判例データベース
私立大学教授会出席停止・講義排除等事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 私立大学教授会出席停止・講義排除等事件(パワハラ)
- 事件番号
- 仙台地裁 - 平成2年(ワ)第476号
- 当事者
- 原告 個人3名A、B、C
被告 個人3名X、Y、Z
学校法人U学園 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年12月22日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告Aは、昭和45年4月、被告が設置する本件大学に助教授として採用され、平成10年3月末に定年退職した者、原告Bは昭和40年6月本件大学に専任講師として採用され、昭和51年に教授に昇進した者、同Cは昭和52年4月本件大学に専任講師として採用され、昭和55年1月に助教授に昇進した者である。一方、被告法人は、本件大学を設置する学校法人であり、被告Xは昭和61年12月1日本件大学の学長及び理事に就任し、平成6年6月30日に両職を辞した者、被告Yは昭和54年5月本件大学の教授及び理事に就任し、平成6年7月に本件大学の学長及び常務理事に就任した者、被告Zは本件大学の教授で、昭和63年5月に理事に就任した者である。
原告らを含む13名は、昭和62年4月23日、被告Y及び同Zを地方検察庁に業務上横領及び背任の罪で告発した。その理由は、昭和58年から61年まで毎年度、教授会に諮ることなく秘密裏に、毎年野球の優秀な生徒10名前後に対し費用の免除の条件を提示して裏口入学させ、本件大学に対し財産上の損害を与えたこと(背任容疑)、被告法人に諮ることなく「裏口座」を作らせた上、合計1450万円をこれに入金し、これによりクラブ、料亭等の飲食代、自宅建築代等の用途に充てるなどしたもの(業務上横領罪)である。この告発について地方検察庁が捜査した結果、いずれも不起訴処分となった。
平成元年10月3日及び4日、新聞各紙において、「野球部主力選手に特待措置」、「学生野球憲章違反の疑い」などと報道されるなどした。原告らは、同月6日、日本学生野球連盟に対し、本件大学は当時高校生O及びその父親に対し入学金と授業料を免除し入学を許可する旨の誓約書を取り交わしており、この入学は学生野球憲章に抵触すると考えられるので審査を求める旨、Oの実名を出した上申書を提出した。これを受けて同連盟は調査したが、同憲章に抵触するものではないとの結論に達した。
本件大学の教授会は、平成2年3月14日、原告らを除いた出席者により賛否を問い、原告ら3名について、いずれも圧倒的多数で、1)当分の間教授会の出席を停止する、2)当分の間授業担当から外すことを内容とする本件処分を決議した。これに対して原告らは、1)大学教員の固有の権利として認められた教授会への出席の行使が被告らの行為により妨害されたとしてその妨害排除を、2)講義を行う地位と権利が被告Xにより妨害されたとしてこれまで担当していた講義を行う権利の確認を求めた外、被告らの行為により甚大な精神的苦痛を受けたとして、各300万円の慰謝料を請求した。 - 主文
- 1被告法人は、原告B及び同Cに対し、同原告らが、被告法人の設置する東北福祉大学の教授会に出席し、議案の審議に参加することを妨害してはならない。
2原告B及び同Cと被告法人との間で、右東北福祉大学において、原告Bが、別紙第一目録記載の講義を、同Cが、同第二目録記載の講義を行う地位を有することの確認及び同原告らが、被告法人に対し、右各講義をすることを妨害してはならないことを求める部分の、いずれも却下する。
3被告法人は、原告らそれぞれに対し、各金250万円及びこれらに対する平成2年6月10日から各支払済みまで、各年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用はこれを2分し、その1を原告らの、その余を被告法人の各負担とする。
6この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1教授会への出席及び講義を担当すべき地位の権利性について
学則9条は、「教授会は、学長、教授、助教授及び講師をもって組織する」、10条は「教授会は学長が招集する」と定めている。また学則11条は「教授会は、1)教育課程及び試験に関すること、2)学生の身分に関すること、3)学則に関すること、4)教育人事に関すること、5)その他大学に関する重要事項」について審議すると定めている。
このように、本件大学の学則等が、大学に関する重要な事項について教授会に実質的な決定権や関与権を与えていることは、教授会が、大学の自治を支えるための中核的な存在であることを認めるとともに、その構成員に対しては、学長の召集に応ずべき義務を定めているとみることができる。そして、このような教授会の重要性に鑑みれば、その構成員たる教員にとっては、むしろ積極的に教授会に出席し、議案の審議に参加すべきことが求められているとともに、このようにして大学の運営等に参画すべきことは、その地位に伴う必要不可欠のものであるということができる。それ故、右教員にとって、教授会に出席し、議案の審議に参加すべきことは、単に事実上の利益や反射的利益というに止まるものではなく、権利として理解すべきが相当である。
