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大阪(運送会社)急性心不全死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 大阪(運送会社)急性心不全死事件
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成10年(ワ)第3607号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- 通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年02月19日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- D(昭和19年生)は、昭和58年9月、被告に就職し、以後被告大阪営業所堺出張所においてトラック運転手として、牛乳パック等の集配業務に従事していた。堺出張所の業務には市内の牛乳配達のほか、岡山への長距離輸送等があり、現業部門のおおよその労働時間は、始業時刻午前4時30分、終業時刻午後1時30分、休憩適宜1時間、休日4週4日であった。
Dは、入社以来7年以上にわたって、牛乳等をトラックで、堺出張所から奈良県内の各スーパー、販売店に配送する業務(従前業務)に従事しており、午前4時30分までに堺出張所に出勤し、主に1リットル牛乳パック12本入りのケースを約250ないし280ケース程度を、フォークリフト等を利用してトラックに短時間で積み込み、午前5時頃出発して各店舗に配送していた。最初の店には概ね5時40分頃到着し、その後1店舗当たり約10分から15分程度の間に牛乳の降ろし作業及び前日運んだ牛乳の空ケースの回収を行い、約10分から15分間隔で店舗を回り、午前10時30分頃堺出張所に戻った。その後30分程度休憩の後第2便の荷降ろし作業を手伝い、午後12時過ぎ頃第2便の配送のため出発し、帰宅するのは午後5時30分から6時頃であった。Dは、昭和62年4月以降、年休を2日取ったのみであり、その他には1ヶ月に3日程度の不定期の休日があったが、休日でも急に欠勤した他の従業員の代わりに出勤することがあった。
Dは、従前業務を過酷に感じたため、平成2年12月頃から出張所長に対し、コースを変更して欲しい旨申し出たが、同所長は直ぐにはこれに応じなかった。Dは平成3年1月頃から、同僚や妻に対し、体調不良、不整脈感、頭痛等を訴え、耳鼻咽喉科で受診し、三叉神経痛と診断された。出張所長は平成3年2月20日からDを新しい業務(新業務)を担当させ、従前業務より大きい新車が使用された。
同月23日、Dは午前4時58分に出勤し、午前6時13分に茨木食品センターに到着し、最低気温―0.8度の中、指定のドック前で待機していたところ、その間に運転席で意識不明で倒れていた。Dは直ちに救急センターへ搬送されたが、午前9時18分に急性心不全による死亡が確認された。
Dの妻である原告A、Dの子である原告B及び同Cは、Dの死亡は過重労働に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、葬儀費用100万円、逸失利益5809万円余、死亡慰謝料5000万円、弁護士費用1000万円を被告に対し請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し金2324万6910円、同B及び同Cのそれぞれに対し金1162万3455円並びにこれらに対する平成3年2月23日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その4を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 業務と死亡との相当因果関係
自動車の運転はもともと精神的緊張を伴う上、Dの従前業務は、拘束時間が7年以上にわたり、早朝から夕刻まで1日13時間を超え、しかも配送時間を遵守して、その間に十数店舗回り、合計3t以上の牛乳パックケースを積み降ろさなければならず、その労働密度は高いといえ、このような勤務の継続がDにとって精神的身体的にかなりの負担となり、これが徐々に蓄積されて、慢性的な疲労をもたらしたと認められる。また冬季には、早朝の寒冷下における荷物の積み降ろし作業が身体に負荷を与えていたと考えられる。他方、このような過重な労働が続いていたにもかかわらず、1ヶ月に3日程度の休日しか取らず、また無遅刻・無早退を4年以上続けており、かなりの疲労の蓄積は免れなかったと認められる。その後、Dの担当業務は、本件発症の4日前に新業務に変更になったが、新業務は従前業務に比べれば、走行距離が短く、拘束時間も短いといえるが、新業務に変更になった直後においては、運転車両の変更、配送方式の変更などの業務環境の変化によって、相当の精神的ストレスがあったと認められる。したがって、Dが新業務に従事するようになった後も、慢性的身体的負荷による疲労が持続しており、これが回復するに至っていたとはいい難い。
