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T信用金庫降格・降職・配転事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- T信用金庫降格・降職・配転事件(パワハラ)
- 事件番号
- 函館地裁 - 平成12年(ワ)第303号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 信用金庫(本件金庫)
個人2名 C、D - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年09月26日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告Cは被告金庫の理事長、被告Dは同常務理事であり、原告は被告金庫に勤務する職員である。原告は、被告金庫の指導に反し、M支店長在職中の平成6年8月15日、歩積・両建預金の自粛に抵触する行為をし、これが平成8年に判明したため、同年11月19日付けで理事長宛の始末書を提出した。また、原告は、平成8年5月7日に発令されたP支店長に在職中、被告金庫からの督促にもかかわらず、外部訪問先リスト査定表等を作成しなかったため、同年12月3日付けで理事長宛始末書を提出した。更に原告は、P支店長時代に、被告金庫のため担保権が設定され炊いた建物の取壊し前に、根抵当物件抹消申請書を被告金庫審査部に提出してその承認を受け、その抹消登記手続きをすべきところ、これを怠り、同月27日付けで理事長宛の始末書を提出した。原告は、これらの事情により、平成9年1月6日付けで管理職H級から管理職F級に降格され、それに伴い減給された。その後原告は、P支店の女性職員の挨拶、電話対応のまずさについて教育の徹底をしていなかったことや、組合員による執務時間内に組合加入の勧誘行為を防止できなかったことについて、平成9年4月16日付けで理事長宛の始末書を提出した。原告は、役職者キー及び諸届けの取扱不備を被告金庫の内部監査で指摘されていたにもかかわらず、それを改善する行動をせず、再度の指摘を受けて、平成9年4月16日付けで理事長宛の始末書を提出した。
その後も原告は、不適切な事務処理を繰り返し、その都度理事長宛の始末書を提出したことから、管理職F級から同E級に降格され、同年7月1日付けで、本部管理課長からI支店次長に配転された。しかし、顧客に対する口のきき方の悪さ、職務に対する情熱のなさ等から、同年11月1日付けでO支店次長に配転され、平成11年7月15日まで同次長として外務を担当したが、その間不行跡等を指摘されることなく、支店目標も達成していた。原告は翌16日からB支店次長になり、外務に専従したが全く成績が上がらず、同年12月26日付けで理事長宛の始末書を支店長とともに提出した。そこで、原告は、翌27日から内勤の融資担当となったが、たまたまB支店を訪問した被告Cから除雪が不十分と叱責された。平成12年6月5日、被告CがB支店長に架電したところ不在で、これを受けた原告が行き先を聞いていないこと、行き先を告げる場合と告げない場合とがあることを回答したことなどから、被告Cは本部の部課長10名ほどの前で、原告を直立不動の姿勢にさせた上、以前の雪かきの件も含めて全て嘘だ、これ以上嘘をつく職員を使っていけない、身元保証人に連絡せよなどと叱責した。
同日午後8時頃、B支店に戻った原告は、被告Cの指示により、同店支店長から、翌日以降、就業規則の熟読及び融資担当から外すことを告げられ、当分の間、就業規則の理解に専念し、今後の改善点についてレポートを作成するよう指示された。翌日原告は身元保証人である実母と実弟に会って事情を説明し、その後支店長宛のレポートを提出したところ、B支店に来てこれを読んだ被告Dは、店内会議を開かせ、職員が居並ぶ中で上記書面の内容を逐一確認した。その後原告は組合に加入し、団体交渉後多少の作業を指示されたものの、N支店に転勤するまで、金庫の諸規程を読む作業を命じられた。本件配転により原告が赴任したN支店は、僻遠の地にあり、原告は平成11年1月に函館市内に自宅を建築し、妻及び3人の子供と暮らしていたため、N支店への配転により単身赴任となった。
これに対し原告は、一連の始末書の提出は理事者の責任転嫁であって、本件降格・降職は、原告が組合に加入したことを捉えて行われたものであり、N支店への配転は原告の家族構成、経済状態等を考慮すれば到底是認し得ず、不当労働行為に該当し、権利濫用として違法無効であると主張し、大幅な給与減額は無効であることして差額賃金の支給を請求した外、被告らの一連の行為による精神的苦痛に対する慰謝料として、被告らに対し連帯して200万円を支払うよう請求した。 - 主文
- 1 原告とA信用金庫(以下「被告金庫」という。)との間で、原告が同金庫B支店において勤務する地位を有することを確認する。
