判例データベース

深夜ホテル室内わいせつ行為懲戒解雇事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
深夜ホテル室内わいせつ行為懲戒解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成21年(ワ)第18832号、東京地裁 - 平成21年(ワ)第37315号(反訴)
当事者
原告・反訴被告(原告) 個人1名
被告・反訴原告(被告) 株式会社X
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年12月27日
判決決定区分
本訴棄却、反訴一部認容・一部棄却
事件の概要
被告は、情報システムやソフトウェアの企画、設計、開発及び保守等を目的とする株式会社であり、原告(昭和43年生)は、昭和61年4月にY社に入社し、平成17年7月に被告に転籍して、システムサポート部の担当部長として、同システムの顧客向けサポート業務に従事していた。一方、D(昭和59年生)及びE(昭和59年生)(Dら)は、ともに平成20年4月に人材派遣会社C社に入社し、同年7月からY社の子会社で被告から業務委託を受けているZ社に派遣され、平成21年3月当時、被告から受託しているシステムサポート業務に従事していた女性である。

被告は、システムサポート部において顧客向けサポート業務を遂行するため、週に2回、被告に常駐している業務委託先の担当従業員らの勉強会を開催し、Dら出張者が参加した場合は、勉強会終了後に懇親会を開催していた。

平成21年3月17日に勉強会及び懇親会が開催され、出張してきたDらはこれに参加した後、合計12名で居酒屋での二次会が開催された。同二次会ではEが酩酊して嘔吐し始めたため、DがEを女子トイレに連れて行って介抱した。原告はDらを宿泊先のホテルまで送ることとし、タクシーに乗車したが、Eが嘔吐を繰り返したため、途中で降りて背負うなどしてホテルに向かった。翌18日午前零時過ぎに原告、Dらはホテルに到着し、Eをベッドに寝かせたが、更に何度か嘔吐したため、原告とDはEを介抱した。その後原告はDに対し、この部屋で飲み直そうと何度も誘い、近くのコンビニで飲食物を購入して、部屋に戻ってワインを飲むなどした。Dは同僚と携帯で連絡を取り合い、同僚Gがこれから部屋に来ると原告に伝えたところ、次に電話がかかった際、原告に携帯を取り上げられた。Dは入浴すると言えば原告が帰ると考え、「お風呂に入りたいのでお帰りください」と言ったが原告は帰ろうとしなかったため、やむを得ず浴室に入って入浴した。午前2時頃Gがホテルに到着し、DはGが来た旨原告に伝えたが、原告は静かにするようDを制した。Dは入浴後再度原告に退去を促したが、原告はDらが寝るまで帰れないと言ってこれに応じず、Dがベッドに横になったところ、原告はベッドに腰掛けてDの頭や頬を撫でた。Dが更に退去を促しても原告はこれに応じず、ベッドに上がってDの隣に横になり、Dの頭を撫で、頬や額にキスをし、口の中に舌を2、3回入れるなどした。

その時目を覚まし、Dが原告から性的なことをされて嫌がっていることに気付いたEは、「ここはどこ」と突然叫んで飛び起きた。これにより原告は一旦わいせつ行為を止めたが、再びベッドに戻り、布団の中で、Dの服の中に手を入れて腹を直接撫でたり、スカートの中に手を入れて太ももを直接撫でたり、パンティの中にまで手を入れようとするなどした外、Eの服の首元から手を入れて左の乳首を直接触り、服の袖から露出している部分を舐め、唇を触り、口の中に指を入れるなどした。Dは、午前3時30分頃携帯を持って部屋の外に出ると、Z社の契約社員でありDのトレーナーであるFに電話を架け、原告から性的なことをされたと伝えた。Fは上司のHに対しDが監禁されているようだと連絡し、上司のIとJにFの話を伝えた。Iはこれを受けてDに電話を架け、状況を尋ねたところ、原告が電話に出て「もう帰る」と答え、しばらくして退去した。Dは、原告が退去した後午前5時過ぎにFに電話して、原告からキスされたり胸を触られたりしたと訴えたほか、Eも腕を舐められたと話した。Eは本件後、精神的に不安定になり、Z社での勤務を継続することができなくなった。

