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学校法人音楽大学懲戒解雇事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
学校法人音楽大学懲戒解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成22年(ワ)第25979号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人甲音楽大学
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年07月28日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、本件大学を設置する学校法人であり、原告はオペラ歌手であって、平成7年4月被告との間で雇用契約を締結し、平成21年4月以降本件大学の准教授として勤務していた。Aは、平成18年4月に本件大学音楽学部演奏学科に入学した女性であり、平成19年4月頃から原告の指導を受けるようになった。原告は、Aに対しオペラの本番ピアノ演奏を依頼するなどした外、平成21年には何回かピアノ演奏を依頼し、Aは同年4月に就職活動を中止し、同年7月には、卒業後も就職せずにピアノ演奏家として生計を立てることを決意していた。

 同年11月4日から5日にかけて、原告はAを伴って群馬県内を演奏旅行し、前橋市内のホテルに宿泊した際、夕食後メールでAを自室に招き入れ、雑談した後、Aが自室に戻ろうとしたところ、背後からAを抱きしめ、次いでAを反転させてキスをした上、抵抗するAの意思を無視してその着衣を脱がせて性行為に及んだ(本件1)行為)。その直後Aは友人のBに対し、原告から、俺と寝ないなら仕事をあげないと言われたなどを内容とするメールを送信した。同年12月26日、原告は冬期講習会の伴奏をしていたAを夕食に誘って自車に乗せ、Aの意思を確認することもなくいきなりラブホテル駐車場に乗り付けてAに情交関係を持つよう迫ったが、Aがこれを拒否したため、情交関係を持つことができなかった(本件2)行為)。平成22年3月30日、原告は自宅にAを呼んで2人でオペラの練習をした後、Aにキスをした上で着衣の中に手を入れてAの体を触るなどしてAに情交関係を迫ったが、Aがこれを拒否したため、情交関係を持つことができなかった(本件3)行為)。平成21年秋頃から平成22年3月頃までの間、原告はAを自車に乗車させ、Aの自宅に送る際、複数回にわたりAにキスをした(本件4)行為)。

 Aは平成22年3月に本件大学を卒業し、同年4月5日、被告に対し、原告から本件1)ないし4)の各行為を受けたと申告したため、被告は直ちに防止対策委員会を招集した。同委員会は同月7日にA及び原告から事情聴取したところ、原告は本件行為1)については、自室にAを誘い入れたことを認めるとともに、酔っていたので肩を抱いたかも知れないとの趣旨の発言をし、本件2)行為については、思うように弾いてくれなくて叱咤激励の趣旨で厳しく怒った上、今の状態では今後仕事を与えることはできないときつく言ったことは認めたものの、本件1)ないし4)行為の全てを否定した。同委員会は、同月16日に再度Aから事情聴取をし、Aから改めて本件1)ないし4)行為の詳細の説明を受けるとともに、原告からも事情聴取したところ、原告は本件1)行為を否定しつつも、ホテルの自室にAを招き入れた経緯等について説明した。

 防止対策委員会は、Aの申告どおり、本件1)ないし4)の各行為を認定し、その調査結果及び委員会見解等を同年5月6日付け報告書として取りまとめ、本件1)ないし4)の各行為は、就業規則69条2号(法人の教育方針に反する行為のあったとき、又は職場内の風紀秩序を乱したとき)及び11号(ハラスメントの事実を認定したとき)に該当し、原告は懲戒処分を免れないし、被告の名誉・信用を著しく傷つけるものであるから、懲戒解雇もやむを得ないとの意見を述べた。被告は、防止対策委員会の意見を踏まえ、懲戒委員会を構成し、事情聴取の上、本件1)ないし4)の各行為を認定し、懲戒解雇もやむを得ないとの答申書を取りまとめ、同年6月1日、原告を懲戒解雇とした。

