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祖父少女性的虐待事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
祖父少女性的虐待事件
事件番号
東京地裁 - 平成15年(ワ)第22852号
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名
業種
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年10月14日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
原告(昭和55年生)は、弟と共に両親宅で生活していたが、昭和63年9月に両親が離婚した後、平成4年8月からは、父方の祖父で医師である被告(大正14年生)の自宅において、被告及びその妻、父、弟と共に5人で暮らすようになった。

原告は小さい頃から被告が好きで、平成4年秋頃からは、被告は原告の布団に入り、添い寝するようになった。同年10月頃、被告は原告の布団の中に入って来ると、パジャマの上から原告の胸を触り始め、パンツの中に手を入れて10分間くらい原告の胸や性器を触るなどし、その数日後にも同じような行為をし、原告に口止めをした。その後も被告は週に3、4回程度原告の布団に入り、胸や性器を触る行為を行った。同年12月、原告は風呂場で原告を床に横たわらせた上、性器に陰茎を挿入し、その後も、週に1、2回、多いときは3、4回くらい、姦淫などの行為を繰り返した。

原告は、平成5年4月、中学に入学し、保健の性教育の授業を受けて、初めて被告から受けていた行為の意味を知り、激しいショックを受けた。原告は、その後も被告から胸や性器を触られ、姦淫行為を受け続け、原告が成長するにつれて、被告は原告をより強く脅迫するようになり、誰かにしゃべったら原告を殺して自分も死ぬなどと脅すようになった。原告は高校に入学し、父が再婚して義母が2階に同居するようになって、被告夫婦は1階に移ったため、被告が原告の部屋に来る回数は減ったが、父や義母のいない時、被告は原告の部屋や1階の洋間で、月に数回原告を姦淫した。その間、被告は原告の交友関係にも口出しするようになったほか、生理用品をチェックしたり、妊娠検査をしたりした。

原告は、平成10年9月頃、父夫婦及び弟と被告宅を出て、その後平成11年3月からは弟とともに母のマンションに身を寄せるようになったが、その間祖母から被告宅の訪問を求められていたため、2ヶ月に1回くらい被告宅を訪問した。原告は極力宿泊を避けたが、被告は原告と2人だけになると、原告の身体を触ったり、性的行為を要求するなどした外、原告が平成11年秋から冬にかけての頃、被告宅を訪問した際、被告から姦淫され、平成12年秋までの間は、わいせつな行為を受けることがあった。

原告は、高校卒業後の平成11年8月頃、再び胃痛や吐き気、血便が始まり、胃潰瘍と診断されたほか、情緒不安定のため精神安定剤の投与を受けた。原告は平成13年1月頃パチンコ店でアルバイトを始め、そこで知り合った男性と一緒に暮らすようになったが、過呼吸の症状を起こし、同年10月頃うつ病の診断を受けた。その後原告は、過呼吸に加え、物を投げつけたり、自傷行為に及んだり、包丁を持って外に飛び出したりするようになった。原告は、平成14年4月、医療保護入院し、解離性障害と合わせてPTSDとの診断を受けた。原告は、同年11月、自立できないでいることへの不安や、自分の病状について家族の理解が得られずにいる悩みから、パニック症状を引き起こし、母方の祖父母宅へ行き、全ての事情を話した。原告は平成15年4月25日、都知事から、精神障害者として障害等級2級の認定を受け、同年6月28日と9月25日の2度にわたりA医師を受診し、重症度が5段階中最重症のPTSDとの診断を受けた。

原告は、約8年間にわたって、被告からわいせつ行為や強姦を繰り返し受けたが、その間被告から脅迫を受けていたことや、思春期にあって家族にも打ち明けずらかったこと、更に医師として信頼されていた被告のことを話しても、周りから信用してもらえないなどと考えたことから、家族等に対して上記事実を打ち明けることができなかった。

原告は、約8年間にわたり、祖父である被告から継続的にわいせつ行為及び強姦を受け、そのためPTSD等の精神症状を発症し、就労不能となったとして、被告に対し、後遺障害に基づく逸失利益及び慰謝料等合計1億2509万3997円を請求した。
主文
1被告は、原告に対し、5928万7165円及びこれに対する平成13年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2原告のその余の請求を棄却する。

3訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。

4この判決は、主文第1項及び3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1本件性的虐待行為の有無について

本件は、加害者である被告がこれを否定する以上、被害者である原告の供述が信用できるものかどうかが大きな意味を有することになる。そこで、原告の供述内容の信用性を検討するに、まず、原告が殊更虚言を弄してまで個人的に被告を攻撃し、陥れることを企図して、あえて本件性的虐待行為の事実を訴えようとする事情は全く見出せない。また、原告の供述それ自体について見ると、原告は極めて具体的かつ詳細に本件性的虐待行為の経過や被告の言動等を述べているところ、この点については、子供の頃の出来事であっても、祖父から長期間にわたって受けたとする特異かつ深刻な性的虐待行為である場合には、原告にとっては生涯忘れ得ないものであると考えられるから、現在でも詳細な供述をなし得ることは十分に首肯できるものである。

