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K社勤務態度不良等解雇事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- K社勤務態度不良等解雇事件(パワハラ)
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和47年(ワ)第8370号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1977年03月31日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 原告は、昭和44年に高校を卒業した後、昭和45年に大学に入学したが、翌46年4月に除籍処分を受け、その後家業の手伝いをしていたところ、「自宅から通勤できる18歳から23歳までの高卒女子で、珠算3級」の採用条件で被告に応募し、昭和47年1月26日にMとともに採用された。採用に当たって、原告は珠算3級資格の有無について念を押されたが、資格を有しないのにこれを肯定した。
原告の担当は、諸控除計算の台帳作成、計算、貸付金計算等であり、計算事務は非常に重要かつ多忙なものであった。ところが、原告と同時に入社したMが珠算1級であるのに対し、原告の珠算能力は初心者と異ならず、計算速度も遅く、かつ不正確であった。上司らは、原告の能力が面接時に申述したことと大きく隔たっていたにもかかわらず、これを表沙汰にしなかったが、原告の同僚らの意見を求めたところ、原告は珠算能力の他、日常の勤務態度も悪く、即刻退職を求める者もあった。
原告の欠勤は、昭和47年2月に3日、3月に1日、4月に2日あり、遅刻は同年2月に3回、3月に6回、4月に4回あった。原告は勤務時間中に私語を交わして上司から注意を受け、慣行として女子事務員が交代で行っていたお茶出しも原告はこれを自発的に行ったことはほとんどなく、毎朝の掃除も行わなかった。また、原告は、昭和47年4月19日及び20日のストライキに際し、上司から平常どおり出勤して業務に就くべきことを指示されたにもかかわらず、ストライキに参加した。
被告は、同年5月4日、原告に対し「会社都合」を理由として解雇の意思表示をし、同月5日以降、原告を従業員として取り扱わなかった。これに対し原告は、本件解雇は就業規則に違反し無効であると主張し、雇用関係の存続確認を請求した。 - 主文
- 1原告が被告の従業員としての地位を有することを確認する。
2被告は、原告に対し、金2500円を支払うとともに、昭和47年5月1日から本判決確定の日に至るまで毎月金4万0600円の割合による金員を各翌月10日限り支払え。
3原告のその余の請求を棄却する。
4訴訟費用は、これを3分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。5
この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 被告会社の就業規則における従業員の解雇に関する規定としては、普通解雇を定めた51条の他に、53条及び55条があり、53条は、懲戒処分として、譴責、出勤停止及び懲戒解雇の3種類を定め、55条は19項目にわたる懲戒解雇事由を定めているが、51条は、その掲げる6項目の解雇事由の中に55条による懲戒解雇の場合をも含めているから、51条こそは従業員の解雇に関する総括的かつ網羅的な規定と解すべきである。しかも、51条が、懲戒解雇と普通解雇を含む従業員の解雇事由を網羅的に列挙するとともに、その各号所定の解雇事由につきかなり厳格な制限的表現を用いているところからみれば、使用者としての被告は、就業規則の中に同条を設けることによって、そこに列挙した解雇事由のある場合には従業員を解雇することができることを明らかにして、企業内の秩序の維持を図る反面、そこに列挙した解雇事由のない限り従業員を解雇しないことをも明らかにして、従業員の地位の安定を保障し、企業の円滑な運営を図ろうとしているものというべきであって、同条は、従業員の解雇事由に関する制限列挙的かつ自己規制的規定であると解するべきである。したがって、同条に列挙された解雇事由が存在しないにもかかわらず、従業員の解雇がなされた場合には、その解雇は、右のような性格を有する自律規範に違反するものとして無効と解するのが相当である。
就業規則51条6号にいう「その他業務上必要があるとき」の意味について考えると、同条は解雇事由に関する制限列挙的規定であること、同条2号ないし5号所定の普通解雇事由はいずれもかなり例外的な事象に属するのみならず、社会通念上そのような事由がある場合には従業員を解雇するもやむを得ないと認められるものであること、更に同条1号の懲戒解雇に関していえば、懲戒処分には、譴責、出勤停止及び懲戒解雇の3種類があるのであって、従業員に規律違反行為がある場合であっても、その全てが懲戒解雇事由となるものではないことなどから考察すると、右6号にいう「その他業務上必要があるとき」の意味も、これを厳格に解すべきであって、従業員につき第1号ないし第5号所定の解雇事由に準ずる事由があり、かつそのため被告会社の業務を円滑に遂行するには当該従業員を解雇するほかないと認められる場合を指すものと解するのが相当である。したがって、単に業務上の必要さえあれば、その必要の大小にかかわらず、右規定によって容易に従業員を解雇し得ると解するのは相当でない。
確かに、給与計算係で行う計算内容は、さほど複雑なものではないものが多かったのは否定できないが、求人広告にも珠算3級の技能を有することを採用条件の一つとして提示していたこと、面接時にも珠算技能や資格を巡って問答が繰り返されたことなどから、被告が原告を採用するに当たり珠算技能に堪能なことを重視していたことは明らかである。更に、一定水準の珠算技能を要請する趣旨は、珠算や暗算を通じて培われた数字や計算に対する優れた感覚をも求めているというべきである。
