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地公災基金宮崎県支部長(高校教諭)脳血管障害死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金宮崎県支部長(高校教諭)脳血管障害死事件
事件番号
宮崎地裁 - 平成6年(行ウ)第8号
当事者
原告 個人1名 
被告 地方公務員際災害償基金宮崎県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1996年09月20日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 T(昭和17年生)は、昭和41年4月に教員として採用され、昭和49年4月から県立日向工業高校の保健体育科教諭として勤務し、昭和57年以降学級担任は持っていなかったが、サッカー部の顧問、ブラスバンド部を担当し、昭和57年4月から昭和60年3月まで生活指導部主任を、同年4月から昭和61年3月まで生活指導部風紀係を、同年4月からは生活指導部活動係、保健体育部保健係・庶務係、図書選定委員、部活動委員及び生徒派遣委員を務めてきた。

 日向工業高校の勤務時間は原則として、月曜日から金曜日までは午前8時10分から午後4時45分まで(昼休み45分)、土曜日は午前8時10分から午後1時までであり、Tは週16時限の授業のほか、週1時限のブラスバンド部、週2時限の体育科会に参加したが、生徒指導及び高校総体の準備等のため帰宅後深夜に呼び出されたりすることもあった。

 日向工業高校は、男子生徒の比率が高く、非行生徒がかなりいて、いわゆる荒れた状態にあった。特に暴力事件を起こす生徒は、教員への暴力的反抗も辞さないという態度を示すことが多く、その指導は困難を極めた。そのため、同校では生活指導部への配属を希望する教員がほとんどいなくなってしまったこともあり、生活指導教員には学級担任を免除するという異例の措置が採られていた。Tは、昭和61年初め頃転勤を希望したが、校長から生活指導のため必要として慰留され、同年4月風紀係から部活動係に替わり、従来の生活指導に加え、部活動関係の仕事も処理しなければならないこととなった。

 昭和61年4月中旬頃、高校総体が同年6月1日から4日まで開催されることが決まり、Tは同年4月以降、他の教員6名と連携しながらその準備に取り組み、その約8割を受け持ったほか、サッカー部顧問として、高校総体参加のための準備を行った。Tは、高校総体期間中、生徒207名と教員36名の引率出張の取りまとめ役となり、またサッカーの試合では監督を務めたほか、他校間の試合では線審を務めるなどした。Tは、同月3日年休を取って他校間の試合を見学した後帰宅し、翌4日は代休を取ったが、午後に不純異性交遊の情報が入った生徒宅を監視、打合せなどして、午後7時40分頃帰宅した。

 Tは、同月5日、午前8時10分頃出勤し、朝礼に参加した後の午前8時50分頃授業を開始したが、頭痛のため自習を命じて教室を退出した。Tは激しい頭痛のため、体育教官室のソファに横になり、午前9時23分頃救急車で病院に搬送された。Tはその後も呼吸失調ないし無呼吸状態に陥ったほか、高熱を発する等症状は改善せず、同月7日に脳血管疾患により死亡した。

 Tの妻である原告は、Tの死亡は公務災害であるとして、地公災法に基づき、被告に対し、公務災害認定請求をしたが、被告は公務外認定処分(本件処分)をした。そこで原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対して平成2年12月20日付けでした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
1 公務上外の判定基準

 地公災法31条及び42条にいう「公務上死亡」とは、職員が公務に基づく疾患等に起因して死亡した場合をいい、疾患等と公務との間には相当因果関係があることを要し、その疾患等が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない。この相当因果関係を基礎疾患を有する職員について判断する際には、業務が基礎疾患を自然的経過を超えて急速に増悪させたことを要すると解される。更に、業務による負荷が職員の有していた基礎疾患の増悪に寄与したときのように、基礎疾患と業務の双方と死因となった疾患の発症との間に条件関係が認められる場合には、業務が疾患の唯一又は最も有力な原因であることまでは要しないが、原告の主張するように業務が他の原因とともに共働原因となっていれば足りるものでもなく、業務が他の原因と比較して相対的に有力な原因となっていること、すなわち、業務が当該疾病を発症させる危険を内在すると評価できることが必要である。