2 被告金庫は、原告に対し、平成11年8月から平成13年12月までの各月につき、別紙未払賃金表中の未払賃金額記載の各金員及びこれに対する同表支給日記載の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告金庫は、原告に対し、平成14年1月から毎月21日金46万5500円、毎年6月末日限り金67万9150円、毎年12月21日限り金119万八五〇〇円を支払え。
4 被告らは、原告に対し、連帯して金20万円及びこれに対する被告金庫及び同Dについては平成12年12月23日から、被告Cについては同月29日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え、
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用については、原告に生じた費用の5分の4と被告金庫に生じた費用はこれを10分し、その3を原告の負担とし、その余は被告金庫の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告C及び同Dに生じた費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余は被告C及び同Dの負担とする。
7 この判決は、第2項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件降格行為、本件降職行為及び本件配転行為は権利濫用として無効か
本件降格、降職行為等に近接する前後の原告の勤務状況等をみれば、雪かきの件及び電話の件という客観的には比較的些細な出来事に端を発して原告が通常業務を取り上げられ、就業規則を熟読する等を求められて3週間以上経過した後に原告は組合に加入し、組合と被告金庫との間で原告の件で団体交渉がもたれた後にもなお原告に通常業務が与えられない事態の中で本件降格・降職行為等がなされたものであり、原告が組合に加入したことから報復的に本件降格・降職等に及んだとの疑念が生ずるのも一応頷けないことはない。しかしながら、そもそも本件降格・降職行為等が人事権の行使としての裁量行為を逸脱しているかどうかを判断するに当たっては、被告金庫における業務上、組織上の必要性の有無及び程度、原告の受ける不利益の性質及び程度、被告金庫における降格・降職等の事情を総合考慮すべきである。
これを本件についてみるに、被告Cが被告金庫の理事長に就任する以前は基本的に年功序列に従って処理されていたと評することができるが、被告Cが理事長に就任した平成8年5月以降、被告金庫は職員の勤務状況や非違行為を重視し、これらを踏まえて職員の降格・降職等を積極的に行う人事方針に改めたことが明らかであり、このような中で原告についても職務上不適当な行為がしばしば見られたことから、被告金庫から始末書等を徴求された上、管理職H級から同F級に降格させられ、更にその後も同E級に降格された後、平成12年7月18日付けで本件降格、降職行為等がなされたものである。そこで、原告の勤務状況をみると、I支店次長時代は顧客に対する態度や口のきき方の悪さ、職務に対する情熱のなさ等がみられ、理事長宛の始末書を提出しているが、支店長の再三の注意にもかかわらず改善しなかったため、O支店次長に配転したこと、その後O支店においては格別勤務状況の悪さは認められなかったが、B支店次長に配転した平成11年7月16日以降は、外務専従の職務に対する熱意が不十分で実績を上げられなかったのみならず部下に対する指導も不十分で内部事務管理等の不備を招いたことから、以後改善の努力をする旨の始末書を同年12月26日付けで提出し、その後内勤の融資担当に変更になったものの相変わらず部下に対する指導も不十分な上、部下や同僚に対しても自己の仕事上の間違いを認めようとしない等の態度が認められ、更に以前から指摘されていた顧客に対する言葉遣いや電話対応等も芳しくないこと等から苦情が同支店に寄せられるような有様であったことが明らかである。してみれば、本件降格行為は、これが原告に及ぼす不利益が著しいものでない限り、人事権の行使としてなお裁量の範囲内にあると解するのが相当であるところ、本件降格が直ちに原告の減給につながるものではなく、原告の生活に格別不利益を与えることはない一方で、本件降格行為は、被告金庫の地域に根ざした金融機関としての性質上、その組織を維持し、これを円滑に機能させるためにやむを得ない面があったというべきである。以上の諸事情を併せ考慮すれば、本件降格行為は、その相当性に疑問の余地なしとまではいえないものの、なお人事権行使としてその裁量を逸脱したものとまでは評価することができず、権利濫用と断ずることはできない。
