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宮城(大手運送会社等)自殺控訴事件(派遣)

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
宮城(大手運送会社等)自殺控訴事件(派遣)
事件番号
仙台高裁 - 平成22年(ネ)第305号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 株式会社(A)、株式会社(B)
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年12月08日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
 被控訴人(第1審被告)Aは貨物自動車運送業を主な目的とする会社、被控訴人Bは労働者派遣を業とする会社であり、Mは平成12年7月に短期アルバイトとして被控訴人Bに雇用され、被控訴人Aの東北支店仙台店に配属になり、平成13年6月に被控訴人Bの契約社員になった。

 Mは、遅くとも平成15年以降、被控訴人Aの仙台店において貴重品係として顧客が指定した貴重品の仕分けを担当していた。Mの勤務は常夜勤務であり、所定労働時間は午後7時から翌午前4時まで、週休1日制であり、平成17年9月から平成18年3月までの月間時間外労働時間数は、最長103時間、最短26時間、平均約70時間であった。

 Mは平成18年2月頃、帰宅後疲れを訴えるようになり、同年3月に入って発熱や嘔吐があったほか、1日に2回ないし6回下痢があり、十二指腸潰瘍、急性胃炎等の所見が認められた。Mは同月27日、自宅内で首を吊って自殺したところ、Mの母親である控訴人(第1審原告)は、労働基準監督署長に対し、Mの自殺は業務上災害であるとして遺族補償一時金及び葬祭料を請求したが、同署長はこれを不支給とする処分をした。この処分は結局、再審査請求により取り消され、控訴人は上記の支給を受けた。

 控訴人は、被控訴人らには安全配慮義務違反があったとして、被控訴人らに対し、逸失利益7277万円余、慰謝料4000万円等総額9334万円余を請求した。

 第1審では、Mがうつ病を発症していたとしても、業務起因性が認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。

2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
判決要旨
 当裁判所も、Mがうつ病を発症していたと認めるに足りる証拠はなく、仮にうつ病を発症していたとしても、それが仙台店における業務によるものとも認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件請求は理由がないと判断する。

1 Mの労働時間について

 控訴人は、タイムカード等によればMは1時間の休憩時間すら与えられていない日もあり、また原判決が小休憩としたのは単なる手待ち時間に過ぎないのに、これを休憩時間に加えて休憩時間を過大に認定し、その結果、労働時間を過少に認定した誤りがあると主張する。しかし、タイムカードには休憩時間は打刻されないし、小休憩の間は持ち場を離れて喫煙所や休憩所で過ごすこともできたのであるから、貴重品室に待機して貴重品を仕分けするという同人の業務内容に照らせば、この時間帯は労働から解放されていたというべきであって、これを休憩時間として拘束時間から差し引いたことに問題はない。

2 Mの睡眠時間について

 控訴人は、Mには出勤前の起床困難といった顕著な睡眠障害が発生していたとされることをもって、睡眠が不足していたかのように主張し、Q医師の意見書には、確かに平成17年夏前にはMに出勤前の起床困難といった顕著な睡眠障害が発生している旨の記載があるが、原判決の言渡し後になされたQ医師への説明の内容は明らかに変遷しており、この変遷につき合理的な説明もされていないから、控訴人の説明の内容は信用することができず、したがって、これを前提とするQ医師の意見書も採用できない。そして、平成17年11月頃の近隣の新築工事による騒音に起因する一過性のものを除き、他にMに睡眠障害があったことを窺わせる的確な証拠はない。

3 Mのうつ病罹患について

 控訴人は、Mが自殺したという一事をもってうつ病に罹患していたと推定されるとの経験則が存在するかのように主張するが、自殺の原因は多種多様であり、このような経験則が存在するとは到底認められない。また控訴人は、Mに精神科の受診歴がなく、同人が死亡している以上、うつ病に罹患していたか否かは関係者から聴取した断片的なエピソードから判断せざるを得ないとした上で、E医師の意見書は十分な信用性があるとも主張する。当裁判所も、一般論として、控訴人の主張するような手法によりうつ病罹患の有無を診断し得る場合があることを否定するものではない。しかし、E医師の意見書については、同医師が判断の根拠としたMの超過勤務時間や連続出勤日数及び同人の業務内容に関する資料が実際と異なり、また平成18年2月頃からMに不眠が認められた事実もにわかに認め難いのであるから、判断の根拠となった資料が正確とはいい難く、にわかに採用することができない。

4 Mのうつ病及び自殺の業務起因性について

 控訴人は、Mがうつ病に罹患して自殺したという前提で、上記罹患及び自殺には業務起因性がある旨主張するが、Mがうつ病に罹患していたと認めるに足りる的確な証拠はなく、また、仮にMがうつ病に罹患していたと認める余地があったとしても、Mの業務内容が、うつ病を発症させるような強度の心理的・身体的負荷を及ぼすものであったとはにわかに認めることができない。Mの職場や家庭における言動に鑑みれば、同人は、同居する姉の家庭を含む一家6人の生計を維持するために、高額の収入を得られる深夜勤務を恒常的に続けてきたが、このような昼夜逆転した生活を将来にわたって継続することに疑問や焦燥を感じ、転職も考えたものの、収入が下がることや家族への配慮等から踏み切れなかった上、そのような自己の葛藤と当の家族が必ずしも理解してくれていないとの思いから、将来を悲観して自殺したというような事態も可能性としては否定することはできず、Mの自殺がうつ病の発症によるものとか、自殺が業務に起因するものとにわかに断定することは困難である。以上によれば、原判決は相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2096号3頁
その他特記事項