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学校法人T学園内部告発懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
学校法人T学園内部告発懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成21年(ワ)第23314号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年01月28日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、服飾専門学校を及び短大を経営する学校法人であり、原告は、昭和46年に当時の文部省に入省し、平成17年3月に退職するまで各国立大学で勤務し、平成17年10月に嘱託職員の被告短大の学務課長として、1年契約で雇用された者である。原告は、平成18年4月1日から平成19年3月25日までの雇用契約を締結し、平成18年11月1日、被告専門学校の総務課長に配置換えとなった。その後原告は、平成19年4月1日、被告との間で期間の約定のない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、被告総務部総務課長と被告専門学校総務課長の兼務を命じられた。

 原告は、理事長Dが退職金規程にないルールを、役員報酬規程の細則に特例を設ける形で、勝手に正規の手続きを経ないで作成したこと(内部告発1))、Dは自ら招聘した文科省OBのEに理事長を譲ると同時に、自分が顧問として残れるよう顧問契約書を部下に命じて作成させ、週1回、各5時間の勤務に15万円の報酬を支払うこととしたこと(内部告発2))、Dは故Tの遺産2億円余を原資に「T記念服飾文化研究センター」の設立構想をぶち上げたこと(内部告発3))、原告は平成21年3月10日、Dから「お前のような奴は文部科学省の面汚しだ」などと罵倒され、Eからも何回も辞めろと言われたこと(内部告発4))を、偶さか知り合った週刊誌記者に通報し、平成21年3月3日をもって雇止めとするとの通知受ける一方、同年4月1日、被告総務部総務課長及び被告専門学校総務課長の兼務を免じ、当分の間事務局付とする旨の発令を受けた。これに対し原告は、これら解職及び減給処分は人事権の濫用に当たり無効であるとして労働審判を申し立てたところ、その第1回期日前である同年6月4日、同月10日付けで懲戒解雇するとの通知を受けた。その懲戒解雇理由は、1)上司に無断で週刊誌記者の取材に応じ、公にされることを承知で外部に漏らすべきでない情報を漏らし、乗っ取り、食い潰し、私服を肥やすなどの誹謗中傷を重ねて、それらが全国に流布されたこと、2)職務に従事していた際、事務管理者としての職責を果たさず、職場規律を乱す行為をしていたことであった。

 これに対し原告は、本件懲戒解雇は労働契約法15条所定の「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に該当すること、公益通報者保護法3条の要件を満たすことから、無効であるとして、被告の職員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 原告の本件雇用契約上の地位について

 仮に原告が嘱託職員に過ぎなかったのであれば、専任職員を適用対象とする就業規則を根拠として本件懲戒解雇を行うことに重大な疑義が生じる。平成17年4月に被告が原告との間で最初の雇用契約を締結した際、雇用期間は全体として「3年間」程度とする暗黙の合意のような問題が存在していたことは否定し難い。しかし、本件雇用契約の締結に当たって、被告は原告に対し、学校法人田中千代学園事務局総務部総務課長として「採用」するとの記載がある「辞令書」を交付していること、この役職は専任職員相当のポストであって、現に辞令書には採用期間等が記載されていないこと、他方本件雇用契約に先立つ雇用契約の辞令書では被告短大学務課長に「委嘱」するという表現が用いられ、その委嘱期間も明示されていること、被告は平成21年2月26日付けで「雇い止め」通知書を発しているものの、本件雇用契約が有期雇用契約であれば当然明示されるはずの雇用期間の終期が明記されていないことなどの事情を併せ考慮すると、被告は原告を期限の定めのない専任職員として雇用したものといわざるを得ない。そうすると、被告が専任職員の基本的な就業事項を定める就業規則を適用し、本件懲戒解雇を行ったことは手続き的にみて何ら問題はない。

2 本件懲戒解雇は社会通念上相当と認められない場合に当たらず有効か

 本件内部告発事実は、これらが本件週刊誌を通じて外部に公表された場合、被告の学校法人としての名誉、信用等を害し、ひいては学校法人としての職場秩序に悪しき影響を与え、その業務の正常な運営を妨げるような行為に当たることは明らかである上、これらの事項(役員報酬規定の制定経緯内容、顧問契約の締結経緯・内容・服飾文化研究センター設立構想の有無・内容、一専任職員に対する退職勧奨)は、被告の機密ないし公表していない事項に該当するのであるから、本件内部告発事実は、いずれも懲戒解雇の対象(客観的に合理的な理由)となり得るものと解される。

