判例データベース
Sテレビ放送会社諭旨解雇損害賠償請求事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- Sテレビ放送会社諭旨解雇損害賠償請求事件(パワハラ)
- 事件番号
- 静岡地裁 - 平成15年(ワ)第22号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年01月18日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、放送法によるテレビその他一般放送事業等を営む株式会社であり、原告は昭和54年5月に被告に雇用され、東部支社長、本社営業部長などを経て、平成11年8月から編成部ライブラリー室担当部長の地位にあった者である。
被告は、原告の営業部長在任中、1)フランスW杯ツアークーポン券に係る返金の無断換金・長期保管、2)沖縄ゴルフツアー不参加者への現金交付に係る無断換金、3)同ゴルフツアー中の顧客に対する暴言等の行為が、就業規則所定の懲戒事由たる「職務上の義務違反」、「会社の業務又は自己の立場を利用して、自己又は第三者のために、関係先から不当な金品、報酬を受け又は与えること」等に当たるとして、平成11年9月14日付けで原告を諭旨解雇した。
被告では、これに先立つ同年2月、「Sテレビを正しく導く会」名義による「CM不正未放送」(CMを間引きしてスポンサーとの契約どおり放映しない)の内部告発文書が大手スポンサー宛に送られ、大問題に発展した。被告は調査委員会を設置して内部調査を開始しその結果、記者会見で事実を認めて謝罪し、民放連からの除名、Zテレビネットワーク協議会会員資格の無期限停止の措置を受けただけでなく、CM出稿の減少やスポンサーに対する損害賠償等による収支悪化等甚大な被害を受けたところ、原告は、本件諭旨解雇の真の理由は原告を内部告発者として放逐することであり、本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効であると主張して、地位保全、賃金等の支払を求めて別件訴訟を提起した。この第1審、第2審のいずれも、原告の行為は就業規則に定める解雇事由に当たらず、諭旨解雇は重きに失して無効と判断し、従業員たる地位の確認及び復職までの賃金の支払いを命じ、最高裁も上告を不受理としたことから、同判決は確定し、被告は原告を原職に復帰させ、未払賃金等を支払った。
原告は、本件解雇理由とされた事実は、いずれも存在しないか、あっても些細なことに過ぎず、被告の真の動機は原告をCM不正未放送問題の内部告発者として放逐することにあり、手続きが尽くされておらず、過去の事例と比較しても均衡を失していることから、故意による不法行為に当たるとして、被告に対し慰謝料1000万円を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 懲戒解雇と不法行為の成否
懲戒解雇(本件では諭旨解雇を含む)は、被用者による企業秩序の違反に対し、使用者が有している懲戒権の発動によって行われる制裁罰としての雇用契約解約の意思表示であり、使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理性を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて権利の濫用として無効になると解するのが相当である、しかしながら、権利濫用の法理は、そのことから直ちに不法行為の要件としての過失や違法性を導き出す根拠となるものではないから、懲戒解雇が権利の濫用として私法的効力を否定される場合であっても、そのことで直ちにその懲戒解雇によって違法に他人の権利を侵害したと評価することはできず、懲戒解雇が不法行為に該当するか否かについては、個々の事例ごとに不法行為の要件を充足するか否かを個別具体的に検討の上判断すべきものである。
そして、当該従業員を雇用している使用者がどのような懲戒処分を行うのかは、自ずから制約はあるものの、当該事案に対する使用者の評価、判断と裁量に委ねられていること、他方、雇用契約は労働者の生活の基盤をなしており、懲戒解雇は労働者の生活等に多大な影響を及ぼすことから、特に慎重にすべきことが雇用契約上予定されていることを対比勘案するならば、懲戒解雇が不法行為に該当するというためには、使用者が行った懲戒解雇が不当、不合理であるというだけでは足りず、懲戒解雇すべき非違行為が存在しないことを知りながら敢えて懲戒解雇したような場合、通常期待される方法で調査すれば懲戒解雇すべき事由のないことが容易に判明したのに、杜撰な調査、弁明の不聴取等によって非違事実を誤認し、その誤認に基づいて懲戒解雇をしたような場合、あるいは上記のような使用者の裁量を考慮してもなお、懲戒処分の相当性の判断において明白かつ重大な誤りがあると言えるような場合に該当する必要があり、そのような事実関係が認められて初めて、その懲戒解雇の効力が否定されるだけでなく、不法行為に該当する行為として損害賠償責任が生じ得ることとなるというべきである。
2 本件解雇と不法行為の成否
