判例データベース
京都(アカデミックハラスメント)事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 京都(アカデミックハラスメント)事件(パワハラ)
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成19年(ワ)第16569号
- 当事者
- 原告 個人2名 A、B
被告 個人2名 X、Y
国立大学法人K大学 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年06月24日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 原告Aは、平成11年にK大学文学研究科博士前期課程(修士課程)に入学し、平成13年に同後期課程に入学した者であり、原告Bは、平成12年に同前期課程に入学し、平成14年に同後期課程に入学した者である。一方、被告Xは、文学研究科においてギリシャ文学を担当する原告Aの指導教授、被告Yはラテン文学の助教授、M教授は原告Bの指導教授である。また被告大学法人は、平成16年4月以降、それまでのK大学に関する国の権利義務を継承した国立大学法人である。
原告Bは、平成14年1月に修士論文を提出したところ、M教授はこの修士論文を基に書いた文章を共著として学術雑誌に投稿することを提案した。原告BはM教授に対し、これを婉曲に断るメールを送信したところ、M教授が再度共著にしたい旨メールを送信したため、原告Bはこれを明確に拒絶するメールを送信した。被告Yはこのことを知り、原告Bに対し、M教授との共著とすることを勧奨するメールを2度にわたって送信したが、その後原告Bに対し、配慮が足りなかった旨謝罪する内容の手紙を送付した。
原告Aは平成13年11月及び平成14年2月に博士課程1年次の中間報告を行ったところ、被告X及びM教授は原告Aと面談して(本件面談)1年次に留まることを強く勧められ、結局留年となった。原告Bは、被告Xに対し、共著提案拒絶を理由に原告Aに対する留年処分を行ったと抗議したところ、被告Xと口論となり、その中で原告Bが、原告Aの問題が解決されなければ大学を辞めざるを得ないなどと発言したところ、被告Xは辞めても構わない旨発言した。
文学部は平成14年5月頃人権問題対策委員会を設置し、被告X及び同Yから事情聴取をした。同委員会は、これまで研究報告を提出しない場合等以外は原則として「合」としてきた運用実態、原告Aに対し事前に十分な説明を行わなかったことなどの事情に鑑み、同年3月31日付で原告の研究報告を「合」とする判断を示し、原告Bについては、被告Yが謝罪することが適切との判断を示した。原告らは、同年10月4日、研究科長同席の上で被告X及び同Yと話合いをし、原告Aに対する謝罪を要求するなどした。
人権問題対策委員会は、平成15年1月22日に説明会を開き、学生らに対し事実関係を説明するとともに、文学研究科として原告らに謝罪した。被告Xは、同年11月10日文学部学友会ボックスに赴き、学友会がアカデミックハラスメントとして取り上げたことについて、「○国ならそのような学生は病院に行かせて終わりだ」などと発言し、原告らはこの発言を平成16年3月24日に知った。原告Aは平成16年1月から休学して同年12月に退学し、原告Bは平成17年4月から休学した。
平成19年1月12日、文学研究科が、1)被告Xが原告Bに関して「精神的疾病」発言をしたこと、これが人格的な誹謗中傷と受け取られる可能性があることを認め、被告に注意を与える、2)原告Bが被告Xによって学会で自分の論文が盗用されるおそれがあることを訴えたことについて、この発言が事実誤認に基づき、この部分の訴えが無効であることの確認する旨の対応策を提示したところ、被告Xはこれを受諾したが、原告Bは受諾を拒否したため、同委員会は解散し、原告Bは同年11月30日、K大学大学院を退学した。
原告らは、被告らの一連の行為は研究教育環境配慮義務に違反するものであるとして、原告Aについては、退学前の被告Xの行為につき500万円、退学後の行為につき100万円、被告Yの行為につき100万円、被告大学法人につき退職前に関し500万円、退職後に関し100万円を請求するとともに、原告Bについては、被告Xの各行為につき400万円、被告Yの行為につき200万円、被告大学法人につき500万円の損害賠償を請求した。
これに対し被告らは、原告らの主張する研究教育環境義務違反を否定するとともに、仮に同義務違反があったとしても、原告らの損害賠償請求権は時効により消滅していると主張して争った。 - 主文
