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私立中学校教諭懲戒解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
私立中学校教諭懲戒解雇事件(パワハラ)
事件番号
横浜地裁 − 平成22年(ワ)第3024号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年07月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告は本件中学校及び高等学校を設置運営する学校法人であり、原告は被告との間で、平成19年4月1日から1年間は本件中学校の非常勤講師として、平成20年4月1日から1年間は本件中学校の専任講師として、平成21年4月1日からは本件中学校の専任教諭として勤務していた(専任教諭としての雇用契約を「本件雇用契約」という)女性である。原告は、平成21年度においては1年生のクラス担任及び男女のバスケットボール部の顧問を務めていた。

原告は、平成21年11月8日、顧問を務めるバスケットボール部の試合に行き、試合終了後の午後6時頃、女生徒Fが泣き出したため、Fを自家用車に乗せ、30分ほど話をした。その後原告は、Fに自宅に電話させた上、食事を提供した後Fを自宅に送り届けた。一方原告は、同日、Fの母親に電話を架けたほか、同月12日にはFに袈電し、その連絡を受けた本件学校では、生徒指導のM教諭が原告及び母親と面談し、Fにメール等しないように指導した。原告は、Fの母親がFの携帯電話を預かっていたこともあって、FはM教諭やFの担任教諭に相談せず、5回にわたってFに同性愛的な内容の手紙を出したほか、平成22年1月11日には、Fとメールのやりとりをした。

原告は、心療内科を受診したところ、「適応障害、抑うつ状態」で、2週間の休職が必要と診断されたことから、同月16日から同年2月3日まで欠勤した。原告の母親は、同年1月19日、D室長から呼び出しを受けて本件学校を訪れ、D室長に対し2週間程度休養が必要である旨説明した。同月12日、原告は母親とともに、本件学校の副校長及びD室長と面談(本件面談)し、D室長が原告に対し、懲戒解雇を匂わせたところ、原告はD室長に対し、「どうしても懲戒解雇か自主退職を選ばなければならないのなら、懲戒解雇でない方を選ぶ」、「3月末で依願退職でお願いする」と言った。

同月15日、原告の代理人H弁護士は人事課長に袈電し、原告が引き続き本件学校で教壇に立ちたいとの意向を伝えたが、被告は、同月17日付けで、原告からの退職の申し出を承認する旨の通知を送付した。これに対しH弁護士らは、同月23日付けで被告に対し、原告に退職の意思がないことは通知済みである旨通知したが、被告は、同年3月9日付け通知で、原告に対し、学校敷地内の立入、生徒及び教職員との接触の禁止を通知した。

原告は、本件訴訟に先立ち、退職の意思表示の不存在、強迫・詐欺による取消、錯誤による無効を理由として、同年4月以降も被告との間の雇用契約は継続していると主張し、被告に対し、本件学校の専任教諭の地位にあることを仮に定めるとともに、月20万円の賃金の仮払を求める仮処分を申し立て、その認容の決定を受けた。

被告は、以下の理由により、平成22年6月25日付けで、原告を懲戒解雇した。

原告は、平成20年6月頃、本件学校1年生Eに対し、胸倉を掴み、怒鳴るなどの威嚇的行為を行って精神的ストレスを与えた(懲戒解雇事由1))。

原告は、平成21年11月頃、本件学校3年生Fに対し、教諭として不適切な内容の手紙を数回にわたって交付し、かつFを呼び出して食事を提供し、自家用車に同乗させて連れ回した挙げ句、門限時刻を過ぎた午後10時30分頃帰宅させた(懲戒解雇事由2))。

原告は、平成22年1月18日から同年3月31日までの間無断欠勤した(懲戒解雇事由3))。

これに対し原告は、被告は本件面談時に確定的な退職の意思表示はしておらず、仮に退職の意思表示としても、その後被告の承諾の意思表示の前に撤回しているとして、雇用契約の合意解約は無効であると主張した。また原告は、被告の主張する懲戒解雇事由1)は存在しないこと、懲戒解雇事由2)は、教諭として正当な行為であったこと、懲戒解雇事由3)は、被告から学内の立入や生徒及び教職員との接触を禁じられたために出勤できなかったことから、いずれも懲戒解雇事由に当たらないと主張したほか、弁明の機会も与えられず、懲戒解雇を規定した就業規則の交付も受けたことがないなど就業規則の周知性の要件を欠くとして、本件懲戒解雇の無効による本件学校の専任教諭としての地位の確認を求めた。
主文
1 被告は、原告に対し、49万2143円及び内金26万円に対する平成22年5月26日から、内金23万2143円に対する平成22年6月26日から各支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを20分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
判決要旨
1 退職の意思表示の有無