被告就業規則15条は、「教員の所定就業時間は、これを責任担当時間と勤務時間に分ける」と定め、16条は「教職員は勤務時間、責任担当時間中定められた業務に専念しなければならない」と定めており、これによれば、教員が科目を担当して講義を行うことは、雇用契約上の義務であるということができる。しかし、同時に、大学の教員にとって学生に教授することは、その学問研究の成果の発現の機会であるとともに、このような機会において学生との対話等を行うことは、更に学問研究を深め、発展させるための重要かつ不可欠な要素であるということができるから、大学の教員が学生に対して講義を担当することは、単なる義務というに止まらず、権利としての側面をも有するものと解するのが相当である。
2本件処分の性質について
被告らは、本件出勤停止処分は、教授会の行った措置であって、被告法人の行った処分ではないし、本件講義の停止も何ら原告らの権利を侵害するものではない旨主張する。しかし、本件要綱によれば、「教授会より選任された綱紀委員会としては、委員を調査する権限なり機能を持つということは適当なことではなく、そのような権限なり機能は理事会の権能である」とし、これを受けて「教授会としては、その構成員について、1)厳重な警告、2)事態が正常化するまで教授会出席の一時停止、3)除名及び辞職勧告等の措置が考えられる」と規定するのみである。そして、これらの規定によれば、教員の懲戒処分については、就業規則に基づく理事会の調査、議決を経て、被告法人が行うことを予定するとともに、教授会においては、理事会の諮問に応じ、右問題について審議する権限を有しているに過ぎないというべきであり、本件要綱の規定をもって、教授会に本件出席停止処分をするような権限を与えたものとは認め難い。加えて、被告の就業規則においては、「懲戒は、譴責、減給、昇給停止、出勤停止及び懲戒解雇の5種とする」と規定し、「教職員は規定による場合の外懲戒を受けることはない」、「懲戒は学長これを審査の上行う」と規定されていること、学則には、教授会は、「教員人事に関すること、その他大学に関する重要事項」を審議することとされていることからしても、本件大学の教授会は、本来、被告の執行機関ではなく、審議機関としての性質を有するものであって、その処分の主体はあくまでも被告であるというべきである。そして、教授会の構成員たる教員が、教授会に出席すること及び講義を担当することは、いずれもこれらの者の権利ということができるから、被告が原告らに対し、これらを停止させることは、その権利を侵害する不利益処分というほかなく、その実質は右就業規則にいう懲戒に相当するものというべきである。
3司法審査の可否について
本件処分は、その実質は懲戒処分に相当するものというべきところ、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときに、いかなる処分を選ぶかについては、当該組織の事情に通暁した懲戒権者の広範な裁量に委ねられているが、その裁量は恣意にわたることを得ないものであることももとより当然であって、処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用した場合は違法である。したがって、本訴における原告らの請求一般が司法判断の対象とはならないとの被告らの主張は失当である。
4本件処分の適法性について
実質的には懲戒処分である本件処分は、不利益処分である以上、これが有効とされるためには、少なくとも法律上の根拠及び右根拠において処分事由を定める事由に該当する事実が存在することが必要であるところ、被告は懲戒規定に該当しない本件処分を行ったものであるから、右処分は、既にこの点において違法というべきである。
これに対し被告は、本件処分は就業規則に基づいてなされたものではなく、原告らの本件上申書及び告発に関する行為が、本件要綱に反するものであることを理由として、教授会が主体となり、あるいは本件大学が右教授会の決議に基づいてなした措置にすぎない旨主張する。しかし、この点についても、本件要綱の規定をもって、教授会に本件出席停止の処分をするような権限を与えたとは認め難い。そこで、本件処分を被告の処分としてみた場合に、右要綱に定める事由が存在する場合には、なお右処分の根拠法規となし得る可能性があるかどうかについて一応検討する。本件要綱成立の経緯、同要綱中に「本年4月以降の異常ともいえる事態を終息させるために」との文言があって、その「異常ともいえる事態」が、本件大学運営上の事項に関する情報が報道機関に提供され、大学の運営を問題視する報道がなされたことを指すことは明らかであること等の事情を考慮すれば、同要綱が定められた趣旨及び目的が、教授会の審議内容が教授会構成員によって報道機関に情報として提供されるのを予め防止するところにあったものと解することができる。