 もっとも、このような雇用契約上の誠実義務等も無制限なものではなく、労働者は企業外において言論・表現の自由を有している以上、一定の範囲内における会社・使用者の批判等を目的とした内部告発は保護されて然るべきである。このような観点からいうと、本件のような内部告発事案においては、1)内部告発事実(根幹的部分)が真実ないし原告が真実と信ずるにつき相当の理由があるか(真実ないし真実相当性)、2)その目的が公益牲を有しているか(目的の公益牲)、3)労働者が企業内で不正行為の是正に努力したものの改善されないなど手段・態様が目的達成のために必要かつ相当なものであるか否か(手段・態様の相当性)などを総合考慮して、当該内部告発が正当と認められる場合には、仮にその告発事実が誠実義務等を定めた就業規則の規定に違反する場合であっても、その違法性は阻却され、これを理由とする懲戒解雇は「客観的に合理的な理由」を欠くことになると解するのが相当である。

(1)真実ないし真実相当性について

 本件内部告発1)については、理事長Dは役員報酬等の支給細則を改正し、平成19年3月に月額50万円から60万円に増額し、以降この額が支給されていたが、Dは平成20年4月以降半額を自主返納している。なお報酬が減額された後においても退職手当の基礎は本来の額によるとされていた。原告は、Dは役員報酬を勝手に、正規の手続きを経ないで改正したと主張するが、本来理事長は常勤役員の報酬の決定権を有しているから、稟議が行われなかったとしても、それが正規の手続きを経ないで作成されたものであることを示唆するものではない。

 本件内部告発2)については、Dは平成20年9月30日に理事長を退職し、同じく文科省OBであるE元理事長が理事長に就任したが、原告は、Dは被告顧問への就任を要請して、週1回5時間の勤務で月額15万円を支払う顧問契約を締結したことは不自然である旨主張する。しかし、月額15万円としたのは、DはE理事長の懇請により顧問に就任したものであることから、前例にない待遇を考慮したとしても特に不自然ではないこと、D顧問の勤務は名ばかりのものではなく、勤務時間(10時から16時まで)も明確に定められた上での勤務であるから、月額15万円程度の顧問料は決して不相当な金額とはいい難く、D理事長(当時)が自己の顧問料を月15万円として本件顧問契約書を作成させた行為は、被告との関係で特に不信な行為に当たるとはいい難い。よって、本件内部告発2)に、「真実性ないし真実相当性」を認めることはできない。

 本件内部告発3)については、Dは、故Tの遺産2億円余を原資に「田中千代記念服飾文化研究センター」の設立構想をぶち上げたが、田中千代基金は、故Tからの2億円の寄付金をもって設立された基金であるところ、この基金は本件内部告発3)にあるような目的のために取り崩すことは許されず、同センター構想は単なる発案のレベルに留まり、「青写真」の段階にすら至っていなかったと解するのが自然であるから、E理事長の「2億円だけじゃとてもできない。それを含めて所用の経費を拡張してやる」との発言は、田中千代基金の取り崩しと学校法人会計基準上許されない行為を敢えて行う意図まで含まれていたと解するのは早計であって、本件内部告発3)に「真実性ないし真実相当性」を認めることはできない。

 本件内部後発4)については、原告は平成21年2月頃、一方的に「辞めろ」と言われ、Dから「お前のような奴は文部科学省の面汚しだ」などと罵倒され、Eも「辞めろ、辞めろ」と言って来るというものである。確かに、原告は平成21年3月10日、雇止め通知を事実上拒否したことについて、Dから厳しく叱責された可能性は充分にある。そうだとすると、本件内部告発4)の真実性とは、原告がD等から、そこで述べられているようなパワーハラスメントを受けた事実が認められるか否かという観点から判断されるべきものと解されるところ、上記Dの発言が仮に事実であったとしても、それは他者の面前で公然と行われたものではなく、また10分程度の出来事に過ぎず、原告は精神的にそれほど動揺した形跡は窺われないばかりか、その日ヒアリングを受けた文科省の総括審議官に対してもDからのパワーハラスメント被害を告げていない上、その数日後に行われた週刊誌記者に対する最初の取材協力においても、Dらからのパワーハラスメント被害について告発していない。漸く本件内部告発4)を行ったのは、同記者から被告に対して反対取材の申出があり、本件内部告発が表沙汰になってからのことであって、重大なパワーハラスメント被害を受けた者の対応としては、悠長に過ぎるものといわざるを得ない。以上によると、3月10日にDが行った叱責は、原告に対してそれほど大きな精神的ダメージを与えるようなものとはいい難く、原告が3月30日の事情聴取においてE理事長らに対し、「D顧問から罵倒され、人間性がズタズタになった」との弁明、6月4日の弁明聴取における「D顧問から廊下ででも聞こえるような大声でパワハラを受けた」などと述べていることは額面通り信用することはできない。以上の次第であるから、本件内部告発事実は、いずれも真実性ないし真実相当性が認められないというべきである。