Dらは、3月18日昼頃、Z社札幌本社に帰社し、上司ら(H、I及びJ)に対し被害申告をし、翌19日、派遣元のC社にも同様の報告をした。そして、Z社からの申し入れを受けた被告は、人事担当者によるヒアリングの外、弁護士に依頼して調査を行った結果、Dらの主張は信用できる一方、原告の主張は矛盾点も多く信用できないとして、本件わいせつ行為が存在したことを前提に、平成21年5月20日、原告を懲戒解雇処分とした。

これに対し原告は、本件わいせつ行為は存在しないにもかかわらず、被告は体裁だけを整えて本件懲戒解雇に踏み切ったものであるから、解雇権の濫用として無効であるとともに、事情聴取に当たって名誉を傷つけられるなど精神的苦痛を被ったとして、慰謝料300万円を請求した。一方被告は、原告が本件わいせつ行為を行った結果、事実関係の調査等を余儀なくされ、当該業務に従事した従業員の時間外労働に対する割増賃金20万1239円、出張費25万5000円、弁護士によるヒアリング調査等の費用538万1710円を支出したこと、本件わいせつ行為を受けたEがショックのためZ社で勤務を継続できなくなったため、C社はZ社からEの派遣に係る料金を受けることができなくなったとして、被告に対し、当該派遣料金相当額53万9590円の損害賠償を請求し、被告はこれに応じて支払ったから、原告に対しその求償権を有していること、原告は本件わいせつ行為をしたにもかかわらず、虚偽の主張をして本訴を提起し、これは濫訴にほかならず不法行為に当たるとした外、原告の本件わいせつ行為及び本訴提起という不法行為により被った損害の賠償を求めるために反訴を提起することを余儀なくされたとして、3298万0110円を請求した。
主文
1原告は、被告に対し、273万9590円及びうち153万9590円に対する平成21年10月21日から、うち120万円に対する平成22年8月12日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2原告の本訴請求をいずれも棄却する。

3被告のその余の反訴請求を棄却する。

4訴訟費用は、本訴反訴を通じて、これを10分し、そのうち3を原告の、その余を被告の負担とする。

5この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1本件わいせつ行為の有無

原告に性的な危険を感じていたというDの供述は、Dが原告ともにコンビニに行ってワイン等を購入し、室内で飲食したり、原告が在室しているにもかかわらず入浴したりベッドに横になったりした事実に照らして不自然・不合理であるとの点のうち、Dが原告とともにコンビニ行ってワインを購入したり、飲酒したりした点については、Dは、発注元の部長であり業務上の影響力を有する原告が飲み直そうとしつこく誘って来たため、性的な危険を感じながらも断ることはできず、やむを得ず付き合ったと供述しており、これは両者の地位や力関係を踏まえれば十分理解可能である。次にDが入浴したりベッドに横になったりして点については、一見大胆な行動にも見えるが、これは既に深夜になっており、原告に退去を促しても聞き入れられない状態が長時間に及び、送ってもらいEの介抱までしてもらったことに対する遠慮などもあって、強く退去を要求しにくいような状況において、Dが原告を退去する気にさせるためにとっさに思いついて取った行動というのであるから、このことは当時の状況等に照らして十分理解可能なものである。

原告は、Dの携帯電話に電話を架けたIが、室内の笑い声を聞いたこと、Dらが室外に逃げるなどの行動に出ていないこと、原告は、Z関係者とDが頻繁に電話連絡を取り合っていることを知っており、わいせつ行為などをしたら直ちに発覚するおそれのある状況にあったことに照らして、不自然・不合理であると主張する。しかし、本件わいせつ行為と同じ時間帯に室内の笑い声を聞いた者がいることについて、原告の機嫌を損ねずに性的な雰囲気を抑えようとして雑談したり笑ったりすることは、本件状況下に置かれた者の行動として十分合理的で理解できるものであり、暴力被害を受けたわけではないDらが、室外に逃げるなどの強い回避行動に出なかったことが不自然とはいえない。そして、Z社関係者とDが連絡を取り合っていたとしても、原告のいるところで詳しい話ができないのは当然であり、そのような中、原告が、Z社関係者らとDとが携帯でやりとりしていること自体は認識しながらも、本件わいせつ行為をすることは、あり得ないことではない。

