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K社育休後降格等事件(マタハラ)

事件の分類
妊娠・出産・育児休業・介護休業等賃金・昇格
事件名
K社育休後降格等事件(マタハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成21年(ワ)第20155号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年03月17日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、K株式会社からその営業部門の事業全てを譲り受けて設立された、電子応用機器関連のソフトウェア、ハードウェア及び電子部品の研究、制作、製造並びに販売等を目的とする株式会社であり、原告は平成7年3月に大学を卒業し、平成8年10月にK株式会社に入社し、平成18年3月31日、営業譲渡により設立された被告との間で、期間の定めのない雇用契約を締結した女性である。原告は平成19年10月、社内公募に応じてライセンス部に配置換えとなり、ゲームに関する海外ライセンス業務に従事し、企画業務型裁量労働の適用を受けていた。

 原告は、平成20年7月16日から産前休業に入り、出産して同年9月30日まで産後休業、翌10月1日から平成21年2月15日まで育児休業を取得することを予定していたが、マネージャーとの話合いの中で、まず子供のことを考えたらどうかなどと言われ、同年4月15日まで育児休業を取得した後に復職した。復職に当たって、原告が育児短時間勤務の措置を申し出たところ、被告は原告の企画業務型裁量労働の適用を排除し、休業前の海外ライセンス業務から国内ライセンス業務に担務変更し、それに伴って役割グレードを従来の「B-1」から「A-9」に引き下げ、平成20年4月から産休に入るまでの3ヶ月余に見るべき成果を上げていないことや産休のため繁忙期を経験していないことなどを考慮して原告の成果報酬をゼロと査定し、年俸額を前年度の640万円から520万円へと引き下げた。原告はこれらの措置に納得せず、労働基準監督署に相談したところ、違法の可能性を示唆され、役割グレードの引下げについては、産休・育児による不利益取扱を禁止する男女雇用機会均等法に違反する可能性があるとして、被告に再考を求めた。これに対し、原告の上司であるFマネージャーは、役割グレードの変更はあくまで担当業務の変更に伴うものであること、海外サッカーライセンス業務の大変さを考慮して負荷の少ない国内ライセンス業務に担当換えした旨説明したが、原告は納得しなかった。

 原告は、平成21年4月16日から復職し、国内ライセンス業務に就いたが、代理人を通じて、被告の措置が育児・介護休業法等に違反するとして、その撤回を求めたが、被告はこれに応じなかった。

 原告は、被告の行った一連の人事措置について、妊娠、出産をして育児休業を取得した女性に対する差別ないし偏見に基づくものであって、人事権の濫用に当たる外、憲法13条、14条、女性差別撤廃条約、労基法3条、4条、39条7項、65条及び67条、育児・介護休業法5条、10条、22条、23条1項、男女雇用機会均等法9条、民法90条に違反し無効であるとして、被告に対し、1)被告との間の雇用契約に基づき、降格・減給後の給与額と降格・減給前の給与額との差額158万6844円、2)不法行為に基づく慰謝料、弁護士費用3300万円、3)原告の人格権侵害等に対する謝罪、4)被告の就業規則の改定を求めた。原告は本件訴訟を提起した後、平成22年2月、被告を退職した。
主文
1 被告は、原告に対し、35万円及びこれに対する平成21年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを100分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、1項につき、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件担務変更の無効(人事権濫用)について

 K社員の育休規程には、被告は業務上必要があるときは、社員に対し、職場転換、職種・職位の変更等を命じることができ、これに対して社員は正当な理由がなければこの命令を拒むことができない旨の定め、及び被告は育児休業期間が終了した従業員が復帰した後は、原則として休業開始日の前日に配置されていた部署に配置することとするが、育児休業期間中に組織の変更があった場合、業務量の変化によりその部署の人員が削減された場合その他人事上の都合がある場合には、他の部署に配置換えすることがある旨の定めがある。したがって、被告は、上記各規定に基づき、業務上必要がある場合には、配置転換ないしそれに準ずる担当業務の変更を行う権限を有するものと解される。そうすると、被告は、その裁量により社員の担当業務を決定することができるが、本件担務変更について、業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、それが他の不当な動機・目的をもってなされたとき若しくは原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなどの事由がある場合には、人事権の濫用として無効になると解するのが相当である。