 ただし、脳血管疾患のごとく、疾患と業務との間に固有の関連が存在しない場合には、業務に当該疾患を発症させる危険が内在するかどうか及びその危険の現実化として当該疾患が発症したかどうかを評価することは困難であるが、発症前に、1)業務に関連してその発生状態を時間的、場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したことにより、又は2)通常の日常の業務(被災職員が占めていた職に割り当てられた職務のうち、正規の勤務時間内に行う日常の業務)に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事したことにより、医学経験則上、脳血管疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)を加齢、一般生活等によるいわゆる自然的経過を超えて急激に著しく増悪させ、当該疾患の発症原因とするに足りる強度の精神的又は肉体的負荷を受けていた場合には、業務に内在する危険が現実化したものということができる。

2 Tの基礎疾患及びその増悪

 Tは28歳頃軽度の高血圧症を発症し、30歳頃から37歳頃まで収縮期圧につき境界高血圧の状態にあったのであるから、同人は脳出血の素因を有していたものといえる。1)Tの7人の兄弟の血圧は正常であることに照らすと、同人が高血圧症の遺伝因子を有していたと認めるには足りず、2)Tはやや肥満型であったと診断されているが、その程度は軽微であったと推認され、3)塩分摂取量も長年意図的に制限され、4)飲酒の習慣を有していたものの、その摂取量は少ない等、同人に高血圧症の顕著な因子も認められない。ところが、Tの血圧は、生活指導部主任となった昭和57年4月から顕著な収縮期高血圧に転じ、これが本件被災まで継続し、脳出血を発症、死亡したのであるから、同人の高血圧症は自然的経過を超えて急速に増悪したものと認めることができる。

 Tは、1)28歳時から継続して高血圧症ないし境界高血圧状態にあったほか、2)本数は多くないとはいえ、喫煙の習慣を有し、3)やや肥満気味であり、4)生活指導等の公務に長期間従事したことによるストレスが蓄積していたものと認められ、5)生活指導やサッカー部の指導に没頭し、更に高校総体用資料をほとんど1人で作り上げていた等の動脈硬化の危険因子を有していた。したがって、Tは脳出血の発症までに基礎疾患としての動脈硬化症を発症しており、これが高血圧症による血行力学的影響と相まって脳出血を発症したものと推認することができる。

3 業務の過重性

 Tは約4年間の長期にわたり、概ね週20時間を超える時間外勤務を継続しており、通常の日常の業務に比較して量的に過重な業務に従事していたということができる。また、当時日向工業高校が非行等の多い高校であったことを反映して、Tにかかる生活指導教員としての負担が重かったことが認められる。生徒の生活指導がTに時間的に不規則で、量的に予測しにくい根気を要する仕事を強いるものであることに鑑みれば、これに本件高校総体の準備及び参加する生徒の引率等が重なったことにより、同人は通常の日常の業務に比較して特に質的に過重な業務に従事していたということもできる。

4 過重な業務と基礎疾患の増悪との間の因果関係

 肉体的・精神的ストレスが単独で持続的な血圧上昇や動脈硬化をもたらすことについて確実な医学的証拠はない。しかしながら、緊張を強いられる職域では高血圧症の発症頻度が高く、また過大なストレスにさらされている人については動脈硬化疾患率が高率に発生している等、長期間の社会・心理的ストレスと高血圧症等の関連を示唆する調査結果等により、経験的に関連性を認めることができる。更に本態性高血圧患者では精神的ストレスによる血圧の上昇が正常血圧社に比べて大きく、動物実験等でも、過大なストレスが負荷された場合に、一時的ないし持続的な血圧上昇が招来され、血管が硬化するような物質が動物の体内に多量に生産されるという結果が得られている。これらによれば、過大な肉体的・精神的ストレスが慢性的に続く場合、程度の差はあっても、動脈硬化や持続的な血圧上昇等のストレスが病的症状を伴うものと推認することが可能である。

 本件においても、過重な業務が長期にわたったこと、業務が過重になった時期と境界高血圧が高血圧症に転じた時期とが一致していること、本件被災の前に約4年間にわたる過重業務に対する回復措置が採られていないこと及びTにおける食餌因子は小さいことが認められることから、Tの高血圧症及び動脈硬化症が死亡の原因となる重篤な症状に至ったのは、業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができる。

 右に検討したとおり、Tの脳出血とこれによる死亡は、単なる公務の機会に発生した偶然の出来事ではなく、同人の公務遂行の状況及びこれによりもたらされたと考えられる精神的肉体的ストレスが相対的に有力な原因となって、同人の有していた高血圧症が自然的経過を超えて増悪したものと推認することができ、Tの死亡原因となった右脳出血の発症と公務との間には相当因果関係があり、Tは「公務上」死亡したものというべきである。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条
収録文献(出典)
労働判例711号83頁
その他特記事項
本件は控訴された。