判例データベース
広島(化学薬品製造等会社)降格等控訴事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 広島(化学薬品製造等会社)降格等控訴事件(パワハラ)
- 事件番号
- 広島高裁 − 平成11年(ネ)第27号、広島高裁 − 平成11年(ネ)第276号
- 当事者
- 控訴人兼附帯被控訴人 個人1名
被控訴人兼附帯控訴人 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年05月23日
- 判決決定区分
- 原判決変更(認容額変更 一部棄却)、附帯控訴棄却(上告)
- 事件の概要
- 被控訴人兼附帯控訴人(1審被告)は、各種化学工業薬品及び医薬品の製造販売等を目的とする会社であり、控訴人兼附帯被控訴人(1審原告)は昭和45年5月、一般事務員として被告に雇用され、本社勤務等を経て、平成4年4月から郷分事業所の主任(4級・監督職)に就いた女性である。
監督職になってからの1審原告は、監督職として十分な能力がないとの評価を受けていたところ、平成6年6月2日、1審原告が心酔するKの取締役退任を知るや、「会社は血も涙もないことをする」などと現経営陣を批判する発言をした(事業所事件)。事業所長はこの発言について1審原告に対し即座に強く注意したが、この発言がU会長の耳に入ったため、U会長は1審原告と面談して、言動を慎むように直接注意をした。しかし、1審原告は信念に基づいて発言しているとして非を認めず、かえってU会長に対し「地元財界の名士がそんな発言をしても良いのか」などと反撃に出たため、面談は物別れに終わった(会長室事件)。
以上の経緯から、1審被告は、平成7年4月の昇給のための人事評定において、1審原告には4級(監督職)の能力が欠如していること、U会長に対する従業員としてあるまじき行為があったことの両方を考慮し、「職務成績が著しく悪いとき」に当たるものとして、3級への本件降格処分がなされた。
これに対し1審原告は、1審被告から違法な降格処分、昇給差別及び賞与の減額を受けた上、右降格処分の内容を掲示されて名誉を毀損されたとして、1審被告に対し、降格処分がなければ支給を受けていた役付手当、昇給差別による基本給差額及び平成6年から平成8年までの賞与減額分の支払い、右降格処分の無効確認及び名誉毀損に対する慰謝料並びに名誉回復のための謝罪文の掲示を求めた。
第1審では、本件降格処分及び低い人事評定に基づく昇給は違法ではないとして1審原告の請求を斥けたが、賞与の減額は労働基準法91条に定める制裁の限度を超えるとして、その超えた限度で1審被告に対し1審原告への賞与の支払いを命じたことから、1審原告及び1審被告の双方がこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を次のとおり変更する。
(1)1審被告は、1審原告に対し、183万6800円及び内金127万2900円に対する平成9年5月28日から、内金4800円に対するそれぞれ同年6月から同10年3月までの間の各月27日から(ただし、7月は26日から)、内金11万9400円に対する同9年7月15日から、内金11万9400円に対する同年12月10日から、内金7200円に対するそれぞれ同10年4月から同11年3月までの間の各月27日から(ただし、9月及び12月は26日から)、内金12万9600円に対する同10年7月15日から、内金6万1100円に対する同年12月10日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、附帯控訴費用を除きこれを3分し、その2を1審原告の、その余を1審被告の各負担とし、附帯控訴費用は1審被告の負担とする。
4 この判決の1項(1)は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件降格処分が違法、無効か
職分制度はこれにより1審被告の社内組織における地位が決定されることからみて1審被告の人事体系において根幹をなす制度であること、昇格要件として前在級年数の下限のみが定められたいわゆる年功序列的な昇格とはなっていないこと、昇格及び降格については、毎年の昇給につき定数が定められているわけではなく所属長からの申請に基づき個別に常務会が決定することになっていることからすると、1審被告は、従業員が各級に該当する能力を有するか否かを判断するにつき大幅な裁量権を有していると解するのが相当であり、殊に本件で問題となっている4級該当能力を評価するについては、1級から3級までが一般従業員としての能力を要件としているのに対し、4級は監督職として下位従業員に対する指導力が要件とされていることからみて、単に従業員として与えられた業務を遂行する能力のみならず、組織において部下を指導する上で職場内の秩序維持等にも責任を持つ能力もまたその担当能力を有するか否かの判断において重要な要素となるものというべきである。
この観点から本件をみるに、1審原告の平成3年夏期から平成6年4月までの評定は事務所事件及び会長室事件より前に実施されたものであるから、同各事件を含めない評価である点においてより客観的であるというべきところ、同期間においても1審被告には監督職としての能力に疑問を示す評価がなされていること、事務所事件については、その発言の内容もさることながら、同発言を勤務時間中に同僚の前で大声でした態様の点で監督職にある従業員の能力評価において問題とされてもやむを得ない行為であり、会長室事件については、口論の途上でなされたものとはいえ、多分に1審原告のK元取締役に対する主観的評価や思い入れに基づき1審被告の経営陣の人格的非難を行っている点において、やはり1審原告の監督職にある従業員の能力を判断する上で負の評価を受けても当然の行為であるといわざるを得ないこと、これらによれば、1審被告が1審原告につき本件降格処分をしたことが違法であるとは認められない。