 原告が本件育休等を取得する前に担当していた海外サッカーライセンス業務を主とする業務は、原告が本件育休等を取得して長期間休業することから、Fマネージャーらにより引き継がれ、それ以後、これらの者により当該業務が遂行されていたことが認められるところ、その業務遂行に特段の支障等があったことを窺わせる事実関係は認められない。加えて、被告は海外サッカーライセンス業務に係る重要なライセンサーから被告担当者の頻繁な交替についてクレームを受けていて、担当者を固定化する必要があったと認められることからすると、本件復職時に改めて原告を本件育休前に従事していた海外サッカーライセンス業務に就けることについては、その必要性は認め難く、ライセンサーとの関係維持の観点からは、困難な状況にあったということができる。また、原告は、本件復職に際して平成21年12月まで育児短時間勤務の措置を求める申出をしていたことからすると、原告が本件育休等を終了して本件復職をする際に、原告を海外ライセンス業務に戻すことは、業務遂行の観点からも困難な状況にあったということができる。他方、原告が本件復職後に充てられた業務は、ライセンス部内の国内ライセンス業務であり、所属部署自体の変更を伴うものではなく、また同業務の前任者が同業務の停滞を招いていたため、同人を異動させ、その後任者として原告が適任者と判断されたものである。

 本件担務変更は、使用者の育児・介護休業法10条に定める不利益取扱いの禁止、同法22条に定める育児休業使用者において必要な措置を講じるよう努める義務、雇用機会均等法9条3項に定める不利益取扱いの禁止との抵触の有無も考慮しなければならない。このうち、育児介護休業法の解釈運用方針として発出している育介指針において、労働者が育児休業等を取得したこととの間に因果関係がある解雇、降格、配置転換等は同法10条にいう不利益取扱いに当たるとしている。しかしながら、本件担務変更の背景、内容等に照らすと、本件担務変更が原告において本件育休等を取得したことを理由としてされたものと解することはできない。次に、育介指針では、原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われていることを配慮することとし、育休通知では、原職相当職と評価されるためには、1)休業後の職制上の地位が休業前のそれより下回らないこと、2)休業の前後で職務内容が異なっていないこと、3)休業の前後で勤務する事業所が同一であることのいずれにも該当することが必要であるとしている。しかしながら、同法22条は努力義務を定める規定と解されるものであり、原職又は原職相当職に復帰させなければ直ちに同条違反になるとは解されない。そして、本件復職に当たり原告を就かせることができる最善の業務が国内ライセンス業務であったという事情の下では、本件担務変更が同条に抵触する違法なものと断ずることはできない。最後に、雇用機会均等法9条3項に定める不利益取扱いの禁止に関してみると、本件担務変更の背景、内容等に照らすと、本件担務変更が原告において本件育休業務を取得したことを理由としてされたものと解することはできない。

以上によれば、本件担務変更は、業務上の必要性に基づいて、被告の配置転換に係る人事上の権限の行使として行われたものということができ、本件復職に際して原告に充てる業務の選択の観点からみても、不合理な点は見出せない。

2 本件役割グレード引下措置の無効(人事権の濫用)について

 K社員に係る本件人事制度及び本件報酬体系は、いわゆる職務等級制に分類される人事・報酬制度であると解される。この制度は、年功序列制や職能資格制度とは異なる成果主義の考え方を取り入れた制度であって、一般的に認められている人事・報酬制度であり、被告における社員に係る本件人事制度及び本件報酬体系について不合理とする特段の事情は認められない。

