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海上自衛隊電測員暴行・恐喝等自殺事件(パワハラ)

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
海上自衛隊電測員暴行・恐喝等自殺事件(パワハラ)
事件番号
横浜地裁 - 平成18年(ワ)第1171号
当事者
原告 個人2名 亡A承継人兼本人B、亡A承継人C

被告 国

 個人1名 D
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年01月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 甲は、原告亡Aと原告Bの子であり、原告Cは甲の姉であって、原告Aが本訴提起後の平成21年3月3日に死亡したことにより、原告BとともにAの原告の地位を承継した。

 甲は、高校卒業後1年間カナダに留学し、帰国後の平成15年8月21日付けで海上自衛隊横須賀教育隊に入隊した。甲は同年12月18日付けでたちかぜに船務科電測員として乗組を命じられ、平成16年6月1日付けで1等海士に昇進した。

 たちかぜは、平成16年8月から10月までの間は、大半の時間停泊しており、乗組員は夜間に外出し、外出先で宿泊することができ、甲は、同年9月1日から10月26日までの間、遅刻や欠勤をすることなく、同期間の56日間のうち、36回外泊し、当直日数は11回であり、そのうち被告Dとの当直は3回であった。

 被告Dは、平成16年当時2等海曹であったが、たちかぜ勤務が長かったため、「主」的存在になっており、後輩隊員が業務上のミスをした場合や、機嫌が悪い場合に、怒鳴りつけたり、平手や拳で顔面や頭部を殴打したり、足蹴にするなどの暴行をした。また被告Dは艦内でナイフを製作したり、エアガン等を持ち込んで、後輩隊員らに向けて発砲するなどした外、平成15年12月頃から、後輩隊員に対してアダルトビデオなどを高額で売りつけるなどしたが、被告Dの上司らは、これを知りながら、厳しい注意をすることがなかった。

 被告Dと甲は、平成15年12月ないし平成16年10月当時、ともに同じ班に属する電測員であり、直属の上下関係にはなかったが、被告Dは平成16年2、3月から9月頃まで、甲に対し平手で頭を殴打したり、足蹴にすることなどがあり、その回数は少なくとも10回以上に及んだ。また被告Dは、平成16年春頃から8月頃まで、甲に対してエアガン等を用いてBB弾を撃つことがあった外、同年9月頃、甲に対し、2回にわたりアダルトビデオ100本程度を合計8〜9万円で売りつけ、同年10月初め頃、ビデオ業者の会員名簿に記載された甲の氏名を抹消すると騙して、5000円を巻き上げた。一方、甲は、平成16年3月から貸金業者から借入を行うようになり、借入額は順次増加し、死亡した当時少なくとも6社に対し200万円余の債務を負っていた。

 甲は、平成16年10月27日午前10時32分頃、京浜急行線立会川駅構内において電車に飛び込み轢死した。当時甲が所持していたノートには、「お前だかは絶対許さねえからな、必ず呪い殺してやる」といった被告Dに対する恨みや、友人への感謝などが記載されていた。

 甲の両親である原告A及び原告Bは、甲の自殺は、被告Dによる暴行や恐喝によるものであり、被告Dの上司はこれを知りながらその行為を止めなかった安全配慮義務違反があったとして、被告Dに対しては不法行為に基づき、国に対しては国賠法に基づき、逸失利益4897万4214円、甲の慰謝料5000万円、葬儀費用150万円、原告ら固有の慰謝料各1000万円、弁護士費用各600万円を請求した(訴訟途中で原告Aが死亡し、Cがその権利を承継したため、原告の請求額を原告B及びCが相続したため、請求額は。原告Bについては9928万4238円、原告Cについては3359万4746円となった)。
主文
1 被告らは、原告Bに対し、連帯して330万円及びこれに対する平成16年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告らは、原告Cに対し、連帯して110万円及びこれに対する平成16年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用はこれを30分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
判決要旨
1 被告Dの責任について

 被告Dは、平成16年2月ないし3月頃から、遅くとも同年9月頃まで、甲に対し10回程度以上平手で頭を殴打したり、足蹴にするなどし、数回以上にわたりエアガン等を用いてBB弾を撃つ暴行を行った。また被告Dは甲に対し、2回にわたりアダルトビデオ販売の名目で合計8〜9万円を要求してこれを受領し、更に同年10月初め頃、騙して5000円を受領した。これは、甲が上記の暴行及び同僚隊員に対する暴行により被告Dを畏怖していた状況に乗じて行われたものであり、甲に対する恐喝行為であるといえる。被告Dが甲に暴行を行っていたこと、アダルトビデオの代金が非常に高額であること、当時甲は貸金業者から借入をするなど、経済的に困窮していた状況にあったことからすれば、甲が自由な意思により上記ビデオを購入したとみることは困難であり、被告Dに対する金銭の支払いは恐喝によるものというべきである。

 そうすると、被告Dの甲に対する上記暴行及び恐喝(本件暴行等)については不法行為が成立するが、被告Dの甲に対する暴行は、甲の業務に対する不満などを契機としてなされた「行き過ぎた指導」というべきものが含まれる一方で、エアガン等による狙い撃ちなど、職務とは全く関係なくなされたものもあり、その一部については国賠法1条1項に基づき被告国が損害賠償責任を負う反面、その範囲では公務員個人の責任は免責されると解さざるを得ないから、被告Dの責任は、同人の職務につきなされたとは認められない甲に対する暴行及び恐喝に限られるというべきである。

