判例データベース
鉄道会社助役訓告事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 鉄道会社助役訓告事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成20年(ワ)第30270号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 旅客鉄道会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年01月28日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 原告は、昭和50年5月に当時の国鉄に採用され、昭和62年4月被告の設立と同時に被告に採用され、平成19年8月1日以降、松戸車掌区において助役として勤務してきた者である。原告は、平成20年6月23日、松戸車掌区の内勤者の送別会に午後7時半頃から参加し、約1時間で少なくともビール中瓶2本分及び冷酒1合程度の飲酒をした。原告はその後、5人でフィリピンパブに行き、午前零時近くまで飲酒した後帰宅した。
原告は、翌24日午前7時20分頃出社し、乗務員に対し添乗指導を行ったところ、別の場所で添乗指導を行っていたK助役は、原告から指導を受けた乗務員らから原告から酒臭がした旨の申告を受けた。原告は同日午前9時20分頃から約30分間、区長室において事情聴取を受け、区長及び副区長は原告に対し、前夜の酒量や帰宅時刻、当日の起床時刻、本件添乗指導時の乗務員からの酒臭の指摘の有無等を確認した上、複数の乗務員から原告の酒臭の指摘があった旨を伝えて真偽を質したが、原告は酒気帯びの事実を否定した。区長は、同日午前10時8分頃、原告に帰宅を指示したところ、原告は酒気帯びを否定し、アルコール検知器による検査を求めたが、区長はこれに応じなかったため、指示に従い欠勤届を出して帰宅した。原告は翌25日、助役の立場で乗務員から飲酒に関わる指摘を受けることはあってはならない旨の反省を内容とした報告書を東京支社長宛に提出した。原告は、同年8月12日、被告から書面をもって訓告処分を受け、更に同年9月3日付けで、出向期間を平成23年11月30日までとするR社への出向を命じられた。
これに対し原告は、酒臭を指摘した一部の乗務員以外は原告の酒臭を指摘していないこと、少なくとも本件帰宅の時点では酒気帯び状態ではなく業務に支障がない状態であることから、就業規則にいう「秩序を乱すおそれ」はなく、本件訓告処分は違法であって不法行為を構成するとして、本件訓告処分の無効確認とこれにより被った精神的苦痛に対する慰謝料50万円を請求した。また原告は、本件出向命令は仕事内容の大幅な変更を伴うものであり、業務上の必要性、人選基準・人選の合理性を欠く不当なものであるとして、出向先で勤務する義務のないことの確認と、これによって被った精神的苦痛に対する慰謝料50万円を請求した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件訓告処分の無効確認の訴えに関する確認の利益の有無について
一般に、過去の事実又は法律関係の無効確認の訴えは、それによって当事者間に存在する現在の紛争を直接解決することにならないから、確認の利益を欠くものとせざるを得ないが、過去の事実又は法律関係の有効、無効を決することが現在の紛争解決のために最も有効適切な場合には、例外的にその無効を確認する利益があるものと解すべきである。この点被告においては、訓告処分が同一年度に2回された場合には、次年度における昇給の際に所定の昇給号俸から一定の減俸がされる可能性があり、訓告処分の事実は人事記録に記載される。また訓告処分は、懲戒に至らない程度のものに科される処分であること、訓告処分の決定に際しては、賞罰委員会において審議がされること、簡易苦情処理申立の制度があること、賃金規程上、期末手当を支給する際の成績率算定に当たって100分の5の減額事由とされ、昇進試験の受験欠格事由とされていることが認められる。
そうすると、被告における訓告処分は、事実上の簡易な措置ではなく、期末手当の支給において不利益に考慮され、昇給・昇進においても不利益に考慮される可能性のあることが明示的に規定されている処分であって、企業秩序違反者に対して一定の法律上の不利益を生じさせる制裁罰と評価するのが相当であり、原告に関する将来の人事面における処遇、すなわち労働契約上の地位ないし処遇について影響を及ぼすものと解されるから、原告が本件訓告処分の無効確認を求めるのが最も有効適切である。以上によれば、本件訓告処分の無効確認の訴えには、確認の利益を認めるのが相当である。
2 本件訓告処分の効力等
原告は、平成20年6月24日早朝から、添乗指導が予定されていたにもかかわらず、前日深夜まで長時間飲酒したものであり、同日の飲酒量、飲酒時間、飲酒した酒類のほか、原告自身、本件報告書において、添乗した乗務員の一部から「酒の臭いがした」と指摘されたことを認めて反省し、厳重処分を求めていることからすると、本件添乗指導時において、複数の被指導車掌が実際に原告の酒臭を感じたと認めるのが相当である。そして、乗務員を指導する助役である原告が、その程度の如何を問わず、添乗指導を受けた複数の乗務員から酒臭を指摘されたこと自体が、公共交通機関としての旅客鉄道等の安全運行を図るべき社会的責任を負う被告の職場秩序維持を図る上で大いに問題があるというべきであり、またその原因が前日の原告の飲酒にあったと合理的に推認されることも明らかである。したがって、本件帰宅指示は相当であったということができるし、本件欠勤は業務命令に基づく欠勤と評価することはできず、原告の責に帰すべき事由に基づく欠勤であり、原告自身もこれを自認した上で本件欠勤をしたと解することができる。そして、本件訓告処分は、原告が複数の乗務員から酒臭を指摘されたことと当該指摘に基づく本件欠勤の理由として、被告において、原告への事情聴取のみならず、本件欠勤届や本件報告書の記載内容を吟味し、賞罰審査委員会が開催された上で決定されたものであること、被告の就業規則上、訓告は懲戒を行う程度に至らないものを対象とするものであり、最も軽微な秩序罰であると評価されることなどに照らすと、本件訓告処分は、客観的、合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる。以上のとおり、本件訓告処分は有効である。
本件訓告処分は有効であるから、その前提としての本件欠勤に伴う本件欠勤控除や本件飢渇手当減額も有効というべきであり、また本件訓告処分の違法性を前提とする原告の慰謝料請求には理由がない。
3 本件出向命令の効力等について
1)被告においては、就業規則上出向に関する定めがあり、被告とR社との間においては従前から人事交流が図られており、被告から現に50人規模の出向者がいること、2)本件出向命令の発令時においては、R社に被告の職員を出向させる業務上の必要性があったこと、3)原告は本件出向に係る人選基準を満たす職員の1人であること、4)助役の地位にある原告が本件訓告処分を受けたことによって、従前の職場における業務の遂行に支障が生じる虞のあることが予測されたことが認められ、3)及び4)を理由として原告を本件出向の対象者に選定したことは、人事権の行使として合理性があると認められる。
その一方で、出向後の賃金についての定めも明示されている上、出向先における担当業務も同じ鉄道会社の各種業務であり、就労時間の変更についても、鉄道会社の勤務形態として通常想定される範囲内のものであることから、原告の労働条件に特段不利益な変更があることは窺われないのであり、また出向期間が約3年間と合理的な範囲内に止まっていること、出向後の勤務先が原告の住所との関係で無理のない通勤圏内であることに照らせば、本件出向によって原告が著しく過酷な状況に置かれるということもできない。
以上の諸事情を総合考慮すると、本件出向命令は、業務上の必要に基づく合理的なものと認められるのであり、適法になされたものであって、権利の濫用とは認められない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- [収録文献(出展)]
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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