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T保険会社契約係社員配転事件

事件の分類
配置転換
事件名
T保険会社契約係社員配転事件
事件番号
東京地裁 - 平成18年(ワ)第2001号、第15394号、東京地裁 - 平成18年(ワ)第16906号
当事者
原告(2001号) 個人28名
(15394号)個人5名
(16906号)個人13名
被告 株式会社
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年03月26日
判決決定区分
認容
事件の概要
 被告は損害保険業等を目的とする株式会社であり、原告らはいずれも合併前のN火災に雇用され、合併後は被告に雇用される損害保険の契約募集等に従事する外勤の正規従業員(RA)である。被告は平成17年10月7日、原告らに対し、1)RA制度を平成19年7月までに廃止し、2)RAの処遇については、代理店開業を前提に退職の募集を行う一方、継続雇用を希望する者に対しては、職種を変更した上で継続雇用するという方針を提案した(本件大綱提案)。

 これに対し原告らは、原告らと被告との間の労働契約はRAに限る職種限定契約であり、RA制度の廃止は、職種をRAに限定している原告らの労働契約上の地位を失わせること、RAの労働契約は転居を伴う異動は行わないという地域限定の合意があり、地域限定でこれまで築いてきた顧客との信頼関係を失うこと、これまで本人の意思に反して他の職種に配転されたRAはいないこと、経済的理由からRA制度を廃止するだけの高度の必要性は認められないことなどの理由を挙げて、RAとしての地位の確認を請求した。

 一方被告は、将来における法律関係の確認を求める訴えは不適法であること、経営上、RA制度の廃止は不可避であること、原告らとの労働契約は職種限定契約ではなく、RA制度廃止に伴って必要な経過措置を講じるなどにより、原告らに不当な不利益を与えることにないよう配慮していることなどを主張し争った。
主文
1 原告らと被告との間で、原告らが、平成19年7月1日以降、被告において契約社員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 確認の利益

 確認の利益の有無の判断に当たっては、1)確認対象の選択の適否、2)即時確定の利益の有無、3)確認訴訟によることの適否という観点から行うことが相当である。被告は、本件訴えが確認の利益を欠いていると主張するところ、確かに確認の訴えにおける確認対象は、原則として現在の権利又は法律関係であるのが通常である。しかし、権利又は法律的地位の侵害が発生する前であっても、侵害の発生する危険が確実視できる程度に現実化しており、かつ、侵害の具体的発生を待っていたのでは回復困難な不利益をもたらすような場合には、確認訴訟が有する紛争の予防的救済機能を有効かつ適切に果たすことができるといえるので、確認の対象として許容する余地があるというべきである。

1)被告は、本件大綱提案以降、RA制度廃止後のRAの処遇等については交渉に応じているものの、平成19年6月30日限りでRA制度を廃止するとの方針については、組合との合意は不要との姿勢を示していること、2)被告は本訴提起後も現在に至るまで、一貫してRA制度廃止は経営判断の結果であり変更の余地はないとの姿勢を堅持していることが認められる。このような被告の揺るぎない姿勢を前提にする限り、原告らが本訴提起のような対抗措置を執らなければ、被告が計画通りRA制度を廃止し、同年7月1日以降、原告らがRAとしての地位を失うことは確実と認めることができる。

以上からすると、被告がRA制度廃止を言明している時期まであと5ヶ月ほどを残す現

時点において、原告らにはRAとしての地位について危険及び不安が存在・切迫し、それを巡って被告との間に生じている紛争の解決のため、判決により当該法律関係の存否を早急に確認する必要性が高く、そのことが当該紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切な方法であると認めることができる。そうだとすると、本件訴えについて、確認の利益を認めることができる。

2 職種限定契約牲について

 RAの仕事は、地域に密着して長期間にわたって保険契約の募集等の営業活動に専念する業務であるため、転勤がないものとして募集しており、内勤社員とは別個の採用手続きをとっていたことが認められる。N火災及び被告は、地域に根ざし、顧客との永続的な人的信頼関係を基盤とする職種として、定期的な人事異動を前提とする内勤社員の人事体系とは区別された存在としてRA制度を位置付け、顧客との関係を断絶するような配転を行わないことに積極的意義を見出していたと考えられ、また、1)N火災は、内勤社員と外勤社員に同一の就業規則を適用していたものの、労働条件については、職場外での業務が多いというRAの特殊性から、みなし労働時間制を採用してきたこと、2)合併に際しても、地域密着型の販売基盤としてRAの存在意義を評価し、これを内勤社員とは別個の制度として維持する方針が確認されていたことが認められる。更に、RAの賃金体系は、収入保険料等の業績が直接支給額に反映される比例給に加え、固定的給与のうち固定給、年度評価給についても一定の仕組みで個人の業績が反映されるなど、相当な部分につき個々のRAの業績が反映される構造になっていることから、実質的には歩合給と言い得るものであり、内勤社員の賃金体系とは異なる内容であることが認められる。

 以上のとおり、RAの業務内容、勤務形態及び給与体系には、他の内勤社員とは異なる職種としての特殊性及び独自性が存在し、それ故、被告と原告らRAとの間の労働契約は、原告らの職務をRAとしての職務に限定する合意を伴うものと認めるのが相当である。