2 名誉毀損について
1審原告は、1審被告が虚偽の内容を有する本件告示をしたことにより名誉が毀損された旨主張する。しかし、本件降格処分は違法ではないから本件告示が虚偽の内容を公表したとはいえないこと、また本件告示は本件降格処分の内容を所定の掲示場所に掲示したものであり、その目的あるいは態様等においても敢えて1審原告の名誉を毀損する意図でなされたと認めるに足りる証拠はなく、その内容も1審原告が監督職でなくなったことを従業員に知らせるだけのものであるから、本件告示が1審原告の名誉を毀損する行為であったとは認められない。
本件降格処分が違法無効とはいえないから、1審原告のこの処分が不法行為に該当することを理由とする役職手当及び慰謝料の請求は理由がない。また本件告示をしたことが名誉毀損行為であるとはいえないから、これを理由とする慰謝料請求及び名誉毀損の回復措置を求める1審原告の請求も理由がない。
3 1審原告の昇給査定について
昇給査定は、これまでの労働の対価を決定するものではなく、これからの労働に対する支払額を決定するものであること、給与を増額させる方向での査定でありそれ自体において従業員に不利益を生じさせるものではないこと、本件賃金規程によれば、1審原告における昇給は、原則として年1回を例とし、人物・技能・勤務成績及び社内の均衡などを考慮し、昇給昇格及び昇給額などの細目についてはその都度定めると規定されている。これらからすると、従業員の給与を昇給させるか否か、あるいはどの程度昇給させるかは使用者たる1審被告の自由裁量に属する事柄というべきである。しかし、他方、本件賃金規程が、昇給のうちの職能給に関する部分を個々に定めるとし、本件人事考課規程により、この指数を決定するにつき、評定期間を前年4月1日から当年3月31日までの1年間とする人事評定の実施手順や所定の留意事項が詳細に定められていることからすると、1審被告の昇給査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、これにより本件賃金規程及び人事考課規程により正当に査定され、これに従って昇給する1審原告の利益が侵害されたと認められる場合には、1審被告の行った昇給査定が不法行為となると解するのが相当である。
平成7年4月の昇給査定については、この期の人事評定期間において事務所事件及び会長室事件があり、これらに対する1審原告の態度は前に認定したとおりであること、またこの期には2度の誤出荷とこれに対する対応の誤りがあったことからすると、この期の一次評定及び二次評定の評定点がDランクとされ、最終評定がEにランクされたことにつき、1審被告に裁量権を逸脱した違法があったとは認められない。
平成8年4月の1審原告の昇給査定については、この期の人事評定が一次評定及び二次評定による評定点52点ランクCであるにもかかわらず最終ランクがEとされたが、1審被告の3級該当者の人事評定において一次評定及び二次評定によりなされたランク付けと最終評定のそれとが相違している件は1審原告を除いて1件しかないことからすると、常務会において一次評定及び二次評定の評定結果を評価替えした理由は、事務所事件及び会長室事件やその直後の1審原告の対応を理由として行われたと推認するほかなく、このことは、人事評定期間を前年4月1日から当年3月31日までと定めた人事考課規程に反するし、また、他に一次評定及び二次評定の評定に基づくランクCをランクEに評価替えすることを相当とすべき事実があったと認めるに足りる証拠はないから、この期における1審被告の昇給査定には裁量権を逸脱した違法があるというべきである。
平成9年4月及び平成10年4月の各昇給査定における一次評定及び二次評定は、平成8年4月の最終評定がEとされたことからこれを考慮してなされたものと推認するほかない。そしてこの評定に基づき最終評定もEとされたものと認めざるを得ないから、この評定は人事評定期間を前年4月1日から当年3月31日までと定めた本件人事考課規程に違反する点において裁量権を逸脱した違法があるものというべきである。
4 1審原告の損害について
1審原告の平成8年4月から平成10年4月までの各昇給査定において、前記認定の違法な昇給査定がなければCランクの人事評定を受けていたものと認めるのが相当である。そうすると、1審原告が違法な昇給査定により被った損害額は、平成8年度が2万8800円、平成9年度が5万7600円、平成10年度が8万6400円となる。1審原告がこの昇給査定により被った実損害額は上記のとおりであり、1審被告に対しこの回復がなされることとは別に慰謝料の支払いを命じなければならない程度の違法があるとは認められず、また1審原告にこの損害の回復を超えてなお慰謝できない程度の精神的苦痛があったと認めるに足りる証拠もないから、1審原告の慰謝料請求は理由がない。
5 1審原告に対する賞与査定について
一般的に賞与が功労報償的意味を有していることからすると、賞与を支給するか否かあるいはどの程度の賞与を支給するかにつき使用者は裁量権を有するというべきである。しかし、賞与はあくまでも労働の対価たる賃金であり、本件賞与規程が、会社の経営状態が悪化した場合を除いては原則として賞与を支給すると定め、支給時期、算定期間、支給額の算定基準を明確に規定し、本件人事考課規程により、支給額決定のための評点を決定するにつき、業績評定の実施手順や評定の留意事項を詳細に定めていることからすると、1審被告の賞与査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、これにより1審原告の本件賞与規程及び人事考課規程により正当に査定されこれに従った賞与の支給を受ける利益が侵害されたと認められる場合には、1審被告が行った賞与査定が不法行為となるものと解するのが相当である。