- 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 被告X及び同Yの行為の違法性
(1)被告Xの行為について
研究報告の合否判定及び留年処分は、大学内部における教育的措置であって、学問的な見地からの研究報告の当否の判定は、大学及び教授の広範な裁量が認められるべきであるから、司法審査の対象とはならない。もっとも、教育上の措置とは関わりない考慮により判定処分されたことが明白である場合や、判決処分に至る手続きに違法がある場合などには、裁量権の逸脱ないし濫用として司法審査の対象となるというべきである。
原告らは、被告Xが、原告BがM教授からの共著提案を拒否したことを理由として本件不合理判定をした旨主張する。しかし、M教授は原告Aの所属する本研究室のギリシャ語担当の教授であり、本件面談にも同席していたことに照らすと、原告Aの研究報告について事前に批評を加えること自体特に不自然な点はなく、そして共著の提案をしたM教授自身は、原告Bに対し、平成14年2月21日付けのメールを送ったのを最後に一度も共著提案について触れておらず、被告XはM教授から、原告Bとの共著提案について「終わったこと」と聞いていたことが認められる。また被告Xは、本件面談の際、原告Bの修士論文について言及しているものの、他方、他の学生についても言及している上、原告Aに対し、研究態度の改善も求めていると認められる。
以上によれば、原告BがM教授の共著提案を拒否したことを理由として被告Xが不合格判定をしたと認めるには足りない。したがって、原告らの上記主張は理由がない。
文学研究科は、平成14年当時、規程上、研究報告を修了に必要な要件とはしておらず、また博士課程においては留年制度も存在しなかったと認められる。しかし、被告Xは、本件面談の際、原告Aに対し1年次に留まることを強く勧め、これを前提として不合格判定をしたものであるが、被告Xは原告Aに対し、大学の規程にない留年措置をとったのであるから、この措置は教育的措置としての裁量を逸脱したものであり、違法というべきである。
平成14年3月31日における被告Xの原告Bに対する「大学を辞めてもらって構わない」発言は、原告Bが共著提案を拒否したことと原告Aに対する留年措置とを関係付けた内容の抗議に端を発して口論となった中で、原告Bが「大学を辞めざるを得ない」と発言したことに対してした応答であり、原告Bの抗議内容が的を得ていない上に、口論の過程でなされた発言であったことを考慮すれば、原告Bの研究教育環境を害する行為とは認められない。
被告Xが原告Aに対して留年措置をしたことは違法であり、文学研究科は平成14年8月、原告Aの研究報告について「合」判定に変更し、原告Aが2年次に在籍することを確認しており、被告Xはその後も原告Aに謝罪していないが、留年措置をとったことを謝罪しないことが、留年措置と別個の違法行為になるとはいえない。人権問題対策委員会によって、原告らの復帰に向けた相応の努力がなされており、原告らが博士課程に復帰する環境は一応整えられたことに照らすと、被告Xに研究教育環境配慮義務違反があるとはいえない。博士課程において学生と指導教授との間には信頼関係が必要であること等を考慮すれば、原告Aの指導主査を被告Xから被告Yに替えると述べたことが原告Aの研究環境を害する行為と認めることはできない。
被告Xは、平成15年11月10日、不特定多数の学生の前で、原告らを指して、「○国ならそのような学生は病院に行かせて終わりだと思う」旨発言をしたが、同発言は原告らが精神的疾病を患っているという評価を示したものであって、原告らの社会的評価を低下させる行為といえる。そして、上記発言が、アカデミックハラスメントとして糾弾されていたことに対する釈明として行われたものであるとしても、指導教官の立場の被告Xが学生である原告らに対して上記発言をすることは、原告らの名誉を毀損し、研究環境を害する違法行為である。
以上のとおり、被告Xの原告Aに対する留年措置及び「精神的疾病」発言は、原告らが有する良好な環境で研究を行う法的利益や、原告らの名誉を侵害する違法な行為であるが、その余の行為はいずれも違法ということはできない。
(2)被告Yの行為について
学生が作成した修士論文について、共著として学術雑誌に投稿するか否かは、執筆者である学生自身が判断すべき事項であって、指導教官が、研究指導上適切な範囲を超えて干渉する行為は、学生の人格権を侵害する違法な行為というべきである。