時に原告の供述中、口止めのために、被告が「病院には劇薬もある。僕は医者だから劇薬の注射もできる。注射すればすぐに死ねる」などと述べた点や、避妊に関し、被告が「僕はタネを全部取ってしまっているので、絶対子供ができることはない」と話したとする点、更に被告が原告の部屋に入らないようにするために部屋の鍵について色々と試みたとする点は、いずれも実際に体験した出来事でなければ供述し得ないような特徴的な内容が含まれており、これらの点について事実に反する部分があるとは直ちに考え難い。そして、被告本人自身、パイプカットをしていた事実を認める供述をするところ、原告が祖父に関するそのような事実を知っていること自体希有なことであって、本件性的虐待行為の際には被告からそうした話を聞いたとする原告の供述は信用できるものである。

事実関係、殊に原告の供述内容が具体的かつ詳細で信用できるものであることに加え、原告の精神症状については、医学的に見ても、心的外傷の存在を肯定し得るものとされており、本件においては、本件性的虐待行為以外に原告についてそのように重大で深刻な症状を惹起させるに足りるような原因を見出し難いこと、更にPTSD患者の診断について豊富な臨床経験を有するA医師が、原告の供述及び病状について、原告に現れた症状には一貫性があり、原告の感情の動き等も自然であることからみて虚言の可能性はないとし、またそれが妄想によるものであるとすれば、供述が変化し、次から次へと発展していく傾向があるが、原告にはそのような点が見られないことから、妄想によるものではないと証言し、その証言内容は極めて具体的で説得力に富むものであること、その一方で、被告は自分も医師でありながら、A医師の証人尋問後も、同証人の前記医学的見解に対してさしたる反証を行おうとしないことなどを総合して考えると、被告から本件性的虐待行為を受けたとする原告の前記供述は、全体として概ね信用できるというべきである。

そうすると、原告は、平成4年10月(当時11歳)頃から平成12年秋までの約8年間にわたり、被告から本件性的虐待行為を受けたものと認めるのが相当である。

2原告のPTSDの発症の有無及びその程度、本件性的虐待行為とPTSD発症との間の因果関係の有無について

A医師は、その意見書及び証人尋問において、原告は長期間に及ぶ本件性的虐待のためPTSDを発症し、その程度は最も重症であると診断しており、これによれば、原告は最も重いPTSDに罹患しており、このPTSDと本件性的虐待との間には因果関係があると認めることができる。

3損害額の算定について

A医師の証言によれば、原告のPTSDの症状は、他の患者と比較した場合、一番重い方であって、今後強力なサポートがあれば、数十年にわたって徐々に回復することがあり得るにせよ、当分は就労できないものと判断していることが認められ、この事実と原告の病状の推移やA医師の証言を総合すれば、原告は平成11年頃から精神症状が出現し、その後次第に病状が増悪し、自傷行為、暴力行為、パニック症状や一過性の解離性障害等が見られるようになり、その改善が見られないとして入院した21歳の時点では、PTSDの症状が後遺障害として固定し、その結果、原告は近所での買い物程度しか1人でできず、電車にも乗れない状況にあり、通常の日常生活や就労ができない状態に至っているものと認められる。したがって、そうした原告の状況等からすれば、後遺障害の程度としては、労働者災害補償保険法に基づいて定められた後遺障害別等級の5級2号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を遺し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当するというべきであるから、これにより、原告はその労働能力の79%を喪失したものと認められる。そして、将来の軽快可能性に関するA医師の前記証言のほか、原告の症状固定時の年齢や現在の症状の内容及び程度、本件の後遺障害には器質的な変化を伴っていないことなどを考慮すると、後遺障害による労働能力喪失期間としては、平成14年4月から20年間とするのが相当である。

原告のこれまでの就労状況としては、高校卒業時にしばらくの間アルバイトをした程度であり、症状固定時には無職であったが、原告については、高校のデザイン科を卒業しており、卒業後間もなく発症した精神症状、更にPTSDがなければ通常の就労が可能であったと考えられるから、逸失利益の算定に当たっての基礎収入額としては、賃金センサス平成14年第1巻第1表産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均収入である351万8200円によるのが相当であり、以上に基づいて算定すると、3463万7165円となる。

本件性的虐待の内容やその期間、頻度と原告の年齢、原告に現れた精神症状の重篤さ、更に本件において被告が否認していることなどの諸般の事情を考慮すれば、原告が本件性的虐待行為によって被った精神的苦痛はまことに重大で深刻なものであり、これを慰謝するための慰謝料としては、1000万円が相当である。原告の後遺障害が5級であり、労働能力喪失期間を20年と認めるべきことや、原告のPTSDの症状の内容、程度等からすれば、後遺障害に基づく慰謝料としては、1000万円が相当である。また、弁護士費用は500万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例タイムズ1230号251頁
その他特記事項