次に本件降職行為についてみるに、資格規程によれば、資格がC級の場合の職位については、一般職員に処遇することも原則の場合に含まれることから、特段の事情が認められない限り、原告を一般職員に補したからといってこれを直ちに権利濫用と評することはできず、また本件において特段の事情を認めるに足りる証拠はない。進んで本件配転行為の効力について検討するに、原告を管理職から一般職員に降格・降職させる以上、降職前のB支店より他の支店に配転させる必要性自体は認めることができるが、原告をN支店に配転した行為は、次の理由に照らせば被告金庫による不当労働行為と推認するのが相当であり、無効と解すべきである。
すなわち、被告金庫に対し、本件配転命令時までに3度にわたり不当労働行為救済命令が発令されており、裁判所も近時不当労働行為を認め、被告金庫に対し損害賠償の支払を命じていることから明らかなように、被告金庫は組合を嫌悪しているとみられること、N支店は過去にも比較的多くの組合員が配置されてきた支店の一つであること、被告金庫は原告を異動対象となった外務担当職員の補充に充てる必要があったと本件配転の理由を説明しているが、原告のこれまでの勤務状況に照らせば外勤に充てるのはいささか疑問があること、被告金庫は原告が4人家族で子の教育費がかかり、更に1年前に自宅を新築し、家計にさほど余裕がないことを知っていたと推認されるにもかかわらず、原告に対し本件降格、降職とともに大幅な減給行為を行ったのみならず、事実上、原告に単身赴任を強いて、経済的に二重生活を余儀なくされる本件配転行為を行ったこと、以上の事実が存在したものである。してみれば、特段の反証がない限り、本件配転行為は被告金庫による原告に対する不当労働行為と推認するのが相当であり、本件において特段の反証はない。よって、原告の主張のうち、本件配転行為の無効を主張する部分は理由があるが、本件降格及び降職行為についての部分は失当である。
2 平成9年1月6日付けの減給行為、同年6月30日付けの減給行為及び本件減給行為は有効か
被告金庫給与規程において、懲戒権行使によるものは別論として、資格規程に基づいて人事権行使により降格がなされる場合に減給措置がなされることを当然に想定しているものかどうかが判然としない面があり、少なくとも人事権行使による降格に伴う減給については明確な定めを欠くものといわざるを得ない。したがって、重要な労働条件の不利益変更である賃金の引下げについて明確な規定が欠訣する以上、被告金庫では人事権行使による降格に伴って減給することはないと解する余地もあるが、給与規程の趣旨に照らせば、資格規程における資格と給与規程における等級との剥離を生じさせておくべきではないと解されるから、本件では、いわば漸減的に減給されると解するのが相当である。よって、人事権行使により降格した場合の本給は、「降格直前に受けていた号数に対応する基本給及び加給月額と同額の基本給及び加給月額が昇格した等級にある場合にはその額に対応する号数」、「降格直前に受けていた号数に対応する基本給及び加給月額と同額の基本給及び加給が降格した等級にない場合には、降格直前に受けていた基本給及び加給月額の直近下位の額に対応する号数」によって算定する方法を適用するのが相当である。そうすると、同方法によらない平成9年1月6日付け、同年6月30日付け及び本件減給行為はいずれも無効である。
3 慰謝料請求権の存否
原告が、客観的には比較的些細な出来事で、平成12年6月5日、本部理事長室において、部課長10名ほどの面前で被告Cから嘘をつく職員は使えないなどと叱責されたこと、被告C及び同Dの指示に基づき、以降、本件処遇により転勤するに至るまでB支店における通常業務から外され、就業規則やその他諸規程を読む作業に専念する指導教育上の措置、配慮があったことを窺えないこと、被告C及び同Dから身元引受人に対し連絡をとるよう指示があったこと、同月15日には、被告Dにより、急遽同支店で会議が開催され、原告の記した反省事項等について職員の面前で逐一確認されたこと等の事実経過が認められるところ、これらの経過は原告に対し暗に退職を強要していると推認されてもやむを得ない状況であると思料され、仮にそうでなくとも、被告金庫の原告に対する措置は、原告に殊更屈辱感を与えるものであり、これを正当付けるに足りる客観的かつ合理的な理由があるものとは認め難い。そうすると、上記指示等は業務命令権ないし労務指揮権の濫用として違法といわざるを得ず、これら一連の行為により原告は精神的な人格的利益を侵害されたと認められるところ、原告に対する上記指示等を故意又は過失によって行った被告C及び同D個人に不法行為責任が生じることはもとより、同指示等が被告金庫代表理事の職務遂行として行われたことに照らすと、民法44条1項によって被告金庫もその責任を免れない。上記一連の経過により被った原告の精神的苦痛を慰謝すべき賠償額は、原告が通常業務より外された期間等に鑑みると、20万円をもって相当とするものと思料する。 - 適用法規・条文
- 民法44条1項、709条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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