判例データベース
警視庁警部補脳内出血控訴事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 警視庁警部補脳内出血控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成21年(行コ)第345号
- 当事者
- 控訴人 地方公務員災害補償基金
被控訴人 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年05月20日
- 判決決定区分
- 控訴棄却
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審原告)は、昭和45年1月に警視庁巡査として採用されて以後、警察官として公務に従事し、平成11年4月からは警視庁第一自動車警邏隊第2中隊小隊長として勤務していた。
本件発症前6ヶ月間の被控訴人の時間外勤務時間数は、発症前1ヶ月目から6ヶ月目まで、それぞれ、66時間30分、4時間、20時間30分、15時間30分、8時間30分、2時間であった。この期間中、原告は日常業務のほか、拳銃及び薬物所持の被疑者検挙のほか、凶器携帯の軽犯罪法違反、覚醒剤取締法違反、軽犯罪法違反の各被疑者を検挙した。
被控訴人は、平成14年1月10日から31日まで、講義及び実技指導からなる警察緊急自動車運転技能中堅指導者専科教養の研修を受け、研修後の同年2月3日、巡査長ととともに警邏中、挙動不審の外国人に対して職務質問及び所持品検査をしたところ、同人が覚醒剤、大麻及びコカインを所持していたことから同人を現行犯逮捕し、併せて同人を銃砲刀剣類所持等取締法違反容疑で現行犯逮捕した。
同月13日から19日まではブッシュ大統領夫妻来日警護のため、警視庁全庁を挙げて二部交替制勤務が実施されたところ、被控訴人は、同月11日から二部交替制勤務に就くよう指示され、同日8時30分から翌12日15時45分まで拘束31時間15分、勤務時間29時間の勤務を行い、同月13日から翌14日まで、同月15日から16日もほぼ同様な勤務を行った。原告は、同月17日午前7時25分に出勤し、同僚とともに、警邏用無線自動車で警視庁第一方面本部に到着し、指示を受けた後実地調査を行って帰庁して昼食を摂っていたところ、午前11時40分頃、左手が動かず、呂律が回らない状態となって、病院に搬送されて診察を受けた結果、脳内出血(本件疾病)と診断されて、開頭血腫除去手術、頭蓋形成術を受けた。
被控訴人は、本件疾病のため、左上下肢麻痺、高次脳機能障害の後遺症が残り、平成16年5月14日警視庁を退職した。被控訴人は、控訴人(第1審被告)に対し公務災害認定請求をしたが、控訴人は本件疾病の発症を公務外災害と認定する処分(本件処分)をした。被控訴人は、本件処分の取消しを求めて、審査請求及び再審査請求を経て本訴を提起した。
第1審では、被控訴人の本件発症と公務との間に相当因果関係を認め、本件処分を取り消したため、控訴人は、本件発症は被控訴人の基礎疾患が視線の経過にとって増悪したものであって、公務に起因するものではないと主張して控訴に及んだ。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 原判決主文1項に「被告」とあるのを「地方公務員災害補償基金東京都支部長」に更正する。 - 判決要旨
- 当裁判所も、被控訴人の脳内出血は、その基礎疾患等が同発症前1週間に従事した特に過重な公務の遂行によりその自然の経過を超えて急激に悪化したことによって発症したとみるのが相当であり、被控訴人の脳内出血とその公務の遂行との間に相当因果関係を求めることができるから、被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断する。
正常血圧の者に比べ拡張期血圧が95mmHg以上の例では、脳出血の相対危険度が40‾59歳で9.0倍高まることが報告され、また、60歳以上男女580名の追跡調査では、脳卒中発症率は至適血圧の者が1000人当たり7.3であるのに対して、重症高血圧の者の場合61.7とされるなど、高血圧と脳卒中罹患・死亡率との間には段階的な正の相関があるとされていること、更に「高血圧治療ガイドライン2009」によれば、重症(度)高血圧は他のリスク要因がなくても高リスクとされており、血圧以外のリスク要因として、糖尿病のほか、高齢(65歳以上)、喫煙、脂質異常症、肥満、メタボリックシンドローム、若年(50歳未満)発症の心血管病の家族歴が挙げられ、リスク第三層(糖尿病、慢性腎臓病、臓器障害/心血管病、3個以上の危険因子のいずれかがある)は正常高血圧又は軽症(度)高血圧でも高リスクとされていることが認められる。被控訴人は、平成11年4月6日、高血圧症のほか、高脂血症と診断され、平成13年1月23日、糖尿病を指摘されており、3個以上の危険因子があり、また糖尿病も指摘されていることに照らして、リスク第三層に位置付けることができ、かつ、血圧のリスク要因に照らして、高リスクに位置付けることができる。
被控訴人は、本件疾病である脳内出血の最も重要な危険因子である高血圧症(中等症との境界域に近い重症高血圧症)であったところ、控訴人は、被控訴人が糖尿病を併発していることで、脳心血管リスク層別で最も危険度の高いリスク第三層に位置付けられ、他に発症要因がなくてもその自然の経過により脳出血を発症する寸前まで進行していたと認められることを主張する。被控訴人の糖尿病については運動と食事についての注意がされたほかは具体的な治療は行われておらず、その程度は未だ軽度のものであることが窺われるし、この点を別としても、糖尿病は脳梗塞及び虚血性心疾患の主要な危険因子とされているものの、脳内出血の危険因子になることまでは明らかにされていない。被控訴人が脳心血管リスク階層別で最も危険度の高いリスク第三層に位置付けられるとしても、他に発症要因がなくてもその自然の経過により脳内出血を生ずる寸前まで進行していたとまで認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 地公災法26条、28条、29条、45条1項
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1330号101頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 - 平成19年(行ウ)第421号 | 認容 | 2009年10月01日 |
東京高裁-平成21年(行コ)第345号 | 控訴棄却 | 2010年05月20日 |