原告が遅刻や入門不適を数多く記録していたのは、生来貧血気味で朝の早起きが苦手であったためであるが、原告は遅刻の都度その理由を申し出ることはしなかった。また、欠勤の場合は、事前に所定の用紙に理由を記載して届け出るのが原則であるが、原告がこのような届出をしたのは1回だけで、そのほか欠勤当日の朝、同僚に、電話で届出を依頼したのも2回だけであり、他の3回は無届けのままであった。また、原告は勤務時間中に、日経新聞の記事を見ながら私語を交わしていたため上司から注意を受けたことがあり、そのほかにも自席でアサヒグラフの札幌五輪特集号を見ていたことがある。人事課では、従業員は机の掃除を各自で行い、お茶も各自で準備することになっていた。しかし、来客用テーブルや受付カウンターの掃除は、早めに出勤した女子事務員が行っており、従業員全員にお茶を配ることも、慣行として、あるいはサービスとして、手の空いた女子事務員が行っていたが、原告はこれらを自発的に行ったことはほとんどなかった。
Tは、昭和47年4月19、20日のストライキ突入直前、人事課の女子事務員に対し、試用員は組合員でないから、争議中でも業務に就くべきことを指示したが、原告は組合の闘争を支援するつもりで、2時間の職場大会に参加した。
被告の求人広告には珠算3級の技能を採用条件として明示しているのであるから、これを見て応募した原告は黙示的にこれを有することを申し出たと見るべきである。しかも、面接の際には、その資格の取得をめぐって問答が繰り返され、原告が肯定の返事をしているのであるから、原告は自己の資格ないし技能を誇張して被告に告げたとの非難を免れない。もっとも、この点については被告にも落ち度があったことは否定できない。すなわち、被告が殊更に珠算技能の重視を強調したのであれば、被告は原告が調書の技能欄に積極的に記載しなかった際、何故その理由を糺さなかったのか、その際何故原告に珠算資格を証する書面の提示を求めるとか、その実技を試験する方法をとらなかったのかという疑問を禁ずることができず、被告の対応の仕方には大いに批判の余地がある。そうすると、原告が被告の期待した珠算能力を有せず、はたまた将来もその技能を備える見込みが少なかったとしても、未だ解雇事由に該当するとまで断ずることはできない。
原告はかなりルーズな勤務態度を採っていたことを窺うことができ、就業規則上の懲戒事由に該当すると見る余地も多分にあるというべきであるが、欠勤、遅刻については、まず就業規則55条18号に懲戒解雇事由として規定されている外、同規則54条13号には譴責あるいは出勤停止事由として規定されていることが認められるから、いずれの処分を取るかを決める大きな要素は、欠勤、遅刻の回数の多寡や期間の長短であると解すべきところ、原告の欠勤、遅刻の回数、期間からすると、いきなり原告を解雇することは甚だ重きに失するといわざるを得ない。
原告が勤務時間内に業務に関係のない新聞雑誌等を読んでいたこと自体、「業務に不熱心」との誹りを免れ難いが、原告がこのような行為に出たことを確認し得るのは2回だけであり、これとても時間的にさほど長いものであったとは認められない。したがって、これだけでは、出勤停止又は譴責の処分が問題になり得る程度に過ぎないものであり、殊更にこれを取り上げて、解雇に連なる成績評価の対象とすることは、解雇を急いで余りにも些細な事実を過大に評価するものといわざるを得ない。また、掃除やお茶汲みは原告の雇用契約上の業務ではなくして、単に慣例又はサービスによる業務にすぎないものであったというべきであるから、たとえ原告が自発的にこれらの業務を行わなかったとしても、更に業務命令を発してまで実行させるべきものであったとは解し得ない。
最後に、原告は試用員で非組合員であったから、原告がストライキに当然に参加して職場を離脱し得るものではない。そうである以上、原告の行動をもって正当な争議行為への参加と見ることはできず、その行動は、従業員としての義務に反して職場を離脱した以外の何ものでもないから、何らその行為を正当化し得るものではない。しかしながら、原告が職場離脱したことによって生じた業務の支障はそれほど大きいものであったとはいえないし、しかも原告と同じようにストライキに参加したNに対しては格別の措置をとっていないのであるから、一人原告についてのみ直ちに解雇に結びつけることはいささか飛躍があるといわなければならない。
なお、原告のK大学関係の経歴については、原告が採用面接時にこれを被告に申告しておらず、原告がその学歴の一部を秘匿したことは明らかであり、このことは、一般的には原被告間の信頼関係に消極的な作用を及ぼすものといわなければならない。しかしながら、被告がその事実を知ったのは本件解雇の意思表示をした後のことであるから、被告がその意思表示をなすに当たり、右の事実をその判断決定の素材にしていないことは明らかである。しかも、被告が原告の採用に当たりその学歴を重視していた形跡はないから、原告の右学歴詐称が直ちに雇用契約の効力に影響を及ぼすものとはいえない。
以上を総合して判断すると、原告の各行為は、これらを個別的に見ても、またこれらを関連的、全体的に評価しても、未だ就業規則51条1号ないし5号所定の解雇事由に準ずる事由があり、かつ、そのため被告会社の業務を円滑に遂行するには原告を解雇するほかないと認められるような場合に該当するとはいえず、したがって、同条6号にいう「その他業務上必要あるとき」に該当するともいえないというべきである。そうだとすれば、本件解雇の意思表示は無効といわなければならない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法20条
- 収録文献(出典)
- 労働判例273号14頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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