本件上申書の提出先は、いずれも公益法人たる財団法人であり、また日本学生野球協会の定める審査規程には、日本学生野球憲章に違反する行為があると認められるときは、全日本大学野球連盟がその事実を審査しなければならない等、審査室の議事は公開しない旨の規定があることが各認められる。そして、原告らが本件上申書を提出したのは、本件誓約書問題についての報道がなされ、日本学生野球協会が調査を開始した後であり、かつ不特定多数の者に対して、提供した情報が公開されることを予定してなされたものでもないから、原告らの行為は、要綱に定める報道機関に対する情報提供とは性質を異にすることは明らかである。更に要綱においては、教授会の審議内容をみだりに教授会構成員以外に漏らさぬ守秘義務は、構成員として当然の責務であることを再確認するとされ、以上によれば、原告らの本件上申書の提出が、要綱に定められた禁止事項に該当するということはできない。被告らは、原告らが右誓約書の問題について、教授会に問題を提起したり、関係者に事実を確認したりすることなく、日本学生野球協会等に本件上申書を提出したこと、更に当時就職進路決定時期にあった学生Oの立場を考慮しないで右提出に及んだことは、要綱にある「プライバシーに関わることは……教授会構成員として決して他に漏らすべきことではない」との行為規範にも違反する旨主張する。しかし、右「プライバシー」とは教授会構成員のものを指すことは明らかであり、原告らは本件上申書を日本学生野球協会等に提出するに際しては、これらがいずれも公益的な団体であるところから、提出を決意し、学生Oの氏名については、公表されることは予期していなかったのであるから、これをもって要綱違反があるとすることはできない。右のとおり、原告らの本件上申書の提出に関しては、本件要綱の定める事由にも該当せず、この点についての被告らの主張は失当である。
原告らによる本件告発についても、報道機関に対する情報提供の防止とは、自ずからその性質を異にするものであって、これをもって直ちに原告らの右行為が要綱に反するということもできない。もっとも、被告らは、右告発したこと自体に加え、当事者である被告Y及び同Zに対して確認することもなく右告発に至ったこと、検察庁による捜査の結果、不起訴処分となったにもかかわらず、被告らに対して謝罪する等の態度を採ることがないばかりか、なおも右被告両名が犯罪を犯したかのような態度をとっていることを挙げ、このような態度は、同僚として甚だ相当性を欠き、かつ信義に反するものであり、教員として不適格若しくはふさわしくないものとも主張する。しかし、本件要綱は、「本来教授会の権能はその信義の上に成り立つものであり」と規定するに止まり、信義に反した態度をとった場合に直ちに何らかの処分をとり得ると解することは困難であり、右被告らの挙げるような事由も本件処分の根拠とはなり得ないものというべきである。
以上のとおり、原告らの本件上申書及び告発に関する行為が、被告法人の就業規則や教授会要綱に違反するとは認め難く、被告法人の原告らに対する本件処分は違法であることを免れない。その上、本件処分に際しては、その期間は「当分の間」とされていたにもかかわらず、平成2年3月の処分時から、原告Aについては平成10年3月の退職時まで約8年、同B及び同Cについては現在に至るまで約9年の長期にわたりこの状態が継続しているのであって、この点も違法というべきである。
他方、被告法人は、原告B及び同Cに対して教授会の召集通知をしておらず、右原告両名が教授会に出席し、審議に参加することを妨げているというべきである。よって、原告B及び同Cが、被告法人に対し、教授会への出席及び審議への参加を妨害しないことを求める部分の請求は理由があるが、その余の被告らに対する請求は理由がない。
5損害賠償請求について
原告らは、被告法人の違法行為によって、大学の教員として不可欠かつ重要な教授会に出席して議案の審議に参加する権利及びそれまで有していた講義担当の権利を、しかも法規上の根拠もないまま、8年若しくは9年の長きにわたって侵害されてきたものである。しかし、他方、原告らにとって、本件上申書の提出や告発は、本件大学の運営の正常化を目的としていたものであることは容易に推察されるところ、そうであれば、例え教授会でこの問題を取り上げても、当時の執行部体制の下では、原告らの望むような議論は期待できないと考えていたとしても、まずは学内での議論をし、右誓約書を含む事実関係の解明や真偽の確認に努めるべきであり、これが大学の自治の目的にも適うものであったというべきである。しかるに原告らは、このような行動を採ることのないまま、本件上申書の提出や告発に及んだところ、結局は日本学生野球連盟の調査の結果は、学生野球憲章に抵触する疑いはないとして問擬されず、また検察庁における捜査の結果は、本件告発にかかる事実については、被告らのいずれについても不起訴処分とされているのであり、このような結果からしても、原告らが、右のような行動をするに当たっては、なお慎重な配慮と裏付資料の収集とが要求されていたというべきである。これに加えて、原告らは、本件処分後今日までの間、俸給の減額等の不利益を受けたものではないこと等の事情を総合考慮すれば、右処分によって原告らが被った損害に対する慰謝料としては、原告らそれぞれについて、250万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、710条
- 収録文献(出典)
- 判例時報1727号158頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|