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証券会社資格・等級引下仮処分申立事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- 証券会社資格・等級引下仮処分申立事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成8年(ヨ)第21134号
- 当事者
- 債権者 個人2名 X、Y
債務者 A証券株式会社 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 1998年07月17日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債務者は証券会社で、債権者X(昭和18年生)は平成元年12月に、債権者Y(昭和23年生)は昭和62年4月に、それぞれ債務者に入社した営業社員であり、いずれも平成6年10月に債権者らで結成した全労連・全国一般東京地本証券関連労働組合A証券部会(組合)の組合員である。
債務者の営業成績は、株式不況により不振が続いたことから、債務者はリストラの一環として営業店舗について統廃合、人員削減を行った外、平成6年4月に就業規則の改定を行い、「社員の給与については、別に定める給与規定による」という規定を置き、更に給与規定では給与の種類を定め、その具体的な金額について別に定めるは給与システムによることとした。新給与規定7条は債務者の基本給は職能給であるとした外、同8条には昇減給に関する定めが置かれ、昇減給は社員の人物、能力、成績等を勘案して行う等とされた外、営業成績によって支給される営業奨励金制度が設けられた(本件変動賃金制(能力評価制))。債務者では毎年5月に給与システムの変更をしており、平成4年5月以前は、病気で療養していた従業員につきその同意を得て給与を減額した等の事例を例外として、成績不振を理由に降格、職能給の減額という措置は執られなかった。平成4年4月当時、債権者Xは、6級11号俸(課長二)で、職能給31万9500円、役付手当11万円、住宅手当8万1000円、営業手当6万円、調整給2万9500円の合計60万円、債権者Yは、6級7号俸(課長一)で、職能給30万8500円、役付手当9万5000円、住宅手当8万1000円、営業手当6万円の合計54万4500円であったが、平成4年5月以降、債権者らはいずれも号俸を下げられ、平成8年12月現在では、債権者Xは4級3号俸(主任一)で合計28万2500円、債権者Yは3級14号俸(一般)で合計23万0500円となった。債権者らの職能給が変更されたのは、勤務成績不振を理由とするものであった。
これに対し債権者らは、営業奨励金制度はぺナルティ制度を含むものであって合理性がなく、利益は僅かである一方不利益は著しく大きいこと、債務者が一方的に給与額を切り下げることは許されないことを主張し、債権者Xについては毎月45万4000円が、債権者Yについては毎月48万5601円が必要であるとして、給与カットの停止を求める仮処分を申し立てた。 - 主文
- 1 債務者は、債権者Xに対し、金27万5000円及び平成10年7月から平成11年6月まで、毎月25日限り、金13万7500円を仮に支払え。
2 債務者は、債権者Yに対し、金42万4000円及び平成10年7月から平成11年6月まで、毎月25日限り、金21万2000円を仮に支払え。
3 債権者らのその余の申立をいずれも却下する。
4 申立費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 1 債権者らの資格又は職能給の号俸を引き下げた措置の有効性
債務者における給与の内訳が、職能給とその他付加的給付等となっていることや証言業界における営業社員の場合、営業成績が昇給・昇格に反映されるのも当然であることなどから考えれば、債務者の採用する賃金制度が厳格な意味の年功序列的なものではなく、各人の能力や実績に応じたものであることは窺える。しかし、使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するに当たっては、それが労働契約において最も重要な労働条件としての賃金に直接影響を及ぼすことから、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・減給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠付けられていることが必要である。
債務者においては、旧就業規則の下における賃金制度は、職能給は基本給と位置付けられており、実態としても平成4年4月までは基本的には年功により昇給・昇格してきており、営業職員についても給与システムに基づく降格・減給の例は全くといってよいほどなく、債権者らについても入社以来平成4年5月まで降格・減給はなかったのである。これらのことからすれば、旧就業規則の下における債務者の賃金制度は、昇格・昇給が年功的ではないとしても、更に降格や減給までを予定したものであるということはできない。したがって、旧就業規則は、本件変動賃金制(能力評価制)を定めたものではなく、これにより降格や減給を根拠付けることはできない。
資格制度における資格や等級を労働者の職務内容を変更することなく引き下げることは、同じ職務であるのに賃金を引き下げる措置であり、労働者との合意等により契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当の理由がなければなし得るものではない。
2 給与規定8条の新設ないし改定後における債権者らの資格又は職能給の号俸を引き下げた措置の法的根拠の有無
