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学校法人B(教授懲戒解雇)事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 学校法人B(教授懲戒解雇)事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成21年(ワ)第12202号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 学校法人B - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年09月10日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告はB大学等を設置する学校法人であり、原告は、昭和41年3月にB大学を卒業後、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、平成20年10月当時、B大学の教授の地位にあった者である。
平成15年10月に被告学長選挙が実施され、O理事兼教授ら3名が立候補した。この選挙期間中、差出人不明の3通の告発文書(本件怪文書)が大学内数カ所にファックスで送信され、その内容は、殺人事件への関わりなどO理事を激しく非難するもの(怪文書1、2)、S理事長の放漫経営を非難するもの(怪文書3)であった。原告は告発文の発信を認め、S理事長に対し「反省・謝罪」と題する書面を提出した上、勤務していた本件研究所長の地位を辞する旨申し出たところ、S理事長は本件謝罪文を受けたが、それ以上原告の責任を問うことなく、他の理事も原告の責任を追及することはなかった。
平成17年3月、S理事長は辞任し、平成18年5、6月頃から、一部の右翼集団が、被告の新校舎建築に関して不正な資金が被告関係者に流れたとして、理事長宛に公開質問状を送付した上、大学キャンパスの周辺で街宣活動を行うなどした。
平成20年2月11日、原告はLと共同して、ホテルにおいて「B後援会発会 E先生を語る集い」を開催したが、被告はこの集会に先だって「B」の名称の使用を禁ずる旨警告を発していた。そして、被告は、同年10月9日開催の理事会において、同日付けで原告を懲戒解雇することを決議し、同月22日付で懲戒解雇する旨を記載した通知書を原告宛てに送付した。その懲戒事由は、1)原告がB大学の講座を担当せず、その他の教育にも従事していない、2)研究成果と評価されるものが発表されていない、3)多数回の海外・国内出張の成果が発表されていない、4)平成15年の学長選挙の際に、特定の候補者に対する人身攻撃を内容とするファックスを送信した、5)平成20年2月11日、B大学とは無関係であることを明示して行うべき要請を無視して、大学後援会発会記念と題する集会の開催を強行した、6)実体のない国際文化スポーツ交流協会を代表すると称して、モンゴル政府とモンゴルF大学の設立に関して折衝する際、B大学教授の名称を使用した、7)Nに記載の論考中に、大学教授の論考の最低水準を大幅に下回っているものがある、8)原告の金銭借入により多重債務者として差押さえ命令がなされており、B大学は東京法務局に毎月供託し続けている。これらは被告の名誉・信用の侵害、職務上の義務違反を懲戒事由とする教員規則に違反するというものであった。
これに対し原告は、同年11月17日、本件雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、地裁に対し労働審判を申し立てるとともに、被告B大学の学長ら十数名に対し、本件懲戒解雇に抗議する旨の文書を送信した。平成21年4月13日、上記労働審判事件は本件訴訟に移行したが、その最中の平成21年10月16日、被告理事会は、原告に対する予備的懲戒解雇処分を行うかどうかについて審議し、聴聞委員会の設置を決議し、同委員会に対し原告の非違行為の有無の確認とともに、懲戒処分の種類について諮問した。同委員会は同月19日、(1)出張の実体、(2)理事長に対する誹謗文書の配付等、(3)暴力団関係者との交際、(4)詐欺行為、(5)理事の退職を目的とする集会の強行、(6)その他学内外における言動の各項目の事実が判明したならば本件教員規則21条に則り処分されるべきと思料する旨の議事を行い、原告に弁明の機会を与えるため同委員会に出席を求めたが、原告は訴訟が係属していることなどを理由として、これを拒否した。そこで被告は、同月28日の理事会において、原告の行為が本件教員規則に違反するとして、原告を同日付けで(予備的)懲戒解雇をする旨原告に通告した。
