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T電力会社塩山営業所思想・信条事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- T電力会社塩山営業所思想・信条事件(パワハラ)
- 事件番号
- 甲府地裁 - 昭和49年(ワ)第143号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 個人1名 S - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1981年07月13日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告Sは、昭和49年2月当時、被告会社の従業員で、山梨支店塩山営業所の所長の地位にあり、他方、原告(昭和7年生)は被告会社の従業員で、当時、被告Sの下で塩山営業所に勤務していた女性である。
昭和49年2月15日、被告Sは応接室に原告を呼び出し、約1時間にわたって2人だけで話合いを行った(本件話合い)。その内容は、原告は被告Sから共産党員であるか否かを尋ねられ、これを否定すると、共産党員でない旨を書面にして提出するよう求められたが、これに応じなかったところ、更に同被告から、共産主義思想と被告会社とは相容れず、これを信奉することは原告にとって不利益であるといった話題を出して、更に共産党員でない旨の書面を出すよう要求されたというものであり、原告はあくまでもこれを拒否した。
原告は同月18日、T電労組塩山分会の委員長に本件話合いの状況を伝え、同委員長は被告Sに抗議したほか、弁護士が被告Sに抗議をし、謝罪文を要求したところ、被告Sはあいまいな回答をした。そして、被告Sは、原告は共産党に属し、かつ原告を含めた共産党員若しくはその同調者が、塩山営業所の業務内容を報道した昭和48年12月28日付赤旗の被告会社による節電運動の影響が中小零細企業、一般需要家にしわ寄せされている旨の記事を提供したと考えたこと、以前被告会社の従業員であったAが共産党からの離党届と諸活動から手を引く誓約書の提出を強制されてこれを拒み懲戒解雇された裁判において、被告会社の部外秘たる労務関係の書類等が提出され、被告会社の攻撃に利用されたことがあったこと(A事件)などから、これを質す趣旨で本件話合いの機会を持ったが、被告Sは原告に対し、その旨全く言及しなかった。
結局被告Sは、同日、本件話合いについては、「どうも私の気持ちがあなたに通じないようだが、どうも誤解しているようだからこれを全面的に取り消してあなたに誤りますよ」と言って頭を下げ、「ただ、私はあなたのためを思って言ったことなんだが」と原告に謝罪したところ、原告は、「ああそうですか。それなら結構です。わかりました」と言ってこれを了解する旨の回答をした。しかし、原告は納得しておらず、本件話合いにおける被告Sの言動により精神的苦痛を蒙ったとして、被告ら各自に対し、慰藉料80万円を請求した。 - 主文
- 1 被告らは、原告に対し、各自、金10万円及びこれに対する昭和49年7月16日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その2を被告らの、その余を原告の各負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件話合いの経緯と趣旨・目的について
原告についてはこれまで職場内に原告が共産党員もしくはその同調者であるとの噂があって、職制がその言動に注目していたこと、また被告会社では、過去に社外秘の文書等が外部に持ち出され、A事件の際に会社への攻撃に利用された例があったこと、被告Sが右事件当時の総務課長から原告がA側に会社の情報を流したと伝え聞いていたことは認定したとおりである。しかし、原告が共産党員若しくはその同調者であるとの噂は具体的な秘密漏洩に関しての事ではないし、原告がとりわけその種の活動に従事していたとか、原告によりこれまで職場秩序が乱されたといったこともなかったこと、また、原告がA側に会社の情報を流したとする点も全くの憶測に基づくものであること、とりわけ、原告は漏洩された社内事項と全く関係のない集金整理業務を担当していたことなどの諸事実に照らすと、1ヶ月近くも前の赤旗の記事の出所が原告に関連するとして、一般従業員までが関心を持ち、このことが職場内での噂となっていたとは解し難いところである。更に当時の塩山営業所の職場状況の点についてみると、仮に被告Sの供述するごとく、職場内が疑心暗鬼の状態に陥り、職場内の雰囲気が悪化し、これに伴い具体的かつ現実的な業務運営上の支障等が生ずるに至ったとするならば、被告Sないし他の職制において、従業員に対し何らかの措置等を講じて然るべきであるのに、単に被告Sは原告とNを調査したのみであって、しかも原告に対する調査はNに対する調査後約1ヶ月近くも経過して初めてなされている上、右両名に対する調査の結果によっても前記赤旗の記事の出所等に関する疑惑が払拭されないままにこれを放置し、その前後において右調査以上に何らの措置を講じていないのであって、これらの点からすると、当時の職場内の状況についての被告Sの右供述は採用し難い。