 これに対し原告は、Aと性的関係を求めたことも、性交渉をしたこともないから懲戒事由が存在しないこと、Aの供述は不合理で信用性に欠けること、Aの供述を裏付けるBの供述についても、BがAの友人であることから、口裏合わせの可能性もあることなど、被告が本件1)ないし4)の各行為を認定した判断資料は信用性に欠けることから不合理であるとして本件懲戒解雇の無効を主張するするとともに、本件懲戒解雇は不法行為を構成するとして、被告に対し精神的苦痛に係る慰謝料300万円の支払を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件懲戒解雇の効力について

 本件1)ないし3)の各行為に関するAの供述はいずれも具体的であり、前後の事実関係にも矛盾なく合致しているし、防止対策委員会及び懲戒委員会における事情聴取から本件訴訟に至るまで、その供述内容には変遷がなく、一貫している。また原告は、防止対策委員会における事情聴取の直後にAに対する謝罪メールを繰り返し送信するなどしている。以上に加え、Aの証人尋問における率直かつ真摯な供述態度等を総合すると、その証言は十分信用することができるというべきである。

 原告は、Aが本件1)行為の後においても、原告との師弟関係を継続し、2人で食事をしたり、卒業時には色紙の寄せ書きに原告に対する感謝の気持ちを記載しているから、Aの供述はおよそ信用することができないなどと主張する。確かに本件1)行為後の原告とAとの関係は、共に声楽発表会に出席して記念写真を撮影したこと、Aは原告からピアニスト代表Eを紹介され、原告と2人で食事をし、その後催物に参加し、他の客を交えて原告とも食事したこと、原告と行くイタリアの音楽の旅に、自分の指導する学生らを勧誘したこと、原告の主催するオペラ研究会の卒業演奏会に向けての合宿にも参加したこと、原告の自宅で原告が主催する「大正浪漫コンサート」の公演のための練習が実施され、Aも数名と共に練習に参加したこと、Aは原告宛の寄せ書きに感謝の意を記載したこと、大学での「大正浪漫コンサート」の練習後、Aは原告と2人で喫茶店に入り、翌日の原告の自宅での練習を約束したことが認められるが、Aは、本件大学の准教授であり指導教員でもある原告の誘いを断れない立場にあったことは明らかであるし、しかも、卒業後も就職せずに原告からピアノ伴奏の仕事の提供を受けることを期待していたことを考えると、Aには、原告の食事の誘いを断るなどしてその機嫌を損ねることを避けたいとの気持ちがあったものと理解することができる。そして、音楽的指導や仕事の提供という面で原告に対する感謝の気持ちを有していたこと自体は、Aも自認しているところであるから、Aが本件1)の行為や2)の行為後においても、原告との師弟関係を継続し、原告と一緒の旅行に参加を希望したり、他の学生と共に寄書きの中で原告に謝意を示したことが、およそ不自然であるということもできない。したがって、Aの上記行為があるからといって、直ちに、本件1)ないし3)の各行為についてのAの供述の信用性が否定されるわけではない。

 更に原告は、被告の防止対策委員会及び懲戒委員会の調査手法を論難するが、いずれも被告所定の各種規程に従って適正に実施され、その間、原告に対しても十分に弁明の機会が付与され、実際に原告の言い分が聴取されていることが認められる。したがて、この点についての原告の指摘も当たらないというべきである。

 以上によれば、本件1)ないし3)の各行為についてのAの供述は信用することができ、これに反する原告の供述は信用することができない。そうすると、少なくとも、原告のAに対する本件1)ないし3)の各行為を認定することができる(なお、本件4)の行為については、その時期及び態様等が十分に特定されているとはいえないから、同行為を認定するには至らない)。

 原告のAに対する本件1)ないし3)の各行為は、就業規則69条2号及び11号に該当し、その態様は極めて悪質である上、原告は全く反省の態度を示していない。そして、原告に対する弁明の機会の付与等、本件懲戒解雇に至る一連の手続きは、適正に経由されているということができるから、本件懲戒解雇は有効である。

2 本件不法行為の成否について
 本件懲戒解雇は、原告の1)ないし3)の各行為を懲戒事由として、適正な手続きを経由してされたものであって、もとより有効であるから、本件不法行為は成立しない。
適用法規・条文
民法709条
労働経済判例速報2123号10頁
収録文献(出典)
その他特記事項