本件において、被告Yは、原告Bが共著勧奨に対する返信メールにおいて、明確に拒絶の意思を示し、M教授からの共著提案自体に悩み、傷ついた旨述べているにもかかわらず、重ねてメールを送付して(第2メール)共著を勧め、原告Bがこれに返信しないでいたところ、更に返信を求め、共著提案を受け入れるよう勧めたものと認められる。そして、被告Yと原告Bの、指導教官と学生という関係を考慮すれば、本件各メールは、原告Bの意向に反し、自尊心を傷つける勧奨というべきであり、原告が不当な圧力と感じたのも無理からぬところである。したがって、原告Bが共著提案を受け入れる意思がないことを明確に示したにもかかわらず、被告Yが第2メールを送信したことは、指導の域を超える執拗で違法な行為というべきである。被告Yの共著勧奨行為自体は違法な行為であるが、これを謝罪しないことが新たな違法行為を構成するとは一般的にいえない。しかも被告Yは原告Bに対し、本件各メールを送信したことについて謝罪する手紙を届けており、被告Yから人権問題対策委員会による謝罪相当との判断の後に改めて謝罪しなかったことが違法となるとはいえない。また同委員会によって原告らの復帰に向けた相応の努力がされているのであって、同被告に研究教育環境配慮義務違反があるとはいえない。
2 公務員個人の不法行為責任について
公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人は責任を負わないと解される。被告Xの留年措置は、指導教官としての教育活動に伴う行為であり、精神的疾病に係る発言は、教育活動そのものではないが、原告Aの研究報告の審査に関連して、大学内の施設においてされた行為である。また、被告Yのメール送信による共著勧奨は、修士論文の発表という教育活動に関連する行為である。そうすると、被告らの各行為は、原告らの教育指導という職務について平成16年3月以前にされたものであり、K大学を設置する国は国家賠償法により原告らに対し賠償義務を負う。そして、被告大学法人は国から同義務を承継し、原告らに対し国家賠償法1条1項に基づく賠償義務を負う。
3 国ないし被告大学法人の違法性
国は国立大学を設置・運営する主体として、在学関係における信義則上の配慮義務に基づき、被告大学法人は在学契約に付随する義務として、それぞれ、一般的に、学生に対し、良好な環境で研究し、教育を受けることが可能となるよう、研究教育環境が維持されるよう配慮すべき義務を負う。
K大学及び被告大学法人は、平成14年5月末に人権問題対策委員会を設置して、紛争の両当事者及び関係者から事情を聴取し、留年措置や精神的疾病発言並びに本件各メール送信による共著勧奨について不適切である旨の判断を示すとともに、原告らが本件研究室に復帰するための措置を講じ、話合いによる解決について相応の取組みをしたものと認められ、その対応に裁量の逸脱は認められないから、国及び被告大学法人の研究教育環境配慮義務違反があるとの原告らの主張は理由がない。
4 消滅時効について
被告X及び同Yの原告らに対する各違法行為は、それぞれ別個の行為であり、各行為時に損害が発生しており、各違法行為が原告らの退学まで継続したと把握すべきものではなく、上記各違法行為と原告らの退学との間に相当因果関係を認めることは困難である。したがって、消滅時効の起算点は、原告らが個別の違法行為について損害の発生及び加害者を知った時点と考えるべきである。そうだとすると、原告Aは、遅くとも平成14年3月24日に留年措置を知り、平成16年3月24日に被告Xの名誉毀損行為(精神的疾病発言)を知ったと認められ、これらの行為についての国家賠償請求権は、平成17年3月24日、平成19年3月24日の各経過により、それぞれ時効により消滅したと認められる。
原告Bは、平成14年3月19日に本件メールの送信行為を知り、平成16年3月24日に被告Xの名誉毀損行為を知ったと認められ、これらの行為についての国家賠償請求権は、平成17年3月19日、平成19年3月24日の各経過により、それぞれ時効により消滅したと認められる。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条1項、4条、民法724条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
- ・法律国家賠償法、民法
・キーワード人格権侵害、慰謝料、消滅時効、パワーハラスメント
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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