 原告は、本件育休等を取得する以前は海外ライセンス業務を担当しており、その時の役割グレードは「B-1」(Bクラスの中で最も低い)であり、本件復帰後は国内ライセンス業務を担当することになり、その役割グレードを「A-9」(Aクラスの中の2番目)に引き下げたが、「B-1」と「A-9」とは隣接するレベルの役割グレードであり、その間にはそれほど大きな距たりがあるものではないと解される。そして、原告は海外ライセンス業務に従事する者として「B-1」の役割グレードを付されていたが、その業務遂行は平均的なレベルにあったものであり、原告の海外ライセンス業務におけるグループリーダー担当職としての実績は、「B-1」の中で優等なものであったとはにわかに認め難い。そして、本件担務変更は業務上の必要性に基づくものであることを踏まえると、本件担務変更に伴う本件グレード引下措置は、被告において採用している本件人事制度に適応した措置ということができ、その内容自体も不合理なものとはいえない。

3 本件年俸減額措置の無効(人事権の濫用)について

 年俸のうち役割報酬は、地位に当たる役割グレードと報酬額が連動しているものであるから、職位が変更されれば当該変更後の職位に対応する役割報酬が支給されることになるのは、本件人事制度及び本件報酬体系上当然の前提とされているものである。しかし、労働の対価たる賃金は、労働条件における最も重要な労働条件であるところ、本件は、勤務状況、勤務成績、能力の低下等を理由として通常行われる担務変更(配置転換)及び役割グレードの変更(引下)の事案ではなく、妊娠、出産、産前産後休業及び育児休業を取得して業務を離れた原告が復職するに当たってされた担務変更及び役割グレードの変更という原告に何ら帰責事由のない不利益であり、このような不利益については、雇用機会均等法、育児・介護休業法が原告のような立場の労働者に対する不利益取扱いを特別に禁止している趣旨に鑑みると、本件担務変更が本件復職時における合理的なものということができ、役割報酬については本件人事制度及び本件報酬体系に則って定まることになっているとしても、その緩和のための配慮、考慮をするのが相当というべきであり、このような場合に対応することを可能とするべく調整報酬が用意されていると解される。また、成果報酬についても、年俸査定期間に産前産後休業期間及び育児休業期間が含まれる場合には、上記の趣旨を考慮した成果の査定をするのが相当と解される。

 年俸のうち役割報酬は職位に当たる役割グレードと報酬額が連動したものであるところ、原告の本件復職後の職位を定める本件担務変更及び本件役割グレード引下措置は、いずれも被告に委ねられた人事権の範囲内で行使されたものと認めることができるから、本件役割報酬減額自体は、被告の本件人事制度及び本件報酬体系に適合したものということができる。加えて、従前年俸中の役割報酬550万円と新年俸額中の役割報酬500万円との差額は50万円となるものの、他方で新年俸額には調整報酬として20万円が支給されている。これを役割報酬の減額を緩和するものとして扱うと、役割報酬の減額は30万円となり、相応の減額緩和措置になっていると評価し得るものである。以上のことからすると、本件役割報酬減額について被告による人事権の濫用があるとまではいえない。

 本件成果報酬ゼロ査定の理由は、原告の平成21年度の成果報酬について、原告が本件産休に入るまでの間に見るべき成果を上げていないことや本件産休後に迎えた繁忙期を経験していないことなど、前年度における原告の職務の遂行状況等を考慮した結果であるというものである。上記事実関係によると、原告は1年間の本件査定対象期間のうち約9ヶ月は主に本件育休等により休業しているが、本件産休を取得するまでの約3ヶ月間は、一定の業務実績を上げており、海外ライセンス業務の中では大きいものとはいえないが、少なくとも当該実績を上げている点は看過されるべきではない。また、原告の業務を引き継いだFマネージャーらは、原告の当該実績を利用し又は踏まえて残りの業務を行ったということができ、原告の成果と評価できる部分は、原告の成果報酬の金額を決定する際に考慮すべき事項というべきであるが、本件成果報酬ゼロ査定にはこの点は考慮されていない。以上の点等を考えると、原告の本件査定対象期間における実績をゼロとした査定は、査定上考慮すべき事項を航路していないというべきであり、成果報酬の査定に係る裁量権を濫用したものと認めるのが相当である。