本件面談に当たっては、被告が原告を懲戒解雇するなどの可能性を指摘し、自主退職をするか否かの原告の意向を聴取したことが認められる。こうした事実を踏まえると、本件面談は原告の進退についての話合いの場であったと評価することができ、原告においても、そうした場であることを理解したものと窺われる。そのような場において、原告が懲戒解雇と自主退職という選択肢を明示された上で、懲戒解雇でない方を選ぶ旨の明確な発言があったこと、原告自身が退職日の指定もしたこと、これに続いてD室長が退職に伴う給与支払いについて説明したこと、これを受けた被告において、同年2月17日付けで、原告に対し退職の申出を承認する旨の本件通知を送付したことを総合すると、原告の前記発言は、原告による退職の意思表示と認めるのが相当である。

2 退職の意思表示の撤回の成否

原告は自ら積極的に自主退職の意思表示をしたのではなく、被告側から暗に自主退職を勧められ、最終的に自主退職を選択する旨の意思表示をしたものであり、これを受けた被告側としても、退職日までの給与支払いについて原告の希望に沿った扱いとするよう調整する旨述べ、その後退職の申出を承認する本件通知を発するなど、原告の退職については被告において検討する余地が残されていたことが窺える。したがって、本件面談の場における原告の意思表示は、本件雇用契約の解約告知ではなく、D室長らの退職勧奨を契機とした雇用契約の合意解約の申込みというべきである。そして、雇用契約の合意解約の申込みは、相手方の承諾の意思表示がなされ、その合意が成立するまでは、双方当事者を拘束することはなく、申込みをした当事者において撤回が可能と解すべきである。

原告の退職の申出を承諾する旨の本件通知が平成22年2月17日に発せられていることから、原告の申込みに対する被告の承諾の意思表示は、同日になされたと認められる。原告の代理人は、同月15日に被告に袈電し、原告が本件学校で教員として働きたいのでもう一度話し合いたいと伝えており、合意解約を撤回するとの直截な表現を採っていないものの、その発言全体として見れば、原告が本件面接時になした本件雇用契約の合意解約申込みを翻意する趣旨であることは明らかである。そうすると、原告による本件雇用契約の合意解約の申込みは、被告による承諾前に撤回されたことになるから、本件雇用契約について合意解約が成立したものとは認められない。

3 本件各懲戒事由に該当する事実の有無及び懲戒権濫用の有無

(1)本件懲戒解雇事由2)について

本件懲戒解雇事由2)については、教諭が特定の生徒と親密な関係を持つことは、他の生徒との間で不公平を醸成させるおそれが考えられるなど、教師として望ましい行為とは認められない上、Fの両親の定めた門限を超えて食事やドライブなどをした行為は、保護者の教諭に対する信頼の観点からも望ましくないというべきであって、この行為は就業規則51条5号にいう「教職員としてふさわしくない著しい素行不良のとき」に該当するというべきである。また、原告はFに対し、5回にわたって本件手紙を渡したこと、本件各手紙には、大好き、早く会いたい、別れるという選択肢はなしにしようなど、通常一般人の感覚に照らせば、原告のFに対する恋愛感情を表現したものと受け取られ得る記載が随所に見られ、その記載内容は、教諭が生徒に対して交付する書簡の表現として不適切であることは言うまでもない。

生徒の適切な指導、育成には、学校側と両親等家族の密接な協力関係が不可欠であるにもかかわらず、原告は本件手紙の中で、Fの母親を揶揄しており、その記載内容が不適切なことは極めて明白である。本件各手紙が交付されたのは、M教諭が原告に対してFにメール等をしないように指導した後であるばかりか、本件手紙の記載内容から見て、M教諭に諭されたことを全く反省していないことを窺わせる。加うるに、本件手紙の記載からは、原告が、Fに対する対応が社会的に不適切と評価され、Fの両親や本件学校から問題視され、又はされることを十分に認識しながらも、本件各手紙を作成していることが窺われ、この点でも、原告の行動は極めて悪質というほかない。また、Fは原告が顧問を務めるバスケットボール部に所属してはいたものの、原告の担任するクラスの生徒ではなく、Fの担任教諭や上司に適切な報告をすることもなく、むしろ本件学校からその対応を止められていた状況の中で、いわば独断でFに対する特別扱いを継続していたものであって、本件各手紙に関する原告の行為が不適切であることは、およそ否定することはできない。

