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N社諭旨解雇控訴事件

事件の分類
解雇
事件名
N社諭旨解雇控訴事件
事件番号
東京高裁 - 平成22年(ネ)第4377号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年01月26日
判決決定区分
原判決一部取消(一部認容・一部却下)(上告)
事件の概要
 控訴人(第1審原告)は平成12年10月1日、被控訴人(第1審被告)に雇用され、システムエンジニアとして稼働していた。

 控訴人は、平成20年4月上旬以降、被控訴人に対し、職場での嫌がらせ、内部情報の漏洩を申告し、その調査を依頼した。これを受けてB部長は聞き取り調査を行うとともに、控訴人から送付されたCD−R資料を検討するなどした結果、控訴人の被害事実は認められないとの結論に達した。そしてB部長は、同年6月3日、本件被害事実はなく欠勤には正当な理由が認められないとして、電話で控訴人に出勤を繰り返し促したが、平行線に終わった。控訴人は翌4日から同年7月30日まで本件欠勤を継続したところ、この間、上司らが控訴人に対し出社を促したが、控訴人は本件被害事実が解決しない限り出社する意思のない旨回答した。

被控訴人倫理審査委員会は、B部長の調査結果を支持し、同月17日、その旨控訴人に回答し、その後、直属上司のAマネージャーらと控訴人との間でメールのやりとりがあったが、被控訴人側はあくまでも出勤を求めること、現時点では休暇がなくなっているため欠勤とせざるを得ないことを控訴人に通告した。

控訴人は同月25日に開催された賞罰委員会に出席し、1)嫌がらせや情報漏洩の調査期間に労務提供義務を求められるのはおかしいこと、2)事業統括本部が休職を認める可能性について言及していたこと、3)就業規則の懲戒のいずれの項目にも今回のケースが合致しないこととの弁明を行った。そして、同月28日、控訴人はC本部長より、同年9月30日をもって諭旨解雇処分(本件処分)とする旨の通告を受けた。
控訴人は、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金及び賞与の支払を請求したところ、第1審では、本件諭旨解雇処分が正当として控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 原判決を次のとおり変更する。

(1)本件訴中、本判決確定の日の翌日以降の金員の支払を求める部分を却下する。

(2)控訴人が、被控訴人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(3)被控訴人は、控訴人に対し、

1) 平成20年10月から本判決確定の日まで毎月末日限り、金42万8059円

2) 平成20年12月から本判決確定の日まで、毎年6月10日、12月10日限り、各金100万円

及びこれらに対する各支払時期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、第1、2審を通じて、被控訴人の負担とする。

3 この判決の第1項(3)及び第2項は、仮に執行することができる。
判決要旨
 当裁判所は、控訴人の請求のうち、判決確定後においても被控訴人がなお給与及び賞与を支払わないと認めるに足りる事実はないから、判決確定後の給与、賞与を求める請求は「あらかじめその請求をする必要がある場合」に該当しないから不適法として却下すべきであるが、その余の本件請求は理由があると判断する。

 控訴人が、B部長から被害事実は存在しなかったと説明されてもなお被害事実に固執していたこと、控訴人は6月4日以降、有給休暇を全て消化した事実を知りながら、Aマネージャーからの数度の出社要請にもかかわらず出社して来なかったことなども考慮すれば、被控訴人において、控訴人の申告した被害事実は、控訴人の被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものではないかとの疑いを抱くことができたと認められる。

 調査の結果が出るまでの人事上の取扱いを尋ねる控訴人に対し、B部長は欠勤になる理由が見当たらないので就業についてくださいということですなどと回答し、控訴人から、出勤しなければ無断欠勤として扱うことかなどの問いに対しては、違います、何でそういう方向に持っていくのかなどと回答している。そうすると、被控訴人は、約2ヶ月間に及ぶ有給休暇を消化した後も申告した被害事実に固執し、出勤しようとしなかった控訴人の休職の申請についての質問に対して明確な回答をしない対応をしており、被控訴人が休職を認めない状況のままで欠勤を継続すれば、どのような不利益な取扱いがあるのかなどの説明もしていなかった。B部長は、控訴人が電話において解雇や処分を気にしていたことを認めているのであり、従業員にとって、解雇や処分は重要な関心事であるから、解雇や処分に対する説明をすべきであったということができる。

 控訴人は、就業規則63条で定める「就業報告書」による欠勤の届出をしていないが、処分をちらつかせて就業させても不安を感じたままでは気持ちよく就業してもらうことは困難であるというB部長の意図があったにせよ、休職申請を出そうとしている控訴人に対して、休職に関する直接の回答を避け、休職問題を回避するような対応は、欠勤あるいは休職についてどのような手続きを履践すればよいのかを控訴人に対しあいまいなままにしていたということができる。また、被控訴人は控訴人が欠勤することについて、就業規則63条の就業報告書による届出が必要なことを教示していない。

 本件処分は、控訴人が就業規則51条(欠勤多くして、正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき)に該当することを理由にされた処分であり、同63条では、「傷病その他やむを得ない理由で欠勤するときは、あらかじめ就業報告書により、その理由及び見込日数を届け出なければならず、やむを得ない理由により事前の届出ができない場合は、速やかに適宜の方法で欠勤の旨を所属長に連絡するとともに、その後遅滞なく所定の手続きをとらなければならない」ことになっている。

 控訴人が欠勤を継続したのは、控訴人の被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものであったということができるから、控訴人は就業規則の「傷病その他やむを得ない理由」によって欠勤することが可能であったということができる。そして控訴人が、B部長から被害事実はなかったとの説明を受けながらこれに納得せず、調査の継続を求めていたことからすれば、控訴人には、被控訴人に申告した被害事実が、自己の精神的な不調に基づく被害妄想であるなどという意識はなかったということができ、控訴人のそれまでの状況からすれば、被控訴人も、控訴人が申告した被害事実について、控訴人がこれを自己の精神的な不調に基づく被害妄想であるという意識を有していないことを認識していたということができる。B部長が、休職しようとしていた控訴人に対し、休職の申請についての質問に対して明確に回答していないことなどを考慮すれば、控訴人が就業規則63条により病気を理由として欠勤を事前に届け出ることは期待することができず、同条の「やむを得ない理由により事前の届出ができない場合」に該当するということができる。更に控訴人は、調査結果が出るまでは欠勤を継続する意思を示し、人事部門に対して本問題の解決まで特例の休職を申請していることなどを考慮すると、「適宜の方法で欠勤の旨を所属長に連絡」したものと認めることができる。したがって、控訴人が有給休暇を消化した後に、申告した被害事実を理由に欠勤を継続したからといって、直ちに正当な理由のない欠勤に該当するということはできず、これを無断欠勤として取り扱うのは相当でない。

 控訴人の欠勤に対して精神的な不調が疑われるのであれば、本人あるいは家族、被控訴人のEHS(環境・衛生・安全部門)を通した職場復帰へ向けての働きかけや精神的な不調を回復するまでの休職を促すことが考えられたし、精神的な不調がなかったとすれば、控訴人が欠勤を長期間継続した場合には無断欠勤となり、懲戒処分の対象となることなどの不利益を控訴人に告知する等の対応を被控訴人がしておれば、6月4日から7月30日までの間、控訴人が欠勤を継続することはなかったと認められる。そうすると、被控訴人が本件処分の理由としている懲戒事由(無断欠勤、欠勤を正当化する事由がない)を認めることができず、本件処分は無効というべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は上告された。