的に仕事を与えられていない状態に置かれているなどとはいえない。したがって、本件配転は業務上の必要性に基づくものということができる。
2本件配転が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるか否か
原告は、D本部長のパワーハラスメントとして13項目の事実を主張する。しかし、1)D本部長が原告の意見を頭ごなしに否定したという主張は、特定が不十分であり失当である。D本部長が、2)労災事故を隠蔽しようとした、3)巡視業務の移管を原告に隠していた、4)GEジャパンのRに働きかけて原告の名前を連絡先のリストから外させた、6)原告のEHSトレーニングの受講を妨害した、8)原告がD本部長に必要な情報の提供を怠っているという、事実に反する吹聴をした、9)原告を本部長会から締め出そうと企んだなどと認めるべき証拠はない。5)原告は平成19年3月、当時の社長に対し、D本部長から強烈な脅しをかけられた趣旨のメールを送っているが、このような脅しがあったと認めることはできない。7)原告がEHS室の位置付け変更を提案したことによって、D本部長が原告を嫌悪したと認めるべき証拠はない。10)業務指導改善項目は漠然としており具体的な説明がない。12)被告は平成19年8月頃までの原告の問題行動等を網羅的に指摘して改善を求めたということができるが、その目的を考慮すると、D本部長が原告に対し上記指摘項目を交付したことが直ちにD本部長の原告に対するパワーハラスメントに当たるとは認められない。11)D本部長は平成19年9月頃、Rに対し、駐車場の賃借するに当たり土壌汚染の必要性を問い合わせたところ、無駄という回答を得たことが認められるところ、D本部長がこれに基づき原告の評価手続きを止めさせたからといって、これをパワーハラスメントということはできない。13)原告はEHS室長当時、その適性を疑われてもやむを得ないというべき言動を繰り返したことから、原告がEHS室長の適性を備えていないというD本部長の判断は、相当で合理的なものであったと認めることができる。そうだとすると、EMS2007について、平成19年の原告の働きぶりに変化がなかったとはいえないし、D本部長が原告を嫌悪してその業績を恣意的に下げたとも認められない。
4本件配転が原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものか
原告の資格区分や給与の額は、本件配転の前後を通じて変更されていないから、本件配転を人事上の降格ということはできない。原告は、直属の上司が本部長ではなくなったことから、本件配転によって、実質的に3段階も降格されたと主張するが失当である。本件配転の前後を通じて、原告の職務の責任範囲や指揮命令の及ぶ範囲が大幅に縮小されたとは認められない。また原告は、本件配転後、祝日出勤を義務付けられるなど労働条件が低下していると主張するが、そうだとしても、これは通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえない。職業上の仕事は、賃金を得る手段にとどまらず、社会貢献や自己実現の機会と捉えることができるが、本件において原告は、EHS室長であれば社会貢献や自己実現の機会を得ることができるのに、トランザクションリーダーであればそれらの機会を得ることができないというべき事情は窺われない。原告は単純作業にすぎないポストに追いやられたために将来の昇格や昇給が期待できない状況にあると主張するが、これは原告の不満にすぎないものというべきであり、ここに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を認めることはできない。
5まとめ
上記を総合すると、本件配転は業務上の必要性に基づくものということができるのであり、また、他の不当な動機・目的をもってなされたものではなく、しかも通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものではない。したがって、本件配転は、これを権利濫用によって無効と認めるべきではなく、不法行為が成立すると認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1017号68頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
・法律 民法
・キーワード 慰謝料、不当労働行為、パワーハラスメント
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|