これに対し原告は、本件各懲戒解雇はいずれも無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、未払の賃金の支払いを制球した。 - 主文
- 1 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、49万2310円及びこれに対する平成20年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成20年12月から本判決確定の日まで、毎月25日限り月額70万3300円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 懲戒解雇処分の有効要件
労働契約法15条の内容は、1)懲戒処分の根拠規定が存在していること(有効要件1))を前提に、2)懲戒事由への該当性(有効要件2))、3)相当性(狭義の懲戒権濫用。有効要件3))の3つの有効要件から構成されているものと解される。本件懲戒解雇は、本件教員規則20条、21条5号を根拠としており、有効要件1)を満たす。2)及び3)の各有効要件の有無は、それぞれ「労働者の行為の性質及び態様その他の事情(性質・態様等)」、すなわち当該労働者の態度・動機、業務に及ぼした影響、損害の程度のほか、労働者の情状・処分歴などに照らし判断する必要がある。
次に懲戒処分が有効とされるには、労働者の当該行為が就業規則上の懲戒事由に該当し、「客観的に合理的な理由があると認められること(有効要件2))」が必要であるところ、本件教員規則所定の懲戒事由は余りにも広範かつ抽象的であり、合理的な限定解釈を施す必要がある。すなわち、懲戒権は、単に労働者が雇用契約上の義務に反したというだけでは足りず、企業秩序を現実に侵害したか、少なくともその具体的な危険性が認められる場合に発動することができるものと解され、この理は本件教員規則所定の懲戒解雇事由の該当性判断にも妥当する。このように解すると、当該労働者の行為が、本件教員規則の懲戒解雇事由に該当するためには、形式的に「教員としてふさわしくない行為を行い、学園の名誉若しくは信用を傷つけたとき、又は職務上の義務に違反し、若しくはこれを怠ったとき」に該当するだけでは足りず、当該行為が「被告の学内秩序を著しく侵害ないし混乱させ、あるいはそうさせる具体的な危険性が認められること」が必要であって、この場合に限って、当該非違行為は、本件教員規則所定の懲戒事由に該当すると認めるに足る「客観的に合理的な理由」があるものと解するのが相当である。
更に懲戒処分が有効とされるには、有効要件2)を満たすことを前提に、当該懲戒が、当該労働者の行為の性質・態様等その他の事情に照らし、社会通念上相当なものと認められること(有効要件3))が必要であるが、ここで「その他の事情」としては懲戒処分に対する使用者の対応が重要とされ、とりわけ本件との関係では、懲戒権の行使時期の選択の妥当性が問題になる。
2 本件各懲戒解雇理由は有効要件2)を満たすか
(1)本件懲戒理由4)について
原告は、被告B大学の学長選挙の期間中である平成15年10月8日から15日にかけて、多数の教職員に対し、立候補していたO理事を殺人教唆者呼ばわりし、あるいは無知無能と決めつける誹謗中傷文書を送信・配付するとともに、当時のS理事長の大学経営を放漫経営として一方的に非難し、同理事長を誹謗・中傷する文書を送信したことが認められる。これらの各文書の配付、送信の宛先は被告教職員の範囲にとどまっているが、いずれも公然とO理事やS理事長らを誹謗中傷するものであり、名誉毀損罪ないし侮辱罪に該当し得るものであって、これは「教員としてふさわしくない行為」の最たるものに該当しよう。また、本件各文書は、被告学長選挙の最中に多くの被告教職員に対し送信・配付されたものであり、学外の第三者に伝播する可能性も十分認められ、しかもO理事は学長選挙にも立候補し、学内外からの注目を集めていた人物である。このような人物を何の根拠資料もなく殺人の教唆者呼ばわりし、あるいは無知無能と決めつける本件怪文書1、2は、O理事の名誉を侵害するだけでなく、被告学長選挙を混乱に陥れ、その価値や公平さを疑わせ、ひいては被告の社会的評価なり信用を著しく低下させるに足るものであったことは否定し難い。加えて、本件怪文書3は、些か品位に欠ける表現を一方的に使用し、S理事長を誹謗・中傷するものであるところ、単なるS理事長個人の問題を超え、被告である学校法人Bの経営体質そのものを誹謗中傷するに等しい文書であるとみることができるから、本件怪文書3もまた被告の社会的評価なり信用を大きく傷つけ、ひいては被告の学内秩序を著しく混乱させるものであったといって良い。そうすると、本件各怪文書を多数の被告教職員に送信・配付した原告の上記行為は、「教員としてふさわしくない行為」であることはもとより、被告の「名誉若しくは信用」を傷つけ、これにより少なくとも被告の学内秩序等を著しい混乱に陥れ、あるいはその具体的な危険性を有する行為であったということができる。よって、原告の上記行為は、その性質・態様等に照らして本件教員規則所定の懲戒事由に該当すると認められるだけの「客観的に合理的な理由」があるものといえる。