新就業規則及び給与規定においては、主として営業成績を基に賃金を決定し、減給・降格の可能性もあるというのであるから、一応、本件変動賃金制(能力評価制)を導入したものであるということができる。
まず、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないと解すべきであるが、就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであると解される。旧就業規則においては降格・減給の可能性は予定されていなかったというべきであるが、給与規定8条は降格・減給をも基礎付けるものである。そうだとすれば、右規定の新設は債権者らにとって賃金に関する不利益な就業規則の変更に当たるのは明らかであるから、右規定を債権者らに適用するためには、右規定がその不利益を債権者らに受忍させるに足りる高度の必要性に基づいた合理的な内容のものといえなければならない。しかし、債務者において、右規定の新設について、少なくともその高度の必要性につき主張及び疎明がないから、給与規定8条は、平成6年4月以降の降格・減給について根拠とならないというべきである。
3 給与システムの見直しをして諸手当を減額した措置の有効性
労働者にとって労働条件の最も重要な要素である賃金を直接かつ具体的に決定するが給与システムであり、しかも諸手当は基本給に対する付加的給付であるとしても、債権者Xについてみると。給与に占める諸手当の割合は約4割にもなり、そうだとすれば、給与システムの法的性格は、債務者の主張するように就業規則の運用内規というような程度のものとは言い難く、就業規則であるというべきであると同時に、付加的給付であることをもって、合理性を備えていれば十分であるということはできない。したがって、右給与システムの変更についても、労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更に当たり、当該条項がそのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである限り、その効力を生じるものというべきである。
本件においては、債務者の営業成績は、経常利益等が赤字となり、平成4年3月期には自己資本リスク比率が大蔵大臣の注視を受ける150%の直前まで下落し、債務者は営業店舗の統廃合を実施し、人員削減の措置を講じるなどして人件費等の経費削減に努めていることについては当事者間に争いがない。右事実によれば、債務者において、就業規則を変更して諸手当等の減額を行う必要性が全くなかったとはいえない。しかし、債務者の資産、営業店舗の統廃合・人員削減以外の経費削減措置の有無等なども判然とせず、更に債務者が危機的な状況に至っていたことを認めるに足りる証拠もない。したがって、高度の必要性が存したとまでいうのは困難である。また、給与システムは、債務者の実績や業界の動向を踏まえて決定されるとしても、それ以上の疎明はなく、不十分といわざるを得ない。
4 債権者らの賃金の減額部分の支払請求は権利の濫用であり、信義則違反か
債権者らの営業成績について、債権者らの年収の実質手数料に占める割合が、いずれも債務者の損益分岐点である25%を上回っており、債務者における主任以上の男子営業社員の年収の実質手数料に占める平均割合を上回る率となっている。また、実質手数料の多寡を大きく左右するのは預かり資産であるところ、債務者は預かり資産を従業員に分配する際、債権者らに対してはその分配が他の従業員に比較して著しく少ないばかりか、平成7年5月には、債務者は債権者Xにつき5000万円、債権者Yについて2000万円ないし3000万円の預かり資産を取り上げていることが認められる。右によれば、本件各減額措置が、各債権者らの営業成績の劣悪さを給与面に反映させたに過ぎないというには疑問がある。更に、債務者が就業規則等の明確な根拠によらず、一方的、かつ大幅な減給を行ったことなども併せ考慮すれば、債権者らの申立は権利濫用、信義則違反のいずれにも当たらないというべきである。
5 各減額措置は事情変更の原則の法理に照らして有効かどうか
仮に給与の減額措置についても、変更解約告知に類するような事情変更の原則の法理が適用される場合があるとしても、労働条件の変更、特に賃金の変更については、少なくとも会社業務の運営にとって必要不可欠であり、その必要性が労働条件の変更によって労働者が受ける不利益を上回っていたり、あるいは既存の労働条件のままで契約を存続させることが著しく不公正、不合理となり、労働条件の変更もやむを得ない状況にまで至った場合でなければならないというべきである。そこで検討するに、債権者らに営業成績不振があったとしても、その程度が他の従業員に比較して著しいとまでの疎明は不十分であること、債権者らの営業成績の不振の理由なども考慮すれば、労働条件の変更もやむを得ないほどであったということはできないし、債務者の経営上の悪化にしても、およそ事情変更の原則の法理が妥当するような状況にまで至っていたとする疎明はないから、債務者の主張は理由がない。
6 保全の必要性について(第一次仮処分と同じ) - 適用法規・条文
- 労働基準法24条、民事保全法23条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例749号49頁
- その他特記事項
- 本件は本訴に移行した。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 - 平成8年(ヨ)第21134号 | 一部認容・一部却下 | 1996年12月11日 |
東京地裁-平成8年(ヨ)第21134号 | 一部認容・一部却下 | 1998年07月17日 |
東京地裁 - 平成7年(ワ)第2789号 | 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴) | 2000年01月31日 |