以上の事実によれば、本件話合いがなされた趣旨・目的は、被告会社の共産党員若しくはその同調者への厳しい対応関係とそれに照応した日本共産党による被告会社に対する一連の批判活動を背景としながらも、直接的には、石油危機に直面し、被告会社が危機的状況にあったその時期に、被告会社、とりわけ塩山営業所の節電運動に関する社内事項が赤旗に掲載されたことに端を発して、当時、同営業所長の地位にあった被告Sが、職場で共産党員若しくはその同調者と噂されていた原告に社内事項の漏洩の疑いを抱いて、その旨原告に出所を質し、もって職場規律違反行為の有無とそれへの適切な対処を図ることにあったとみるのが相当である。
2 本件行為の違法性について
共産党員かどうかを尋ね、あるいは共産党員でないことにつき文書をもっての表明を求めることは、直接には思想・信条そのものの開示を求めるものとはいえないけれども、政党と思想、信条とは不即不離の関係にあって、特定の政党に所属するかどうかは、当該政党の基盤とする思想、信条に同調するかどうかを意味するものといえるから、結局、被告Sの本件行為は原告の思想、信条の表明を求めたものと解して何ら妨げない。
ところで、思想、信条の不可侵性を規定する憲法19条は、国若しくは公共団体と個人との関係を規律する規定であって、私人相互の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではないと解される。しかし、思想、信条の自由に対する保障は人間の尊厳を保持するために不可欠であって、また民法1条の2がその解釈基準として個人の尊厳を要求している趣旨に鑑みると、思想、信条の自由は、私人相互の関係においても尊重されるべき契機を本来的に内包しているものといえ、とりわけこの理は、使用者が労働者に優越する労使関係において、より高度の必要性をもって要請されているというべきである。そして労働基準法3条は、右の趣旨を踏まえ、使用者は労働者の信条等を理由として賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱をしてはならない旨を規定し、もって雇用関係が成立した後の労働者の思想信条の自由を労働条件の差別的取扱の禁止という形態で保障している。右規定の趣旨に併せ、思想信条の有する前記意味合いに徴すると、雇用関係成立後の労使関係においては、労働者の思想信条は、これを理由とする労働者の差別的取扱の有無にかかわらず、それ自体において憲法19条に即して尊重されるべきものであり、そして、右理念は労働基準法3条、民法1条の2の各規定を通じて雇用成立後の労使関係を律する公序として形成され、かつその旨確立されているものと解するのが相当である。そうだとすれば、憲法19条が直接に適用されない私的相互関係である労使関係においても、思想、信条の自由は法的に保護されるべき重要な法益に属するものといわなければならない。
もっとも、思想、信条の自由といえども、他の権利ないし保護すべき利益と矛盾衝突する場面においては制限を受けることがあることはいうまでもない。しかし、労使関係において企業の権利若しくは利益との調整において労働者の思想、信条の自由に対する制限が許容されるとしても、これを必要とする合理的な理由に基づき、かつ、その手段、方法において適切である場合であることを要し、そうでない場合は労使関係において形成、確立されている公序に反するものとして違法となると解するのが相当である。
ところで、被告らは、被告Sの行為につき違法性がない旨主張し、その理由として、本件話合いが企業の自由に対する侵害行為から職場の規律を回復維持するとの業務上の必要性に基づきなされたもので、しかも秘密漏洩の客観的な嫌疑に基づくものであるとして、調査の合理的理由の存在を挙げる。なるほど、企業が企業自体の機密を保持し、また職場規律の維持回復を図る利益を有することは所論のとおりであるが、被告Sによる原告に対する調査が職場内の雰囲気の悪化やこれに伴う具体的かつ現実的な業務運営上の支障が生ずる中でなされたものでないことは前記のとおりであり、また原告が塩山営業所の社内事項を赤旗に漏らしたと疑わしめるに足りる資料も皆無に等しいことは明らかであり、原告が共産党員若しくはその同調者であると職場内で噂されていたといっても、原告がとりわけその種の活動に従事し、それによって職場規律に影響を与えた事実はなく、ただ労働組合の主催する各種行事に参加していたに過ぎないことは明らかである。