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M保険会社配転事件(パワハラ)

事件の分類
配置転換
事件名
M保険会社配転事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成15年(ワ)第6914号
当事者
原告 個人1名 
被告 生命保険株式会社
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年06月24日
判決決定区分
一部却下・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は生命保険等を目的とする株式会社であり、原告(昭和27年生)は、昭和50年4月にH生命に入社し、平成11年4月1日に被告に転籍となり、以後被告において業務に従事している女性である。

 原告は、平成11年4月1日から、被告東京第一事業部において法人代理店営業担当(AMD)として業務に従事していたところ、被告は平成12年11月20日から12月1日までの間希望退職者の募集を実施するとともに、AMDの縮小再編を企図して職員の営業適性の評価及び選別を行った結果、退職勧奨に応じない原告らを配置転換することとした。しかし原告については配転先が見つからないため、平成13年1月1日付けで原告を、「自らの能力・適性を見極め、それに合った職務を社外に求める」ことを業務とする人材開発室に配置転換した(第一次配転命令)。同年11月、被告は原告と面談し原告に社内他部署の面接を受けさせたが採用に至らず、やむを得ず総務部印刷発注室に新たに担当職務を創設した上で、同年12月に原告を配置転換した(第二次配転命令)。また、被告では内勤職員事務担当者について給与レンジと連動したタイトル制度を導入していたため、被告は原告に対し、低位のジュニアアソシエイトのタイトルを付与した。

 これに対し原告は、第一次配転命令は原告が退職勧奨に応じないことへの報復であり、第二に配転命令の配転先である発送室はセクハラが横行する部署で、ロッカールームの男女区分さえない劣悪な職場環境であって、現に原告は「母子家庭」と指摘されるなどしたことから、いずれの配転命令も無効であることを主張するとともに、ジュニアアソシエイトとタイトルを付与され、これに伴って給与を減額されたことからこれは無効であって、職務副長1級に相当するタイトルにあることを確認すること、原告は本来AMDの地位を有することから、現在元AMD職員のいるホールセールに所属する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める外、第一次配転命令及び第二次配転命令で著しい精神的苦痛を被り、第二次配転命令による配置先の発送室では業務上災害を負って労災補償を給付されるなどしたとして、慰謝料及2000万円及び給与差額合計2526万円の損害賠償を請求した。
主文
1 原告の平成12年12月18日付けの配転命令の無効及び平成13年12月17日付けのジュニアアソシエイトのタイトルの付与の命令の無効の各確認に係る訴えをいずれも却下する。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件配転命令について

(1)確認の利益

 原告は第一次配転の無効確認を求めるが、確認の訴えの利益は、原告の権利又は法律的地位に危険・不安定が現存し、かつ、その危険・不安定を除去する方法として、原告の請求について判決をすることが有効適切である場合に認められるのであって、原告に、過去に行われた第一次配転命令の効力を、しかも第二次配転命令が行われた後に確認する利益があるとは解されない。原告は、人材開発室への配置という不利益な評価がなされた以上、その無効を確認する利益はあるともいうが、原告は本訴において、発送室における就労義務の存否という現在の法律関係の確認を求めるだけでなく、第一次配転命令を違法として損害の賠償をも求めているのであって、やはり原告のこの点に係る訴えは却下を免れない。

(2)本件配転命令の効力

 本件就業規則は、「会社は業務の都合により職員に転勤・配置転換を命ずることができる」と定めており、被告はその裁量によって職員の勤務場所を決定し、その勤務場所において職員から労務の提供を求める権限を有するということができる。ただ、配置転換は、通常労働者の生活関係に少なからず影響を与えることを考えると、被告は上記権限を無制約に行使できることにはならない。そもそも業務上の必要性が存在しない場合、あるいは業務上の必要性が存在する場合であっても、配転命令が不当な動機や目的をもってなされたり、当該労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせることになるなど、その権限の行使が権利の濫用に該当する場合には、当該命令は無効というべきである。

 そこで本件についてみると、被告は営業体制の見直し、財務体質の改善等を図るため組織の再編を進めていたこと、そのため平成12年11月20日から12月1日までの期間希望退職者の募集を実施するとともに、業務効率・生産性の劣るAMDの縮小再編を企図して同職員の評価を行い、その選別を行ったこと、その結果、原告の平成11年度の目標遂行率が76.4%と他の職員に比して著しく低く(21名中20位)、平成12年度上半期の同遂行率も22名中12位とはいえ、38.3%に止まっていたことから、原告ら数名の職員をAMDから他の部署に配置転換することとしたこと、そこで被告は原告らの配置先を探したが、原告についてはこれを見つけることができず、人材開発室に配置したことが認められる。確かに人材開発室の業務は、自らの能力・適性を見極め、それに合った職務を社外に求めるというもので、同室の職員は、研修や支援会社による指導を受けながら、自宅勤務等を通じて自ら企業情報を収集し、出向先の開拓を行い、被告に対しこれらの活動報告を行うというのであって、従前AMD職員であった原告を人材開発室に配置すること自体に積極的な業務の必要があるとはいい難い。しかしながら、上記のとおり、被告は組織の再編を進めており、AMDについても大幅な縮小再編が予定されていたところ、部門間の配置転換について、配転元、配転先の管理者の合意が必要とされていたこともあって、原告を直ちに他の部署に配置することができなかったことに照らすと、その雇用を確保しつつ、原告を人材開発室に配置することに業務上の必要性がないとはいえない。