原告は、携帯電話を取り上げられ監視されていたというDの供述は、Dが自由に電話を使用していたことと矛盾すると主張する。しかし、Dが文字通り携帯電話を取り上げられたものではないとしても、業務上の影響力を有する原告が室に居座っており、Dが自由に携帯電話を使用しにくいと感じたことは、本件状況下に置かれた者の心境としてごく自然であり、このような心境を説明したDの供述は、Dが携帯電話を使用していた事実と矛盾するものではない。

Dらが本件当時連絡を取り合っていたF、G、H、I及びJは、いずれも原告とは業務以外の関係はなく、あえて原告に不利益な虚偽の供述をするような事情は認められず、その信用性は高いというべきである。また原告は、D、E、原告の体勢やベッドの大きさに照らせば、本件わいせつ行為に及ぶことは物理的に不可能であることなどと主張するが、右腕で顔を隠し、左腕でDの肩付近を抱き、Dの頭部を胸の下辺りに抱えた状態のEの服の上部から手を入れてその左胸の乳首に触れたり、Eの方向を向いてうずくまるように布団の中に潜り込んでいる状態のDの太ももに触れたりすることは十分可能である。

Dらの供述は、いずれも具体的であり、当時の行動について、その心境とともに詳細に説明するものである。Eは、特徴的な本件わいせつ行為の態様について、詳細に、かつその当時抱いた恐怖心についても、生々しく供述しており、体験したものでないと供述し得ない迫真性に富んでいる。またDの供述も、原告とのやりとりの内容について、その際の心境と合わせて具体的かつ詳細に説明するものであり、後に創作されたものとは考えにくい。Dらは、原告と会うのは2回目にすぎず(1回目は業務上の面接)、業務以外の関係はない。本件わいせつ行為は、刑事責任を問われる可能性もある重大なものであって、Dらがそのような深刻な結果を招く可能性のある事実について、虚偽の供述をあえて行ってまで、派遣先の取引会社の担当部長にすぎない原告を罪に陥れるような特段の事情は、およそ窺われない。以上のとおり、Dらの供述は不自然なところもなく合理的であり、関係者らの供述と特段の矛盾もなく一致して裏付けられている。また、具体的で迫真性に富み、核心部分について当初から一貫しており、あえて重大な虚偽供述を行ってまで原告を陥れる特段の事情もないことから、その信用性は極めて高いといえる。他方、原告は、室内に居座ったこと及びDらと同じベッドに横になったことについて、結局合理的な説明をなし得ていない。

2本件懲戒解雇の有効性及び被告の不法行為の成否

本件わいせつ行為は、未明から早朝にかけて、若い女性2人の宿泊するホテルの客室に、派遣先会社の取引先の担当部長である男性が、何度も帰宅するよう促されているにもかかわらずこれを無視して居座り続けるという特殊な状況下で行われたものであり、業務上の力関係を背景にしていることは明らかであり、悪質である。また、その行為態様も、嫌がる女性らに対して、執拗に、キスをして口の中に舌を入れたり、服の中に手を入れて直接乳首を弄んだり太ももを撫でたり、パンティの中にまで手を入れようとするなどのわいせつ行為を繰り返すというものであって、強制わいせつ罪にも当たり得るほどに重大なものであって、被害者女性らに与えた精神的衝撃も大きい。このような本件わいせつ行為の悪質性、重大性に鑑みれば、被告の就業規則「不当な行為により人権を侵害した」、「不正不信の行為または不行跡により従業員としての体面を汚し会社の名誉を傷つけた」に当たり、「前条各号の事由によるものでその情状が重く酌量の余地がない」、「その他前各号に準ずる程度の不都合の行為があった」に優に該当するものであるといえる。