そうだとすると、ただ単に共産党員若しくはその同調者であるとの職場の噂に依拠して原告に漏洩の疑いをかけ、しかも業務運営上の具体的支障等の差し迫った必要性に基づかずに、原告と本件話合いをなすに至った被告Sの行為は、既にこの点において問題がないわけではないけれども、仮に右調査自体については業務上の必要性が是認され、一応の合理性が認められるとしても、その調査は必要やむを得ざる事項を超えることは許されないというべきところ、被告Sが意図した漏洩にかかる社内事項の出所を質すということと、原告に対する共産党員でないことの文書での表明を求める各行為との間には、漏洩された社内事項が赤旗に記事として掲載されたことを考慮に入れても、必然的な関連性があるとはいえないし、またその目的達成のため必要やむを得ざる関係にあるとも解されない。従って、被告Sの原告に対する本件行為は合理的理由を欠くものといわざるを得ない。
しかも、本件において看過できないのは、被告会社の共産党員若しくはその同調者に対する厳しい日頃の対応を背景に、原告とは仕事上直接接触することのない最高責任者の地位にあった被告Sが、勤務時間中に、独身女性で母親との生活を被告会社からの収入に依存せざるを得ない立場にある原告を呼び出し約1時間にわたって原告の義弟や将来のことなど様々な話題に触れながら、終局的には踏絵にも等しく、共産党員でないと言うなら書面で明らかにして提出したらどうかと言って要求した点であって、この点で本件話合いは、被告会社の共産党員若しくはその同調者に対する厳しい日頃の対応を除外しては理解することができないといわざるを得ず、これらの諸点を前記事実に併せ考えるならば、被告Sが原告に求めた共産党員かどうかの申告及び共産党員でないことの文書での表明は、その手段、方法において多分に強制の契機を宿し、これが原告の自由意思に大きく作用したとみるのが相当である。
以上によれば、被告Sが原告に対して求めた共産党員かどうかの申告及び共産党員でないことの文書での表明の各所為は、原告の思想、信条の自由に対し譲歩と制限を求めるに合理的な理由があるとはいえないし、その手段、方法も適切でなく、全体としてこれをみて社会的に許容される相当性の限度を超えるものといわざるを得ない。すなわち、被告Sの原告に対する本件行為は原告の思想、信条の自由に対する侵害として違法であるといわなければならない。
3 被告らの責任について
被告Sは本件行為につき、少なくとも過失責任は免れないから、民法709条により、不法行為によって原告が蒙った損害を賠償する責任がある。被告Sの本件行為が、被告会社の被用者としてその事業の執行についてなされたものと認むべきことは明らかであるから、被告会社は、被告Sの使用者として、民法715条に基づき、原告が右不法行為により蒙った損害を賠償すべき責任ありといわねばならない。
4 原告の損害
原告は被告Sの不法行為により、人格の根源ともいうべき思想信条の自由を侵害され、また将来にわたり何らかの不利益な取扱いを受ける虞があるとの不安を抱くなど、精神上多大な苦痛を蒙ったことが認められる。原告は右不法行為後、被告Sから本件話合いにつき全面的に取り消すとして謝罪されたのに対し、これを宥恕するがごとき発言をしたことが認められるけれども、真の意味での謝罪とは解し難く、これをもって原告が宥恕の意を表明したものと解することはできない。しかし、謝罪が一応なされ、弁護士を交えた話合いの席上でも、被告Sから再度原告に謝意が表されていることが認められ、これらの事情に、被告Sの本件不法行為が具体的な不利益につながっていないことなどを含め、その他本件に現れた諸般の事情を斟酌すると、原告の右精神的苦痛に対する慰藉料は金10万円をもって相当と認める。 - 適用法規・条文
- 憲法19条、民法1条の2、709条、715条、労働基準法3条
- 収録文献(出典)
- 労働判例367号25頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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甲府地裁-昭和49年(ワ)第143号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 1981年07月13日 |
東京高裁 − 昭和56年(ネ)第1786号 | 原判決破棄(控訴認容) | 1984年01月20日 |
最高裁 − 昭和59年(オ)第415号 | 上告棄却 | 1988年02月05日 |