被告は、平成10年6月、フランスW杯ツアー招待を企画したところ、18万円相当のクーポン券等が残ったため、営業部長であった原告がこれを速やかに返還せずに換金した。これは、稟議規定からすると、スポンサーに交付しなかった旅行クーポン等は速やかに被告に返還すべきであって、これを勝手に現金化したり、他の流用することは許されず、少なくとも事後にとった措置について指示を仰ぐべきであるのに、これを怠った原告の行為は、被告就業規則46条(6)「職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき」、(7)「社員としてふさわしくない行為のあったとき」、(16)「懲戒に該当する行為につき故意に報告を怠ったり、又はその事実を隠蔽したとき」に該当すると認められ、原告の上記就業規則違反は軽視できない非違行為というべきである。
沖縄ゴルフツアーに、2名の招待者が参加できなくなったため、原告は旅行代理店から50万円を旅行クーポン券で返還を受け、これを換金して不参加者に交付したが、被告は原告が90万円の旅行クーポン券を受け取った上40万円を自分で費消したと主張するが、90万円の旅行クーポン券が交付された事実を認める証拠はないから、被告の主張は採用できない。しかし、原告が旅行代理店から50万円の旅行クーポン券の交付を受け、これを独断で不参加者に交付しようとしたことの説明がなく、こうした処理は不正常であって、支出及び使途が不明朗になりがちな現金の交付による接待を許容するときの弊害を考えれば、原告の行為の非違性はむしろ高いというべきである。以上によれば、原告の上記行為は、被告の就業規則46条(6)、(7)に該当し、また原告の一存で被告に50万円の損害を与え、これらの事実を報告しなかったといえるから、同(12)「故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき」、(17)就業規則又は就業規則に基づいて作成された諸規定に違反したとき」に該当すると認められる。
被告は、原告が沖縄ゴルフツアーの中、K社長に対し、酔って「こういうゴルフ旅行に連れてきてやっているのだから、しっかり出稿してもらわなければ困る」などと暴言を吐いたことを解雇の理由として挙げるが、原告の性格からして多少直截な表現をした可能性はあるものの、宴席での発言でもあり、K自身も不快な思いをしていないというのであるから、これを「暴言」と評することはできず、取り立てて懲戒処分とするほどのものではないといえよう。
被告が原告に対する調査をすることなく本件解雇をしたとはいえないし、原告に就業規則違反の非違行為が認められ、これらがいずれも取るに足りない違反であるといえないことは前示のとおりである。もとより、非違行為の軽重の判断は単純なものではないが、原告が被告から内部告発者として疑われていたことを前提としてその延長線で見るのでは、その非違性を過少に評価するおそれがあるし、使用者に及ぼした損害の有無、程度が懲戒を判断する要素の一つにすぎないことを忘れ、CM不正未放送問題による損害を念頭にして懲戒の軽重を比較するとなると、これまた評価を誤る危険性がある。更に諭旨解雇処分は被告の就業規則上最も重い懲戒処分に属しているが、退職金を支給しない懲戒解雇よりは軽い処分であるところ、過去において懲戒解雇や諭旨解雇の事例はないものの、非違行為が問題となり、本人の申し出によって依願退職処理された事例があり、これらの事例との比較においても、前記原告の就業規則違反の事実をもって原告を諭旨解雇することが、明らかに懲戒事由を欠いているということはできないし、被告が原告をCM不正未放送問題の内部告発者と疑って社外放逐しようとしたのでなければ合理的に本件解雇の理由を考えることができないと言えるものでもない。そうすると、CM不正未放送問題発生後、被告が内部告発者の探索と調査を行った結果、原告を内部告発者と疑ったと言えるにしても、前記非違行為が形式であって、事実はCM不正未放送問題の内部告発者放逐の手段として原告に対する本件解雇を行ったものと認定するには根拠が薄弱と言わざるを得ない。
以上に検討したところによれば、被告がCM不正未放送問題の内部告発者放逐の手段として原告に対する本件解雇を行ったと認めることはできないから、故意による不法行為をいう原告の主張は採用することができない。また、従業員に対する懲戒は、当該従業員を雇用している使用者が、行為の非違性の程度、企業に与えた損害等の有無、程度等を総合的に考慮して判断すべきもので、どのような懲戒処分を行うのかについては、使用者の評価、判断と裁量に委ねられる面があるところ、本件解雇が原告及び関係者に対する事情聴取等を経た上で行われていること、原告に就業規則違反の事実が認められ、これらが取るに足りない違反であると言えないこと、被告における過去の依願退職事例3例と対比して、原告の前記非違行為が特に軽微とは言えないことに照らせば、本件解雇の相当性の判断において明白かつ重大な誤りがあるとすることはできず、被告に過失を認めることはできない。以上、本件解雇は不法行為には該当せず、原告の請求は理由がない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- [収録文献(出展)]
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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