以上から明らかなように、本件各手紙は教諭が生徒に交付するものとしては極めて不適切のそしりを免れず、Fの健全な人格形成という観点からみて極めて不適切であり、自らの言動が生徒の人格形成に多大な影響を与え得るという教諭の職責の重大性についての自覚に欠ける振る舞いと言わざるを得ない。以上の事情を総合すると、原告には、教職員としてふさわしくない著しい素行不良があったというべきであり、就業規則51条5号に当たるものである。

(2)本件懲戒解雇事由1)について

原告が生徒Eに対して体罰を加えたことを認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、Eに対する原告の行為の問題が検討対象になって以後、原告からも聞き取りを行うなどして調査を行い、校長がEの母親に対して、引き続き調査中だが、体罰の事実があったとすればお詫びしたい旨述べ、Eの母親も納得したことが認められることから、これが原告に対する懲戒事由になることには疑問がある。


(3)本件懲戒事由3)について

本件面談までの原告の欠勤については、原告又は母親が体調不良を本件学校に連絡し、診断書を提出しており、本件面談の時点で原告の欠勤が3週間程度続いていたにもかかわらず、被告側から原告に対し出勤を促すような発言はなされなかったこと、本件面談時において、D室長は「今のままで欠勤を続けていくと懲戒となる可能性が高い」と発言したに留まり、本件面談のあった平成22年2月12日以前の欠勤についての処分には触れなかったことも考慮すると、少なくとも本件面談時点までの原告の欠勤については被告も了承していたというべきである。また、本件面談時において、原告が自主退職の意向を示し、被告がこれを承認する旨の通知を送付したこと、本件面談時において、被告から退職承認までは出勤するよう促す発言がなく、かえって、原告に対し出勤を控えるように注意しており、原告と生徒及び教職員との接触を禁止する旨の通知を出したことからすれば、被告が原告の労務提供の受領を拒否したものというべきであり、本件面談以降の欠勤を原告の責めに帰すことはできない。したがって、被告が問題にする同年1月18日から3月31日までの期間における原告の欠勤が、就業規則51条所定の懲戒事由に当たるということはできない。をいnある。

(4)以上のとおり、原告については、本件懲戒解雇事由2)につき、就業規則51条の懲戒事由がある。そして、本件懲戒事由2)に係る原告の行為の悪質性、不適切性に加え、原告は同事由に関して、本件学校から注意を重ねられてきたにもかかわらず、自らなお言動を顧みて反省することなく、誤解を受けるような生徒とメールのやりとりを継続していたことなどからすると、原告の行為態様は悪質というほかなく、本件懲戒解雇は懲戒権を濫用したとはいえないというべきである。

4 手続きの相当性の有無

被告は、原告に対して、本件各懲戒解雇事由に対応する事実を明記した上で、各事実に対する弁明を記載した書面の提出を求めて弁解の機会を与えており、原告に防御の機会を与えるという観点からみても、適切な配慮がなされたというべきであり、本件懲戒解雇の決定においても、就業規則の定めるところに従って適式に行われていると認められる。したがって、本件懲戒解雇に至る手続き面において不相当な点は認められない。

5 就業規則の周知性の有無

使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する。そして、就業規則が法的規範として拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続きがとられていることを要するものというべきである。被告は、就業規則を、本件学校の職員室の棚に備え置いていたこと、同棚は共有スペースであり、誰もが自由に取って見ることができる状態であったことが認められる。以上、被告は原告を始めとする職員に対し、就業規則の存在及び内容を周知させる手続きをとったと認めるのが相当である。
以上によれば、本件懲戒解雇は有効であるから、被告は原告に対し、平成22年5月分及び6月1日から25日までの賃金並びにこれらに対する遅延損害金の支払義務を負う。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働経済判例速報2121号13頁
その他特記事項