(2)目的の公益性について

 確かに原告は、Dらによる被告学校法人の経営等に対して強い不満とそれなりの改革意識を有していたことが認められるものの、その一方で、原告は一応本件雇用契約により被告の専任職員としての地位を確保することができたと考えていたところ、平成21年2月下旬になっていきなり雇止めを申し渡され、これを拒否したところDから厳しい叱責を受けるなどしたことが認められる。これらの経緯等に照らすと、原告は専ら本件雇用契約上の地位を保全する意図の下、文科省OB役員の退陣運動に賛同し、これに乗じて偶さか知り合いとなった週刊誌の記者に対して本件内部告発を行うに至ったものと認めるのが相当である。そうすると原告は、少なくとも被告学校法人の経営改善等公益的要素を主たる目的として本件内部告発を行ったとはいい難く、本件内部告発に公益性は認められないというべきである。

(3)手段・態様の相当性

 本件内部告発は、真実性ないし真実相当性が認められない上、目的の公益性さえも認められないのであるから、その手段・態様の相当性を検討する必要は全くないと解されるが、本件内部告発は手段・態様の相当性の点でも、これを不相当とすべきである。

 すなわち、労働者は雇用契約上使用者に対し上記誠実義務を負っているのであるから、仮に企業内に看過し難い不正行為が行われていることを察知したとしても、まず企業内部において当該不正行為の是正に向けて努力すべきであって、これをしないまま内部告発を行うことは、企業経営に打撃を与える行為として上記誠実義務違反の評価は免れないと解すべきところ、原告は平成21年3月中旬、偶さか知合いとなった週刊誌の記者に対して、いとも容易く本件内部告発1)及び2)に係る事実を告発するに至っており、真剣に被告内部における経営問題等の改善可能性を検討した形跡は窺われないばかりか、同月24日行われた評議員会理事会において、田中千代記念服飾文化研究センター構想に賛意を示す理事等はなく、同構想は事実上頓挫したともいい得る状態が生じているにもかかわらず、原告は上記週刊誌記者に対して、自ら本件内部告発3)に係る事実を告発するに及んでいる。

 これらの事情に照らすならば、原告は、被告学校法人の内部において、その経営改善等に向け然るべき努力をしようとしないまま本件内部告発に及んだものということができ、そうだとすると本件内部告発は手段・態様の相当性にも欠けるものといわざるを得ない。

(4)結 論

 以上の次第であるから、本件内部告発は正当なものとは認められず、その違法性は阻却されない。そうだとすると、本件内部告発事実は、いずれも就業規則に該当し、その性質及び態様等からみて上記誠実義務等に著しく違反するということができ、してみると本件懲戒解雇は、懲戒解雇の対象となり得る「客観的に合理的な理由」があるものといえ、かつ「社会通念上相当であると認められない場合」には該当しない。よって、本件懲戒解雇は、労働契約法16条に違反せず有効である。

3 本件懲戒解雇は公益通報者保護法3条が適用され無効になるか

 本件内部告発が公益通報者保護法3条によって保護されるための要件は、まず本件内部告発事実が「通報対象事実」に当たることを前提にした上、1)本件内部告発が不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でないこと、2)事業者である被告に通報対象事実が生じ、又は生じようとしていると信ずるに足る相当の理由があり、かつ同条3号イないしホのいずれかに該当する場合であること、3)本件内部告発先である週刊誌の記者が、その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者であることの各要件を満たす必要があるところ、そもそも同法が保護の対象とする同法2条3号所定の「通報対象事実」とは、犯罪行為として規定されている事実と犯罪行為と関連する法令違反行為として規定されている事実に限定されているところ、原告は、単に本件内部告発事実が任務違反行為と主張するだけで、その法令違反行為が、いかなる通報対象法律において犯罪行為として規定されている事実と関連する法令違反行為であるのかを全く明らかにしていない。

 また、この点は一応措くとしても、本件内部告発事実は、いずれも真実性ないし真実相当性が認められず、「事業者である被告に通報対象事実(同法2条3項)が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足る相当の理由があるとはいい難い。しかも本件内部告発先の週刊誌の記者は、本件内部告発事実について原告から実名報道の了解を得ただけで、被告に対する反対取材を全く行わないまま本件週刊誌を発刊しており、このような報道姿勢は極めて誤解を生む危険性の高いものであることはいうまでもない。そうだとすると、以上のような取材手法に基づき本件各記事を本件週刊誌上に執筆した記者ないし公刊元は、少なくとも本件に関する限り、「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」には当たらないというべきである。

 以上の次第であるから、本件懲戒解雇に公益通報者保護法3条の適用があるとする原告の上記主張は失当ないし理由がなく、採用することができない。
適用法規・条文
労働契約法15条、16条、公益通報者保護法2条、3条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2102号3頁
その他特記事項