本件わいせつ行為の悪質性、重大性に照らせば、被告が懲戒処分の中で最も厳しい解雇処分を選択することも十分に合理性を有するものである。また、DからZ社の上司らに対して本件わいせつ行為の具体的被害申告があったことを契機として、被告人事部において、3月20日に調査が開始され、更に弁護士による調査・検討を行う必要があるとして、D及びEを含む16名にも及ぶ関係者らに対しヒアリング調査が詳細に行われた。そして原告に対しても、人事部が4回、弁護士が1回、それぞれ詳細なヒアリングを行っており、この中で原告は、自らの言い分を十分に述べることができている。このように、本件懲戒解雇は手続的な瑕疵が見当たらないから、解雇権の濫用には当たらず、有効と認めることができる。

3本件わいせつ行為及び本件提起についての被告に対する不法行為の成否並びに損害額

一般的に、従業員が懲戒処分に該当する行為を行った場合、使用者が適切な処分を行うため、事実関係の調査を行うことは当然のことであり、そのために要する通常の経費等に関しては、企業の一般的人事管理に要する経費として折り込み済みと解することができ、これらの経費等は当該懲戒処分に該当する行為と相当因果関係のある損害とまではいえないと解するのが相当である。したがって、被告が本件懲戒解雇手続きを行うために、その人事担当従業員らが出張したり時間外労働をしたりしたとしても、直ちにこれを本件わいせつ行為と相当因果関係のある損害ということはできない。

本件においては、犯罪行為にも該当すると解される本件わいせつ行為を原告が行ったという疑いが被害者らの申告によって発生したが、原告がこれを真っ向から否定していたため、通常行われる人事担当者による調査に加えて、弁護士による多数の関係者からのヒアリング等の調査をして、事実関係等を見極めるための慎重な手続が行われ、これらの業務に対して、被告は合計538万1710円を支出したことが認められる。そして、弁護士による調査費用の算定は、実費としての性格を有するもののいささか高額との評価もあり得ること、本件懲戒解雇手続の内容、期間、必要性の程度その他諸般の事情を考慮すれば、本件わいせつ行為と相当因果関係にある被告の損害は、100万円と認めるのが相当である。

本件わいせつ行為により精神的ショックを受けたEは、Z社での勤務ができなくなり、これによりEをZ社に派遣していた派遣元C社は、派遣期間満了までEをZ社に派遣させていれば得られたであろうZ社に対する派遣料金相当額や、本件の事情聴取のために出張させていたC社の従業員の出張費用等合計53万9590円について、被告に対し損害賠償として請求し、被告がこれに応じて同額を支払ったことが認められる。したがって、被告がC社に支払った金員は本件わいせつ行為と相当因果関係を有する損害ということができるし、本件わいせつ行為は、被用者(原告)の第三者に対する不法行為であって、業務上生じた損害の公平な分担という見地から使用者から被用者に対する求償権を制限すべき特段の事情は認められない。よって、被告がC社に支払った損害賠償金相当額は、その全額について、被告の原告に対する求償権行使を認めるのが相当である。

本件わいせつ行為は、その態様の悪質さ・重大さからみれば、原告がこれまでに処分歴を有しないことや、勤務年数・経験・職位等から窺える従前の功労等を考慮してもなお、被告が懲戒解雇という手段を選択することには十分合理性があるといえ、かつ、通常人であれば容易にそのことを知り得たものといえる。にもかかわらず、原告はD及びEが虚偽の被害事実を述べているとまで主張して、本件懲戒解雇の効力を争い、雇用契約上の地位の確認等を求めて本訴を提起したものであるから、本訴は、本件懲戒解雇が合理性を有し雇用契約に基づく権利が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、あるいは通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらず、あえて訴えを提起した場合に当たる。よって、原告の本訴の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、不法行為が成立すると認めるのが相当である。

以上のとおり、1)原告の不法行為である本件わいせつ行為によって被告に発生した損害として153万9590円、2)不当訴訟である本訴提起による被告の損害(弁護士費用の一部)として100万円、3)反訴の提起に必要と認められる弁護士費用の一部として20万円の合計273万9590円について、原告は損害賠償義務を負うと解するのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、710条、715条3項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2097号3頁
その他特記事項