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京都下労基署長(女性社員集団いじめ)精神障害事件(パワハラ)

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
京都下労基署長(女性社員集団いじめ)精神障害事件(パワハラ)
事件番号
大阪地裁 - 平成20年(行ウ)第144号
当事者
原告 個人1名 

被告 国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年06月23日
判決決定区分
認容
事件の概要
 原告(昭和40年生)は、大学卒業後の昭和62年4月にF社に入社し、平成7年11月に主事補、平成10年11月、役職制度の改定で課長補佐職となった女性である。

 原告は、平成9年4月以降第3営業部や業務支援グループに配属されたが、営業活動を行うことなく、それまでと同様、主としてパソコン操作の講習等の業務、書類の取りまとめやデータの入力、支社独自のホームページの作成等を行ってきており、一部の職務を除いて4級職の女性社員が行う補助的な職務が多くなっていった。

 原告は、平成10年5月頃、同僚のDからメールマガジンの配信業務を引き継いだところ、顧客情報が何カ所も入れ替えられていた(1事象)。原告は、平成12年6月以降、DやGら同僚女性社員数名から、営業の仕事もしていない、職務等級が自分らより上の6級であるのにそれに相応しい仕事をしないで高い給料をもらっている等と妬まれていた。なお、同僚女性社員の多くは4級で、Dは5級であったが、4級職と6級職とでは給料が1.5倍以上の差があった。平成12年6月頃、原告が第3営業部の勉強会に参加した際、Dから「あなたが参加して意味があるの」等と文句を言われ、次回の勉強会に欠席したところ、Dから同僚の前でいい加減な人と言われた。原告は、平成12年6月頃から、Dを中心とする女性社員により聞こえるような態様で非難され、積極的に悪口を言われるようになった(2事象)。原告は平成13年5、6月頃、N課長(男性)から飛び蹴り等の真似を複数回された(3事象)。原告は平成13年6月に開催された営業拡販会議で受付業務を行ったところ、受付支援に来ていた女性社員らから悪口を言われた(4事象)。原告は、Q課長から平成13年3月、背中を撫で回され、同年10月の歓送迎会の際、掘り炬燵の中で足を触られたり、すれ違った際にお尻を触られたりした(5事象)。原告は平成14年6月頃、同僚Eから質問を受け、パソコン操作を教えてケーキをもらったところ、女性社員から、ケーキに釣られて仕事をする女などと陰口を受けた(6事象)。同月7月頃、原告がミスした直後に女性社員らからお互いに目配せして冷笑するなどされた(7事象)。原告は、平成14年10月、コピー作業をしていた際、女性社員から、「私らと同じコピーの仕事をして高い給料をもらっている」と言われた(8事象)。同年11月上旬、いじめの中心人物であったDの席が原告の近くになり、Dらから「これから本格的に苛めてやる」と言われた(9事象)。原告は、同月22日、得意先を対象としたファミリー会の受付を担当していた際、Eが原告の面前で大阪の社員に対し、「幸薄い顔して」等と悪口を言われ、その後間を置くことなく休職に入った(10事象)。

 原告の上司であるUは、原告からいじめや嫌がらせについて複数回相談を受け、そこで上記のようないじめについて聞かされてその一部については認識していたが、Uは原告に忠告はしたものの、会社として何らかの対応をするまでには至らなかった。原告と同じグループにいたWは、平成14年夏頃、原告からDら同僚女性社員によって集団いじめを受けていること、Q課長から送別会でセクハラを受けたことについて相談を受けたが、何らの対応を採ることもなかった。
 原告は、平成14年11月25日から休職し、翌26日に病院で診察を受け、医師に対し一連のいじめについて話したほか、同年12月17日に精神科の専門医を受診したところ、「不安障害、うつ状態」との診断を受け、2週間に1回程度の割合で通院を続けた。原告は、精神障害の発症は、同僚等の職務に伴ういじめと、それに対する適切な措置が会社において採られなかったという業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づいて労働基準監督署長に対し療養補償給付を請求したところ、同署長はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 京都下労働基準監督署長が、平成18年5月9日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 精神障害の業務起因性の判断基準

 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の傷病等について行われるところ、労災保険制度は「業務に内在又は随伴する危険が現実化して使用者の支配下で労務を提供する労働者に傷病等を負わせた場合には、使用者が、その過失の有無にかかわらず、労働者の損失を補償するのが相当である」という危険責任の法理に基づくものである。

