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鳥取県(市立学校教諭)配転慰謝料等請求事件(パワハラ)

事件の分類
配置転換
事件名
鳥取県(市立学校教諭)配転慰謝料等請求事件(パワハラ)
事件番号
鳥取地裁 - 平成15年(行ウ)第1号
当事者
原告 個人1名

被告 個人1名 A

 鳥取県、米子市
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年03月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告(昭和47年生)は、大学卒業後、小学校及び中学校において講師として勤務した後、平成12年4月米子市立F中学校教諭に任用された女性であり、被告AはF中学校の校長である。

 原告は、F中学校の1年生の学級担任として勤務するようになったが、同年5月頃以降、不安、孤独感、食欲不振、喘息様の咳、尿蛋白陽性等の症状が発現した。同年9月以降、原告はうつの症状が出たこと等をきっかけに受診したところ、同年11月13日、医師から「うつ状態、附記:倦怠感、脱力感、気力の低下、決断力の低下等、うつ状態の症状を認め、2週間の自宅療養を要する」旨の診断書を受け、同日から同月26日まで病休を取得した。原告は、同月24日から入院加療することになり、引き続き同年12月19日まで病休を取り、同月12日から平成13年3月19日まで休職した。

 平成13年4月1日以降、原告は補助担任ではありながら3年生担当となり、2学期に入ると原告の勤務時間は減少したが、他方体調は悪化し始め、同年10月末頃からうつ状態が再現するようになり、原告は同年11月19日から26日まで病休を取った。また同年12月13日、原告の管理区分がB1に変更されたことを受け、被告Aは教頭や学年主任に原告の管理区分のことを話し、原告の勤務に配慮するよう指示した。3学期に入ると、原告の勤務が軽減されるようになったが、これ以降も原告の体調は回復せず、連絡なく出勤しなったり、出勤しても授業に出られないこともあった。

 原告は、平成14年3月以降ようやく体調が回復してきたと感じていたが、同月15日、被告Aが原告を本校から分教室に配置転換(本件配転)する旨の内示をしたところ、原告は、新規採用は3年間は異動の対象にならず、通例では若い講師が分教室に配置されるにもかかわらず、新規採用2年目の原告を配置することは、自分が本校で排斥されたと感じ、希死念慮等の状態になった。更に原告は、学園は閉鎖的であり、入所生徒も非行歴を抱えていて、前年度に勤務していた女性講師は、教諭への採用試験合格発表を前に退職していたと聞いていたこと、相談相手がいるか不安だったこと、ようやく体調が回復してきた時期に突然本件配転の内示を受けたことなどで精神的に混乱した状態になった。原告は被告Aに対し本件配転についての不満を述べたところ、被告Aは、1)学園に行ったらどんどん休めば良い、2)この配転は県教委も認めたことである、3)遠いならば近くに引っ越せば良い、4)分教室ではプリント学習でもさせて、その間通院すれば良い、5)今後は本校ではなく分教室で仕事をしなければならないなどと述べた。原告は、被告Aの対応に非常な不快感を覚えたが、平成14年4月1日から分教室で勤務することとした。

 原告は、本件配転後の当初、職員及び非常勤講師との人間関係、本校とは異なる生徒との関係、教材研究に時間を取られたことなどにより、病状は一時悪化したが、軽減措置が取られたことなどにより、同年6月頃にはうつ状態は軽快し、医師から「現在少しずつ慣れてきており、もうしばらく現在の勤務状態で続けることが必要で、引き続き加療が必要」などと診断された。ところが、原告の病状は、同月末頃から少しずつ悪化し、精神科を受診するようになったが、同年9月以降更に悪化し、同年10月9日、「病名・抑うつ状態、自律神経失調症、約1ヶ月間の休養を要する」、「当面、加療は必須の状態」、「抑うつ気分、意欲低下、対人恐怖、早朝覚醒、入眠困難を認め、就労は難しい」との診断を受けた。原告は、同年10月9日から平成15年1月6日まで病休を取り、以降同年2月28日まで休職したが、同年3月1日本校に復帰した。

 原告は、本件配転当時、精神疾患、精神障害が完治しておらず、当時の勤務状況を続けるべきであったにもかかわらず、本件配転を受け、その結果、精神的・肉体的苦痛を被ったもので、本件配転は、被告米子市の公務員である被告Aの不法行為であると主張して、被告米子市に対しては国家賠償法1条1項に基づき、被告鳥取県に対しては同法3条1項に基づき、慰謝料を各自100万円、弁護士費用10万円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、各自金33万円及びこれに対する平成14年10月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用はこれを10分し、その7を原告の負担、その余を被告らの負担とする。
判決要旨
1 本件配転の違法性の有無

 被告Aが本件配転によって原告の病状が悪化することを知りながら、原告を排斥するために本件配転を行ったと認めることはできないが、本件配転は、その決定に至る過程において、当時の原告の病状や治療の必要性、原告本人の治療についての意向を十分に確認することなく、これに対する配慮を欠いたままなされ、その結果、一時的に原告の病状を悪化させるなどしたもので、違法といわざるを得ない。

 原告が本校に通勤するのに比べ、分教室に通勤することは、通勤の負担が増加することは認められるが、本件配転に基づく通勤の負担増のみをもって、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえないものの、当時の原告の病状を前提とすると、その可能性を否定できない。分教室においては、校務分掌や部活動などがほとんどない一方、生徒のほぼ全員が問題性を抱えており、粗暴行為等の問題が生じないように常に気を配っておく必要があり、指導員との関係も難しいなど、本校よりも精神的負担ははるかに大きいと感じる者もいる。被告Aは、分教室では休暇を取りやすいと供述するところ、確かに授業の終了時間は分教室の方が1時間早いが、通勤時間を考えると、そのことが原告の通院や勤務の軽減に必ずしも資するとはいえない。