 原告は、人材開発室の存在自体が違法であり、第一次配転命令は、原告が退職勧奨を拒否したことの報復としてなされたものであると主張する。人材開発室での業務は、自らの能力・適性に合った職務を社外に求めるものである上、同室に配置された職員41名中38名が自主退職したこと、被告に対し、金融庁の検査の予告があった翌日(平成14年5月8日)に、事前の説明もなく、遡って(同年4月30日付)人材開発室が廃止されていることにも疑問がないわけではない。しかしながら、人材開発室は、本来配置転換等を考慮しても、被告内部にその経歴・経験等に見合うポジションを見つけることができない場合に、自らに適した職場を被告外に求めることを支援するために設けられた部署であり、その在籍期間も短期間とされていたこと、そして、原告と同時期に人材開発室に配置された職員7名のうち原告を含む3名は他部署への配転を果たしていること、原告についても、人材開発室に在籍していたのは平成13年1月からの約1年間で、その間、コンピューター関係を中心とした各種研修・セミナーを受講し、その結果、被告外に出向・転籍することもなく、第二次配転命令により発送室への配置が実現していることからすると、人材開発室での業務を命じること自体を、また人材開発室の存在自体を違法とまでいうことはできないし、これを退職勧奨拒否への報復と認めることもできない。原告は、第一次配転命令によって転居等を求められることもなく、給与についても、もともと職員個人の業績によって変動する業績給が、平成13年11月支給分以降、13万8700円から10万1630円に減額されたほかは、従前と同額の給与が支給され、これに加えて活動交通費及び通信費として月額1万円が支給されていたことに照らすと、第一次配転命令により原告が受ける不利益は、通常甘受すべき程度を著しく超えるものとはいえない。

 以上のとおり、第一次配転命令は、業務上の必要に基づくやむを得ない措置と解され、権利の濫用や信義則違反とはいえないし、その手続きについても、第一次配転命令を違法無効とするまでの瑕疵は認められない。

 被告は、第二次配転命令を行うに当たり、平成13年11月14日に面接を行い、その業務、給与について説明し、原告の意思を確認した上で、契約部への配置を検討したが採用に至らず、やむを得ずコーポレートサービス部門に属する発送室に、新たに事務担当職務を創設した上で第二次配転命令を行っていることが認められるのであって、これを違法無効ということはできない。原告は、AMDとして再配置可能であるにもかかわらず、原告をセクハラ行為の横行する劣悪な環境の中で、苛酷な肉体労働に従事させた旨主張するが、発送室における担当業務は、発送・在庫管理に関わる業務で、被告がその旨職員に周知していることに照らすと、原告の主張は前提を欠くというべきである。原告が主張するとおり、発送室での作業中に繰り返し打撲傷を負うなどにより、労働基準監督署長より療養補償給付の支給決定がなされたことは認められるが、発送室の職場環境が劣悪であり、セクハラ行為が日常的に行われていたと認めるに足りる証拠はなく、原告が発送室において苛酷な肉体労働に従事させられていたと認めることはできない。

2 タイトルについて

 原告は、ジュニアアソシエイトのタイトル付与の命令の無効の確認を求めるが、タイトルが給与レンジと連動しているとはいえ、原告には元々タイトルが付与されていなかったことを考えると、原告において、過去になされたタイトルの付与の命令の効力の確認の利益を有するとは解されない。

 また原告は、そのタイトルがアシスタントマネージャーであることの確認も求める。しかしながら、被告は平成11年11月1日、内勤職員事務担当者について独自の給与規程を定めるとともに、タイトル制を導入しているのであって、内勤職員事務担当者に該当しない原告については、AMD当時も人材開発室当時もタイトルは付与されていないこと、タイトルは内勤職員事務担当者の担当する職務の大きさ、責任の重さに応じて決定され、特定の職位の職員が特定のタイトルに移行するものではないことに照らすと、原告が当然に当該タイトルを有することにはならない。

3 ホールセールについて

 AMDはセールス部門に属し、ホールセールはインベストメント・プロダクツ部門に属する投資型商品部の一部署で、その部門を異にし、AMDからホールセールへの異動については、各部門の担当の合意を要する上、適用される給与規程も異なること、AMDとホールセールへとでは担当業務も異なること、被告は平成15年7月31日付けでAMDの担当業務から撤退しており、ホールセールはAMDの担当業務を承継していないことに照らすと、現在被告において、営業の業務を行っているのは、営業職員(保険外交員)を除くとホールセールに限られ、また、現にホールセールの職員28名中8名がAMDの職員であったからといって、原告が当然にホールセールに所属する労働契約上の権利を有するとはいえない。

4 慰謝料請求について

 原告は、本件配転命令により精神的苦痛を受け、皮膚炎等を発症するなどしたとも主張するが、原告が頭部脂漏性皮膚炎、慢性湿疹、口唇炎の診断を受けたのは、人材開発室への配置前の平成12年12月21日であるし、原告は同年3月1日、既に「二次感染を伴う脂漏性湿疹及び口唇炎との診断を受けていること、そして原告の主張する湿疹は、皮脂欠乏性湿疹、皮脂欠乏症、接触皮膚炎、脂漏性皮膚炎、アトピー性皮膚炎、顔面湿疹など、そのほとんどは原告の既往症、或いは先天的要因ないし細菌によるものと考えられるのであって、本件配転命令と相当因果関係を有すると解することはできない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例898号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。