3 RA制度を廃止して原告らを他職種へ配転することの正当性の有無

 労働契約において職種を限定する合意が認められる場合には、使用者は原則として、労働者の同意がない限り、他職種への配転を命ずることはできないというべきである。しかし、社会情勢の変動に伴う経営事情により当該職種を廃止せざるを得なくなるなど、当該職種に就いている労働者をやむなく他業種に配転する必要性が生じるような事態が起こることも否定し難い現実である。そのような場合には、職種限定の合意を伴う労働契約関係にある場合でも、採用経緯と当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度、変更後の業務内容の相当性、他業種への配転による労働者の不利益の有無及び程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度、それを補うだけの代償措置又は労働条件の改善の有無等を考慮し、他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該職種への配転を有効と認めるのが相当である。そして、当該正当な理由の存否を巡って、使用者は、1)職種変更の必要性及びその程度が高度であること、2)変更後の業務内容の相当性、3)他職種への配転による不利益に対する代償措置又は労働条件の改善等正当性を根拠付ける事実を主張立証し、労働者は、1)採用の経緯と当該職種の特殊性・専門性、2)他職種への配転による不利益及びその大きさ等正当性を障害する事実を主張立証することになる。

 今日の損害保険業界の状況をみると、国内市場において大幅な成長を期待することは難しく、企業間競争の激化という厳しい情勢にある。被告は、RAの人件費の高さが収益悪化の主たる要因となっていると認識し、検討した結果、RA制度を維持したままその収益性を高めることは困難で、廃止やむなしとの結論に至った。被告が費差損の原因となっているRA制度の存廃を含めて抜本的な見直しに着手したことには合理的な理由があり、その判断過程や判断内容に特段不合理な点は見当たらないから、被告がRA制度を平成19年6月30日限りで廃止し、原告らの職種変更を行うことには、経営政策上首肯し得る高度の合理的な必要性があるものと認めるのが相当である。確かに原告らが主張するとおり、RA制度を廃止しなければ被告が直ちに経営危機に陥るような事情はおよそ認められないが、そのような状況に陥るまではいかに経済的に損失を生じさせる制度であっても、被告においてこれを維持しなければならない義務はない。

 被告がRA制度廃止後に、継続雇用を希望するRAの者に提示している業務内容は、1)代理店やグループ会社へ出向しての保険募集業務、2)代理店の新設、指導、育成、督励、監査等、3)各種事故相談、査定業務等であること、被告は継続雇用者の職務能力、経験、適牲と会社のポスト戦略を踏まえて配置する方針であることが認められる。そして、1)の業務は業務の内容にほとんど変更がないこと、2)の業務は従前からRAの業務の一部であり、かつ従前のRAの業務と密接な関係を有すること、3)の業務は従前のRAの業務とは異なることが認められる。以上によれば、被告がRA制度廃止後に継続雇用を希望している者に提示している業務内容は、長年RAの業務に専念してきた原告らに担当させる業務として不適当なものとはいえない。以上によれば、被告は、RA制度を廃止しそれに伴いRAの職種を変更することについて経営政策上首肯し得る高度の合理的な必要があること、被告が原告らに提示しているRA制度廃止後の業務内容は、これまでの経験、知識を活かすことのできる業務であって、不適当なものとはいえないことを立証することができている。そうだとすると、原告らにおいて、RA制度廃止に伴う不利益が大きい等の事実を立証することができない限り、被告の職種変更についての正当性を認めることになる。

 被告は、RA制度廃止初年度に限っては、平成18年度の年間総収入を保障する方針であるから、RA制度廃止初年度に定年退職する原告Aについては、賃金面での不利益はない。しかし、RA制度廃止2年度目以降についてみると、原告らが毎年中等のBランクの評価を受け、かつ年収の1.4倍以上の手数料収入を得て業績評価6ランクの評価を受けて、ようやく従前の水準の業績給を受けることができるに過ぎず、業績評価で6ランクに達しない場合には必ず業績給は従前の水準よりも減額され、しかも業績評価6ランクの条件である「年収の1.4倍の手数料収入」を上げるためには、従前RAとして得ていた保険料収入の2倍の収入を上げなければならない。しかし、国内の損保市場の成長が鈍化し、競争が激化している今日の状況下で、原告らRAが従前の2倍の保険料収入を上げることは常識的に容易でないと考えられる。更に原告らがRA制度廃止後に行う業務は、現在の業務と類似性又は関連性を有するとはいえ、代理店に出向して組織の一員としての役割を果たしているかという観点から人事考課を受けるのは初めてのことになるから、原告らが中等のBランクの評価を受けることが容易と認めることも困難というべきである。RAは転勤のない職種であったところ、原告らの継続雇用後の賃金体系に別居手当が含まれていたことからすると、職種変更後の原告らには転居を伴う異動もあり得ることになり、生活上の不利益が大きいといわざるを得ない。

 N火災が原告らを採用する際に、いかなる事態が生じても職種変更はしないというような絶対的な職種限定の合意をしたとまでは認められないし、RAに高い専門性が求められることはなく、顧客との永続的信頼関係を基盤としているといったRAの特殊性・独自性にあることからすると、RAを他の職種に配置すること自体が不相当とまではいえない。

 以上の検討結果によれば、被告がRA制度を廃止して原告らを他職種へ配転することに、経営政策上首肯し得る高度の合理的な必要性があること及び他職種の業務内容は不適当でないことが認められる。しかし他方で、RA制度の廃止により原告らの被る不利益は、転勤のないことについての保障がなく、生活の基礎となる収入の不安定性が予想され、とりわけ職種変更後2年目以降は、賞与相当分につき大幅な減収が見込まれる。そうだとすると、被告が原告らに提示した新たな労働条件の内容をもってしては、RA制度を廃止して原告らの職種を変更することにつき正当性があるとの立証が未だされているとはいえない現状にある。以上によれば、原告らと被告との間で、職種を限定する合意が認められ、原告らが他職種に転身することに同意していない本件にあっては、被告の主張は理由がない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働法律旬報1730号53頁
その他特記事項