2 被告国の責任について

 国賠法1条1項にいう加害行為は、職務行為自体である場合のほか、職務遂行手段としてなされた場合や、職務の内容と密接に関連し、職務行為に付随してなされる行為も含まれ、客観的、外形的にみて、加害公務員の行為が社会通念上職務の範囲に属すると見られる場合を含むと解される。

 被告Dは甲の上司には当たらないから同人に対する指導、教育の権限を有しないが、先輩隊員として指導的立場にあり、日常の業務の中で後輩隊員の業務を指導することは許されていたと認められるから、業務上の不満を抱いた際の暴行については、客観的、外形的にみて被告Dの職務の内容と密接に関連し、職務行為に付随してなされたものといえ、これについて被告国は同条項の責任は免れない。

3 因果関係について

 甲が自殺時に所持していたノートには、遺書というべき記載が残されており、その中には、被告Dへの激しい憎悪を示す言葉が書き連ねていたのであり、甲が経済的窮迫状態にあったところに恐喝行為によって多額の金員をせびり取られたことによる打撃、それが今後も続くことへの絶望感が自殺の直接の契機になったことが窺える。更に被告Dによる後輩隊員への暴行は、甲の自殺した月になっても続いていて、これがいつまた自分に向けられるかわからないと同人が認識していたことも容易に推認できるところであり、このように被告Dがたちかぜの艦内で思うがままに粗暴な行動をすることが続いていたことも甲を自殺に追い込んだ重要な要因と考えられる。

 確かに甲が経済的に相当程度窮迫した状況にあったことは事実だが、甲の借入金額は200万円前後であり、その収入と比較すると直ちに自殺という事態を招くものとまではいえない。甲が闇金業者からも借入れをしていたことを窺わせる事情もあるが、自殺を念慮するほどの厳しい取立てを受けていたことを具体的に認めるに足る証拠はない。以上を総合すると、上記各事情は、被告Dの行為とともに甲が自殺を決意する一要因となったとまではいえても、被告Dの行為がなくとも自殺したことを窺わせるに足る事情とまではいえない。

 以上によれば、甲の自殺の原因は、同人の経済的窮迫という事情に加えて、被告Dから暴行。恐喝を受けたこと、これが今後も続くと予想されたことにあったと認めるのが相当である。したがって、被告Dの不法行為及び上司らが被告Dの指導監督義務を怠り、被告Dの暴行や規律違反行為を止めることができなかったことと甲の自殺との間には事実的因果関係を認めることができる。

4 損 害

 本件暴行等は落ち度のない甲に対し一方的に行われた卑劣なものであり、加害者である被告Dの想像以上に甲の物心両面に与えた打撃は深刻なものであったと解される。しかし、被告Dは甲のみを狙い撃ちにして強い暴行を加えていたとはいえず、エアガン等による暴行が平成16年9月以降甲に加えられていたとは認められず、同年10月になされた金員の授受も5000円に留まっていた。また甲と被告Dはたちかぜにおいて同じ電測員であったものの、日中は各々別個の持ち場で業務に従事しており、更にたちかぜは一旦出航した場合は昼夜を問わずその中に留まらざるを得ないなど、極めて特殊な勤務環境であることは否定し得ないものの、Eは平成16年6月からは艦外に住居を持っており、同年9月から10月にかけてはたちかぜがほぼ停泊状態であって、当直に当たっていない日の夜間はほぼ外泊し、被告Dと同日に当直に当たっていたことも僅か3回であったなど、死亡前に被告Dとの接触が際立って多かったなどの事情は認められない。これらの事情と甲の死亡直前の言動を総合すると、甲が自殺に至るまでの間に少なくとも被告Dの前で自殺の危険を窺わせる兆候を見せたとは認められず、また被告Dにおいて、本件暴行等により甲が自殺することまで予見することができたとまでは認められない。すると、被告Dの不法行為による損害賠償及びこれによる被告国の国賠法1条1項による損害賠償の範囲を決めるに当たって、甲の死亡によって発生した損害については、被告Dの不法行為との間に相当因果関係があるとは認められない。

 そうすると、被告Dは、エアガン等を用いた暴行及び恐喝により甲が被った精神的苦痛に対する慰謝料について賠償責任を負う。また被告Dについては、一部の暴行等について不法行為が成立しない部分もあるが、被告Dの不法行為が直接の加害者のものであることを考慮すると、このことを理由に被告Dに対する慰謝料が被告国に対する慰謝料に比べて低廉となるべきではない。以上、諸般の事情を考慮すると、被告Dに賠償を命ずべき慰謝料の額は、400万円をもって相当と認める。また、被告国においても、同様に被告Dの不法行為のうち職務の執行に関してなされたと認められる部分についての国賠法1条1項の責任及び被告Dに対する指導監督義務違反についての国賠法1条1項の責任に基づき、被告Dが甲に対して暴行、恐喝などを加えたことによる慰謝料を賠償すべきところ、その金額は400万円をもって相当と認める。そして、弁護士費用相当損害金は、原告Bについて30万円、同Cについて10万円を相当と認める。
適用法規・条文
民法709条、国家賠償法1条1項
収録文献(出典)
労働経済判例速報2103号3頁
その他特記事項