ところで、Dは、突発性の不整脈を原因疾患とする可能性も否定できないものの、冠動脈硬化を原因とする急性心筋梗塞により死亡したと認めるのが相当であり、過労や精神的ストレスが急性心臓死を引き起こす重要な要因であることは良く知られているところである。以上を総合考慮すれば、本件においては、Dは従前業務の過重労働により、慢性的な身体的肉体的疲労状態にあり、更に新業務による新たな精神的ストレスが加わるなどして、Dの有していた冠動脈硬化を、自然的経過を超えて急激に著しく促進させたため、Dが急性心筋梗塞により本件発症に至り、その結果死亡したと認めるのが相当である。
これに対し被告は、Dの体質、喫煙、加齢等の危険因子によって日常生活においても心筋梗塞が発症する程度の冠動脈硬化が増悪していた旨主張する。しかし、46歳という年齢が冠動脈硬化の危険性がある重要な要因とはいえない。また、1日約20本という喫煙は冠動脈硬化を進展させる因子と考えられるが、上記認定の過重労働以上の要因とは認められない。したがって、冠動脈硬化の主たる原因は業務にあったと認めるのが相当である。
2 被告の責任の有無
Dの従前業務は、勤務時間が長時間にわたる上、業務内容も過重であったと認められるところ、被告は、Dの業務が過重であったことを容易に認識し得たのであり、このような過重な業務が原因となって、Dが心筋梗塞などの虚血性心疾患を発症し、ひいてはDの生命・身体に危険が及ぶ可能性があることを予見し得たというべきである。そして、被告は、業務量などを適切に調整するための措置として、Dの健康状態に配慮し、Dの担当コースや配送方法などを早期に変更したり、適宜、休日を取らせるなどすることが著しく困難であったとの事情はないことが認められる。そして、被告がその措置を講じていれば、Dは本件発症を免れていたということができる。それにもかかわらず、被告は、Dに過重な労働を7年以上も強いたため、Dに本件発症に至らしめたというべきであるから、被告にはDの健康を損なうことがないように注意する義務の違反があったというべきである。よって、被告は、民法715条により、Dの死亡の損害について賠償義務を追うというべきである。
3 寄与限度額
Dは、生前1日20本程度の煙草を吸っており、またDの喫煙開始時期は明らかではないが、本件事故時のDの年齢が46歳であったことを考慮すれば、喫煙期間が20年以上であったことが窺われる。本件において、喫煙がどの程度Dの冠動脈硬化に寄与したかは必ずしも明らかではないが、1日20ないし29本喫煙する者の虚血性心疾患による死亡率は、非喫煙者のそれの1.7倍とされており、喫煙が冠動脈硬化に寄与する度合いは決して無視することはできない。加えて、Dにあっても、早期に医師の診断を受けるなどして、自らの健康を積極的に保持するべく措置すべきであったということができる。以上の各事情を総合考慮するとき、民法722条2項の法理に従い、損害の公平な分担の観点から、Dの死亡による損害のうち、20%の割合で減額するのが相当である。
4 損害額
葬儀費用として100万円を認めるのが相当である。Dの基礎年収は459万8812円であり。生活費控除率を30%、就労可能年数を20年とし、ライプニッツ係数12.462として算定すると、逸失利益は4011万7276円となる。死亡慰謝料は2400万円、寄与度減額は20%であるから、寄与度減額後の額は5209万3820円となる。原告らはこれを各相続割合により取得したから、その各損害額は、原告A2604万6910円、原告B及び同Cは各1302万3455円となるところ、原告らは被告から見舞金として1000万円を受領しており、これを各原告の損害から控除し、弁護士費用を原告A220万円、原告B及び同C各110万円とすると、原告らの各損害は、それぞれ、原告A2324万6910円、原告B及び同C1162万3455円となる。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条、722条2項
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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