 以上のとおり、分教室における勤務と本校における勤務との軽重については、個々人によってその受取り方には大きな違いが見られ、その原因については、分教室の勤務に対する取組み方の違いによるとも、分教室の勤務を得意とするか否かという性格的なものとも考えられ、これを一義的に説明することは困難である。しかし、少なくとも原告にとっては、被告米子市が主張するように、本件配転が勤務の軽減になったということはできないし、被告Aとしてはこれを認識すべきであった。

 本件配転は、一般的な中学校から、「不良行為をなし、又はなすおそれのある児童等が入所するなどしている」児童自立支援施設内の分教室へと原告を配置転換し、従前の人間関係を含めた原告の勤務環境を大幅に変更するものである。そして、平成12年度以降継続してうつ状態により治療を受けてきたという原告の心身の状況や、本件配転前の医師の診断において、しばらくは現在の勤務状態で続けた方がよいなどとされており、被告Aもこれらの事実を認識していたことに鑑みれば、このような大幅な環境の変更は、原告に精神的負担を与え、うつ状態の悪化を招来する危険性のあるものというべきであり、そのことは容易に予測できたというべきである。それにもかかわらず、被告Aは本件配転に際して何ら医師の見解を聞くなどしていないまま本件配転を命じたものであり、本件配転は、原告の病状に対して十分な配慮を欠いたままなされたものであるといわざるを得ない。そして、健康管理区分がB1である者の勤務の軽減をしなくてはならない場合、しかもその疾病の内容がうつ状態である場合においては、本人の同意しない配転が、その病状をかえって悪化させる可能性を考える必要があり、分教室での勤務が本校での勤務と比べ、必ずしも楽であるとはいえない以上、本件配転は、原告にとって勤務の軽減とはならず、むしろ過重となる可能性を考える必要があったというべきである。本件配転後の平成14年4月、5月頃、原告は、職場環境が変わり、精神的負担を受けて、うつ状態が一時悪化したことが認められ、この悪化は本件配転の結果であると推認される。なお、F中学校の運営上、原告以外の教員を分教室に配置することができない態勢であったとも認められず、原告について一層の軽減を図った上で本校における勤務を継続することができなかったとはいえない。

 以上によると、被告Aは、原告の勤務軽減を意図して本件配転を命じた可能性があるとはいえ、その意図どおりの軽減がなされたと認めることはできず、かえって過重となった可能性を否定できない。また、本人の意思を十分に確認しないまま、専門家の意見を改めて聴取することもなく本件配転を命じたものであり、その結果原告の病状の悪化を招いたものである。それ故、本件配転は、原告に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであったというべきであり、被告Aにはそのことについて過失があったというべきである。以上を総合すれば、被告Aが服務監督権及び学校運営上の管理監督権の裁量を逸脱したものといわざるを得ず、かつ本件配転による原告の病状悪化等について被告Aには過失が認められるから、本件配転は被告Aによる不法行為と認められる。

2 被告Aによる嫌がらせ行為の有無

 原告は本件配転後、被告Aは、1)原告の健康管理区分がB1で担任を持つべきではないにもかかわらず、分教室で担任を任せた、2)学園の職員に対して原告の健康状態について伝えていなかったため、例年と異なり講師でなく教諭である原告が着任したことで、学園の職員に原告への過度の期待をさせ、原告の負担を増大し、原告と職員らとの人間関係が悪化した、3)当初原告の病休取得を認めなかった、4)原告が本校で仕事をすることについて人を介して苦言を呈し、また他の教員に対し、原告とは関わらないようにと述べていたなどと主張する。

しかしながら、1)については、健康管理区分がB1である場合は担任を持たせることはできないという規定はなく、単に担任としての出張業務をさせないというに止まるものと認められるから、分教室において担任を任せたということが、直ちに被告Aの嫌がらせなどといえるものではない。2)については、被告Aはは当初原告の病状を学園の園長に伝えていなかったが、これは個人のことで差し控えた方がよいとの判断をしたためであり、このことについての配慮を欠いていたかはともかく、違法な嫌がらせ行為とまではいえない。3)については、病休の手続上で校長が特段の書類を用意することはないのであるから、被告Aが原告の病休取得を殊更に認めなかったとは考え難い。そして4)については、被告Aは苦言を呈したことは否定しており、原告の主張を前提としても、被告Aの言動については伝聞であり、原告主張のような言動をしたことを認めるに足りる証拠もない。

3 原告に生じた損害

 原告のうつ状態は平成14年6月頃軽快しており、医師らも原告について、「現在少しずつ慣れてきており、もうしばらく現在の勤務状態で続けることが必要です」、「4月より勤務が変わってストレスもあったが、何とか勤務もできるし、意欲もある。現在は今の条件で就労可能と判断する」と診断している。そして、平成14年度以外の平成12年度、13年度及び15年度のいずれの年度においても、原告の体調は2学期以降特に悪化している。そうすると、本件配転を原因とする原告の体調の悪化は平成14年6月頃までに止まり、他方において、平成14年10月9日からの長期病休等については、原告の素因によるところが大きいと考えることもできる。以上のような本件配転の違法性の程度、これに対する被告Aの認識、本件配転の際の原告の精神的負担、本件配転を原因とする原告の病状の悪化及びその程度等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告は本件配転によって精神的損害を受けたものであり、かつ、それを慰謝するためには30万円が相当であると認められる。そして、本件訴訟に伴う弁護士費用のうち3万円の限度で、本件配転と因果関係のある原告の損害と認めるのが相当である。
適用法規・条文
国家賠償法1条1項、3条1項
収録文献(出典)
その他特記事項