 業務と精神障害の発症・増悪との間の相当因果関係の要件であるが、「ストレス−脆弱性理論」を踏まえると、ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるといえることが必要とするのが相当である。そうすると、本件疾病と業務との間で相当因果関係が認められるか否かを判断するに当たっては、本件疾病発症前の業務の内容及び業務外の生活状況並びにこれらによる心理的負荷の有無及び程度、更には原告側の反応性及び脆弱性を総合的に検討し、社会通念を踏まえて判断するのが相当ということになる。

2 業務の過重性

 原告は同僚女性社員から妬みをかっているような状況にあったところ、原告は休職に入る前に同僚ないし上司等に対して同僚女性からの原告に対するいじめについて相談したりしていること、また、原告は、少なくとも平成12年4月から平成14年11月までの間に同僚女性やNからいじめや嫌がらせを受けていること、そして、上司であるUも原告に対するいじめの内、一部について自身で体験して気付いていること、原告が休職した以降ではあるが、新任の支社長が就任挨拶の中で、いじめのような下らないことがないよう話していること、更に休職後、原告は診察を受けた医師やカウンセラーにいじめや嫌がらせの具体的な事象を話していることがあるところ、以上を総合すると、原告主張に係る2ないし4の各事象、6ないし10の各事象のようないじめや嫌がらせは存在したこと、また同女性社員らに原告に対するいじめや嫌がらせは他の人が余り気付かないような陰湿な態様でなされていたこと、それを原告が認識し、深刻に悩みUらに相談していたことが推認される。

 なお、原告が主張する1事象は平成10年5月当時のことで、仮にその事実が認められるとしても、原告が問題とする精神障害発症の4年以上前の出来事であって、しかも、原告は、平成12年6月頃からDら女性社員数名が原告に聞こえるような態様で原告を非難する言葉を言ったり、積極的に悪口を言ったりすることが始まった旨主張していることを踏まえると、1事象は本件疾病発症の原因となったことまで認めることはできない。

 原告に対するDら同僚女性社員のいじめや嫌がらせは個人が個別に行ったものではなく、集団でなされたものであって、しかも、かなり長期間継続してなされたものであり、その態様も甚だ陰湿であった。以上のような事実を踏まえると、原告に対する上記いじめや嫌がらせはいわゆる職場内のトラブルという類型に属する事実ではあるが、その陰湿さ、執拗さの程度において、常軌を逸した悪質ないじめ、嫌がらせともいうべきものであって、それによって原告が受けた心理的負荷の程度は強度であるといわざるを得ない。しかも、原告に対するいじめや嫌がらせについて、上司らは気付くことがなく、気付いた部分についても何らかの対応を採ったわけでもない。原告は、意を決して上司等に相談した後も会社による何らの対応ないし原告に対する支援策が採られなかったため失望感を深めたことが窺われる。

3 本件疾病発症までに起きた業務外の出来事や原告の反応等

 原告は、まじめで責任感の強い性格ではあるが、臨床検査技師もロールシャッハテストの結果、ストレス耐性も人より高く、思考も柔軟で、臨機応変な態度で臨むことができそうである旨判断している。以上の事実を踏まえると、原告はその性格が脆弱と判断することができず、かえってそのようなことがなかったことが窺われる。その他本件全証拠によるも、原告が殊更脆弱であることを認めることができない。

 原告は、休職前の平成14年9月4日、右乳房硬結、左乳腺線腫瘤と診断されているが、同疾病は良性であると推認されるところ、以上の事実を踏まえると、原告が同疾病によって強い心理的負荷を受けたとまで認めることはできない。

4 業務起因性の判断

 以上認定した事実を踏まえると、平成14年11月頃原告に発症した「不安障害、抑うつ状態」は同僚の女性社員によるいじめや嫌がらせとともに会社がそれらに対して何らの防止措置もとらなかったことから発症したもの(業務に内在する危険が顕在化したもの)として相当因果関係が認められる。そうすると、本件疾病と業務との相当因果関係(業務起因性)を認めなかった本件処分は取消しを免れない。
 ところで、本件疾病と業務との相当因果関係は被告が主張する判断指針によっても肯定されるというべきである。原告に対する同僚の女性社員からのいじめや嫌がらせは常軌を逸したともいうべきものであって、それによって原告に与えた心理的負荷の程度は「」(強度)で、それに対する会社の対応策もなく、上司に相談したにもかかわらず防止措置や改善策が採られず、「出来事に伴う変化等」に係る心理的負荷が「相当程度過重」であって、その総合評価が「強」と認められるというべきである。職場以外の心理的負荷は認められず、原告自身の個体側要因も認められないから、本件疾病は業務により発症したものというべきである。
適用法規・条文
労災保険法13条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2086号3頁
その他特記事項