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H社取締役降格処分事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
H社取締役降格処分事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成14年(ワ)第11410号
当事者
原告 個人1名 
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年06月30日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 被告は、内燃機関に関する機械器具の輸出入、製造販売等を目的とする米国親会社の100%出資による子会社であり、原告(昭和21年生)は昭和61年3月に被告に入社し、平成3年4月に営業部次長、同10年4月には営業部長に昇進した。

 被告では、平成9、10年と赤字が続いたため、原告を顧客との値上げ交渉の総責任者として交渉に当たらせて値上げを実現し、業績が黒字に転化したことから、原告は表彰を受けるとともに、平成12年4月に営業担当取締役に就任した。

 平成12年2月にTが被告社長に就任し、部門間に跨る課題を円滑に解決するため、各部門長が一堂に会するSMC会議を毎週開催することとした。しかし、同会議はT社長のワンマンで意見を述べられる雰囲気ではなかったため、原告はT社長に対し、テレビ会議、代理出席の容認を提案したが、T社長はこれを拒否した。T社長は原告に対し、顧客別の利益に関するレポートをSMC会議に報告するよう求めたが、原告は本来の業務ではなく、不可能を強いるものと考え、これに応じなかった。T社長はその後も原告に対し、レポートや分析を求めたが、原告はこれにも応じなかった。T社長は、当時取締役工場長であったDに販売戦略の立案等を担うポストに兼務させたところ、原告は会議の場で、営業に関するものは営業部で責任を持って行いたいと主張した。被告は、平成12年9月1日、原告の取締役辞令を取り消し、これまで営業経験のないJ常務を営業の統括責任者に任命し、原告をOEM担当営業部長兼IAM担当営業部長に降格した。そして、同年20月1日、T社長は親しいFを入社させてOEM担当営業部長に任命し、原告については兼務を解き、IAM担当営業部長とした(第1次降格処分)。被告は、平成13年10月1日、原告をIAM担当営業部長から営業部主管(課長職)に降格させた(第2次降格処分)。

 被告は、平成14年1月1日に管理職人事制度を改訂し、同日原告を営業部専門職に任命し、年俸を1400万円から1200万円に減給した。また被告は同年4月1日、被告は原告に翻訳の業務を命じ、それに伴い年俸を1000万円に減給した(第3次降格処分)。また、同年12月24日に原告が改訂管理職人事制度に定める専門職定年年齢に達したため、被告は平成15年1月1日、原告に試作管理課の現業職を命じ(本件第4次降格処分)、年収を643万2000円に減給した。更に被告は、同年5月2日、原告に対し、A社F営業所での勤務を命じ、月額給与を53万6000円から48万6000円に減給した。

 これに対し原告は、第1次ないし第4次降格処分は、社会通念上著しく妥当性を欠き、人事権の濫用として無効であるとして、減給前の給与、賞与額と、実際の支給額との差額の支払を求めるとともに、降格処分、減給処分により著しい精神的苦痛を被ったとして、慰謝料100万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金776万3250円及び
1) 内金13万5625円に対する平成14年1月21日から、
2) 内金13万5625円に対する同年2月21日から、
3) 内金13万5625円に対する同年3月21日から、
4) 内金26万0625円に対する同年4月21日から、
5) 内金26万0625円に対する同年5月21日から、
6) 内金39万6250円に対する同年6月15日から、
7) 内金26万0625円に対する同年6月21日から、
8) 内金26万0625円に対する同年7月21日から、
9) 内金26万0625円に対する同年8月21日から、
10) 内金26万0625円に対する同年9月21日から、
11) 内金26万0625円に対する同年10月21日から、
12) 内金26万0625円に対する同年11月21日から
13) 内金52万1250円に対する同年12月7日から
14) 内金26万0625円に対する同年12月21日から、
21 内金39万9625円に対する同年6月21日から
22 内金39万9625円に対する同年7月21日から
23 内金39万9625円に対する同年8月21日から
各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告に対し、金100万円及びこれに対する平成14年6月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件第1次降格処分の有効性

 1)原告は入社以来一貫して営業畑で仕事をし、歴代社長とも何のトラブルもなく、平成12年には製品値上げ交渉の功績が評価され、同年4月には営業担当取締役の辞令を受けたこと、2)原告が営業担当取締役の辞令を受けてから本件第1次降格処分を受けるまでの間は僅か6ヶ月であるところ、この期間、被告の業績は堅調で、原告の営業成績は特段問題となる点は見当たらないことが認められる。このような事実の認められる本件にあっては、前記6ヶ月間に原告に特段の事情が発生していない以上、本件第1次降格処分は、人事権を濫用したものというのが相当である。

 被告は、第一に、原告がSMC会議のテレに化や代理出席を求めたことをもってT社長への非協力と主張するが、これらは何ら会議の機能を損なうものではなく、現に平成13年1月以降はテレビ会議化、代理出席が認められていることに照らすと、このことを本件第1次降格処分の理由とすることは相当ではない。被告は、第二に、原告がT社長に対しレポート行わないことがT社長への非協力と主張するが、原告がレポートを提出しなかったのは、原告の業務の範囲外のものであり、不可能なことを求められていると考えられたこと、T社長が原告にレポートを求めたのは、Fに営業責任者として入社を勧誘していた以後のことであることを勘案すると、T社長は、営業責任者を原告からFに代えるために、敢えて原告において作成することが困難なレポートの作成、提出を求めていたものと推認するのが相当である。被告は、第3に、原告がベスト活動推進室の活動に非協力な態度をとったと主張するが、1)平成12年6月時点で業務が順調に推移している中で、顧客に接触することのない職責のD工場長が単独でどのように関与するのか疑問に思えたこと、2)原告は会議の席上、シェアの拡大判断は営業に任せて欲しい等と発言したこと、3)原告の当該発言は、営業担当取締役として特段不自然ではなく、社会常識に欠けたものとも言い難いことが認められる。