平成6年夏期の賞与査定については、1審原告のランク付け配点においてCランクと評価されるはずであるのにE−と評価されているのは、1審原告が平成6年6月2日以降の事務所事件及び会長室事件における1審原告の態度に基づきなされたものであることが認められる。この事実によれば、平成6年夏期賞与は、賞与の算定期間後の事実を対象とした点において裁量権を逸脱した違法があるというべきである。
平成6年冬期の賞与査定については、1審被告は、事務所事件及び会長室事件における1審原告の態度と1審原告が同各事件につき1審被告が行った注意指導や謝罪要求を受け入れなかったことが本件不支給条項に該当すると判断し、この期における1審原告の賞与査定を行わず、その代替措置として1ヶ月分の基本給に相当する額を賞与として支給したことが認められる。
賞与が功労報償的な意味を有し純然たる労務提供の対価たる賃金とは異なる法的性質を備えていることからすると、使用者が賞与規程において不支給事由を定め、この事由に該当するとの判断に基づき賞与を支給しないことは許されるというべきである。そして、この算定期間において、事務所事件及び会長室事件が生起したことからすると、1審被告がこれら1審原告の一連の態度をもって本件不支給条項に該当すると判断し、その代替措置として1ヶ月分の基本給に相当する額を支給したことをもってこの期の賞与査定に裁量権の逸脱があったとまではいえない。1審原告は、賞与を不支給とすることが労基法91条に違反する旨主張するが、同条は、従業員が具体的賃金請求権を取得していることを前提に従業員の非違行為等に対する制裁としてこれを減給する場合に適用される規定であると解すべきところ、1審原告がこの期の賞与として1ヶ月分の基本給に相当する額を支給したのは、この期に支払うべき賞与額を査定した結果であり、1審原告はこの査定によって初めて具体的賞与請求権を取得したというべきであるから、原告の主張は理由がない。
平成7年夏期から平成10年夏期までの賞与査定については、1審被告は、1審原告に本件不支給条項に該当する事由があるとして、各期における1審原告の賞与査定を行わず、その代替措置として平成7年夏期には1ヶ月分の基本給に相当する額を、同年冬期から平成8年冬期までは各40万円を、平成9年夏期から平成10年夏期までは各50万円を、それぞれ賞与として支給した。1審原告が本件訴訟を提起し、会長室事件等における正当性を主張していることからみて、1審原告が同事件等における態度を反省し謝罪していないことに疑いはない。しかし、上記各算定期間において1審原告が継続的な経営者批判を行ったとの事実を認めるに足りる証拠はないし、この期間内に1審被告が1審原告に対し両事件等について新たな注意や指導をして謝罪を促したり、またそれをする必要性があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、同各期間において1審被告が本件不支給処分条項を適用したのは、会長室事件等における1審原告の態度に基づくものであったと推認するほかはなく、このことは算定期間を定めた本件給与規程に反し裁量権を逸脱したものとして違法というべきである。
平成10年冬期の賞与査定については、1審被告は1審原告の業績査定をE−と評定し、これに基づき賞与56万8500円を支給した。しかし、この期間において、1審原告に勤務態度及び業務貢献につき特に負の評価を下される事実があったと認めるに足りる証拠はないこと、1審被告における業績評定は、極力大きなミスとか大きな失敗がなければ基本的には平均は出そうという方向でなされていることが認められることからすると、上記E−との評定は、会長室事件等における1審原告の態度に基づくものであったと推認するほかないから、同評定は算定期間を定めた本件賞与規程に反し裁量権を逸脱したものとして違法というべきである。
6 1審原告の損害について
1審原告が違法な賞与査定により被った実損害額は、平成6年夏期が4万2400円、7年夏期が36万3700円、同年冬期が21万円、平成8年夏期及び冬期が各20万9200円、平成9年夏期及び冬期が各11万9400円、平成10年夏期が12万9600円、同冬期が6万1100円の合計146万4000円となる。また、上記と同様な理由で、1審原告の慰謝料請求は理由がない。1審被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当額は20万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、労働基準法11条、91条
- 収録文献(出典)
- 労働判例811号21頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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広島地裁福山支部 − 平成9年(ワ)第164号 | 一部認容・一部棄却(控訴・附帯控訴) | 1998年10月12日 |
広島高裁−平成11年(ネ)第27号、平成11年(ネ)第276号 | 原判決変更(認容額変更 一部棄却)第、附帯控訴棄却(上告) | 2001年05月23日 |