4 本件裁量労働制適用排除措置の無効(人事権の濫用)について

 原告の裁量労働制は企画業務裁量労働制であり、これに対し被告における育児短時間勤務の措置は、小学校就学の始期に達するまでの子を養育するために、所定労働時間を短縮した一定の時間だけ勤務するというものである。そうすると、育児短時間勤務の措置を受ける者については、業務遂行の時間配分に関する裁量性がないといわざるを得ず、また短縮された一定の労働時間しか労働しない者にみなし労働時間分の労働をしたものと扱うのは不合理であり、このことと、育児短時間勤務の措置を定める育休規定13条4項において、同措置を受ける間は、K社員就業規則14条に定める時間管理区分の見直しを行うことがあると定めていることを併せ考えると、育児短時間勤務の措置を受ける者は企画裁量労働制の対象者とすることを予定していないものと解するのが相当である。

 以上によれば、本件裁量労働制適用排除措置は、K社員就業規則及び育休規定に基づいて行われたということができ、これが人事権を濫用したものということはできない。

5 本件各措置の無効(法律違反、公序良俗違反)について

 原告は、本件各措置が、原告が育児休業等を取得して復職した女性である、あるいは子を持つ女性であることのみを理由として、定型的な性別役割分担の観念に基づいて原告を差別的に取り扱った行為であるから、憲法13条、14条、女性差別撤廃条約、労基法3条、4条、65条、39条7項、19条1項本文、67条、育児・介護休業法5条1項、23条1項、10条、22条、雇用機会均等法9条1項及び3項、6条1号及び3号、民法90条に違反することを主張するが、本件各措置は原告指摘の差別的行為と認められないから、これが上記各規定に反する違法なものであるとの原告の主張は採用できない。

6 従前年俸額と新年俸額との差額支給請求権について

 本件各措置のうち、本件成果報酬ゼロ査定は人事権の濫用に当たり無効である。ところで、成果報酬は、年額査定期間中の実績に応じて支給される成果給であり、その具体的な額は前年度の成果評価に基づく査定によって決定されることからすると、具体的な成果報酬支払請求権は、被告が上記の決定をして初めて発生するものと解されるから、本件成果報酬ゼロ査定しかされていない本件事実関係の下においては、原告は未だ成果報酬が定まっていない状態にあり、これに関して損害が発生する余地はないというべきである。以上によると、原告の従前年俸額と新年俸額との差額の支払請求は理由がない。

7 不法行為の存否及び損害額について

 被告の行った各措置のうち裁量権を濫用したと認められるのは、本件成果報酬ゼロ査定だけである。この不支給は被告の裁量権濫用行為によるものとして違法な行為に当たり、少なくとも被告には当該行為につき過失があるものと認められるから、被告は上記不支給により原告が被った精神的損害について賠償義務があるというべきである。

 本件査定期間中の原告の成果は、従前年俸額における成果報酬90万円と査定された査定対象期間における成果と同じ程度とみることはできず、それより低いものといえることに加えて、本件成果報酬ゼロ査定における裁量権濫用の内容、新年俸額が適用されてから原告が被告を退職するまでの期間における一切の事情に照らすと、上記不法行為に対する慰謝料としては30万円、弁護士費用は5万円を相当とする。

 本件各措置は、原告が主張するような差別的取扱いに当たるものではなく、したがって、このような差別的取扱いに基づき原告の職業人としての社会的評価を著しく低下させた事実は認められず、また被告が女性従業員に対する差別的取扱を慣行化していることを認めるに足りる証拠もない。
適用法規・条文
憲法13条、14条、女性差別撤廃条約、労基法3条、4条、39条7項、65条及び67条、育児・介護休業法5条、10条、22条、23条1項、男女雇用機会均等法9条、民法90条、709条
収録文献(出典)
[収録文献(出展)]
その他特記事項
本件は控訴された。