(2)本件予備的懲戒解雇理由(2)について
本件解雇理由のうち、一部は本件解雇理由4)と同様又は密接な関連を有しているが、懲戒処分の後において現理事長に対しS理事長と同様の誹謗中傷を加える嘘の内容の書面を被告関係者の外、裁判所にも提出したという懲戒解雇後の原告の行為を問題にしているから、両者は一定の関連性を有するものの、実質的に同一視することはできない。処分後の書面において、原告は再び殺人事件に言及し、O理事(現理事長)の関わりを指摘しているが、本件怪文書の配付事件に関するS理事長らの対応は、もはや本件各怪文書事件について懲戒処分に付されることはないであろうとの期待を原告に抱かせるに足るものであった。そうだとすると、このような原告の期待に反する形で断行された本件懲戒解雇処分に対する反論書の内容が些か激烈なものになることは往々にあり得るところであって、その文中に客観的な事実と異なり、特定人の名誉等を害しかねない記載が含まれていたからといって、そのことから直ちに原告は専ら被告の学内秩序を混乱させる等の違法・不当な目的で本件反論書を作成したとみるのはやはり無理がある。そうすると、本件予備的懲戒解雇理由(2)に関する原告の行為には、それだけでは本件教員規則所定の懲戒解雇事由に該当するだけの「客観的に合理的な理由」があるとはいい難い。
(3)本件解雇理由5)及び本件予備的解雇理由(5)について
原告は、被告の改革を目指してB後援会組織を立ち上げるための集会を呼びかけたところ、平成20年2月8日、被告は原告に対し「本集会は学校法人の意に反して行うものであるから、「B」の文字を使用しないこと」を要求する通知書を原告に送付した。同月11日の集会には「B後援会発足記念」と表示されたが、被告といえども当然の如くかかるB後援会の立上げ及び本件集会の中止を求める権利はない。そうだとすると、上記のような被告の要求に反して本件集会が開催されたからといって、原告が職場秩序維持に非協力的であるとか、教員としての品位に欠け、被告の名誉と信用を低下させるものでないことはもとより、B大学教授の地位を利用して自己の利益を図るものであるということはできない。また被告の後援組織を立ち上げ、その創設者を称える集会を開催することは、直ちにB大学教授としての業務遂行上の妨げになるものではなく、これらの原告の行為をもって直ちに本件教員規則に違反するとする被告の主張は失当である。よって、本件懲戒解雇事由5は、有効要件2)を充たさない。
(4)本件懲戒解雇理由3)及び本件予備的懲戒解雇理由(1)について
原告は、平成15年から同19年にわたり、被告の費用で多数回国内及び海外出張をしていること、その費用は総額191万円余に達していること、原告はその成果を発表していないことが認められる。しかし被告は、出張した教員に対し、その研究成果を公表することを強く要請せず、しかもその成果等を記載した報告書等を提出するよう注意を喚起したことはもとより、その未提出を理由に懲戒処分等を行った事実もないから、上記原告の行為は、仮に大学教授としての職務上の義務に違反するとしても、被告の学内秩序等を著しい混乱に陥れたり、あるいは侵害するような性質のものであったとは認められない。そうすると、本件処分理由3)は、有効要件2)を充たさない。
被告は、原告がエチオピア国及びモンゴル国への出張に際して、被告が承認した目的とは無関係の活動を行ったとして、教員規則違反を主張するが、モンゴル国への出張に際して原告がその出張目的と無関係の活動を行ったことを認めるに足る証拠はない。他方エチオピア国への出張については、被告が出張目的として承認したスポーツ施設等に関する調査とは異なる活動をしていたことは否定し難いが、そのことから直ちに出張目的として承認された調査を怠ったとは必ずしもいえない。むしろ、原告はその翌年5月にも調査目的でエチオピアの大学に出張していることからみて、たまたま平成17年11月の同大学出張においては親善使節団としての役割が重なっていたに過ぎないもので、エチオピア国への出張に際して、親善使節団としての活動もしていたからといって、その一事をもって原告が被告教職員としての遵守事項に抵触し、教員規則にいう「職務上の義務」に違反する行為を行ったものとは認め難く、ましてや被告の学内秩序を著しく侵害ないし混乱に陥れる具体的な危険性まで認められないことは明らかである。よって、本件予備的懲戒処分理由(1)は、有効要件2)を充たさない。
