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江戸川署長(S化工機技師)自殺控訴事件

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
江戸川署長(S化工機技師)自殺控訴事件
事件番号
高松高裁 - 平成21年(行コ)第4号
当事者
控訴人 国
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年12月25日
判決決定区分
控訴棄却(確定)
事件の概要
 Aは、大学卒業後の昭和62年4月、食品機械等の製造を業とするS化工機に入社し、設計技師として設計業務に従事していた。

 平成11年4月7日、AはS化工機の子会社のU農機(東京)に出向するよう内示を受け、出向は困難である旨訴えたが、結局これを受け入れ、赴任の準備等をした上、同年5月6日にU農機に着任した。

 Aは、同月8日、U農機のF常務から、取りあえずUFS-12の容器供給部の改造設計をするよう指示され、その作業に取り組んだ。Aは、翌9日、U農機のCADソフトがA化工機と違うことから、F常務に対し、S化工機へ帰って作業したいと申し出て許可され、同月11日徳島に帰り、同日から同月17日まで、S化工機で2名の協力を得て、UFS-12の改造設計作業を行った。この間Aは、休日はなく、7日間で25時間の残業を行った上、同月18日U農機に帰社し、F常務に業務報告をしたところ、F常務はAが異常なまでに自信喪失していたことから自宅へ帰し、Aは自宅療養に入った。Aはうつ病と診断され、通院治療していたところ、同年7月5日S化工機への配転が発令され、同年8月26日からS化工機に職場復帰したが、その後再びうつ病の症状が悪化し、同年11月2日から自宅療養をしていたところ、同月25日、自宅で縊死しているのが発見された。

 Aの妻である被控訴人(第1審原告)は、Aの死亡は業務上の理由によるとして、労働基準監督署長に対し、遺族補償給付等の請求をしたが、同署長はいずれも不支給とする決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、Aの自殺と業務との相当因果関係を認め、本件処分を取り消したことから、国(控訴人・第1審被告)は、これを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 当裁判所としても、被控訴人の請求をいずれも認容すべきであると判断する。

 Aについて、うつ状態の症状が現れたのは、A自身が自覚する平成11年5月8日頃のことであって、明らかにうつ病と診断されるべき時点は同月16日以降のことであるといえる。もっとも、うつ病の診断に関し、ICD―10では原則として各症状の持続期間は約2週間とし、重度の急性症状を呈する場合には、2週間未満でも重症うつ病の診断をすることを妨げないとされているとおり、うつ病は精神的負荷により突然発症するものではなく、症状が出る以前の段階、すなわち、平成11年4月頃から精神的な負荷による不安感等が生じていたと認めるのが相当である。

 Aは、それまで担当していたデザート機械の設計を完了し、その販売に意欲を燃やしていたところであって、Aにとって、S化工機勤続中に1度は出向等が命じられること自体は理解していたと認められるものの、本件出向命令は、その時期として予測していたものではなかったこと、U農機に出向することになれば、単身赴任にならざるを得ないが、そうなると家庭的には非常に困った状態となること、しかも出向期間は明示されず、前例からみて長期間にわたることも予想されること、これらの事情によれば、Aと同じ立場に置かれた平均人を基準としてみた場合に、一般に想定される在籍出向の事例と比較して、強い心理的負荷がかかったものといえる。

 U農機は、平成11年4月以降、殊に同年5月は恒常的に業務繁忙状態であったことが窺われる。Aは、S化工機において同社の支援の下で作業することを許可され、同月11日から17日まで、S化工機において2名の援助を受けて作業を行ったが、このような支援は本件出向に伴う臨時的な措置であったと推測され、S化工機とU農機が親子会社の関係にあることを考慮しても、その後も恒常的にAがS化工機に戻って設計を行い、あるいはS化工機の他の従業員の支援を受けられる見通しがあったとは考え難い。



 以上によれば、本件処分は違法な処分として取り消されるべきであり、処分行政庁としては、遺族補償給付及び葬祭料の給付決定をすべきである。
適用法規・条文
労災保険法12条の2の2第1項、16条の2、17条
収録文献(出典)
 労働判例2010号93頁
その他特記事項