 以上の検討結果から明らかなとおり、被告は、本件第1次降格処分について正当な理由がないのに、原告を営業担当取締役からIAM担当営業部長に降格させたというべきであり、かかる降格処分はT社長が付与されている人事権を濫用して行使したものと評価するのが相当であり、よって、被告の原告に対する本件第1次降格処分は無効というべきである。

2 本件第2次降格処分の有効性

 被告は、本件第2次降格処分の理由として、IAMの日本での販売実績が計画に比べ大幅に未達成であったこと、原告に積極的な行動が見られず、原告の姿勢ではIAM部門の業績回復を期待することができないと思われたこと、原告の上司Mが原告の更迭を求めたことを挙げる。IAM営業部の販売実績が計画に比べて大幅に未達成であったことが認められるが、原告が顧客を訪問し善後策を講ずるなどの積極的な行動が見られなかったとは言い難く、またMが原告の更迭を求めたのは、T社長の質問に答える形であり、自発的、積極的な意思とは言い難い側面があると認められる。

 以上によれば、原告に認められる非は、販売実績の大幅な未達成であるところ、被告のIAM部門は平成11年12月に営業不振から廃止された部署であり、当初から業績改善が望みにくい部署であったこと、また本件第2次降格処分は、本件第1次降格処分を前提とするもので、いわば処分が積み重なったものというべきところ、本件第1次降格処分は人事権を濫用した無効なものであることを併せ考慮すると、本件第2次降格処分も人事権を濫用したものということができ、無効と判断するのが相当である。

3 本件第3次降格処分の有効性

 被告は、本件第3次降格処分の理由として、本件4プロジェクトの完成時期である平成14年3月になっても目標のほとんどを十分に達成できず、その職責を果たしているとは言い難い状態であったからと主張する。しかし、1)本件4プロジェクトの目標、達成時期は、被告が原告の意向を聴取することなく一方的に設定したものであること、2)本件4プロジェクトの中には、これまで営業しか経験していない原告にとって未知の分野である在庫削減プロジェクト等が含まれていたこと、3)本件4プロジェクトのうち、プリプロ収益改善については、原告の功績により約1億1000万円の黒字化がなされていること、4)ワランティーコスト削減プロジェクトについては、OEM/OES売上の1.0%以下の必達は達成されており、NDワランティーレシオ(40:60)の改善についても約6000万円の費用削減効果が見込まれていること、5)在庫削減プロジェクトについては、平成13年4月には目標を達成し、同14年の在庫削減30%の目標は未達成であったが、この目標は原告が担当を外れてから1年半近く経た時点でも達成されていないこと、6)P/Nプロジェクトについては、目標649個のうち少なくとも331個は達成したことが認められ、そうだとすると、被告の原告に対する本件4プロジェクトに対する貢献度の評価はいささか厳しすぎるというべきである。これに加え、原告は営業職として職務が特定していること、本件第3次降格処分は、本件第1次及び第2次降格処分を前提とするものであり、いわばこれらの処分が積み重なったものというべきところ、本件第1次及び第2次降格処分はいずれも人事権を濫用した無効なものであることを併せ考慮すると、本件第3次降格処分も人事権を濫用したものということができ、無効と判断するのが相当である。

4 本件第4次降格処分の有効性

 原告は営業職として職務が特定しているところ、本件第4次降格処分による原告の職務は営業職ではなく現業職の仕事であること、本件第4次降格処分は、本件第1次ないし第3次降格処分を前提とするものであり、いわばこれらの処分が積み重なったものというべきところ、本件第1次ないし第3次降格処分はいずれも人事権を濫用した無効なものであることを併せ考慮すると、本件第4次降格処分も人事権を濫用したものということができ、無効と判断するのが相当である。

5 賃金請求の成否

 本件第1次ないし第4次減給処分は、本件第1次ないし第4次降格処分に伴い行われている本件にあっては、その余の点を判断するまでもなく、本件第1次ないし第4次降格処分が無効である以上、本件第1次ないし第4次減給処分も無効というべきである。そうだとすると、被告は原告に対し、本件第1次減給処分前の給与と本件第1次ないし第4次減給処分に従って現実に支給した額との差額を支払う義務がある。

6 不法行為の成否

 本件第1次ないし第4次の降格処分、減給処分は違法であり、何ら合理的根拠がない。そうだとすると、被告は、本件第1次ないし第4次降格処分、減給処分により被った原告の精神的損害については、相当因果関係のある範囲内で賠償する義務を尾負っていると解するのが相当である。

 1)原告は、被告の違法な降格処分、減給処分の結果、体調を崩し、平成13年10月から精神科で投薬、カウンセリングの治療を受けることを余儀なくされていること、2)原告は営業職として被告に入社したのに、平成15年1月からは試作管理課の現業職に配置され、重量物を移動する作業に従事しているところ、右膝及び腰椎を痛め同月22非から1週間の休業、安静、通院加療を余儀なくされる等の損害を被った。これら、本件に顕れた被告の原告に対する降格処分、減給処分により原告の被った損害は100万円を下らないと認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
[収録文献(出展)]
その他特記事項
本件は控訴された。