(5)本件懲戒処分1)、2)及び7)について
被告は、原告が少なくとも10年間、いずれの学部の講座も担当せず、その他全く教育に従事せずに、職務を怠ったと主張するが、学部講座を担当するかは原告本人の意思や努力ではいかんともし難い性質であることなどからみて、原告が退職までの10年間、被告のいずれの学部の講座も担当していなかったからといって、そのことから直ちに職務上の義務に反するものとはいい難い。被告の、B大学教授として十分な研究・教育活動を行っていないとの評価が正しいとしても、それは一種の債務不履行の問題を生起されるに止まり、直ちに被告の学内秩序を侵害したり、その具体的な危険性を生じさせるような筋合いのものではない。更に本件懲戒解雇以前に、被告が原告に対し、その教育活動のあり方等について、具体的な注意指導等を行ったことを認めるに足る証拠はない。そうすると、本件解雇理由1における原告の行為には、その性質・態様等に照らして本件教育規則所定の懲戒解雇事由に該当すると認められるだけの「客観的に合理的な理由」があるとはいい難い。本件解雇理由2)の、「研究成果と評価されるものを発表せず、発表した論考の大部分は他人の著作の引用である」との被告の主張にはそれなりの理由があるともいえるが、そもそも被告B大学が、原告に対してどの程度のレベルの研究成果を要求していたのかは必ずしも明らかではなく、むしろ、被告の主張にあるようなレベルの論考が昭和63年から幾度となく公にされてきたにもかかわらず、本件懲戒解雇まで被告は何ら疑義を呈さずにいたというのであるから、被告は原告に対して、それほど高いレベルの研究成果等を求めてはいなかったものとみることもできる。そうなると本件懲戒解雇理由2)は、一種の債務不履行の問題を生起させるに止まり、直ちに被告の学内秩序を著しく侵害したり、あるいはその具体的な危険性を生じさせるような筋合いのものではない。本件懲戒解雇理由7)については、確かにその学術性には疑問なしとしない。しかし、本件研究所において、原告の論文等に対して「大学教授の論考の最低基準」を充たさないとの判断が下された事実はないというのであるから、こうした経過等からいうと、原告の各論考の掲載行為が本件教員規則にいう「教員としてふさわしくない行為を行い、学園の名誉」を傷つける行為には当たらないというべきである。よって、本件懲戒解雇理由1)、2)及び7)はいずれも有効要件2)を充たさない。
(6)本件懲戒解雇理由6)について
原告は、平成19年1月頃、実体のない国際スポーツ交流協会の理事長として、モンゴル政府と大学の設立に関して折衝し、その過程で、両国の若者を対象に体育の指導者を養成し、卒業者に学位等の資格を与えることなどを目的とする契約を締結し、原告の記名がある契約書を取り交わしているが、その契約書において使用しているのは「国際スポーツ協会理事長」であって、「B大学教授」の肩書きは使用していない。確かにその契約書の目的では「B大学の○○教授」という名称が使用されているが、かかる名称使用によって被告に法的にはもとより事実上も何らかの不利益なり迷惑が生じるものとは到底いい難く、またその使用方法は社会通念上是認される範囲を超えるものではない。したがって、原告の上記名称使用は、本件教員規則にいう「教員としてふさわしくない行為を行い、学園の名誉」を傷つける行為には当たらないというべきである。よって、本件懲戒解雇理由6)は、有効要件2)を充たさない。
(7)本件懲戒解雇理由8)について
原告は、平成15年11月25日付債権差押命令により、被告に対する給与請求権が差し押さえられたのを皮切りに、平成18年までの間に10件以上もの給与請求権に対する債権差押えを受け、その合計は優に1億円を超えていることが認められるものの、このことが原因で破産開始決定を受けた事実はなく、またその他に被告の社会的評価なり信用に何らかの悪影響を及ぼした形跡は認められない。よって、本件懲戒解雇理由8)は、有効要件2)を充たさない。
(8)本件予備的懲戒解雇理由(3)及び(4)について
原告は、遅くとも平成3、4年頃から、暴力団組長と親交があり、債権の取立てを依頼することができるほどの関係にあったこと、その関係が平成11年頃まで続いたことが認められる。しかし、それ以外の暴力団幹部等については原告が同人らと何らかの接触を持った形跡は認められるものの、その具体的な交際の時期、期間、内容・程度等については、これを認定するに足る的確な証拠はない。そうすると、本件予備的懲戒解雇理由(3)のうち認定し得る事実は、「原告がH組組長と交際を持った」ことに止まるところ、かかる原告の行為は、本件教員規則にいう「教員としてふさわしくない行為」であって、被告の「名誉若しくは信用」を傷つける行為であるように見えるものの、上記関係は本件予備的懲戒解雇から約10年も前に終了し、それ以降はかかる原告と暴力団員との交際が原因で被告の学内秩序に悪影響を及ぼすようなトラブル等が発生した形跡等は全く窺われないのであるから、上記交際事実だけでは、本件教員規則所定の懲戒解雇事由に該当すると認められるだけの「客観的に合理的な理由がある」とはいい難い。よって、本件予備的懲戒解雇事由(3)は、本件有効要件2)を充たさない。
原告は、平成19年11月2日、B大学教授として、Lとともに商事会社の創業者Qに対し常務理事への就任を依頼し、その運動資金として1億円を交付させ、返還を求められてもこれを拒絶したことが詐欺行為に当たり、本件教員規則に抵触するものとして懲戒解雇理由とされた。確かにQは、LらがQを常務理事に就任させる旨の念書を差し入れたことから、これを信用し被告の改革資金として1億円を原告らに提供したという関係が成立しているように見える。しかし、被告常務理事への就任はLの取組如何によって必ず達成されるという筋合いの問題ではなく、このことはQにおいても十分認識していたものというべきであり、そうだとすると、QがLらに対し1億円もの大金を交付した理由は、その資金面での援助等を通じて、自らが代表取締役を勤める商事会社を関東へ進出させるための足がかりを作ることにも力点があったものと認める余地が十分にある。いずれにせよ、Qにおいて、Lらの言葉を真に受け、上記運動資金として1億円を貸し付けたことを推認することはできない。そうすると、本件予備的懲戒解雇理由(4)に沿う事実は認められないことになるから、本件予備的懲戒解雇理由(4)は、有効要件2)を充たさないというべきである。
3 本件各懲戒解雇処分は有効要件3)を充たすか
本件各懲戒理由のうち有効要件2)を充たすものは、本件懲戒解雇理由4)及び本件予備的懲戒解雇理由(2)の2つだけである。
認定した事実によると、原告が本件懲戒解雇理由4)に沿う事実、すなわち本件怪文書の送信、配付行為を敢行してから約5年間が経過した平成20年10月に至って漸く、被告理事会は原告に対し本件懲戒解雇処分を行っており、このような懲戒解雇権の行使は、その時期の選択を誤ったものとして社会通念上相当か否かが問題となるが、懲戒権をどのように行使するかについて使用者は、処分の選択及び行使時期を含めて裁量権を有するものと解されるから、企業秩序違反行為から長期間が経過しているからといって、そのことから直ちに当該懲戒解雇が社会通念上相当性を欠くことにはならない。もっとも、懲戒解雇の制裁罰としての本質及びこれに由来する手続的安定性確保の要請に照らすと、使用者の上記裁量権には自ずから限りがあると解され、1)労働者の企業秩序違反行為が懲戒解雇事由に該当する場合であっても、長期間の経過によって企業秩序が回復し、その維持のために懲戒処分を行う必要性が失われた場合、あるいは2)合理的な理由もなく著しく長期間を経過して懲戒権を行使したことにより、懲戒処分は行われないであろうとの労働者の期待を侵害し、その法的地位を著しく不安定にするような場合などには、例外的に懲戒権の濫用を構成するものと解するのが相当である。S理事長は、本件怪文書について、本件謝罪文書を受けただけで、原告の責任を問うべく理事会の開催等を求めることがなかった対応からみて、S理事長は、個人的にはもとより理事長としての立場においても、本件各怪文書の件について原告を事実上不問に付したとみるのが自然であり、その他の理事らの対応は、少なくとも原告との関係では、S理事長の上記対応を黙認したものと受け止められても仕方のないものであったといわざるを得ない。そうすると本件懲戒解雇処分は、原告の期待を奪い、その法的地位を著しく危うくするものであって、その意味において社会通念上相当性に欠けるものといわざるを得ず、懲戒権の濫用に当たるというべきである。よって、本件懲戒解雇理由4に基づく本件懲戒解雇処分は、有効要件3)を充たさないというべきである。
以上の次第であるから、本件各懲戒解雇処分は、有効要件2)ないし同3)を充たさず、結局いずれも無効であることに帰着する。 - 適用法規・条文
- 労働契約法15条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1018号64頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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